第76話、上へ上へ
ダンジョンに挑む前にセンシュタール工房に立ち寄る。いつもの儀式みたいなものだな。いってきます、いってらっしゃい。
「ご注文の品を作っておいた」
本日のリリ教授は、眼鏡幼女スタイル。姿が変わるのは意味があるんですか、と聞いたら特にないとのお返事。姿を固定してくださいよ……。
教授が用意したのは、昨日俺が提案した左手用サブウェポン。50センチほどの杖、いや斧だった。魔法を補助するためのオーブをヘッドに持つ一方、髭刃型の刃がついている。
「刃は大竜の歯だよ」
教授は解説したが、すぐに眉を潜めた。
「近接で使うなら殴るメイスのほうがいいんじゃないかな?」
「いや、俺としては切断できる武器が欲しかったんで、斧でいいです」
大地竜の武器の切れ味は相当なものだからね。サブウェポンであっても侮れない。
「どちらかと言うと、工具として使う機会のほうが多いかもしれません」
打撃武器なら大地竜の杖でもいけるし。
大地竜の手斧、いや杖斧……うん、ちょっと名前はしっくりこないが、少々振ったりして感触を確かめる。悪くない感じだ。
さて、ではいよいよ邪神塔ダンジョンへ戻ろう。
今回は俺たち三人のほか、クーカペンテ組はユーゴ、ロウガほか兵士二名と、新顔で従軍神父のランベルト氏、女魔術師のロゼが参加した。
ランベルト氏は三十代、いかにも神父といった黒い僧服に穏やかな顔立ちの人物。ロゼは長い赤毛の十代後半か二十代前半といった魔女さんスタイルだった。
・ ・ ・
邪神塔3階にポータルジャンプ。……あ、あー。何とも不気味なフロアに来てしまった。
黒い床、壁、天井は岩肌のように均一ではなく、所々に赤い血管のようなものが浮き出て波打っていた。ドクンドクンと、いかにも心臓の鼓動が耳につく。
ベルさんが顔をしかめ、ユーゴもまた眉をひそめた。
「うへぇ、気持ち悪!」
同感だ。俺も寒気がしてきたよ。ランベルト神父が魔法具らしい十字を握った。
「さながら、忌まわしき悪魔の腹の中のようですな」
「あんたは悪魔の腹の中を見たことがあるのかい、神父さん?」
ベルさんが皮肉った。人の姿をした大悪魔さんはここにいますよっと。
「まるで生き物の中ってのはわかる」
割とでこぼこしている床を踏みしめ、道なりに前進。全体的に薄暗いが、例の血管もどきが、わずかながら光源となっていた。
あ、とロゼがつまづいたのを、近くにいたエルティアナがつかんで転倒阻止。
「ありがとう」
「……」
小さく頷きだけ返すエルティアナ。薄暗いながらも、彼女の目がかすかに光っているように見えた。……覚えたての魔力眼を使ってるのかねぇ。
「……何か水滴が落ちるような音がしません?」
ユーゴが言うと、ベルさんが先導しながら言った。
「気をつけろよ。こういう薄気味悪いところで液体といや毒か酸だって相場が決まってる」
「マジっすか。驚かさないでくださいよ、ベルの旦那」
幸いなことに、そんな溶けるようなやばい液体はなかったんだけどね。
だが、おうとつの陰に小さな甲虫らしきものがいて、否が応でも気味の悪さが増した。それらは襲ってくることはなかったが、やはりというべきかモンスターは現れて、牙を剥いてきた。
浮遊する全長一メートルほどの巨大目玉。胴体に大きな口があって、さらに数本の触手を生やした、見るからにグロテスクなやつなど、ちょっと他ではいないような化け物が多かった。
ちょっと近接系の戦士たちには手が出しにくいタイプだったためか、ここでは魔法や、エルティアナの弓矢が活躍した。浮遊する巨大目玉は、彼女の弓の前では的も同然だったし、大口触手も、その範囲外から投射攻撃。俺もエンチャントで、矢に爆発の魔法を仕込んでやった。
そんな不気味なエリアだったが、特に仕掛けはなく、3階は突破し次への階段へ。
4階、続く5階も、3階と似たような気味の悪いフロアだった。ただこの二階には巧妙に隠された落とし穴があって、下の階へ突き落とされたりした。
これまでの邪神塔の各階層は、異空間で連結されていると思っていたが、この3、4、5階はワンセットになっているようだった。落ちても二度と戻ってこれないような穴じゃなくてよかった……。
ただ落ちた穴は下からでは完全にふさがって戻れないようになっていたので、合流がかなり面倒ではあった。
モンスターも多かったこともあり、時間をとられ、本日は5階クリアしたところで、ポータルを開いて、ダンジョンから撤退した。
……三日で攻略? こんなペースじゃ無理無理!
・ ・ ・
翌日も邪神塔を攻略。今度は6階だ。
「……ここが塔の中?」
いや、塔の中で間違いないのだが、6階はかなり縦長だった。大きな円柱の部屋は、まさに塔だが、その壁は上から流れてくる水で滝になっていて、微妙にミスト状の水が髪や肌、衣服を濡らした。
上へ登っていくタイプなのだが、足場はほぼ浮遊している。どうもこれをよじ登ったり、ジャンプして次の足場へ飛び移ったりして進んでいくタイプらしい。
「まともにやったら、運動神経ない奴は無理な階じゃないかな?」
俺は思わず苦笑する。ベルさんも上を見上げる。
「いかに装備を軽くして跳ぶか……。足を踏み外したり届かなかったら、床に叩きつけられて死ぬ、と」
アクションゲームのアスレチックコースみたいだ。
「ま、浮遊していけば、問題ないだろう」
そうなのだ。浮遊魔法なら、足場を特に気にすることなく上がれるし、間違っても転落死なんてことはない。仕掛けに真面目に付き合う理由はないだろう。
というわけで、空中散歩と洒落こもう。使えてよかった浮遊魔法。なかったら、めちゃくちゃ肉体酷使した上に、下手すればいくつか装備を手放さないといけなかったかもしれなかった。
ひょいひょいっと、足場を踏み台や、反動をつける取っ手代わりにしながら上へ上へと登っていく。
「このフロアには、魔物はいないんだな……」
俺は前を行くベルさんやユーゴら前衛の後を飛びながら呟いていた。
邪魔者がいたら厄介だったが、もしいたとしたら、エルティアナの弓とか、攻撃魔法が活躍したんだろうな。
ともあれ、6階をクリア。
階段の先は、こじんまりとした部屋。出口らしい空間があり、そこから出れば、塔の中とは思えない広大なフロアが広がっていた。
次話、更新より11時に戻ります。
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