第69話、水路迷宮
邪神塔ダンジョン地下48階。大竜騒動のせいで久しぶりなダンジョン攻略だが――
「……俺、ここ生理的に駄目かもしれない」
細長い通路、足元を水が流れている。どんより暗く、そして汚い雰囲気は、さながら下水道を連想させる。どこからか漂ってくる生臭い臭気が、それを加速させる。
……昔、やったゲームで、下水道を進むステージがあったんだけど、出てくる化け物と相まって軽くトラウマがあったりする。
ブーツを踏みしめるたびに水が跳ねて、ビチャピチャと音が響く。ベルさん、バンドレが先導。ユーゴ、ティシア、その後に、俺とヴィック。エルティアナ、ルバート、セラフィーナに兵士二名が随伴する。
「……聞こえたか?」
先導のベルさんが耳もとに手を当てるような仕草をすれば、すぐそばにいたバンドレが口髭をモゴモゴさせた。
「ああ、獣の唸り声のようじゃった」
バトルアックスを構えるバンドレ。ベルさんもふた振りの剣を抜くのが、俺にも見えた。後続も武器を手に様子を見守る。
数秒の静寂。チャプン、と音がした次の瞬間――!
「来た!」
ベルさんの声と共に派手な水しぶきが上がり、俺より前にいた連中に降りかかった。……滴が口元に当たったぞ、ペッ!
「なんじゃこりゃ……」
バンドレの声。ベルさんの剣が突き刺したのは赤黒いクラゲのような魔物。足が、触手のようにウネウネと動き、やがて死んだのか止まった。
グロテスク……。
俺は振り返って、僧侶さんを見る。
「大丈夫か、セラフィーナ?」
「……帰りたい」
今にも泣きそうな顔で僧侶さんは体を震わしている。
他に魔物がいる様子がないのを確かめ、ヴィックは前進を命じた。通路に沿って進むと、時々思い出したように、クラゲの化け物が水の中を滑るように突っ込んできた。
前衛組が迎撃し、運よくベルさんとバンドレの間を抜けた奴も、ユーゴの槍にひと突きされていた。
水の流れる音に混じって聞こえる水の跳ねる音が、クラゲの化け物の突進の合図。それさえ聞き逃さなければ、単体で現れるクラゲもどきは敵ではなかった。
「さて、どちらかな?」
ついに通路が分岐を迎えた。むろん、どちらにいけば正解かは、この段階ではわからない。
後方警戒組のルバートが、ヴィックに言った。
「斥候を出しますか? それとも、部隊を分けます?」
「いや、ダンジョンで分断は遭難の危険性が高い。全員揃って行動すべきだ」
「で、どっちへ行きます?」
ユーゴが聞けば、ベルさんが口を開いた。
「こっちだ」
右の通路を指さす。ティシアが眉を吊り上げた。
「わかるのですか?」
「水が流れていく方は先があるが、流れていないほうは十中八九、行き止まりだ」
……あぁ、そういうことか。ベルさんの指摘どおり、通路は分かれているが、右側へは水の流れが発生しているのに、左側はこちらへ水が流れて…いや溢れて右側通路へ流れていた。
さすが。そんなベルさんの先導に従い、俺たちは先へ。ざぶざぶとブーツが水をかきわけ、クラゲもどきを倒す。いくつか分かれ道に遭遇したが、水の流れを信じて進む。
ザァー、と水の流れが大きくなってきた。やがて通路から大きな部屋……いや空間に出た。
まるでドームの中のような空間が広がっていた。通路から流れ込んだ水が濁った池を作っていて、俺たちが来たような通路が他にもいくつか見えた。
……気のせいかな、池の真ん中に触手じみたものが幾つも動いているよう見えるんだが。
「この濁ったプールの中に、クラゲの化け物……それもクソデカい奴がいる?」
触手の大きさからすると、大竜にも匹敵する巨大生物の可能性大、だ。この濁りプールに浸かっているバケモノ。……う、マジで頭痛くなってきた。
ヴィックがベルさんの元まで移動する。
「降りられそうか?」
「いや、この通路はただの水路だったらしい。下に降りる助けになるものはない」
「降りたら、濁った池じゃ」
バンドレが、とても嫌そうな声を出して、下を覗き込んでいる。彼、確か高所恐怖症だったような……。水面から数メートルくらい高い場所がいるが。
ヴィックが目を鋭くさせた。
「我々にできることは三つ。ここから帰るか、あいつを迂回して下への階段を探すか、あいつを倒して階段を探すか」
「最初のは論外」
ベルさんが言えば、ティシアが続いた。
「二番目は、ここに階段がなくて水路のどこかにあるパターン。最後のは、この化け物がいるフロアないし池の中に階段がある場合」
「現時点で、階段がどこにあるかわからないんだよなぁ」
俺はぼやいた。できれば、この水辺であの化け物と戦いたくないものだが……。
「望み薄だな」
「ああ、たぶんだが、あの化け物倒した辺りだろうな、次への階段は」
ベルさんが皮肉げに口元を歪めた。
「この塔を作った奴は、性格が悪いからな。こっちの嫌がることを平然とやるぜ」
「とはいえ、このプールで戦うなんて、圧倒的に不利だぞ」
奴の大半は濁ったプールの中。水中戦なんて、息継ぎも含めて俺は絶対に嫌だね。
「上から魔器で狙うか?」
「水面に出ているのが触手だけだからな……。全体像は濁っていて見えないし」
適当にぶっ放して外れとか嫌だぞ。そう連発できるもんじゃないから。
「それより、ベルさん。どう思う? 四方から水がこのフロアに流れ込んでいるけど、水位は上がっているか?」
「……」
すっと、ベルさんの視線が濁ったプールの周りへと向く。ヴィックたちもそれぞれが水位の高さに注目する。バンドレが俺を見た。
「どういうことじゃ?」
「このプールの中のどこかに、水が抜ける場所がないと、周りから流れ込む水で水没する」
いつから水が流れているかわからないが、俺たちが来る前から流れているなら、当にフロア全体が沈んでいてもおかしくない。
「そうなっていないということは、水が流れ込むのと同等の水が抜けていることを意味している」
「そうなるじゃろうな」
バンドレは顎髭を撫でた。
「で、それがなんだと言うんじゃ?」
「つまり、この流れ込む水を止めることができれば、この濁ったプールの水も抜けて、やがて奴の姿が明らかになるって寸法だ」
「なるほど!」
バンドレは手を叩いたが、すぐに顔をしかめた。
「しかし、どうやって流れ込んでいる水を止めるんじゃ?」
「水路を塞ぎますか?」
ユーゴが意見を口にすれば、ヴィックが首を振った。
「どうやって塞ぐ? 仮に塞げたとしても、水が溜まれば押さえられなくなる。結局、元の木阿弥になる可能性もある……」
一同の視線が俺に集中した。「ジン?」とベルさんも俺の答えを待っている。
「……見たところ、水路は八本か。オーケー、ちょっと細工をしてくるわ」
俺は浮遊魔法で浮かび上がると、さっそく水路に流れている水の周りに、ある魔法を施した。
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本日は「英雄魔術師はのんびり暮らしたい」の最新話も更新予定。




