第6話、ファナ・キャハ
大帝国の追っ手部隊を誘い出して叩く。
連中は俺のような異世界人を狩り出すことにご執心だからな。俺たちもまたこの先ずっと追われるのも勘弁だ。
「ようやくお出ましか、魔女」
そして、ここしばらく、敵と見定めていた大帝国の魔女が箒とともに俺のもとへとやってくる。
魔女のとんがり帽子に、長い赤い髪の美女。しかし性格はきつそうで、ドSだろうというのは、俺の勝手な見立て。
「お前は話せるのね、異世界人」
ほらみろ、完全に上から目線だ。森の上から先制攻撃をしてこなかったところからして、何か個人的に話したいことでもあるのかもしれない。
身構えつつ、俺は魔女を睨む。
「それとも、こちらの言葉を覚えたのかしらね」
ベルさんのおかげだけどな、とは心の中で呟く。
あの人が最初に俺に声をかけてきた時、思考共有とやらの魔術をかけたおかげで、互いの言葉も理解できるようになった。……それがなけりゃ、俺はベルさんの言葉がわからなかっただろうし、ベルさんもまた然りだ。
ベルさんが理解する言葉は、俺も全部話せるって寸法だ。何カ国語話せるか知らないが、だいたいの会話が可能である。
「――前々から思っていたが、箒に跨がって飛ぶって、股に食い込んで痛くないかね?」
だから、こんな挑発もできる。魔女は不快げに眉をひそめる。
「知らないの? 乗る前に軟膏を股に塗っておくのよ」
……わざわざ答えてくれた。
「わかってる? あなたのおかげで、私はさんざん野山を駆け回される羽目になったのよ。でもそれも、今日で終わりにしてやるわ!」
「こちらもあんたに追い回されるのはウンザリなんでね。決着をつけよう!」
バインド! 魔力の蔦、奴をからみとれ!
心の中の詠唱。見えない魔力が無数に魔女をあっという間に包囲し――しかし弾かれた。
「あら、何かしたの?」
魔女は、わざとらしく口もとに笑みを浮かべた。
魔法障壁を展開していたのだ。のんびりお喋りするように隙を見せても、手堅くバリアを張っていたということだ。
「氷葬! まずは足を奪うわ!」
単詠唱。地面から鋭く尖った巨大氷が生える! 俺は慌てて飛び退く。勢いよく伸びてきた氷に串刺しにされるか、あるいは氷漬けか。
「あまぁい! ソニックブラスト!」
俺が跳んだ隙をついた衝撃波。目に見えない風の塊が向かってくる。
「シールド!」
深く考える前に、全部防げ! ガンと衝撃が魔法の盾にぶつかった音が響く。やべぇ、直撃したら間違いなくぶっ飛ばされていた……!
「ほらほら、シールドを使えるくらいでいい気になっているんじゃないわよ! 雷神よ、爆ぜろ、サンダーボルト!」
今度は短い詠唱、すなわち短詠唱で魔法。魔女が腕を天にかざせば、俺の頭上に電撃がスパークした。さすがに降ってきたらやばい。
「リフレクト!」
反射の魔法を展開。魔女の放ったサンダーボルトは、俺に当たることなく明後日の方向へ逸らされる。……守勢にまわっているのはよくない流れだ。
「呆れた。そんな魔法まで使えるのね」
「驚くのはまだ早い!」
ライトニング! ――もちろんこれは牽制。そのあいだに異空間の収納庫から武器を放出、放出!
牽制の電撃弾は、やはりというべきか、魔女の障壁に阻まれた。……あの守りをどうにかしないと、どうしようもないな。
魔女が吼える。
「アイシクルレイン!」
氷の柱が無数に現れ、俺を貫かんと向かって飛んでくる。浮遊で地面から浮かびながら、スケートを滑るように回避!
そしてどさくさに紛れて、放出した魔法杖を魔力での遠隔制御。魔女を取り囲むように飛ばして、集中砲火を浴びせるイメージ――行け!
浮遊する魔法杖、その数八本。立て続けに光弾が撃ち込まれる。だが魔女の魔法障壁が、四方八方からの光弾を全て防いだ。
魔女の表情が歪む。
「小賢しいマネを……! でも! その程度では抜けないわ!」
だろうね。だがベルさんが言っていた。魔法障壁やマジックシールドは、所詮は魔力が形となったもの。そこに強力な魔力をぶつければ、干渉して破壊することができるってさ!
周囲からの光弾から身を守る魔女の動きが止まる。どう払いのけようか考えているのだろう。その隙をついて、魔法杖のひとつを魔女の後方から突っ込ませる。……ちとモッタイないが、どうせ拾いもの、景気よくいけっ!
ガンっ、と杖が魔法障壁にぶつかる。だが抜けない。魔女が咆えた。
「ムダよ! 魔法が効かないなら物理でいけばと思ったんでしょうけど、浅はかね!」
そいつはどうかな。障壁に阻まれ、静止しているような状態の杖に、さらに命令を送る。魔石に蓄えられた魔力を一度に使ったらどうなるか。
その身にくらえ! エクスプロージョン!
杖の魔石を全開放、凄まじい爆発が広がり、魔女を障壁ごと飲み込んだ。吹き荒れる爆風が後退する俺にも届き、とっさに腕で顔を守る。
魔女の身体が吹き飛び、宙を舞った。数十回、あるいは三桁の回数もの魔法を放つ魔力を秘めた魔石が、一度にその力を開放した結果、魔法障壁は破壊され、術者たる魔女もまたダメージを受けて地面に叩き付けられた。
「くっ……」
「……ほう、まだ生きていたか」
俺は慎重に近づく。倒れている魔女は、身を起こそうとするが力が入らないようだった。その肌は焼け、ところどころ服も破れていた。
「くそ……異世界人、めぇ……!」
腰のポーチに手を入れる。表面が焦げているようだが、魔法具としての機能は生きていた。そこから杖を取り出す。かなり急いだようだが、ダメージの抜けきれない身体ゆえに遅く、また隙だらけだった。
俺は彼女の手から杖を蹴って手放させる。
比較的短めの杖だ。黒く、どこか捻れた枝を思わす形。そして魔石のような結晶体がひとつ……。
魔器――人間の生命力と魔力を吸う、呪われた魔法武器。だが結晶体に色がついていないところを見ると、まだ空っぽのようで……。
「こんなもので何をしようというのかな……?」
必死に手を伸ばす魔女に先んじて、俺は魔器を拾った。
「いや、わかってる。俺をこいつに喰わせるつもりだったんだろう? 生きたまま、杖の糧にしようって魂胆」
杖の柄を握り、結晶体を横たわったままの魔女へと向けた。カタカタと、俺の手の中で杖が微妙に震える。
「こいつは、お前を喰いたいらしいな。……いつぞやとは逆の展開だ」
あの時は見ていることしかできなかった。見ず知らずとはいえ、同じく異世界からきたと思しき人が、杖に喰われるのを。
次話は24日、正午に更新予定。
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