第62話、大竜攻略
切り札となりそうなのが、魔器ファナ・キャハしかない以上、それに頼った戦術を考えないといけない。
大竜の強靱な装甲を貫いて倒すには、最大火力の一撃をぶっ放すしかない。が、一発撃てば再充電まで時間がかかる魔器ゆえ、一発で仕留めるようにやらなければならないのだ。
「つまり……?」
ヴィックの問いに俺は答えた。
「相手に避けられず、また反撃される前に、そこそこ近くからファナ・キャハを当てるのが、今のところ一番可能性が高いってことだよ」
的は大きいとはいえ、尻尾の先とか手とか足一本に当てただけでは駄目。きちんと胴体か頭を吹っ飛ばさなければいけない。しかし一応、飛行能力があって、遠距離からの魔法は察知されるらしい。
「囮が必要だ。大竜の注意を引いて、こちらの一撃を確実に命中させられるタイミングを作る」
「囮かぁ……」
ヴィックが難しい顔になった。
「近づけばブレスを放たれる。そりゃ囮にはなるが、それで囮役はまず助からないだろう。あっという間にやられてしまえば、結局注意を引ける時間もたかが知れている」
「ブレスを避けてやるって気概は?」
「具体的にはどうやって? 走ってじゃ、まず無理だ」
「加速の魔法」
ベルさんが口を挟んだ。
「超加速で、ブレスを振り切ってやればいいんだ」
「……ベルさん、その超加速で懐に飛び込めないかな?」
俺はふと思った。
「奴の足元に飛び込めれば、ブレスは放てなくなるんじゃね?」
「踏み潰しと、魔法による攻撃はあるぞ」
アーススパイクとか、というベルさん。
「だから至近距離に飛び込むのは、せいぜいファナ・キャハをぶっ放すお前さんくらいにして、あとは、中間距離で大竜を引きつけていれば、少なくとも大竜は足下の防御を二の次にするんじゃねえかな」
「結局、囮策が上策ということに変わりないか」
俺はヴィックに視線をやる。
「君たちの中で、加速魔法で、大竜のブレスとチキンレースできる勇者はいるかい?」
・ ・ ・
クーカペンテ戦士団の面々に、俺たちの作戦を披露した時、囮役に顔をしかめる者が何人かいた。
特に不満タラタラだったのが、赤毛の弓使いのラーツェルだった。
「オレたちを生きた的にするつもりか!」
「文句があるなら、引っ込んでろ」
ベルさんが一喝した。
「その囮役はオレもやる」
「そういうことなら――」
志願したのはユーゴだった。
「ジンの兄貴の時間稼ぎですよね? 大丈夫、双頭竜の時にやりましたから」
何とも頼もしいお言葉。ユーゴが志願したせいか、バンドレやガストン、ルバートほか何人かが手を挙げた。……何とも勇敢な者もいたもんだ。
ヴィックにさっそくメンツを見てもらうのだが、先の三人は、ガストンを除いて足が遅いから、囮役から外された。せっかく志願してくれたのにね。
「加速の魔法には、素早い奴のほうがより速く、効果が高い」
つまり元から遅い者だと、一応加速で速くはなるが、大竜のブレスを振り切れるかは怪しくなるということだ。囮役といえ、極力死者は避けたい。
そんなわけで、作戦の細部確認と人員選抜。普通なら全員で「ワー!」と行くんだけど、上位ドラゴン相手にそれは、ブレスでなぎ払ってくださいと言っているようなものだ。
少数で突撃し、大竜を攪乱させつつ、魔器で仕留める!
リリ教授から預かった魔法具の数もあって、攻撃メンバーは少数だ。メインは俺。その援護役にエルティアナが随伴。ベルさんとクーカペンテ戦士団の選抜メンバー八人が、囮役として大竜の注意を引く。
……少々意外だったのは、囮策に難色を示したラーツェルが選抜メンバーに志願したことだった。彼曰く『口先だけの卑怯者にはなりたくないんでね』だそうだ。
ユーゴ曰く『彼は無駄死にを嫌うだけで勇敢な戦士ですよ。ただ、恐ろしくキッパリと意見を口にするので、それが元でトラブルも多いですがね』と苦笑しながらフォローしていた。
後方待機の予備兵力扱いの者が多くなったけど、実質は出番なしになるだろう。倒した後の始末の手伝いでもしてもらおう。
・ ・ ・
大竜の移動速度は、そこそこ速い。見た目はのっそりしているように見えて、巨体ゆえに歩幅が大きいせいだ。人間が普通に歩いたら置いていかれてしまう。
遠くから監視していたから、少々距離を放されていた。加速魔法でダッシュしつつ、大竜を追尾。
この大竜は、まっすぐカスティーゴ方面に進んでいるわけではなく、何度も方向転換して、あちこちの人間の集落を襲っていた。
集落全部破壊するマンになっているようで、よっぽど人間に恨みがあるのではないかと思えてくる。
そう考えると、何か大竜側にも事情があるのでは、と思うが、だからといって大量殺人が見逃されるわけではない。これ以上の犠牲が出る前に、早々に倒さなくてはいけない。
俺たちは何度か大竜にやられた集落を目撃することになった。建物は踏み潰され、あるいは岩の柱で串刺しにされていた。猛毒のブレスには溶かす成分が含まれているようで、ドロドロに溶けたものもあった。……ベルさん曰く、あの毒で、人間は骨も残らず溶けてしまっただろうな、とのことだった。残留している毒の痕には、人間だったものがあったとか……嫌だねぇ。
直撃したら、ドロドロになるとか背筋が凍る。猛烈に引き返したくなってくる。攻撃メンバーたちの表情が、若干引きつり気味なのは、死の影がちらついているからだろうな。あんなクソヤバな竜に挑むなんてどうかしている――とか葛藤しまくってるんじゃないかね。
攻撃メンバーの全員は防御魔法と、防御魔法具を持っている。リリ教授からの賜りもので、ドラゴンのブレスの直撃にも一、二発は耐えられると言われている。
とはいえ、実際の大竜がどこまで強力なブレスを使うかわからないため、あくまで気休めでしかないとも言われた。つまり、絶対に一発は防げる、という確約はできない。喜んで試してみよう、という気は残念ながら起きないね。
スピードスケートの如く、地面を滑るように加速する俺たち攻撃メンバー。大竜の姿が少しずつ大きくなっていく。このまま直進すれば、大竜の右側面を突く格好だ。
「ジン!」
ベルさんの声。見れば、彼は俺に左側――つまり大竜の後方へ回れ、とハンドサインを寄越してきた。
了解、とサインで答える。ベルさんたち囮グループは右側から進む。大竜がこちらに気づいて振り返った時、最初に奴の視界に入るためだ。逆に、俺とエルティアナは大竜が右へ振り返った時、一番視界に入りにくくなる。
さあ、何もかもうまくいけば、囮グループは大変だろうが、俺は攻撃されることなく大竜に肉薄できる。
ベルさんたちと分かれ、俺と援護のエルティアナは、荒れた平原を疾走した。
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