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第60話、悩める戦士たち


 センシュタール工房。俺はリリ教授に、大竜の出現とそれの討伐の話を切り出した。


「なんとまあ……」


 さすがの教授も、複雑な表情だった。本日の教授は巨乳の美人魔女さんスタイル。


「いつか現れるとは思ったけれど、今とはね」

「教授は、大竜を知っていますか?」

「死骸を見に行ったことはあるよ。多大なる犠牲の果てに竜にトドメを刺した騎士が、勇者だ、ドラゴンスレイヤーだって英雄として持てはやされていたよ」


 ドラゴンスレイヤーか……若干、厨二くさいけど、格好いいな。

 ベルさんが口を開いた。


「じゃあ、動いている大竜は見たことないのか?」

「ああ、ないね。わざわざ大竜の死骸を見に旅をしたものさ。あの頃はアタシも若かったよ」

「いま幾つ?」

「さて、幾つかな」


 すっとぼけたのか、本当に数えていないのか。教授は特に動揺することもなく言った。女性に年齢を聞くという行為と接しても、平然としたものだ。


「まあ、大変だと思うし、倒せないかもだけど、大竜だって生き物だ。やってやれないことはないと思うよ」

「倒したら、素材を提供しますよ」

「楽しみにしているよ、ジン君。ただし、たとえ倒せなくても生きて戻ってくるほうが大事だからね。君のような人材は貴重だから」

「どうも」


 教授なりのご心配の言葉、痛み入る。


「でもカスティーゴに奴がきたら、ここは大丈夫ですか?」

「まあ、その時は引っ越すだけだよ」


 さばさばと答える教授。あ、いちおう、やり過ごすのではなく引っ越すのか。


「ちなみに、教授が見た大竜ってどんな感じでした?」


 こちとら、ファンタジーのドラゴン的なイメージしかないから、大きさの実感とか、雰囲気、姿など実際の情報が不足しているのだ。


「ドラゴンだよ。それ意外に形容しようがない」


 頭がひとつ、巨大な身体に手か、前足が二本、後ろ足が二本、尻尾がひとつ。翼はあるものもあれば、ないものもある。……ふむふむ、多頭竜というわけでも、尻尾が複数あったりとかじゃないのか。オーソドックスなドラゴンの、超強化版かな?


「外皮は厚いから、並の攻撃じゃまるで歯がたたないよ」


 ですよねー。双頭竜もかなり固かった。


「あとはその竜の属性によるブレスには要注意だね。かなり範囲が広くて、強力だって噂だ。ドラゴンのブレスで焼かれたって村を見たけど、言われなければそこに村があったなんて信じられない有様だった」


 言われなければ……って、ほぼ塵も残らないほど焼き尽くされたのかねぇ。


「属性によって、と言いましたか?」

「大竜といっても一種類じゃないからね。火、水、雷、土、風、氷、闇……まあ、そんなところ。今回の奴は、どの属性だろうねぇ……」

「何か役に立ちそうな魔法具とかあります?」

「うーん、そうだね……」


 教授は、自分の製作スペースから魔法具を漁りだした。何かあるのかな、と、ちょっとワクワクしながら、俺はそれを見守った。



  ・  ・  ・



 クーカペンテ戦士団のアジト。ジンたちが出て行った後、ヴィックをはじめ戦士団の者たちは深刻な顔のまま、誰ひとり席を立たなかった。


「自分、ジンの兄貴たちと一緒に行きたいんですが……」


 ユーゴが挙手した。双頭竜の時もそうだったが、この青年は危険に自ら飛び込むことに躊躇いがなかった。


「正気か? 死ににいくようなものだぞ」


 弓使いのラーツェルが冷淡な調子で言った。赤毛で痩身の男だが、その弓の腕前は団で一番だ。ただ自信家であり、やや傲慢なところがある。


「大竜討伐など、そもそも勝算が低いのに、たった数人でどうなるっていうんだ? 大竜のブレスでなぎ払われるのがオチだ」


 沈黙が下りる。ラーツェルの言う光景が、ありありと想像できたからだろう。ユーゴは不満げに眉をひそめる。


「だけど、兄貴とベルの旦那は、あの双頭竜を倒したんだぞ? これまで誰も倒せなかった……」

「双頭竜と大竜じゃランクが違う」


 苛立ちも露わにラーツェルは吐き捨てた。老魔術師ケンドリックも口を開く。


「無謀じゃ。ただの戦士や魔術師にかなう相手ではない」

「では、このまま見捨てろと!?」


 思わず立ち上がったユーゴ。ティシアやバンドレが気まずげに口を結べば、ラーツェルは鼻で笑う。


「見捨てるもなにも、あいつらは俺たちの仲間じゃない。クエストを受けたのだってあいつらのやったことで、俺たちには関係ないじゃないか!」

「……! 何だと!」

「落ち着けよ、ユーゴ。俺は間違ったことは言ってないだろ? あいつらはクーカペンテとは関係ないし、そもそもこの戦士団に属しているのか?」


 それを言われると、誰にも反論する余地はなかった。ジンたちは、戦士団のメンバーらと異なり、故郷を取り戻そうという気持ちもない、完全なるよそ者である。


「俺たちには、大帝国から故郷を取り戻すという重要な使命がある。大竜と戦って犬死にするためにいるんじゃない」

「……!」

「ラーツェル、言葉を選びなさい」


 ティシアが、不快さを隠さずに叱った。いかに正論を言おうが、言い方に遠慮がなさ過ぎては、説得力は半減どころか反発を買う。


「ヴィック、あなたはどう思います?」


 リーダーに、一同の視線が集まる。ずっと黙り込んでいたヴィックは、やがて重い口を開いた。


「正直、大竜に挑むなど正気じゃない。……大帝国も強大だが、それに挑むより、遥かに難しい」


 何人かが同意するように小さく頷いた。人間相手とはまるで違う。世界最強のドラゴンの上級種が敵なのだ。そもそも鋼のような装甲を持ち、大規模な魔法よろしくブレス攻撃を持つ敵にどう挑めというのか……? 大竜の鼻息ひとつで全滅もありうる。


「だが……このままでもいけないと思う」


 うつむいていた者、視線をそらしていた者がヴィックに注目した。


「おれたちは故郷を取り戻すためにやってきた。邪神塔に挑んでいるのもそれだ。だが手詰まり感があった。踏破できる可能性さえ見えず、いつまでここにいなければならないのか、と」


 騎士のガストン、兵士長のルバートが同意する。ヴィックは吐き出すように言った。


「だがそれにも変化があった。ジンとベルさん、あの二人がカスティーゴにきて……そして今、誰もが不可能と諦めていた邪神塔の奥深くに誰よりも深く潜り、攻略してしまうのではないか、という可能性……希望だ」


 彼らがなければ、邪神塔は制覇できない。


「そしておれたちが、彼らに何もしなければ、もし大竜によってやられてしまったら……結果的に、カスティーゴにやってきた大竜が町を破壊し、おれたちは逃げるか、あるいは大竜にやられてしまうかもしれない」

「……話はわかった、ヴィック」


 ラーツェルがため息をついた。


「だが、これだけは言わせてくれ。俺たち、いや少なくとも俺は……大竜と戦って死ぬことは、無駄死にだと思う。故郷のためにならないし、異郷の地で死ぬのは」


 御免だね――

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