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第5話、あれから1カ月


 あの日からさらに二本の魔器を手に入れた。

 ディグラートル大帝国、魔法群特殊開発団に所属するファナ・キャハは、クイグ研究所から脱走した異世界人を狩り出す任務についていた。


 本当なら、もうこの任務から解放されてもいい頃合いのはずだったが、ファナを不機嫌にさせている存在があった。


「本当、手こずらせてくれるわね」


 飛行箒に跨がり、広大な大森林を見下ろす大帝国の魔女。


「あれから何日、潜伏を繰り返した? こちらが払った犠牲も、さすがに見過ごせないところまできているのよ?」


 誰にともなく、恨みのこもった声をファナは発した。


「ただの素材のくせに……」


 それとも。


「素材としてしか見てこなかったツケだとでもいうのかしら……?」


 眼下の森では、配下の魔術師と増援の騎士や兵士らが捜索、そして戦闘を繰り広げている。


 状況はわからない。普通に考えれば、数で圧倒的に勝っているこちらが、敵を狩りたて追い詰めているはず。……なのだが。


「不愉快だわ」


 ファナ・キャハは吐き捨てた。



   ・  ・  ・



 大帝国の魔女に、人間が武器の素材にされるのを目撃してから、およそ三〇日が経過した。


 俺はベルさんから戦う術を学んだ。魔法を覚え、武器の使い方を覚え、襲撃してくる大帝国の追っ手を返り討ちにした。

 生と死の狭間で、俺は甘さを捨てる第一歩を踏み出し、それはなお継続中だった。


 大帝国の連中は、俺を追っている。そして現在、その追撃部隊――例の魔女の部隊と交戦中だ。


 森の中である。この暗く、木の多い地形で、敵は俺を探している。足跡を探したって無駄だ。

 浮遊――俺の身体は地表から数十センチ浮いている。当初は地に足がつかず、どう動いたものかわからなかった。だが今は違う。

 スケートを滑る要領で、空気を蹴る、そんなイメージで地面の上を進む。


「!」


 正面に箒から降りた帝国の魔術師の姿。向こうも俺を見つけたようで、正式武装の杖をこちらに向けながら口を動かす。


 呪文の詠唱。遅い――!


 俺は右手の魔法杖を向けると、光弾の魔法を無詠唱でぶっ放した。黄色い電撃のような魔法弾が、敵魔術師の胴に直撃! 撃たれたことに驚きつつ、後ろへ吹っ飛ぶ魔術師。

 短詠唱もできない魔術師が、無詠唱の相手に速さで勝てるとでも!?


「いたぞ!」


 新手――今度は騎士と兵士が三人。右方向から盾を突き出しながら駆けてくる。……ふん、投射魔法を防ぎながら接近戦に持ち込む腹だ。

 だがなぁ……!


 俺は左手を異空間に突っ込む。収納魔法庫から、ストック中の武器。――これまでの一ヶ月間で倒した帝国軍や盗賊の武具が十数本。うち魔法杖を四本、連続射出。


 それらに魔力の糸を繋ぎ制御。俺が浮遊で後退する中、四本の魔法杖は四方に散る。帝国兵たちはそれに気づかなかったか、あるいは無視したか知らないが、俺を追ってくる。

 浮遊する杖、その網の中に自ら飛び込んでいるのも知らずに。


「…………!」


 行けっ! 魔力の糸に流し込み攻撃命令。浮遊する魔法杖、魔法の触媒となる魔石がついた先端が、帝国兵を捉え、光弾の魔法を発射した。


 先頭を行く兵士が、右から飛来した一撃に頭を、左からの一撃で足を撃ち抜かれてその場に倒れた。

 よぎった光に後続の兵らが立ち止まり、慌てて襲撃者を探す。一人を追っていたはずが、包囲されているように思ったのだろう。


 だが、立ち止まるのは悪手だぞ……!

 空中を浮遊しながら木のあいだを抜ける魔法杖が第二射、第三射を放つ。盾を構え直して身を守ろうとする兵士たちは、側面、背後からの一撃に鎧の隙間や腕や足を撃たれ、悲鳴と共に倒れ伏す。


「くそっ!」


 騎士が被弾しながらも、何とか射撃をかわそうと盾を振り回している。ちょっといい鎧をつけている相手には、遠隔操作による魔法射撃では威力が不足か。

 だが――


「正面がお留守だっ!」


 俺は右手の魔法杖を向け、魔力をチャージしたエアブラストを撃った。吹き抜ける暴風のごとき一撃が、彼の甲冑をまとった身体に強打を与え、飛ばされた反動で近くの木に頭から激突。そのまま騎士は息絶えた。


 とりあえず、目の前の敵は倒した。……と、左手方向に気配。見れば帝国魔術師が二人。走りながらだが、すでに詠唱していて、杖には赤い魔力が見える。


「……こんな森の中で炎の魔法を使おうってか?」


 俺は呆れつつも、見えない魔力を糸状に伸ばして、先ほど倒した騎士と兵士の盾を拾う。魔術師らがファイアボールの魔法を放った。

 中々の大きさ。だが俺がかざした左手の先に、浮遊した盾が割って入り、火の玉を沮止する。……おっと、騎士の盾は持ちこたえたが、兵士の持っていた盾が燃え落ちてしまった。威力も悪くない。さすがは帝国のエリート魔術師。


 盾が割り込んだことに驚く敵魔術師。そのわずかな反応の遅れを突いて、光弾の魔法が片方の魔術師の心臓近くを撃ち抜いた。

 もう片方は慌てて、杖の先に白い魔法陣じみたリングを形成した。魔法障壁、いやマジックシールドかな? だがそれ、後ろがお留守じゃないかね?


 背後に回り込ませた浮遊魔法杖が、魔術師の背中に魔弾を叩き込んだ。ぐぇっ、と潰れたような声を発して絶命する敵魔術師。


 俺は浮遊移動しながら、魔法杖を回収。警戒は怠らない。敵兵の武器や残っている盾も魔力で引き寄せると、収納魔法で異空間に放り込む。

 視認できる範囲にはいないようだが……。ベルさんはどうなったかな? 俺は魔力による通信、いわゆる魔力念話を試みる。まだあまり遠くへは飛ばせないが、ベルさんもそう離れていないはず。


『ベルさん、そっちはどうだい?』

『ジンか? まあ、ぼちぼち刈ってるよ。そっちは?』


 見える範囲にはいないのだが、ベルさんから返ってきた念話の調子では元気そうだ。


 大帝国の追っ手部隊と戦うにあたり、俺とベルさんは別行動をとり、敵の分散を図った。もちろんこれは各個撃破の危険性が付きまとう策ではある。

 だがベルさんが負けるなどあり得ないし、そのベルさん曰く、俺も単独で対処できるだけの力を持っていると認めていたのだ。


『問題ない。大帝国の魔術師にももう慣れた。負ける気がしない』

『油断はするなよ、ジン。世の中、もう大丈夫って思った時が一番危ねえんだからな』

『あぁ、死に物狂いの人間の怖さは知っている』


 だから油断はしない。ここ一ヶ月の修練。そして敵対者との戦いで、瀕死に見えて死なば諸共、と往生際の悪い奴にも会った。油断、甘さ――あんなヘマは二度としないと肝に銘じている。


『ところで、あの魔女、どっちに来ると思う?』


 例の魔女。一ヶ月前、異世界人を魔器に封じ込めていたあのイカれ魔女のことだ。


『さあな。どっちに現れても、やることは同じだ』


 ベルさんは淀みない。そう、俺たちの前に現れたら倒す。

 割としつこく追いかけてくる奴らを、わざわざおびき出したのだから、今日ここで決着をつけてやる!

次話は、明日11時頃、更新予定。

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