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第58話、お歳が気になるお年頃


 本気でなかったことが、本当になることもある。いや、これ自体、俺も驚いているのだが、邪神塔地下45階層、バカでかいフロアの天井のでっぱりの裏側に、本当に下への階段が存在した。


 異空間同士でフロアが繋がれてなかったら、本当に意味不明、というか不可能な配置だ。だって地下への階段を下りたら、そこがその家の三階に通じている、とか誰が信じる?


「ジン殿は非常に賢い方なのですね」


 そう言ったのは、ティシア。クーカペンテ戦士団の女騎士。亜麻色の髪の乙女。


「ひょっとして賢者様だったり?」

「いや、普通の自称魔術師」


 ふと、自称などと言ってしまったのは、そういえば正式に学校とかで訓練とかしていないし、資格的なものを持っていないと思ったからだ。……魔術師って資格とかあるの?


 それはともかく、凜とした姿ながら穏やかなレディーの空気をまとうティシア嬢にお褒めいただけるとは恐悦至極。ちょっと恥ずかしい。


「実は行き方を知っているんじゃないか、ジン?」


 ヴィックが、からかうような調子で俺を見た。俺は肩をすくめた。


「だったらよかったんだけどね。俺、基本的には地図とか確認してから目的地に行きたい派」

「地図なんて、そうそうお目にかかれるものじゃないがね。もちろん、ダンジョンの地図となるとなおさらな」


 階段を下り、地下46階へ。……うん、またも視線を感じる。


「エルティアナ、言いたいことがあるなら、はっきり言いなさい」


 視線の主はエルティアナだった。先日より、やけに彼女は俺に視線を寄越しているようだ。口数が少なく、感情の起伏もあまりないようだから、放っておいたらいつまでもそのままな気がする。

 ベルさんやクーカペンテの戦士たちが周辺を警戒し、その防備の後ろにいる機会をついて聞いてみたが――


「……ジン、あなたも記憶が……?」

「記憶? ああ――」


 クーカペンテ戦士団のアジトで、出身や過去を聞かれた時、俺がついた嘘。記憶喪失のふりをして異世界人であることを隠す。どうやらエルティアナも聞いていたらしい。


 ただ、エルティアナの場合は、ゴブリンに暴行されたことのトラウマで記憶を閉じているようだから、記憶喪失とは違うと思うのだが。


「思い出したい、と思うのですか、ジン?」

「……どうかな」


 嘘をついている手前、思い出すもくそもないからわからないとしか言いようがない。元の世界では独り暮らしだったとはいえ、実家には両親がいて、弟がいた。父や弟とは疎遠な感じになっていたが、母とは良好だったと思う。……ああ、急に母が趣味でやっていたお菓子作りを思い出して、食べたくなってきた。


 この世界の料理には慣れてきたとはいえ、日本の味がとても恋しい。


「ジン……?」

「思い出せないな」


 懐かしんでいたのを出すわけにもいかず、思い出せない故の沈黙だと誤魔化す。とっさに君はどうだ、と聞きたくなるが、ゴブリントラウマを思い出してしまうと困るので、迂闊に問えない。


「まあ、今が楽しいから、それでいいかなと思う。ベルさんがいて、君がいるからね」


 たとえ家族と離れていても寂しくはない――という感じでひとつお願いします。

 本音を言うと、エルティアナの家族構成とか故郷の話とか聞いてみたい。


「オレが何だって?」


 前衛にいたベルさんが一瞥(いちべつ)をくれる。俺は冗談めかす。


「ベルさんの家族構成が知りたいって話だよ!」

「……息子がいる」


 ざわっ、とクーカペンテの戦士たちが一瞬、ベルさんに注目した。凄腕のAランク冒険者にして謎が多い人物。いま明かされるベルさんの家族!


「へぇ、息子さんね。そいつは初耳だ」


 どんなお子さんなの? 大悪魔にして魔王の息子ってのは。


「お前のことだよ、ジン」

「俺?」


 クーカペンテ人が苦笑というか、小さく笑った。ベルさんにからかわれたな、こりゃ。


「へぇ、知らなかった」


 俺は、エルティアナ、そしてニヤニヤしているヴィックを見た。


「俺は、ベルさんの息子なんだそうだ」

「似てないな」


 ヴィックが首を振った。


「そんな歳が離れているようにも見えないが。……そもそも君は年幾つ?」

「三十」

「嘘だ、二十代半ばだろう、君」

「よく言われる」


 日本人、というよりアジア人は童顔なんだよ、ってのは、元の世界でよく聞いた。ティシアが、そばにいる槍使いの女戦士――レーティアという緑髪の少女に顔を向けた。


「若く見えるのは羨ましいわね」

「いや、でもティシアさんも若いじゃないですか」

「ジン殿と同じくらいに見えたらどうしよう?」

「でもジンさんは二十代半ばくらいに見えるのなら、同じくらいでも問題ないのでは?」

「半ばって……私、まだ二十二なの!」


 ぷくっと、頬を膨らませて拗ねてみせるティシア嬢。堅物な騎士さんかと思いきや、意外や意外、可愛い。

 俺は微笑すると、前を行くベルさんの背中に声をかけた。


「そういや、ベルさんって幾つなんだ?」

「さあな、忘れた」


 そっけなくベルさんに一蹴された。聞かれたくないのか、本当に歳を忘れたのか。はたまた人間にあるまじき歳だから、クーカペンテ人たちの前での明言を避けたのか。


「まあ、わからないならしょうがない」


 自分の記憶喪失の嘘のこともあるから、深く追求はしない。



  ・  ・  ・



 カスティーゴ冒険者ギルドのギルマス、ロバールは、もたらされた報告に仰天した。


「……大竜、だと……!?」


 駆け込んできたギルド職員は、コクコクと頷いた。


「はい! 王国西部にて、現れた大竜はこちらへ向かっているようです! すでに大竜が通りかかった場所の冒険者ギルドや王国守備隊が返り討ちにあっているそうで……」

「まさか、大竜なんて伝説の存在だろう!?」


 信じられないとロバールは席を立った。


「なんで、こっちへ来るんだ? おい、どうなってるんだ!?」

「いや、わかりません……!」


 いきなり掴みかかられ、職員は困惑する。すっかりパニックになるロバール。


「その一息で、山の木々は枯れ、羽ばたきで村ひとつが吹き飛ぶ……! そんな化け物が、現れたというのか! ええっ!?」

「……!」

「勝てない。おしまいだ……! まさか、畜生めーっ!」

「あの、討伐は?」


 恐る恐るといった調子で職員は問うた。血走った目でロバールは睨む。


「討伐? 何を言ってる? 大竜だぞ! かないっこないだろうが、馬鹿め!」


 いや待て――そこで、ロバールは掴んでいた職員を解放した。


「ジンとベルを呼べ。あいつらに大竜を討たせるんだ!」

「は……あの二人にですか……?」

「そうだ! あいつらは誰も倒せなかった双頭竜を倒した勇者だぞ! あいつらなら!」


 大竜を倒せるのではないか? ロバールはそう思った。

ブクマ、評価、レビューなどお待ちしております。


英雄魔術師はのんびり暮らしたい2巻、4月10日、今日から一週間後に発売です! ジンやベルさんの活躍どうぞ、よろしくお願いいたします。

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