第46話、邪神塔ダンジョンの歴史
その日は、7階まで行って、ポータルを使ってカスティーゴに戻った。
最初は、現地でキャンプしながら、非常時やスタンピード前だけ離脱でポータルを使おうと思っていた。
だけど、モンスターが徘徊する場で食事や寝泊まりするより、安全な場所でしたほうが負担がなくなるので、進む時以外は撤退することにした。
誰かが常に警戒し、休んでいる時もとっさの事態に備えないといけない、というのは、やはり疲労が溜まるのだ。万全に近いコンディションを保ちながら、攻略していこう。
城塞都市に戻る前に、近くのセンシュタール工房へ立ち寄る。休憩がてら、教授にこれまでの邪神塔ダンジョンの話をする。
「噂以上に面白いダンジョンのようだね」
中と外の広さの違い、巨大な仕掛け……。今のところ、希少なアイテムとかモンスターはないけど、いずれは教授の関心を引くようなものも出てくることだろうと思う。
「そもそも邪神塔ダンジョンって、何なんです?」
三百年前にお知り合いのいるリリ教授に聞いてみる。あの塔っていつからあるのだろう?
「最近だよ。でもかれこれ三、四十年くらい前かな」
……さらりと、うん十年前を最近とか言ったよ、この人。
「君はヴェレリエン帝国が、この辺りにのさばったのは知っているかい?」
「今の連合国ができるきっかけにもなった帝国ですよね」
滅びたっていう。それ以上は知らない。……知ってる? と、エルティアナを見れば、彼女も首を横に振った。
「その帝国が邪神塔がある場所にやってきてね。古代文明時代の遺跡があるってことで発掘作業を始めた」
「その時は、まだダンジョンじゃなかった……?」
「今のような週一スタンピードはなかったよ。魔力が豊富な土地でね、周囲の森は相変わらず魔の森といって恐れられていたけど」
俺たちは、リリ教授の話に耳を傾ける。いつの間にか妖精さんがお茶を用意してくれていた。
「で、ある時、遺跡で何か仕掛けが発動したらしい。地面から塔が生えてきたよ」
「塔が!?」
なにそれ、すげぇ……。
「あのダンジョンが塔と言われている由縁だね。今も塔の幻影が見えているけど、かつては幻じゃなくて、本当に塔が建っていたんだよ」
「なるほど」
ベルさんが頷いた。
「でも、今はまた地面に引っ込んでいるのか」
「そういうこと。塔を浮上させた仕掛けだろうと思うけどね」
詳細は教授でもわからないそうだ。好奇心の塊みたいな人だけど、自分で見に行ったりしなかったのだろうか? やっぱ妖精族だからと、すんなり行ける場所でもないってことかな。
「で、ヴァレリエン帝国は、連合国と戦争をしていたわけだが、彼らは劣勢となった。その結果、この地を撤退することになったが、そこでひとつの仕掛けをしていった」
「仕掛け、ですか……?」
「うん。どういう原理なのかアタシも知らないけどね、以来、邪神塔からダンジョン・スタンピードが発生するようになった」
それが現在に続く、この地でのスタンピード現象の始まり。リリ教授は続けた。
「ここで定期的にスタンピードが起こるようになったから、ヴァレリエン帝国は、目論見通り、連合国の戦力の一部をこの地に貼り付けることには成功した」
「だが、帝国は滅びた」
ベルさんの言葉に、然り、と教授は首肯した。
「連合国の勢いは止められなかったということだね。ただ、帝国打倒後も、スタンピードが止まるわけでもなく、連合国としても、邪神塔の調査、攻略を進めたけど……結果は、言わずもがなだね」
攻略はならず、この城塞都市カスティーゴで、スタンピードと戦い続けている。そんな歴史があったんだなぁ……。
感心している俺をよそに、リリ教授は言った。
「結論としては、邪神塔ダンジョンとは、古代文明時代の遺跡だった、ということになるかな。……詳しいことは、君たちで攻略して調べてくれよ」
「わかりました」
背景はともかく、攻略するつもりだったからね。最深部までたどり着いたら、謎は解けるかもしれない。
「君たちには期待しているよ」
教授は席を立った。
「何せ、これまで攻略できず、その糸口さえつかめなかった現状に風穴を開けたからね」
「まだ7階ですよ?」
「でも次は、7階からスタートできるだろう?」
さてさて、と言いながら、作業台の上に紙を広げた。
「どれ、アタシたちは、君らの支援活動をしようじゃないか。何か必要な魔法具や武器などあったら言ってくれ。作るから」
周囲にいた妖精たちが、俺たちに好意的な視線を寄越した。どうも、教授や妖精さんたちは、邪神塔ダンジョンの内部の話で製作意欲が沸いたらしい。
「いいんですか?」
ちなみに、お値段のほうは……?
「うーん、邪神塔の面白い話とか、何か貴重な素材をくれればいいかな」
・ ・ ・
カスティーゴに戻り、宿で休憩――と言いながら、俺はザーニャさんのいる娼館に行った。もちろん、お楽しみのためだ。
「月並みなセリフだけど、ここに来れなくなるかも」
ベッドに横たわる俺に、ザーニャはその身体を被せてくる。
「……お別れの挨拶かしら?」
少しさみしそうなその声。思わず、俺は彼女の髪を撫でた。
「君も邪神塔の話は知っているだろう? 俺たちはダンジョンを攻略する」
「……確かに、月並みなセリフね」
ザーニャさんは、クスリと笑った。
「ここで働く女の子は、みんな一度は冒険者さんからそのセリフを聞いているらしいわ」
「だろうね。ここは邪神塔ダンジョンありきの街だから」
気取ってみたものの、そこらの男たちと違うところを見せようとして、結果同じとはかっこ悪い。
「ふふ、そんな顔をしないで」
ザーニャさんは俺の顔を覗き込み微笑した。天使の微笑みだ――俺は魅入る。
「いつでも、ここに来てもいいからね。ここは、疲れた心と身体を癒やす場所」
おいで――ザーニャさんは俺を抱きしめた。
まるで母なる存在のように感じた。天使、いや大地を司る女神だ。その豊かに実った身体のすべてが、俺を胎児に戻し、優しく包み込んでくれる。
悩みも、不安も、何もかも溶けて、光に飲み込まれた。
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