第45話、まだ序の口だよ
地下3階。ここもまた迷宮型。前の階同様、ベルさんの使い魔たちが索敵して構造を把握。すると迷宮というよりは、ただ構造が複雑で部屋が多いタイプだと判明した。
そしてここで、ようやくモンスターの登場。現れたのはゴブリン。
「はーい、エルティアナさん、やっちゃって」
俺が指示すれば、弓使いの少女はエアバレットで、現れたゴブリンスカウトを吹き飛ばし、殺害。群れると厄介なゴブリンも、単独ないし少数なら雑魚だ。
……と思っていたら、とんでもないことになった。
遭遇直後に、仕留め損なったゴブリンが、フロア中の仲間へ通報したらしく、そこからあらゆる部屋にいたゴブリン、ホブゴブリンが通路に殺到した。当然、包囲される格好になり、くっそ面倒臭い消耗戦に突入。
「ファイアー!」
俺は巨大な火炎放射で、通路に押し寄せた奴らをまとめて火炎地獄に突き落とす。
ギャアアー、と小鬼どもの悲鳴が木霊する。防御障壁を展開。火だるまになりながらも突っ込んでくる個体が、壁にぶち当たり、崩れ落ちていく。
片方は俺。もう片方の通路はベルさんが防ぎ止める。こちらも障壁で道を塞ぎつつ、時々、強力な切断魔法で一掃。それを繰り返していた。
「やべぇ、さすがにゴブリンとはいえ、これだけ数が多いとな……」
ゴブリン・ウェーブが終わり、俺は、マジックポーションで魔力を回復させて一息つく。
「たった3階だぞ」
真面目にやっていたら、滅茶苦茶消耗しているぞ、このフロア構成! 広い部屋での階段探しで体力と根気、迷宮で、移動とトラップ警戒の集中力。そしてこのゴブリン集団との戦闘で魔力や戦闘力の消耗……。
「並の冒険者なら、たぶんここまででやられていたんじゃないかね」
ベルさんが鼻で笑う。この人は全然、大丈夫そうだった。
「ま、帰りはポータルが使える分、オレたちはまだやれるがな」
「そりゃそうだ。ポータルがなかったらゾッとするね、これ」
気を取り直して次のフロアへ降りるべく、通路を進む。階段を下っていくが、途中からカーブを描きだし、直線と思っていた階段が螺旋状になった。
円筒形の室内、床は底が見えないほど深いようで黒い。高さは三階くらいか、螺旋階段の途中に台座のような足場があって、壁へと伸びる細長い通路がある。それが各階に一本ずつ、上段、中段、下段の三本だ。通路の先には扉がそれぞれある。
「お、分岐か?」
ベルさんが眉間にしわを寄せた。
「ただの小部屋か、それともさらに先が続いて、それぞれ行き先が違うのか」
「ひとつずつ、見ていくか?」
「はずれだと面倒だからな」
ベルさんは、使い魔を放った。偵察に便利だ。ここまでお世話になりっぱなしである。結果を待つ間、エルティアナが手すりのない階段の下を覗き込む。
「どれくらい、深いんでしょうか?」
「かなり。落ちたら、無事では済まないんじゃないかな」
とりあえず、最初の通路のある足場まで歩を進める。使い魔が戻ってきて、ベルさんは、さらに顔を険しくさせた。
「三つの部屋は、それぞれ行き止まりだ。宝箱とかがあるわけでもない、狭い部屋だ」
「行き止まりって……この先がないのか?」
「今のところはな。ただ、小部屋にはそれぞれレバーがあるそうだ。逆に言うとそれしかなかったんだが」
スイッチ……罠かな? 俺は首を捻る。あるいは、レバーを作動させることで、新しい道が開けるとか? 新手のパズルか。
「あんまりレバーとか触りたくなんだけどね」
「ああ、だが他には戻るか、飛び降りるかしか道がない」
「飛び降りるのはお勧めできないね」
階ごとに異空間になっている可能性がある以上は。飛び降りて下にいけるなら、浮遊で飛び降り一択なんだけどね。
埒が明かないので、試しにレバーを作動させることにした。まずは一番近い上の段のやつから。代表して、ベルさんが単身、小部屋へと乗り込む。
人ひとりが渡れる幅の通路。手すりはなく、足を滑らせれば、底の見えない暗闇に真っ逆さまだ。飛行する魔物が現れることなく、ベルさんは無事に渡りきり、小部屋へと姿が消える。
「警戒しろよ」
俺は、エルティアナに周囲を見張らせる。
「モンスター召喚のトラップで、いきなり周囲が敵だらけってこともあるかもしれない」
というのはゲーム脳なんだけどね。ただ、罠の可能性は捨てられない。
「――引くぞ!」
ベルさんの声が響いた。次の瞬間、ゴゴゴッと重々しい音を立てて、上段通路に繋がる壁が右方向へスライドしはじめた。
「おいおいおい……」
橋型の通路もそれに併せて移動する。足場と螺旋階段は、振動の影響を受けているものの、こちらは動かなかった。
右へ四十五度動いたところで止まる。……うへぇ、仕掛けすげぇ。警戒しろと自分で言っておきながら、呆気にとられてしまっていた。
「何か変化があったか?」
ベルさんが顔を出した。通路が移動した旨を伝えると、やはりと言うべきか首をかしげられる。
「何なんだそれは……」
「たぶん、先に行くためのギミックだと思う。ちなみに、ベルさん、レバーを止めた?」
「いや、一回引いて、そのままにしたら勝手に戻った」
それで止まったのかな?
「もう一回引いてもらえる?」
わかった、とベルさんが小部屋に引っ込んだ。再び重々しい音と共に右へスライド開始。またも四十五度で停止する。
ふむふむ。じゃあ、今度は真ん中の部屋のレバーを動かしてみようか。
「わたしが……」
エルティアナが志願して、螺旋階段を下った。そして小部屋への通路を素早く駆け抜けた。
結果、中段も上段と同じく、右方向へ四十五度スライドした。これ、回数によっては、上段と中段、重なるね。そうなると――
俺は下段まで降りて、螺旋階段が途切れている場所まで着く。ほんと浮いているなぁ、この足場。橋型通路を渡り、小部屋へ。確かに、すぐ行き止まりになっていて、向かって左にレバー型スイッチがあった。年季が入っていて少々汚く、金属部分の表面に若干錆がついていた。
よしよし、こいつを引くぞっと。俺はレバーに手をかけ、下へと引いた。……あれ。何の音もしないぞ? レバーもすぐに元の位置に勝手に戻った。
念のため、もう一回動かしてみたが、やはり反応がなかった。故障……? いやそれとも。
小部屋から通路に戻ると、上段でベルさん、中段通路からエルティアナがこちらを見ていた。
「どうした?」
「こっちは動かない」
ということで。
「ベルさんはレバーを三回、エルティアナはレバーを一回引いて、通路の位置を下段の通路に合わせてくれ!」
「それでどうなるってんだ?」
「わからないからやるんだよ!」
俺が返すと、二人はそれぞれレバー操作に戻った。右へ四十五スライド。それで下段通路の上に、二つの通路が重なるように動かしていく。……おう、スライドで位置ぴったり。
今のところ変化はなし。では俺は改めてレバーを引くと、ガコン、と音がして、部屋に新たな扉が現れた。はい、クリア。
通路に戻り、二人に道が開けたと報告。螺旋階段を通ってベルさんとエルティアナがやってくる。
「よくわかったな」
「別にわかったわけじゃないさ。適当な思いつきだよ」
やってみるもんだな。ともかく、この階層は突破だ。
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