第42話、ゴブリン軍団の襲来
今日のカスティーゴは、大量のお客さんの来店日。つまり、週に一回のダンジョン・スタンピードの日。
押し寄せたのはゴブリン軍団。ただでさえ群れて行動する連中だが、今回はその数が半端なく、あっという間に城塞都市は全周を包囲されてしまった。
「やべえな、この数は……」
俺は、魔法で岩石の雨を降らせる。城壁から見下ろす分には、魔法でゴブリンどもがプチプチと潰れていくのがゲームじみて感じるが、笑う余裕はなかった。
壁の向こうはゴブリンだらけ。ただのゴブリンだけでなく、体格のいいホブゴブリンもまた多い。空から見下ろしたら、都市がゴブリンの海に浮いているように見えるかもしれない。
城壁の上から魔術師が魔法を、弓兵が矢を放つが、どう見ても焼け石に水だった。最近一部で流行っている爆弾矢もゴブリンどもを吹き飛ばしているが、数が数だけにすぐに穴は埋まってしまう。
「ジン」
ヴィックが俺のそばにやってきた。鉄兜にクロスボウを持った戦士スタイル。ちなみに、俺たちがいるのは城壁東。ヴィックは東門守備に割り振られた冒険者組のリーダーを務めている。
「先は長い。後ろに下がって休憩をとれ」
「……あぁ、そうだな。了解」
まるで先が見えない。戦いはじめて、かれこれ一時間は経っているが、開始時と何も変わっていないようにも見えている。それだけ敵の数が多すぎるのだ。
城壁の歩廊から下がり、俺は石段に腰掛ける。周りで頑張っている弓兵。矢の補充を持ってくる補助人員が走りまわっている。
「こんなに多いのは初めてだ」
「週一スタンピードでも、こう多いのは滅多にない」
ヴィックが呆れ顔で敵集団を見ながら頷いた。彼も小休止らしい。水筒の水を一口。
「元々、ゴブリン軍団の日は物量が凄いんだが、今回は特にひどい」
「これ、大丈夫なのかね?」
俺はカスティーゴに来て、初めてスタンピードでやばいと思った。
本来、ダンジョン・スタンピードといえば、国が対処に当たるほどの大事だ。だが週に一度のスタンピードにさらされるカスティーゴは、回数の分、小規模だろうと思っていたのだが……。
やはり敵の種類がひと回りするまでは安易にわかったつもりになるべきではなかったな。
「今回は城壁を突破されるかもしれん」
ヴィックは眉をしかめた。
「連中は、城門を破るか、梯子を使って壁を超えようとする。で、俺たちはそれを阻止しながら敵の数を削っていくんだが……今回は、敵の数があまりに多くて、しかもすでに壁に取り付かれている」
長梯子で攻めてきた時に備え、弓兵たちの他に、ベルさんやユーゴといった前衛系の戦士たちが城壁の上で待機している。
「だが至る所から、梯子をかけられたらな、どこかで綻びが出てくる。そこから水が染み出すように周囲に広がっていく」
「一度登られると、そこから戦線が一気に崩れる、か」
「そういうこと」
頷くヴィック。俺は天を仰ぐ。映画とかで見たことあるけど、防衛側も結局物量に負けるっていう流れ。それが現実に起きるかもしれない、とくると、さすがに緊張を隠せない。
「敵は全周にいる。一斉にかかられると、俺たちの持ち場だけでなく、他の場所が崩れて、そこからおしまい……ってこともあるわけだ」
「気の滅入る話をどうも」
俺は思わず皮肉っぽくなる。
「でもまあ、この城塞都市が存在しているってことは、陥落したことはないんだろう?」
「俺たちがいる間はないが、過去、陥落したことが数回あるらしい」
「……」
なんてこった。ますます滅入るね、こりゃ。俺も東門守備頑張るから、他の門を守っている皆さんも頑張ってー。
「やっぱ、戦いってのは数なんだなぁ」
「何を言ってるんだ?」
当たり前のことを、と言わんばかりのヴィックに、俺は肩をすくめた。
「だってさ、一騎当千の強者がいたとしても、誰かがどこかでしくじると全体が終わるだろう? 一蓮托生、皆が一致団結しないといけないわけだ」
「その通りだ。……あぁ、そうか。君は集団戦闘の経験は――」
「ここにきて、スタンピードを戦った分だけだね」
それでも、個々の力で何とかできたレベルだったんだけどね。
「あんたは? ヴィック」
「クーカペンテで。盗賊相手に兵を率いたこともあるが、やはり、大帝国との国土防衛戦争かな」
ヴィック・ラーゼンリードは、連合国のひとつ、クーカペンテの出身。そしてそのクーカペンテは、現在、ディグラートル大帝国に占領されてしまっている。
彼と、その部下、仲間たちは故国を離れ、こんな邪神塔周辺で魔物と戦っている。
「ヴィック! 敵の梯子だ!」
城壁の兵が叫んだ。どうやらゴブリン軍団が、カスティーゴへ乗り込もうと本格攻勢に動き出したようだ。
「さて、出番だ。今夜は徹夜かな」
「勘弁してほしいね、そいつは」
俺も戦闘に戻る。
ゴブリン軍団の進撃は、ヴィックの話の通り、巨大な長梯子で行われた。梯子を登ってくるところを叩き落とす簡単なお仕事……と思えるかもしれないが、ところがどっこいそうはいかない。
長梯子は鉄で補強されて、ちょっとやそっとじゃ押せない重さになっていた。しかも剣や斧で簡単には切れないときている。
わらわらとゴブリンどもが登ってくるわけだが、そこを狙い撃とうと城壁の前に身体を乗り出すと、下からゴブリン弓兵が矢を放ってくる。特にやばいのがクロスボウを持っているゴブリンだ。これにやられる守備隊弓兵や冒険者も少なくない。
そして厄介なことに、梯子はひとつや二つではなく、城壁に掛かるなら、とにかく掛けてしまえとばかりに、広がるもんだから、守るこっちも薄く広がざるを得ない。
つまり、十はかけられた梯子から、ひとつ突破されると、その侵入を防ごうと守備側も防備や注意がばらけ、そうしているうちに二つ、三つと突破されていくという悪循環。穴あきボートの浸水をバケツで排水するようなもので、事態はどんどん悪化していく。
ベルさんがゴブリンを無双し、俺やエルティアナも、ヴィックたちも奮戦し、小鬼どもの死体を山と積み上げた。
途中、北門と南門で救援要請が入って、もうてんやわんやの大忙し。朝までにゴブリン軍団は撃滅したが、守備隊、冒険者と、一部町の協力者たちに死傷者が出た。
治癒師や回復魔法の使える術者らが、負傷者の手当に奔走するが、至る所で傷を負った者たちの悲痛な声が上がっていた。屈強な冒険者や歴戦の騎士も例外はなく、大半の者がゴブリンの返り血で、装備や衣服を黒く汚していた。
「大丈夫か、エルティアナ?」
声をかければ、疲れたような表情で彼女は頷いた。
「ジンは?」
「俺も大丈夫……!」
そう答えたところ、彼女は俺の顔に手を伸ばし、ほほについていただろう血を拭った。
「ありがとう」
「いいえ」
魔術師の俺でさえ、返り血が跳ねる位置で戦ったぞ、こん畜生。
疲れた、寝たい。疲労した身体に活を入れ、血の跡が生々しく残るカスティーゴの町を行く。とりあえず、東門リーダーのヴィックに声をかけて……それで帰れるかな?
お、いたいた。ヴィックとユーゴ、クーカペンテ戦士団の面々が固まっている。
「どうしたんだ?」
覗き込むように彼らのそばに寄れば、ひとりの戦士が倒れている。すでに死んでいるようだが、ひょっとしてお仲間かな?
「ジン、ベルさん」
ヴィックが振り返った。
「厄介なことが起きたぞ」
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