第39話、今度は迷宮だってさ
邪神塔攻略の情報を集めていたら、またもギルマスから呼び出された。
指名依頼。
だがロバール氏からの話は、自然と身構えてしまうな。巨大アリの巣の件は忘れていない。
「カスティーゴの西側に山岳地帯があるんだが、そこにダンジョンがある。そこを制覇してくれ」
淡々と、ギルマスは告げた。
「これまで行って戻ってきた奴はいない、高難度ダンジョンだ。古い時代の魔術師が作ったと言われて、その時代の魔法武器やお宝があると言われている」
「……そのお宝を拾ってこい、ですか?」
「そりゃ、あればぜひ欲しいところではあるがね。そんなことよりも、そのダンジョンを制覇した、という事実が欲しいんだ」
どういうこと? 俺とベルさんは顔を見合わせた。
「このカスティーゴは、邪神塔ダンジョンの魔物と戦っている。それはこの王国の治安を守る側面もある重要な仕事だ。だが、古の魔術師ダンジョンが未踏破の状態で、制覇しようと意気込む冒険者が出てくる」
そこでロバール氏は顔をしかめた。
「行って帰ってくるならいい。だが行った奴が誰も戻ってこない。お宝目当てに貴重な戦力がカスティーゴから失われるのはよろしくない」
確かに。ダンジョンスタンピードが頻繁に起こる土地柄。戦力でもある冒険者が減るのは望ましくない。
「かといって、弱い奴を送るわけにもいかん。このカスティーゴでもトップクラスの冒険者を送り、さっさと踏破の状態にしておきたいのだ」
お宝があるかも、と思うから人が集まる。さっさとクリアして、めぼしい宝は回収しましたよ、って状態にしておきたい、ということだ。
これまで人が帰ってこないってダンジョンだ。トップクラスを派遣するっていうのも犠牲を少なくするために、頷けるところではある。……トップクラスだって?
俺たち、それなりに評価されてるのね、この人に。ちょっと意外だ。
ベルさんが口を開いた。
「いっそ立ち入り禁止にすればいいんじゃね?」
世の中には放っておいたほうがいいこともある。しかし、ギルマスは皮肉げに口元を歪めた。
「禁止したところで、お宝があると知りながら冒険者が従うと思うか?」
無理だろうな。入ろうとする奴は、禁止したって入る。それで死ぬなら自業自得なのだが、ギルマスとしてはカスティーゴの冒険者を減らしたくないから、放置もできないということだろう。
「オレたちだって、帰ってこれないかもしれないぜ?」
「ふん。お前たちが無理なら、他の奴でも無理だろう」
つまり、トップクラス冒険者でさえ帰ってこれないダンジョンだって宣伝することで、低級冒険者らの警告とするわけだ。……いやだいやだ。
で、結局、俺たちはクエストを受けた。断れば色々面倒なことはわかっていたが、未開拓ダンジョンとなればお宝は先着順と相場が決まっている。その機会を逃す手はない。
まあ、今まで誰も戻ってこなかったダンジョンなんて、響きが嫌すぎるのだが、ポータルなどの転移魔法が使える現状、行ってみるか、という気になったわけだ。
そんなわけで、現時点でわかっている未踏破ダンジョンの情報を収集。『ミロス山の迷宮』というらしい。
その名の通り、ミロス山の中腹に石造りのダンジョン、その入り口がある。入ってすぐに魔法陣があり、そこから中に転移されるらしいが、転移してから戻ってきた者は皆無らしい。
「その魔法陣の出口がどこかに、よるんじゃないか」
ベルさんが言った。
「一、全然関係ない遥か彼方に飛ばされた」
「大陸の端に飛ばされたとかなら……確かに、カスティーゴまで戻れる奴はいないかも」
「二、転移先が何らかのトラップで出た早々、飛んだ奴は死亡」
「たちが悪いな」
それってダンジョンじゃなくて、ただの殺人罠じゃないか。
「えてして、ダンジョンを作る魔術師なんて、たちが悪いもんさ」
ベルさんは笑った。
「三、転移は入る時のみで、出口用がない」
「つまり、飛んだら最後、出口のない迷宮に閉じ込められる?」
出口がないから帰れない。脱出不能。それはそれで意地の悪いトラップである。
エルティアナが、小さな声で問うた。
「ダンジョンに強力な魔物がいて、それにやられてしまったのでは……?」
「その可能性はあるな」
「いや、それなら誰ひとり帰ってこない理由には弱いな。誰かしら戻ってきてもよさそうだ」
「一度、遭遇したら逃げられない魔物だったり?」
あるいは、ギリシア神話に出てくるメドゥーサのように、石化の魔眼とかにやられて、戻ってこなかったってパターンも。
「そういうの、言い出したらキリがないな」
そのベルさんの言葉に、俺とエルティアナは頷いた。
・ ・ ・
センシュタール工房を訪れた俺たち。リリ教授に、ミロス山の迷宮に行く、という話をしたら、「ああ、あそこか」と、適当な調子で返された。
「えーと、三百年くらい前かな? とある魔術師が、自らが蒐集した希少な魔法具や財宝を保存するために作った倉庫だよ」
「倉庫」
身も蓋もない……。ダンジョンというワードに比べると何とロマンの欠片もない響きよ。それにしても、教授、三百年くらい前とか言った?
「知っているんですか?」
「ああ、あの迷宮を作ったとある魔術師というのは、知り合いでね。自分のお宝を取られたくないから、誰にも奪われない倉庫を作りたいって相談されたわけよ」
教授は作業台で、ブーツに何やら飾りをつけていた。どうも例の浮遊靴を作っているようだった。教授は手を動かしながら、俺を一瞥した。
「まあ、ケチな奴だったよ」
「そのダンジョン……いえ、倉庫ですが、入ったら戻ってこれないというのは?」
「簡単な話さ。入り口はあるが、出口がない。入ったら、そのまま出てこれない。だから誰も帰ってこないのさ」
俺は、ベルさんへと視線を向ける。――推測が当たったね、ベルさん。
「帰り道がないんじゃ、その偏屈な魔術師も、お宝置いたら帰れないんじゃ……?」
「それは簡単だ。その魔術師は転移魔法が使えたからな」
なるほど。出口がなくても、自力で転移できるってわけだ。……ん? 待てよ。
「じゃあ、入り口だっていらなくないですか? 転移できるなら」
「あー、その魔術師はな、自分の宝を狙ってくる奴が許せないんだと。だから入り込んだ奴が出口のない倉庫で餓死するように、入る専門の転移魔法陣を入り口にしたんだよ」
いわゆる、ミイラ取りがミイラになるって奴か。餓死したら、そいつの遺品も倉庫に保存。わーお……。
ベルさんが皮肉げにニヤリとした。
「なら、転移魔法が使える奴なら、入りたい放題じゃないか?」
「まあ、そうなるな」
リリ教授は認めた。
「君たちなら入って帰ってこれるだろうけど、気をつけろよ。番人としてゴーレムが配置されてるからね」
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