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第3話、生け贄


 人間は慣れる生き物である。

 固い地面で寝るのはしんどいが、初日より二日目、二日目より三日目と少しずつ慣れてきている。


 俺はその間にもベルさんから魔法を教わり、また初歩的ながら剣や棒状武器の扱い方や戦い方も学んだ。

 日本にいた頃より明らかに危険な魔獣が徘徊して、治安も悪い世界である。魔法もだが、それ以外でも身を守る術は身につけないといけない。


「弓とかもいいかもしれないな」

「魔法があるのにか?」


 俺の呟きを聞き、ベルさんが鼻で笑う。

 森の中にある細長い街道を俺たちは進む。街道といっても舗装されているわけではないが、左右に森はあっても若干開けているため、太陽の日差しもあって明るかった。


「狩りもしているから、飛び道具といったら弓矢かなって思ってさ」

「ま、魔法ってのは基本、距離が離れれば離れるほど効果も下がるって相場が決まってるからな。弓と魔法じゃ、弓のほうが強いこともある」


 そう聞いたら、ぜひ触ってみたくなったな弓。でもあれ、引くのに力がいると聞く。後ろから援護役って言うと、前線より力がないみたいな印象だけど、こと弓使いは筋力も重要要素じゃなかろうか。


「それにしても、人と会わないな」


 一本道同然の森の道であるが、盗賊以外にとんと出くわさない。近くの村人とか、旅人とすれ違ってもいい気もするのが。……このあたりに集落はないのだろうか?


「そんだけド田舎だってことだろう?」


 ベルさんは呑気だった。


「いいじゃないか。本当ならここは敵地なんだ。人に出会わないほうが面倒もなくていい」

「それはそうなんだけどな……」


 俺は首を横に振った。


「ほら、俺とベルさんさんで狩った獣の解体部位も増えてきたから、そろそろ集落で何か交換できればなって……」


 何もないそこに手を伸ばす。すると俺の手は異空間に入り、そこにしまっておいた狼の爪を取り出した。

 はい、異空間への収納魔法、いちおう使えるようになりました。解体部位などは、そっちにしまっているから、傍目には俺たちは手ぶらである。

 ただ異空間への収納が使えるのはいいが問題もあって――


「せっかく肉があっても腐ってしまうんだよな……」


 異空間でも時間経過はあるようで、ナマモノは放置すると腐ってしまう。どうにかならないか色々試したいが、まだ異空間へのアクセスすら失敗することがあるので、処置なしである。……情けない話だが、時々、収納したはずの場所と違う異空間と繋いでしまうことがあるんだよ……。


 ベルさんは、収納庫がいくつも作れるなら才能あるぞ、と褒めてくれたが、しまった場所にたどり着けないのでは、しまう意味がない。ただのゴミ箱だ。


「おっ……!」


 ベルさんが前方に視線を固定した。


「ウワサをしたせいかな。村らしきものが見えてきたぞ」

「マジか!」


 俺も前へと視線をこらしたその時、不意にベルさんが警告を発した。


「ジン! 脇に寄れ!」


 言いながら森へと走るベルさん。何かはわからないが、俺も釣られて街道を外れる。近くの木に隠れるベルさんに俺も倣う。


「ベルさん……?」


 いったい何だ? 俺が聞こうと見れば、ベルさんは顔を上げ、空へと視線を走らせている。直後、森のすぐ上を影がよぎった。


「!?」


 影は三つ。人だったか? 俺は驚く。見間違いでなければ、(ほうき)に跨がった魔女のように見えたが……。


「おとぎ話の魔女か何かか?」

「さあな。魔法使いの会合か、それか大帝国の追っ手かもな」

「追っ手……」


 思わずごくりと喉が鳴った。異世界人を武器の素材にしようとしていた連中。その仲間か――


「まさか、俺たちを追って……?」

「かもな。……村に降りるみたいだ。様子を見よう」


 街道の先にある村に、箒に乗った魔女たちがゆっくりと降下する。俺とベルさんは、警戒しつつ、その村へと近づいた。

 だが、すぐに近くの茂みに身を隠すことになる。

 木造の簡素な家が複数建っている村。その家々の隙間から広場が見えたが、そこに複数の人影。


「ジン、遠視」


 ベルさんの指示に従い、遠距離視界――視力を強化し遠くのものを見る魔法を使う。望遠鏡で覗くが如く、視界が拡大。


「さっきの魔法使いらしい奴らに……兵士もいる?」

「三つ首の竜……大帝国の部隊だな」


 ベルさんが、小さな声で教えてくれた。


「危なかったなジン。もう少し早く村に着いていたら、連中と鉢合わせだったぞ」

「そうだけど……。何で帝国の連中がこんなところに……?」

「……あれが答えのようだ。見ろ」


 ベルさんが広場を指さした。

 帝国兵に囲まれるように、ひとりの村人らしき男が引きずり出された。縄で縛られているのは二十代くらいの男性。痩せ型、というかやつれている?


「いったい何がはじまるんだ……?」


 俺は息を殺し、なりゆきを見守る。帝国兵と共にいるひとりの魔女が、拘束され、膝をついている男の前に出た。



  ・  ・  ・



「手こずらせてくれたわね、異世界人」


 ファナ・キャハは腰に手を当て、威圧するように、その男を見下ろした。


「頼む! 助けてくれ……! おれは何も悪いことはしちゃいない!」

「……間違いないわね。どこの国とも知れない異世界の言葉を使う男。研究所からの脱走者め」


 通報のとおりだ。ファナ・キャハはほくそ笑む。

 腰のポーチに手を入れる。収納魔法の付与された魔法具ポーチから、一本の黒い魔法の杖を取り出す。

 そしてファナは、杖の先端を男に向ける。するとカタカタと杖が生き物のように小刻みに震えだした。ファナ・キャハはニヤリと笑う。


「あぁ、このコが言っているわ。早くお前の魔力を喰らいたいって。異世界人の生命力と魔力は格別だって、知っているのだわ!」


 古代文明時代の遺産を再現した武器――魔器。それを手にしているファナは壮絶な表情を浮かべる。

 目の前には、事情もわからず、それでも嫌な予感に身を震わせている哀れな男がいる。慈悲を求めるような泣き顔が無様で、ファナの嗜虐心が煽られる。

 大の男がすがりつき、しかしそれを無慈悲に踏み潰す感覚。――なんて、最っ高なのかしらッ!


「大帝国のため、贄となりなさい! 古き魔の力を宿し杖よ――」


 ファナ・キャハは大仰に呪文を唱える。すると血のような真っ赤なリングが杖の先に(ほとばし)る。そして赤き魔力の腕が伸び、男を包み込む。

 抵抗できる術を持たない異世界人は、魔の手に絡め取られ、そして大絶叫が辺りに響き渡った。

本日二話目投稿。

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