第35話、転移魔法を考える
ギルマスの机に、バスケットボール大のキラーアントの頭を叩き付けるように置いてやった。
「お話にあった、新しいダンジョンですが、ただのキラーアントの巣でしたよ」
俺は冷ややかに、ロバール氏を見下ろした。机に肘をつき、立っている俺を見上げるギルドマスターは、苦虫を噛んだような顔である。
「何せ発見されたダンジョンらしい穴ということだったからな。第一発見者が間違えたんだろう」
「なら、クエスト票にも『ダンジョンらしい』とか、『未確認』の一言でも書いておいてくれませんか」
ギルマスからの指名依頼は、『最近、魔の森東部に、ダンジョンが発見された。調査のため、ダンジョン内を偵察してほしい』というものだった。
新発見のダンジョンと聞いて、俺はベルさんとエルティアナと一緒に、このダンジョンといわれている穴に入ったのだが、そこはただのキラーアントの巣だった。
ちなみにキラーアントは高さ1.5メートルほどの人型に蟻の頭と尾を持っている昆虫系亜人で、獰猛な肉食のモンスターである。
一匹みたら百匹はいると思えの殺人蟻の巣に入ったら、普通ならまず生きて帰れない。ええ、まったく大変な目に遭いましたともさ。これには頭にきた俺である。
手のかからない自殺がしたいなら、キラーアントの巣へ行けと言われているらしい。そんなところに、素知らぬ顔で送り込まれたら、そりゃ腹のひとつも立つというものよ。
「わかった。クエスト自体に問題があったようだ。ではこの依頼は取り下げる――」
ギルマスがそう言った瞬間、突然、彼の前で机が割れた。……繰り返す、机が割れた。
「まさか依頼に不備があったから、なかったことにして報酬を払わないとか言わないよなぁ?」
ベルさんが殺意のこもった目でロバール氏を見つめていた。
「むしろ逆だ。詫び賃込みで、報酬三倍払ってもらおう」
「さ、三倍――!?」
「五倍だ。不確かな直接依頼を出したおたくには、迷惑料と手間賃を弾むのが常識だ」
ベルさんの威圧が増す。ロバール氏は胸に痛みを感じたのか手で押さえはじめる。顔中から脂汗が吹き出て、キョロキョロと眼球が動く。俺のほうを見たから、そっぽをむいてやった。……ベルさんを怒らせたら怖いよー?
ほら、早く言ってしまえ。そうすれば楽になるぞ――俺は口には出さず、それを待った。たぶん、もう一分くらいだろう。早くしないと、本当に死ぬぞ。
「……わ、わかった。悪かった。きちんと報酬を、その他もろもろ五倍出す!」
ロバール氏がそう口にした。正直、まったく同情しなかった。何せ、クエスト自体が俺たちを明らかに殺しにかかってきていたからね。ベルさんがやらなかったら、たぶん、俺このロバール氏の顔面に一発ぶち込んでいただろうな。それでも生ぬるく感じるほど、こちらの恨みというか怒りは深い。
・ ・ ・
「しかし、ダンジョンと蟻の巣を間違えるもんかねぇ……」
ギルドマスターの部屋を出た俺は思わず口に出していた。
「これはアレかね。俺がザーニャさんと仲良くしているから、始末しようとしているとか」
「かもな」
ベルさんは鼻息も荒い。内心、まだ怒りが収まらないのだろう。魔王様を怒らせて、しかし命があるだけ、ロバール氏はベルさんの寛大さに感謝すべきだと思うね。
「あの娼婦と寝たら早死にするって、あの野郎の仕業かもしれんな」
「笑えない」
普通に殺人、犯罪じゃないか。
「警告はした。次またふざけた依頼でオレらを殺そうとしやがったら、首を刎ねてやる」
ガチだわ、ベルさん。俺は、控えるようについてくるエルティアナを見た。
「すまんな。もしかしたら、俺のせいで危険にさらしたかもしれない」
詫びたら、エルティアナは首を横に振った。気にするな、と言わんばかりだ。こちらは感情が表に出ていないのだが、内心はどうなのだろう? 怒っていたりするのだろうか。
「とはいえ、だ、ジン」
ベルさんが声のトーンを変えた。
「邪神塔ダンジョンの攻略を目指す上で、いい経験にはなった」
魔物だらけの暗く狭い空間での戦い。いや、まあ、防御障壁張ってキラーアントの攻撃を防ぎつつ、最初はちまちま仕留め、途中から巣だとわかると入り口に戻って、大量の高温の湯を流し込んで水没させた。
「ダンジョン内でスタンピードが起きたら、キラーアントの大群みたく閉所でも押し寄せてくるんだろうなぁ」
思い出しただけでもゾッとするキラーアントの軍勢。俺たちが攻略しようとしている邪神塔は、週に一回、ダンジョンスタンピードを発生させて、モンスターを大量に吐き出す。
「どうする、ベルさん? そろそろ、邪神塔ダンジョンを目指すかい?」
攻略を目標にして、ここ最近はそのためのトレーニングや装備を整えたりしていたが。
「うーん……。正直、邪神塔ダンジョンがどれだけ長いかわからないからな。次のスタンピードが終わったあたりで仕掛けたいが、その前に解決すべき問題がある」
「問題?」
「外で話そう。ここではマズイ」
ベルさんが冒険者ギルドの外へと歩き出す。冒険者たちが、たむろっている場所でするべき内容ではないのだろう。俺とエルティアナはベルさんの後に従い、ギルドから出た。そのまま宿へと向かいながら、ベルさんは言った。
「時間制限が厄介だ。限られた時間を効率よく使うために、転移魔法を上達させたほうがいい」
「転移魔法を?」
意外な単語に、俺は考える。ああ、なるほど――
「そうか。転移魔法で、カスティーゴへ瞬時に戻れれば、スタンピードまでの探索時間を伸ばせる!」
ふつうなら無事に町に戻れるまでの道中の時間を考慮して撤退しなければならないが、転移魔法なら、スタンピードの直前まで邪神塔ダンジョンにいることが可能だ。
「オレやお前さんは転移できるが、いまはエルティアナの嬢ちゃんがいる」
ちら、とベルさんが、エルティアナを見た。
「それに今のお前さんの転移だと、集中に少し時間がかかるから、とっさに転移ができないかもしれない」
「……集中するのに、数秒の瞑想時間が必要だもんな。確かに、その僅かな時間が命取りになるかも」
一瞬の差が生死を分かつかもしれない。転移魔法の精度をより高めなくては。
理想をあげれば、発動までの時間をほぼ瞬時に行いつつ、俺だけではなく、エルティアナや場合によってはベルさんも転移させることができる、ということか? ……確かに、これできないと、エルティアナを連れては邪神塔ダンジョンに挑めないな。
「でも、どうやるんだ?」
「転移の魔法陣あるだろ。あれに乗ったら、すぐに移動するようなもので考えたらどうだ?」
ベルさんが提案した。魔法陣か……ふむふむ。確かにあれは、乗れば即発動するし、人を選ばない。たとえば俺が転移魔法陣を作れば、エルティアナ自身が魔法を使えなくても、目的地に転移できるわけだ。
とはいえ、その場でいちいち魔法陣を書いたりすれば、時間がかかるだろう。とっさの場合にはちょっと使えない。
でも、バリエーションのひとつとして、魔法陣というやり方も習得しておいたほうがいいな。余裕がある時とかには、そっちのほうが確実っぽいし。
まあ、色々やってみよう。
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