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第32話、時空のカード


 目を開けたその時、鈍器が俺の顔面に直撃した。

 何が起きたかわからず、痛む鼻を押さえてその場に倒れ込む俺。まじ、痛ぇ……! いったい何なんだ。


「突然、人の家に現れる常識知らずは、どこの妖精だ!?」


 この声はリリさんだ。


「それとも悪魔かい? 三秒以内に答えないと、袋叩きだ」

「ちょ、待って……! 俺です、ジンですよ!」

「ジン……?」


 まわりを見回したら、妖精たちに取り囲まれていた。ノームたちはハンマーや工具、フェアリーたちは杖や、食器、どこから取り出したか弓矢を構えているのまでいる。リリさんもまた、バットのような棒を持っていた。ちなみに今のお姿は、例の巨乳美女姿。


「君、どこから現れたんだ?」

「すみません。ちょっと事情があって、転移魔法を……」

「人間が転移魔法だって?」


 はっ、とリリさんが、引きつった笑いを発すると、妖精たちは武器をおろして首を振りながらそれぞれの作業に戻っていった。

 すると玄関の扉が開いた。ひょっこり顔を出したのはベルさん。


「騒がしかったが……ひょっとしてジン、いる?」

「あぁ、ここにいるよ」


 リリさんが呆れた調子で答えれば、中にやってきたベルさんも腰に手を当てた。


「ふつう、家の中に転移しようとするか?」

「ここだと指定されたけど、外で、なんて聞いていない」


 誰かに見られたら厄介だと思って、部屋の中にしたんだけど……間違っていたか?


「中に転移しろとは言ってないぞ」


 ベルさんが手近な椅子を引っ張って座った。


「そもそも、家の中なんて物があって、人もいるかもしれん。そこに転移するなんて自殺行為だぞ?」

「ああ、もうしないよ」


 鼻、痛い。……血は出ていないよな? 触ってみて確かめる。……ああ、大丈夫だった。

 そういえば、転移時の事故を防ぐために、人や物などがなさそうな場所がいいって言われてたな。注意を忘れるなんて、成功したことの興奮でハイになってたんだろうなぁ。反省。


「それで――」


 リリさんが、台所にいる妖精に合図すると、お茶が用意される。


「ギルドからのクエストは果たしてきたのかい?」

「ええ、ついでにお宝も持ち帰ってきました」


 俺とベルさんは、簡単に王家の墓でのクエストを説明した。秘密の部屋から回収した魔法具なども披露する。


「興味深いね。これは魔力トーチかな。……火属性の杖に、こっちは水属性か」


 ふむふむ、と実際に手にとって観察するリリさん。俺はタロットカードのようなカードを見せる。


「これ、何ですかね? わかります」

「どれどれ……。魔法のカードだね」


 それはわかります。で、何の魔法のカードなのかってことなんですがね。俺は、カードを何枚か見比べているリリさんの次の言葉を待った。


「効果を付加する魔法具だね」

「付加魔法か」


 ベルさんが、つまらないと言いたげに顔をそらした。リリさんは相好を崩す。


「いやいや、一定時間のみの通常の付加魔法ではなく、効果永続型のやつだ。たとえば金属武器にこのカード……『保存』を使えば、永久に劣化しない代物になる」

「劣化しない武器……」


 そりゃすごい。どんなものにも寿命がある。それは生き物だけでなく、物も同じ。鉄だって、ほうっておけば錆びるし。


「使い方次第で、面白い魔法具とか作れそうですね」

「その通りだ。まあ、希少な品だから、使うならよく考える必要があるね。カードは一枚につき、一回のみだから、ある分だけしか使えないし」


 リリさんは頷いた。俺は、彼女からカードの説明をひとつひとつ聞く。


「時空のカード。時間を操作する魔法だな……こりゃ珍しい」

「珍しいが、何に使うっていうんだ?」


 ベルさんがお茶を飲みながら言った。


「時間を操作するって……苗にでも使えば、すぐに木になるってか?」

「かもしれないね。でもそれなら、普通に成長の魔法を使ったほうがいいだろうけど」


 とは、リリさん。


「食べ物に貼り付けて、腐らないように時間を操作……いや、使い方がもったいないな」


 腐らないように、か。俺はそこで、ふとひとつ思いついた。


「アイテムボックス……」

「……何だって?」

「あー、つまりですね。こう、入れ物のほうにその時間操作の魔法を付加するんです。中の時間経過を止めることで、野菜とか肉が腐らないように」


 冷やして腐るのを遅らせる冷蔵庫の、究極の形。冷やさなくても保存可能。……まあ、閃いたきっかけは、ゲームなどであるアイテムボックスなんだけど、それを説明しても理解させるのが難しいので黙っていた。


「面白いね、それ」


 リリさんが楽しそうに身体を揺すった。立派なお胸も上下した。


「収穫した食べ物素材を腐らせずに全部保存できれば、無駄もなくなる。いや旅に持ち運べば、まずい保存食を用意しなくても、新鮮な食材で調理できるってことだな!」


 興奮なさっている。彼女は無意識なのだろうが、その上下運動には、俺も別の意味で興奮してきた。


「そうなると、問題になるのは容量だな。小さなバッグでは多く入らないし、それではせっかくの効果を活かしきれない。しかし大きくすれば、今度は持ち運びが面倒だ。いっそ倉庫に、いやしかしそれでは――」

「異空間収納」


 俺は提案した。


「手頃な鞄に、異空間収納魔法を貼り付ければ、持ち運びと容量はクリアできるかと」


 アイテムボックス様々。ゲームや異世界ラノベ、ありがとう!


「異空間収納魔法付きのバッグに、時空のカードを貼り付ければ」

「よし、やろう!」


 リリさんが声を弾ませた。キッチンの妖精さんが、ご飯ができたとジェスチャーをとったが、眼鏡の美女妖精は「後だ、後!」と大声を出した。


「いや、本当、君は面白いなぁ! 手頃な鞄はあるか? なければ、汚れに強い妖精印のポーチを使おう。……何、鞄のお代は結構。アタシに、この実験の結果を見させてくれ!」


 俺以上に乗り気なリリさんに押される格好で、異空間収納魔法付きバッグに、魔法具『時空のカード』を付加する実験が行われた。

 これが、のちに『ストレージ』と呼ばれ、俺の冒険のお供として使い続けることになるのだが、まだこの時は、中の時間が止まった保存用倉庫という認識しかなかった。


 時間の経過が、思いっきりおかしなことになった異空間となっていたことに気づくのは、まだしばらく先のことになる……。

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