第31話、転移魔法を使ってみた結果
転移魔法といえば、やはりファンタジーな娯楽やゲーム界隈でよく見かけるもので、序盤では使えないが、中盤以降、世界を移動するのにあったほうが時間を節約できると重宝する。
実際に転移魔法があれば、面倒な通勤や通学がカットできるのに……と何度も思ったものだ。家から職場や学校に一瞬でいけるんだぞ? 移動にかかっていた時間を無駄に過ごさなくて済むって最高じゃないか。……混み合う電車にすし詰めとか、うんざりしかない。
さて、異世界にきてしまった俺は、通勤通学のことを考えることはなくなったが、ファンタジー系ゲームさながら、遠方への移動機会が増えた。現代よりさほど時間に縛られていることはないものの、車もなく延々と歩き続けるのも、時にしんどくなるものだ。
特に、今回のようなクエスト果たした後の帰り道とかな。帝国魔術師からぶんどった浮遊バイクもどきがあって、すでに有益な乗り物を持ってはいてもね。旅行の帰りの運転ってしんどくない?
そこで転移魔法である。
「いやいやベルさん、そんな便利な魔法があるなら使おうよ」
本音が漏れれば、ベルさんは首を振った。
「いろいろ制約があるからな。転移魔法と言っても、ひとつじゃなくて、色々種類があるからな。ダンジョンの転移魔法陣を見ただろう?」
ベルさんは説明してくれた。
いわく、さすがの転移魔法でも行ったことがない場所は無理。ただし、その場所の景色などを見るなどして現地がどうなっているかわかるなら、初めての土地でも転移は可能だろうと言う。
「まあ、知らない場所は、大抵失敗する」
転移魔法の成功率を上げるには、やはり現地を知っていたほうがよい。あと転移時の事故を防ぐために、極力人や物などがなさそうな場所が望ましい。
「転移直後に回避不能の激突は命にかかわる」
それは言えてる。転移して馬車に轢かれるとか嫌すぎる。
「魔力を消費するから、遠方に行こうとするなら、魔法陣とかの補助を使う場合が多いな」
魔法陣を刻んで置くことで、転移魔法にかかる負担を軽減する。複数同時にものを考えるのは難しいが、ある程度肩代わりしてくれる魔法陣などがあれば、より成功率を高められる。
「ふうん、遠距離転移のほうが色々面倒なんだな。短距離の転移は?」
「瞬間移動に近いかな。たとえば、あの丘の天辺を見て、あそこに転移するとか。それも短距離転移って言えるだろう。あの程度なら、ちょっとした魔法だ。今のお前さんでも、ちょっとイメージすりゃできるだろうよ」
「そう聞くと、意外にお手軽な魔法だったりする? 転移魔法って」
この世界の魔術師とかが転移魔法を使うところを見たことがないんだけど。難しそう……って思ったら駄目なんだろうけど、それにしても見かけない。
「あまり難しく考えなきゃな」
ベルさんは肩をすくめた。
「ただ短距離転移は、その移動範囲もある。自分の消費する魔力量と移動距離を比べて、割に合わないってこともある」
腐っても魔法。使うなら疲れてしまうので、その疲労を考えるなら、距離によっては使わないほうがよかった場合もあるのだろう。そう、ポンポンやるものでもないのはわかった。
「最初は、短距離転移でコツをつかむのがいいだろう。遠距離転移も、あらかじめ出現地点を下見してイメージを固めておけば、それほど難しくない」
「イメージね……」
俺は想像力を働かせる。カスティーゴの宿、エルティアナもいる俺の部屋――。目を閉じ、心を落ち着ける。
「……ジン、いまお前、何をイメージしている?」
「宿の俺の部屋」
ベッドにいるエルティアナ。まだ窓から外の景色を眺めているのだろうか。ベッド、机、簡素な家具。部屋の隅に置かれた彼女の荷物――
「ジン――」
ふっと音が消えた。
・ ・ ・
目を開けたら、カスティーゴの宿にいた。自分の部屋。ベッドの上にはエルティアナがいて、俺を見て、大きく目を見開いている。
彼女のこういう反応は新鮮で、よっぽど驚いたのだろう。いや、俺も正直驚いた。
転移魔法のことを考えて、意識を集中したら出来てしまった。魔法については難しく考えてはいけないってのもあって、集中するついでみたいに考えてイメージしたのだが……。やるとかやらないとかではなく、ついできてしまったのが成功した理由ではないだろうか。
「やった……! 転移魔法、使っちまった!」
こんなに簡単にできてしまっていいのだろうか? いや、ビギナーズラックで、たまたま上手くいっただけかもしれない。ちょっと身体が熱っぽく感じるのは、あまりの出来事に感動しているからだろう。
だって、ほら! 転移魔法だぞ!
「あら、ジンさん、お帰りだったんですか?」
急に扉が開いて、女性が入ってきた。太陽神教とかいうこの世界の宗教、その僧侶が着ている僧服をまとうその女性は、セラフィーナ。クーカペンテ人で、ヴィックのところの一員である。
今回の王家の墓クエストに行く前に、エルティアナの世話を受け持ち、俺も挨拶したんだけど……。そのセラフィーナは、俺が帰っていることにビックリした。
「もうお帰りだったのですか? 早くても明後日くらいのお戻りだと思ったのに」
「あー、えー……」
しまった。転移魔法を使ったなんて、答えていいものかどうか。彼女に話したら、ヴィックのもとに報告が行き、そこから転移魔法について質問とか、面倒なことしか思い浮かばない。
俺が答えに窮していると、ふいにセラフィーナが倒れた。突然のことに、今度は俺がビックリだ
「セラフィーナ!?」
「――やっぱりこっちだったか」
ベルさんが登場。どうして、と言いかけ、俺が転移魔法を使ったんだから、ベルさんも使ったのだろうと見当をつける。
「転移する前のイメージを聞いておいてよかった。でなけりゃ、お前さんと合流するのに手間取っただろうな」
ベルさんは口元をニヤリと歪める。
「しかし一発で遠距離転移を成功させるとはな。……お前も中々、魔法について学んできているようだな」
「そりゃどうも。ベルさんと契約したおかげだろうね」
褒められるのは悪い気はしない。夢の転移魔法を、あっさり成功させたことで、まだ少し興奮している。
「で、なんで、セラフィーナを眠らせた?」
ベルさんの仕業だろう?
「そりゃお前、まだここに帰るのは早過ぎるからだ」
セラフィーナは俺たちの帰りを明後日以降だと思っていた。道中、まさか空を飛んで移動しているとは思っていないから、徒歩旅ならそんなものだろうと考えているからだ。空を飛ぶことも、転移魔法を使うことも黙っているのなら、こんなに早く戻るのはまずい。
「どこか適当に時間を潰してから、戻らないといけない」
「確かに」
「この娘は、寝ぼけてお前の幻を見た。いいな?」
「エルティアナは?」
彼女も俺を見ていた。今も見ている。
「どうせ話さないだろ。……話すなよ?」
睨むように言えば、ふだんは無反応なエルティアナが小さく頷いたように見えた。
「よし、ジン。せっかくだから転移魔法を使うぞ」
「場所は?」
「あの妖精族の工房でいいだろう」
リリさんのところね。オーケー。それではもう一度、転移魔法。息を整え、目を閉じる。センシュタール工房をイメージして……すっと、音が消えた。
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