第23話、生者と死者
「やっほー、ザーニャさん、来たよ」
俺は、娼館を訪れていた。銀髪美女のザーニャさんはうっすら微笑んだ。
「いらっしゃい。また来てくれて嬉しいわ」
双頭竜討伐の報酬をさっそく使う俺。初めて訪れた時は館の名前を見ていなかったんだけど『イデアル』とかいうらしい。……うん、さっぱりわからん。
ザーニャさんと一晩、と娼館の受付で言ったら、渋い顔をされた。前回とは違う男性スタッフだったのだが「彼女の噂は知ってます?」と聞かれた。
もちろん、彼女と寝ると早死にするってやつでしょ? 俺、昨日は双頭竜と戦って死ぬかもと思ったの。でも生きている。どうせ早死にするんだったら、楽しんでやるんだよ!
というわけでザーニャさんの部屋へ。この店はしっかり個室が割り当てられているので、他の部屋の様子はわからないようになっていた。
「そういえば、今日は町が少し騒がしかったみたいなの」
まずは彼女の部屋から浴室へ。ザーニャさんが俺の服を脱がしていく。
「あなたは、知ってる?」
「あー、たぶん、双頭竜を討伐した冒険者の話題だと思うな」
少々酒が残っている俺。頬が赤くなっているのはアルコールのせいだけじゃないと思う。
「ソウトウリュウ……? へえ、凄い魔物なの?」
「とてもデカくて、これまで誰も討伐できなかった奴。……俺が倒した」
「本当?」
ザーニャさんが自然に抱きついてくれる。先ほどから香っていた香水がさらに鼻孔をくすぐった。柔らかい女性の身体の感触が俺の肌にぬくもりを与えてくれる。
「本当さ。ベルさんと……俺の相棒と頑張って倒したんだ」
その報酬でここにこれた。正直に言うと、ザーニャさんは微笑んで、俺の身体を洗ってくれた。その後は――あぁ、大人っていいものだ。生きていることを実感し、生を貪った。
・ ・ ・
「おはようジン。昨日はお楽しみだったみたいだな」
朝帰りした俺をベルさんはそう迎えた。
「こっちの彼女は放りっぱなしか?」
俺の部屋にいるエルティアナ。失敬な、娼館に出かける前に昨日のお世話は済ませた。朝だってこれからさ。
そのエルティアナは、相変わらず無言で、一日中、窓から外の景色を眺めて過ごしていた。食事も少しずつ食べてくれるようになった。堅いパンを一口サイズにちぎり、スープにつけて与えると、もそもそと……。すっごい時間かかるし、誰かが補助してやらないとだめだけど。
まだ自発的に動くことはしない。……例外は生理現象の時くらいか。正直、これの処理には俺も困る。年頃の娘だからね……。
そんなこんなだけど、少しずつ彼女は外部へ反応しているようだった。俺が出かける時、最初は見向きもしなかったのに、無言ながら俺のほうを見ていることがあった。
いってきます、と言ったんだけど、返事はなかった。そのうち、いってらっしゃいって見送ってくれるようになるのかな。彼女の受けた精神的ショックの凄まじさよ。
そして、俺たちが来て、二回目のスタンピードの夜がきた。
・ ・ ・
「相手はゾンビどもだ!」
守備隊隊長の声が響き渡った。
「迂闊に近づくな! ゾンビに傷をつけられたら、お前もゾンビになるからなぁっ!」
城壁の外は、死者のうめき声。大量のゾンビの大群が、カスティーゴに押し寄せている。
ソンビパニック! 何かこういうの映画で見たぞ。
「ジン、爆弾矢をくれ!」
「こっちもだ!」
弓兵や弓使いの冒険者たちが、俺を呼ぶ。……へいへい、そんなこともあろうかと、ここ数日、内職で作っておいたよ。
そもそもすでに死んでいて、普通の矢が刺さったくらいでは死なない。となれば魔法や爆発物の出番ということだ。
爆発音が響く中、俺は同じく防衛戦に参加しているヴィックに質問した。
「いつもはどうしているんだ?」
「町の中に入ってこないように籠城だ。魔法で攻撃しつつ、固まったら油をまいて火をつける」
「……」
盛大な火葬だな。でも動きの鈍い腐った肉たちには有効そうでもある。ゾンビ菌も消毒できそう……いや、本当に菌があるかは知らないけど。
「それなら、わざわざ爆弾矢を使わなくてもいい気がしてきた」
「いや、結構長丁場になるからな。さっさと始末して終わりにしたいのさ」
なるほどね。
「ちなみに、ゾンビって朝になったら勝手に死ぬとかある?」
「いいや。ゴースト系と違って、太陽の日が出ても死なない……この言い方も変だな。もともと死んでいるからゾンビというだけであって」
太陽の光で死ぬのはゲームの中だけってか。まあ、映画世界のゾンビは昼でも普通に動いていたしな。
そこへベルさんがやってきた。
「おい、ジン。面倒だから、お前、魔法を使って敵の数減らせよ。爆弾矢を使うよりそっちのが手っ取り早い」
「あいよ」
要するにまとめて焼き払えばよかろう。
「ファイアボールからの――炎の雨!」
多数の火の玉を具現化。それを城壁から見えるゾンビどもの集団に連続して叩きつける。火の玉を喰らったゾンビの体が燃え上がり、それでも構わず進んでいた個体もいたが、やがて焼けて大地に突っ伏す。中には燃え盛る仲間に触れて引火したゾンビもいた。
十、二十とゾンビがキャンドルよろしく燃え上がっていく。ファイアボールを連続して放っている俺ではあるが、これ爆裂魔法とかのほうが効率よかったのではないかと思った。まとめてぶっ飛ばしたほうが早いのでは、と。
だがそう判断するのは早計だった。多数のファイアボールがゾンビたちを次々に燃え上がらせ、二往復ほど火の玉シャワーを浴びせていたら、辺りはすっかり炎に包まれ、アンデッドたちは炎の壁に包囲されていた。
立ちこめる熱気と腐った肉の焦げる臭いが凄まじい。守備隊も冒険者も、もう焼けていくゾンビ集団を見守るだけだった。
「いやはや、また兄貴がやったんですかい?」
槍を担いだユーゴがやってきて苦笑している。
「火をつけただけだよ」
「いや、大したものだ」
ヴィックが賞賛した。
「ゾンビと近接戦など誰もしたくないし、何か戦利品があるわけでもない。ついでに死体処理もできて、一石三鳥だ」
「もう帰っていいか?」
ベルさんが欠伸を噛み殺す。
「オレの出番はなさそうだ」
「いいんじゃないかな? 我々はまだしばらく様子見をするし、守備隊もいる」
ヴィックがベルさんに頷いた。
「ただ、ジンはもう少しここにいたほうがいいと思う」
彼が視線を向けた先――何やら魔術師系冒険者や守備隊の魔術師たちが増えていて、俺のほうに熱視線をよこしていらっしゃる。……これ全員、俺の使った魔法のことを質問したい連中?
「人気者だな、ジン」
ヴィックが肩をすくめた。
「どうだろう。うちの魔術師たちに、魔法をレクチャーしてくれるなら、あの大勢のギャラリーから君を守ってやるけど?」
交換条件ってやつか。ちゃっかりしているよ。俺としてはそこまで凄い魔法を使ったつもりはないんだけどなぁ。ただのファイアボール――ただその数が多すぎたかもしれん。
ここで無秩序に質問攻めになるよりは、ヴィックの提案のほうがマシだろう。
「オーケー、頼むよ」




