第19話、蛇神遺跡と双頭竜
どういうことなの?
俺は内心、ロバール氏に苛立ちをおぼえながらギルド内の休憩スペース、通称酒場にいた。ギルド職員から依頼書と地図をもらったのだが。
教えてくれ、ヴィック! と、ギルド内で見かけたクーカペンテの元貴族というヴィックさんに相談することにした。
「蛇神遺跡というのは、カスティーゴから東へ十キロほど行ったところ、魔の森の端にある沼地にある。厄介なリザードマンたちのテリトリーだよ」
「リザードマン?」
「トカゲ頭の亜人種族だ」
テーブルを囲み、席につくベルさん、そしてヴィック。俺のもらった地図を机に広げ、その場所を指し示す。
「外皮が硬くて、中々タフな種族だ。そんなのがウヨウヨしている場所で、冒険者でもあまり近づかない」
「リザードマンどもと仲が悪いのか?」
ベルさんが質問した。ヴィックは肩をすくめる。
「そりゃ、リザードマンの皮を剥ごうとしたり、連中のテリトリーに入って、遺跡を荒らすような人間に好意的なはずがない!」
「だよな」
要するに、とても危険な場所だってことだ。やれやれ――
「それで双頭竜というのは?」
「蛇神遺跡に棲む主だ」
ヴィックは眉間にしわを寄せた。
「竜ではあるが、ヒュドラ種の仲間というのがもっぱらだ。翼はないが蛇のように長い首が二本ある。腐食性の毒のブレスを吐く。直撃したら金属だって溶ける」
「おっかねぇ……」
「これからそれを相手にするんだろうが」
ベルさんは鼻をならす。
「ぶっちゃけ、ギルドから双頭竜の討伐依頼が出るとはな」
腕を組んで考える仕草をとるヴィック。俺は嘆息した。
「しかも指名依頼ときた」
「お前さん、何かやらかしたのか?」
「何で?」
「あのギルドの職務にあまり忠実ではないギルマスが、指名依頼なんて出すってのは相当なことだって言ってるんだ」
「つまり……」
俺、あのロバール氏を怒らせたってこと? いやいや待て待て――
「心当たりがまるでないんだが」
「ザーニャのことじゃないか?」
ベルさんが言った。ロバール氏もその名を口にしていた。ザーニャと聞いて、ヴィックが「あぁ」と何か納得したような顔になる。
「ジン、お前、あの呪われた娼婦と寝たのか?」
「呪われた?」
なにそれ初耳なんですけど。
「『ザーニャと寝た男は近いうちに命を落とす』というのが、もっぱらの噂だ」
ヴィックは、じっと俺を見つめた。
「冒険者たちはジンクスを気にするからな。この噂を知っていれば、いくら美女でも寝ようとは思わない」
「知らなかった」
「だろうな。知ってたら寝なかっただろう」
ちら、とベルさんを見る俺。そのベルさんは決まり悪そうに頭をかきながら顔を逸らした。……別に責めたりはしないさ。ベルさんだって知らなかっただろうし。
「それでギルド長……ギルマスが今回の依頼を振ってきた理由は?」
「聞いた話だと、あのギルマスはザーニャ嬢を狙っているのだとか。……ただ呪いの話があって、手を出せずにいるとも聞いた」
わぉ、自分が好きな相手に手を出されるのが嫌とかいうやつか。いや、そりゃわからないでもないが、自分は何もせずにいるのなら、それではただのストーカーみたいじゃないか。逆恨みも同然だ。
「ギルマスから嫌われたな」
ベルさんが合掌とばかりに目を伏せた。ヴィックは肩をすくめた。
「まあ、ここの冒険者のほとんどがあのギルマスを嫌っているがな」
貴族で、前線に出ることも指揮を執ることもない腰抜け。……何たる皮肉。思わず笑みがこぼれた。
「ギルマスの悪口ですか?」
新たな男の声が背後から聞こえた。ベルさんが顔をしかめる。
「何だ、お前は」
だがその問いに答えたのはヴィックだった。
「彼はユーゴ。魔法戦士で、俺のところの部下」
つまりクーカペンテ出身の戦士団のひとりということか。二十代、若い戦士である。愛用の武器や槍。革製の鎧に羽根飾り付きの軽兜。何気にロン毛。
「それより、蛇神遺跡と聞こえましたが」
「聞いてたのか」
ヴィックがわざとらしいため息をついた。
「自分、志願したいのですが」
志願って、俺たちと一緒に行くってことか? 俺はベルさんと顔を見合わせる。それをよそに、ヴィックは渋い顔。
「お前は貴重な戦力だ。遺跡探索に軽々しく出せん」
「ですが、仮にも邪神塔を攻略しようというのなら、蛇神遺跡くらい制しなくてどうするんですか?」
ユーゴという戦士は食い下がった。一理ある、と俺は心の中で同意した。
「双頭竜は手強いらしいぞ?」
「望むところです!」
怖いもの知らずの若者といった調子でユーゴは応じた。何度目かわからないため息をつきながら、ヴィックは俺たちに言った。
「見てのとおり、少々……というか、かなり向こう見ずでね……。こんなことを言っているが、同行させても構わないだろうが?」
「足手まといにならないなら、ついてきても問題はない」
ベルさんはきっぱり告げた。
「ただ、死んでも責任はとらんがな」
「だそうだ。……無茶はするなよ、ユーゴ」
「了解です」
まったく怖じ気づくこともなく、ユーゴは即答した。俺は口を挟む間もなかったが、ベルさんがいいというなら、いいのだろう。
話は決まった。
俺、ベルさん、そしてユーゴの三人で、蛇神遺跡の調査と双頭竜退治に向かうことになった。
準備を進める中、俺はヴィックにひとつ頼み事をした。二、三日、町を離れるから、エルティアナの食事の面倒を見てくれ、と。食事代は俺が出す。……そうそう、確か、エルティアナはクーカペンテ出身らしい。君らの同郷だろう?
そうお願いしたら、ヴィックは了承してくれた。うちにも女性の部下がいるから、と、配慮してくれるようだった。
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