第1話、俺氏、魔法を教わる
人が死んだ。
俺の目の前で。
その男たちは、どうやら盗賊だったようだ。人数を頼りに武器をちらつかせて、金目のものを出せと脅してきた。
ジャージな俺にはビタ一文もなく、出せるものなど何もない。
それはベルさんも同じはずだったのだが、彼はどこからともなく二本の剣を出すと、瞬く間に盗賊たちを斬り伏せてしまった。手品かよ、と思っている間に、敵は全滅した。
「所詮、半端者は見かけ倒しよ」
ベルさんは剣を消すと、盗賊どもの死体に屈み、持ち物の物色をはじめた。
「因果応報、弱肉強食ってな。……ジン、こいつを着ろ。その服は目立つ」
お、おう……。ジャージは、やはり目立つのか。ベルさんが渡してきたのは、盗賊の着ていた服。血がついていないのを選んだようだが、もともとろくに洗濯もされていないせいか、鼻が曲がるほど臭かった。
できれば着たくないが、贅沢は言ってられないだろうなぁ。盗賊とはいえ、目の前で人が死んだ動揺は収まらず、自分の心臓の音が耳につく。
でも、もしベルさんがいなければ、死体となっていたのは俺のほうなんだよな、これ……。
それを自覚すると身体が震えた。先ほどから俺が固まっていたせいか、ベルさんがじっと見上げてくる。
「こういう殺しの場面は初めてか?」
「え……あ、あぁ」
「そのうち慣れる。世界は違っても、だいたいこんなものだろう……?」
日本じゃ、そういうのはなかったと思う。もちろん、俺が出くわさなかっただけで、事件自体は日本中どこでも起きる可能性はあり、起きていたけど。
俺が、悪臭を気にしながら着替えると、ベルさんも物色をやめて立ち上がった。
「行くぞ、ジン」
「死体は……? このままかい?」
「ほっとけ。血のニオイを嗅ぎつけた動物や魔獣が掃除するだろ。それに、大帝国の連中が通りかかるとも限らんからな。長居はしないぞ」
「魔獣……」
やっぱ、いるのか異世界。元いた世界の獣よりも物騒な種なんだろうか……。ベルさんは腕が立つが、俺は不安で胸が潰れそう。……そして臭い!
「そういえばジン。お前のいた世界ってのは、どんなところだ? どういう世界だ?」
道というには少々貧相な一本道を進みながらベルさんが話題を振る。左右は森だったが、俺は一応気を配りながら、地球、そして日本、俺の生まれ育った故郷の話をした。
自分でも、こんなにお喋りだったのかと驚くくらい、しばらく話し続けた。たぶん、沈黙が怖かったんだろうと思う。
見知らぬ異世界にいるという現実。その中で頼りになるベルさんという存在がそばにいること。
大体のことを話したあと、ベルさんが新たな話題を出した。
「魔法がない世界か。じゃあ、ひとつ、ここで魔法を使ってみるか」
俺の世界には、基本的には魔法とは想像上の産物と見られている。超能力とかの類いは、一般人には無縁だからな。
だがここでは違う。世界も違えば、理も違うわけで。
「オレ様と契約したんだ。魔力の流れや思考がこっち寄りになったはずだからな。その、何だ……『てれび』とか『あにめ』とやらのイメージを思い描いてやってみろ」
ふむ、そんなラノべを読んだおぼえがある。想像、イメージが魔法に反映されるやつ。
とくにチートをもらってはいないが、契約で俺にも魔法が使えるようになっているのなら、やってみようじゃないか!
「やったことがないから、できないと思うなよジン。魔法を使うにあたっての最大の障害がそれだ」
「オーケー、やってみる……いや」
某スペースオペラのマスターも言っていた。やってみる、でなく、やるのだ、と。
じゃあ魔法を知らない俺が、何の魔法を使うかだけど……ド定番の火の玉――ファイアボールにするか。わかりやすいし。
俺は呼吸を整える。集中。自身の身体に流れる魔力に働きかけ、そして頭では火の玉をイメージする。
ゲームなどでお馴染みのファイアボール。意識を集中、漲る魔力を意識して意識して――爆ぜろ!
ボゥッ、と俺の正面に紅蓮の火の玉が現れた。うぉっ、すげっ――!
とうっ、と具現化した火の玉を、道に沿ってまっすぐに放つ。ベルさんが割と近くで火球の通過を見送る。
誰も人はいないからと放ったファイアボールは、十数メートル進んだあたりで消えた。空気抵抗のせいか、はたまた魔力が尽きたかはわからないけど。
「ほぅ、見た目は合格だな」
腕を組んでベルさんは、そう評した。
「だが威力は大したことはなかったな。あれはわざとか?」
「わざと? いや……普通にやったつもりだけど、威力がないって?」
見た目は結構派手に燃えていたと思ったんだけど。
「全然熱くなかったぞ。火の玉なのに、あれでは喰らっても火傷すらせんぞ」
「そうか! 熱さはイメージしていなかった!」
形だけ気にしていたような……。ゲームやアニメじゃ実際に熱を感じないもんな。本物の炎、その熱をイメージしないと駄目なようだ。
「とはいえ、センスはあるぞジン。何せ、熱くない炎を操れるなんて。普通は逆だぞ。こっちのほうが難しいんだ。大したもんだぞ」
「あー、確かに、そうかもしれないな」
偶然だぞ!
そういえば小説とかで、人に危害を加えない炎を修行するとか、そんなシーンを見たことがあるような。火に触れれば火傷する。そんな中で触れても傷つかない、燃えない炎を操るのがいかに困難か――。それは本当に火なのかはさておいて。
「ベルさん、俺にもっと魔法を教えてくれ……!」
異世界に放り出された俺。先ほどのベルさんのように盗賊を返り討ちにする力もなく、これといって能力もないが、生きていくためには有用な技は身につけなくてはいけない。
・ ・ ・
とか思っていたら調子に乗りました。
「お前さんも、いろいろと学ばんとな……」
少々呆れた様子でベルさんは言った。
あたりはすっかり夜の闇に包まれていた。道から少し森に入り、やや開けた場所で焚き火をしている。
俺は固い地面に横たわっている。
「魔力切れとはね……」
何たるお約束。魔法を覚えることに夢中になって、ただいまグッタリ中。だるい。気持ち悪さは、幾分かマシになったが、まだ起き上がるのもしんどい。
「お前さんは異世界人で魔力が比較的豊富だからな。だが使いすぎはいかんな」
焼き肉うめぇ――道中倒した角猪の肉にかじりつきながらベルさんは、俺を見た。
ちなみに角猪は、デカい一本の角を生やした猪以上、象以下といったサイズで、もし体当たりでも喰らえば、間違いなく死亡だろう。というかマジでびびった!
そんな森の大物を魔法で仕留めたのは俺だ。恐れをなして気の抜けた魔法は使うな、というベルさんの忠告を守り、加減なしの一撃で討ち取った。
ベルさんは「上出来」と褒めながら、角猪を解体し、処理をして晩ご飯にした。俺が魔力切れで気分が悪くなければ、それなりのご馳走だったかもしれないが……。タレとか欲しかったな……。
「いいか、ジン。魔力と言われるものは、この世界のあらゆる場所、あらゆるモノに存在している。オレ様にも、お前にも、この肉にも、木に土も、水も空気もだ」
次話は21日、正午に投稿予定(予約済み)
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