表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/98

第18話、最高の夜


 その人は、ザーニャという名前だった。


 長い銀色の髪に、やや垂れた目から感じる柔和そうな表情。すらりとした体格で、外見からは二十代だと思うのだが、落ち着き払った態度、仕草は母性をかもしだし、はっきり年齢がわからなかった。

 ただ、とびきりの美女であることに間違いはない。


 初めて訪れた娼館。すでにベルさんが下準備を整えていたらしく、あれよあれよといううちに、彼女――ザーニャの部屋に通された。


 幸運を、と言い残し去るベルさん。元の世界でもこういうのに縁のなかった俺は、すっかり緊張してしまった。

 そんな童貞の俺に、ザーニャは優しく微笑み、まずはお風呂にと導かれた。すぐ隣が浴室になっていて驚いた。


「お風呂があるんですか?」

「ええ、最上級のお客様には」


 ……ベルさん、いったいあんた、幾ら払ったの? 初の娼館でそれっていいのだろうか?

 そういえば、俺、この世界でお風呂って初めてだ。普段は、水に塗らした布で拭いたり、人のいない場所で、水魔法をシャワー代わりにして頭を洗ったりしてはいたけど。


「お、俺は、こういう経験ないんですが」


 どもってしまった。恥ずかしい……。


「ええ、誰もが最初はそうよ」


 ザーニャ、いやザーニャさんはどこまでも優しかった。年下なのか年上かわからないが、この手の商売は基本若いうちの仕事だろうから、たぶん年下だと思う。ただ、その人間離れした美しさというか、天使のようにも思えて、自分でもよくわからなくなってきた。


 そんなわけで、ザーニャさんに身体を洗ってもらう。お肌がふれ合い……正直、たまりません。天にも昇る心地とは、このことか――などと童貞は思いました。

 その後、部屋に戻り、俺は脱童貞を果たした。ありがとう、天使様、女神様。


「また来てもいいですか?」

「ええ、私はお店から動けないから、お金が掛かるけれど、来てくれたら嬉しいわ」


 ですよねー。そういう店ですし。


「私を指名してくれるお客様って中々いないから。いつ来てもすぐに会えるから」


 笑顔で送り出してくれる、ザーニャさん。

 また来よう。俺にとって、しばらく忘れていた癒やしの世界がそこにはあった。



  ・  ・  ・



 俺がザーニャさんと素敵な一夜を過ごしている間、ベルさんもまた娼婦を買っていたらしい。……でもベルさんは悪魔――いや深く考えてはいけない気がする。


「たまには息抜きも必要だ」


 そういうベルさんには、俺も賛成したい。


「ありがとう、ベルさん。おかげで俺、魔法使いになる前に童貞を捨てられたよ」

「お前は魔法使いだろう?」


 何言ってるんだ、と白い目を向けられた。三十まで童貞だったら魔法使いになる……というのはネタというか、割と常識ぶって考えていたけど、こんな異世界でそんな言葉があるはずもない。


「ちなみに、ベルさん。ザーニャさんはとても素敵だったけど……幾ら払ったの?」

「幾らって……知らん」

「え? 払ったんだよね?」


 最上級のお客様って、風呂までいれてもらえたんだぞ?


「ああ、オレの持っている宝石をひとつくれてやった。なに、山ほどあるうちのひとつだ。大したことはない」


 さすが魔王様。ポケットマネーが半端ない。


「たぶん、お釣りがつくくらいあるはずだが、それはいらんからお前さんにサービスしてやれと言っておいた」

「ベルさん……」


 泣ける。何でこの魔王様は……。感動する俺である。初の娼館で最高の思い出をと手配してくれた心遣いに感謝だ。


「まあ、一番高い値段はついていたけどな。あの店で一番の娼婦らしい」

「一番っていう割には、中々指名されないって言っていたぞ?」


 そんなに高いのか、ザーニャさんって。いや、一度経験してしまうとそうかもしれないとも思うが。


「確かに高めではあったが、頑張って稼げば一晩買えるくらいの値だったはずだがな」


 ベルさんが首をかしげている。だがいいことを聞いた。


「また、彼女と遊べる?」

「お、気に入ったのか? お前さんがこれまで稼いだ分でも一晩くらい余裕で遊べるはずだ。毎晩通いたければ、もっと稼げばいい」


 ハハハ、とベルさんは愉快そうに俺の肩を叩いた。こういう後押ししてくれる相棒って最高だよな。



  ・  ・  ・



 翌日、カスティーゴの冒険者ギルド。

 いつもの如くクエストを探しにきたら、何やら周囲から視線を感じた。あまり好意的ではない類いの。全員ではないが何人かの冒険者が、俺を見て何やら囁いている。……俺、何かしたか?


 ベルさんも首を傾げる中、ギルド職員が俺たちのもとへやってきた。


「ジン、ギルド長があんたをご指名だ」

「ギルド長?」


 唐突なその単語に俺は驚いた。冒険者ギルドのギルド長……。いやまあ、いるんだろうけど。俺は面識ないけどね、その人と。

 ベルさんは眉をひそめた。


「上級冒険者には、指名依頼が来ることもあるらしいって言うが……」

「何だろうね……?」


 呼ばれているのだから、行くけどもさ。俺とベルさんは、ギルド長のいるという部屋へと案内される。


「ギルドマスターのテメリオ・ロバールだ」


 その男は、ずいぶんと高圧的だった。四十代、いや三十代後半だろうか。ずいぶんとお腹まわりが出ていて、身なりもそれなりに高そう。冒険者というより、お貴族様のような。


「ジンという魔術師はお前か?」

「そうです」


 はてさて、何やら表情が険しく、声にも刺を感じる。


「ザーニャと一晩を過ごした魔術師で間違いないな?」

「は?」


 なんでそこでザーニャさんの名前が出てくるの? 俺は面食らった。


「ええ、まあ」

「ここじゃ、娼婦を買うのは問題なのかい?」


 ベルさんが口を開いた。ロバール氏はベルさんを見て「何だお前は」と睨んでいた。ギルド職員が、Aランク冒険者であるとベルさんを紹介すると、そうか、とだけ言って、再び視線を俺に戻した。


「ジン……えーとお前はBランクの魔術師だったな。その腕を見込んで、ちょっと魔物退治を依頼したい」


 おい、とロバール氏は、ギルド職員に顎で合図した。横柄だなぁ、と思いつつ、職員が渡したクエスト依頼書を見やる。


『蛇神遺跡の調査と、双頭竜の討伐』


 何これ? 俺が顔を上げると、苛立たしげに机を叩きながらロバール氏は言った。


「頼むぞ」


 拒否権はなしですか。

ブクマ、評価、レビューなどお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作始まりました
こちらもよろしくどうぞ。小説家になろう 勝手にランキング

『英雄魔術師はのんびり暮らしたい』
TOブックス様から書籍、第一巻発売中! どうぞよろしくお願いいたします!
― 新着の感想 ―
[一言] (;´∀`)…うわぁ…厄ネタの予感
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ