第16話、ゴブリンの巣なんて
森の中に地下へ通じる穴があった。追っていたゴブリンの逃亡先だった。
「よし、ジン。行け」
何の準備もなく敵のアジトに乗り込むのは死亡フラグじゃないかね……? しかも臭い……。
ゴブリンは人間の成人男性に比べてひと回り身体能力で劣る。しかし狡賢さと数でカバーし、大人と子供くらいの差などと侮っていると痛い目に合う。
あれで敵意というか殺意の剥き出しが半端ないから、現代日本人なら体力差がわかっていても腰が抜けるんじゃないだろうか。
で、結論から言えば、行きましたよ俺。防御魔法を駆使して、身を守りながら一体ずつ潰した。さすが狡猾なゴブリン。地下洞窟内でもバンバン弓矢使ってくるし、潜伏からの奇襲も毒武器も平然とやってきた。……まあ、全部、防いだけどね。俺が魔術師でなかったら、何度か死に結びつく傷を負っていたなこれ。
結構歩き回ったが、ゴブリンの巣のゴブリンを全滅させた。
だが、俺はそこで思いがけないものを見つけてしまった。ゴブリンによって捕らわれ、暴行されていた女性らを。
「ひでぇことしやがる……」
洞窟奥の部屋に繋がれていたのは二人。ともに二十代手前。服もなく汚された彼女たちの身元がわかるようなものはない。
ただひとりは、すでに息がなかった。もうひとりは放心状態でへたり込んでいる。
「大丈夫か?」
声をかけたのだが、反応がない。息はしているが、焦点の合わない目をひたすら床にむけている。ムッとする臭気の中、彼女を縛っていた縄を切り落とし……ひとまず、その汚れを流そう。本当は服を先に着せて、大事なところを隠してあげたいところだけれど。
「もう大丈夫だから」
俺は水魔法、いやお湯を魔法で生成して、それをシャワー状にして少女にかけてやった。臭いと共に汚れを落とす。しかし少女はお湯が顔にかかろうが、されるがまま。
あまり女性の肌をジロジロと見るものではない。というか俺、前の世界でも異性とのお肌のふれ合いの経験がないからどうにもドキドキしてしまう。でも汚れは落としてあげないと……。
ということで異空間収納から布を出して、拭いてあげる。ちょーっとごめんな……。
「……お前、何やってるんだ?」
巣を見て回っていたベルさんがやってくると、少女と同じくずぶ濡れになっている俺を見て言った。
「で、その娘、お前さんどうするつもりだ?」
「どうするって……」
ひと通り汚れを落として、身体についた水気を拭き拭き……。
「ここに置いておくわけにもいかないだろう?」
「……連れて行くのか?」
ベルさんは腰に手を当て、ため息をついた。
「街に戻るにしても足手まといだがな……」
「ベルさん……」
「ああ、言うな。連れて行くのに反対しない。これもお前さんの修行だ。手は貸してやるがお前がメインで、その娘を守れよ」
一応、ベルさんは同意してくれた。ありがとう、ベルさん。俺も少し安堵する。
拭き終わり、俺はストレージから着るもの……といっても帝国野郎から回収した外套しかなかったから、それを彼女に着てもらう。
「俺はジン。君の名前は?」
少女の顔がかすかに動き、ようやく俺を正面から見た。だが言葉はなかった。
「ショックで頭をやられたか……?」
ベルさんが顔をしかめる。とりあえず、巣から脱出しよう。亡くなっているほうの彼女を一旦、異空間に収容。もちろん、その前に身体を洗ってあげる。ひどく暴行された遺体を見るのはつらかった。さぞ怖かっただろう。苦しかっただろう。
目元が熱くなった。ゴブリンへの憎悪が嫌にも増していった。胸糞が悪い。この世界にきて、トップクラスの気分の悪さだ。
その後、俺が誘導しないと歩くこともしない彼女を優しく引いて、外を目指す。
「漫画や小説の出来事だと思っていた」
思わず呟いた俺に、先導するベルさんが振り返った。
「何だ?」
「いや……ゴブリンが、人間の女性を連れ込んで暴行するってやつ」
作り話だとばかり。ベルさんは肩をすくめた。
「ああ、オークやゴブリン、一部の亜人系種族には、他の種族の女を使って、子孫を残す例がある」
不思議だよな、とベルさんは言った。
「まあ、エルフと人間の間にも子供はできるし、なくはないのかもしれん」
「……」
ゴブリンの巣から出た後、俺は一言も喋らない彼女を背負い、加速と浮遊の魔法を駆使して、カスティーゴへの帰途についた。ベルさんが護衛をしてくれて、大きな障害もなく、無事に帰り着くことができた。
・ ・ ・
ちなみに、ゴブリンの巣から救出した彼女の名は、エルティアナと言う。
カスティーゴ冒険者ギルドで、彼女を知っている者はいないか探したら、冒険者やギルドの職員が、教えてくれた。
Eランク冒険者で、弓使い。女性のシーフ系戦士の相棒と二人で活動していたらしい。……死んでいたのが、その相棒だろう。自失状態の彼女を見て、皆不思議がっていたから、森で何かに襲われたショックだろうと、適当なことを言っておいた。相棒が死んだのだから無理もない、と付け加えれば、だいたい納得してもらえた。
だが名前がわかったところで、問題になるのは今後だ。ゴブリンに襲われて、暴行されたなんて、周囲も気にせず喋れば、彼女が今後街を出歩くのも難しくなるだろう。
だから女性ギルド職員を密かに呼び出して、周囲に聞かれない状況で質問してみた。
魔物に犯された人間って、どうなるんだ、と?
まあ、想像どおりというか、周りからは避けられるようになるという。過激な人類至上主義者や宗教家にかかると、浄化と称して命を奪われる例もあるらしい。少なくとも、彼女に起こった不幸をふれ回るようなことはすべきではないのはわかった。
「もうこうなったら、冒険者はもちろん、人間としても終わったとしか……」
女性ギルド職員は、気の毒そうにそう言うのである。ギルドのほうで何か保障とかないのかと聞いてみたら、そんなものはありませんときっぱり言われた。
「冒険者は、何事も自己責任ですから」
戦う、依頼を受ける。選択するのは冒険者であり、その行為に関する責任は全部冒険者にある。大怪我をして再起不能になろうが、死のうがギルドが関知することはない。
まあ、社会保障なんてないだろうな、こんな世界じゃ。話を聞いて、俺も馬鹿な質問をしたなと後悔した。
「ちなみに、エルティアナに身内とか……?」
「さあ……。少なくとも相棒の方以外に、特に仲間はいなかったかと。クーカペンテの出身というくらいしか私たちも存じ上げません。そもそもカスティーゴに来る冒険者なんて、余所から来た人ばかりですし」
身内が近くにいるはずもない、か。
仕方ない。様子見がてら、彼女の面倒を見るか。茫然自失のエルティアナのこと、今は何もしないしできない。彼女が泊まっている宿とかは知らないが、もしそこに送ったところで、そのまま死なれたら寝覚めが悪い。……かといって預けるところもないし。
「というわけで、ベルさん。彼女、俺がしばらく部屋で預かるわ」
「お前って面倒見がいいんだな」
あまりいい意味ではないようなのは、ベルさんの表情でわかった。
「まあ、お前さんが自分のところで面倒を見るってんなら、オレは特に言わないが」
まだ俺は、この世界に来て二ヶ月ほど。元の世界での考え方や半端な正義感で生きていた。
だから、目の前の、女の子のひとりを見捨てることなどできなかったんだ……。
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