第15話、魔の森を偵察
翌日、カスティーゴの町は、ひときわ金属を叩く音が強く響いていた。
昨日のスタンピードの後だ。武具の補修に鍛冶屋を利用する冒険者が多いのだろう。鍛冶屋通りは、騒がしいようでハンマーと金属の音が飛び交っていた。
俺たちは特に手入れする武器もなく、宿を出た後、そのまま町を出た。
「今日は、邪神塔の近くまで行ってみよう」
ベルさんが偵察を提案したのだ。
「スタンピードは昨日。少なくともあと六日はそれがないわけだ。塔の様子を見に行くには悪くないだろう」
まずは魔の森を突破しなくてはいけない。……いけないのだが。
「森の上を飛んでいくのはなしかい?」
「道中に何があるのか見るのも偵察だろ」
「……聞いた話じゃ、徒歩だと到着までに一日二日はかかるらしいぞ」
「なら、ペースをあげよう」
ベルさんは楽しそうだった。
「なあに、いざとなればそれこそ、空を飛んで帰ればいい。まずは魔の森に慣れないとな」
名前こそ厄介そうな森だが、入った直後は木漏れ日も差し込んでいて、明るかった。魔獣たちが通るせいか、若干ひらけて道のようになっている。
朝から昼であること、そして晴れているおかげで、緑が優しく、また溢れていた。静謐な空気に緑の香り。魔獣が徘徊していなければ、さぞいいところなのだろうな。
森に入って一時間ほど。突然、飛び出してくる角付きウサギ――ホーンラビット。
「あっぶね!」
ひょいと右足をあげて、その突進を回避。体長は三十センチほど。小さいのだが、茂みから突然出てきて、その全体の半分くらいの長さになる角で足を刺してくるんだから始末が悪い。
「姿が見えない」
「まだ茂みから出てくるほうがいいだろ。少なくとも音がするんだから、半歩反応早くできる」
「出てきた時には手遅れじゃね?」
「それで、お前さん、足を刺されたか?」
いや、回避間に合ったよ。
昼なのだが、入ってきた時より、光量が下がっていた。枝葉の隙間から光が差し込んでいるのだが、陰となって見え難くなっている場所も増えた。
とか言っている間に、また茂みが揺れた。出て来たのはまたしてもホーンラビット。その角が向かう先は、ベルさん。そのスネに体当たりする寸前、その胴を上から剣が貫いた。
ベルさんは、剣を鞘にしまうと、角ウサギを回収する。
「今日の昼飯だな」
俺たちは、さらに森の奥へ。次第に、比較的静かだった森が本性を表していく。
蔦を伸ばしてくる食虫植物っぽい魔物。トカゲ型、巨大ナメクジやクモなどが襲いかかってきた。
ベルさんは二本の剣で対応。俺もストレージから片手剣を取り出し、伸びてくる蔦を切り落としたり、飛びかかってきた巨大クモを魔法で弾いたりした。
「森の中だ。使う魔法には気をつけろよ、ジン」
「わかってるよ!」
火系の攻撃魔法は周囲の木々に引火の恐れがある場合は厳禁。まったく使っていけないわけではないが、燃え広がって炎に取り囲まれたら間抜けとしかいいようがない。
二足歩行の肉食恐竜型――ラプトルが突っ込んでくる。防御魔法、シールドを展開。それを俺の前ではなく、敵の側面に発生させて、右から左へスライド。ラプトルの胴体に見えない壁をぶつける。まるでトラックに跳ねられるが如く、ラプトルの体が飛び、近くの木に激突した。
ファイア・エンチャント――俺は剣に火属性を付加、まだ息のあるラプトルの首を刎ね、トドメをさす。高温による溶断。火属性だって要は使いようだ。
一方のベルさんは、危なげなく巨大ナメクジやトカゲを斬り捨てていく。右手のファートゥス、左手のファートゥムの切れ味は、凄まじいの一言。俺が使っているような量産品とは全然違う。……俺も専用の剣とか、ちょっと憧れる。
倒した魔物から、適当に回収できる部位をストレージに放り込みつつ、さらに森を進む。
「だいぶ暗くなってきたな……」
まだ昼だが、森の中は薄暗く、不気味な雰囲気をまといつつあった。霧のように見えるのは魔力の塊か、あるいは植物の胞子だったりするか。光源に反射するように浮かぶ靄のようなもの。
探検している感はあるよな。間違ってもピクニックって気分にはなれないが。
「ジン、魔力サーチ」
ベルさんがそれに気づいた。人型……人間にしては小さい……子供? いやこれは――
「ゴブリンか?」
「だろうな。……何体かわかるか?」
「……五、いや六体かな」
「合格だ。連中は罠を張ってるつもりのようだから、オレが正面から突っ込む。援護は任せる」
「了解」
手早く指示を出した後、ベルさんが駆ける。ブーツが土を踏み、かすった茂みが揺れた音がした。おそらくゴブリンどもも気づいただろうが、ベルさんは初めから隠れるつもりはない。だから正面から向かったのだ。
俺は少し離れて、追尾しつつベルさんの動きを注視する。魔力による索敵で、伏せているゴブリンの位置はわかっている。ベルさんが迫るのに気づき、手前の三体が動く。後ろの三体のうち、クロスボウを持つ者が二体。
ストレージから二本、片手剣を出して、投擲! ベルさんを狙おうとしたゴブリンたちの視界外から魔力でブーストして飛翔する刃が、一体の頭、もう一体の胸を貫く。
……おっと、一体、仕留めそこなった。ライトニング――電撃弾を指先から発射。胸に突き立てられた金属の剣に誘導された電撃が、ゴブリンを貫く。
これで二体。後ろのヤツはもう一体。
「逃げるか……!」
ゴブリンが背中を見せて、茂みをかき分ける。ちっ、ゴブリンってのは、一体みたらゴキブリみたくウジャウジャいるんだろう? ここで見逃すと、後で面倒になるかもしれない。電撃弾も射線が通らないから、魔力を使って――
「ジン、撃つな!」
ベルさんの声。ちゃっかり前衛の三体を皆殺しにした彼は、その足でゴブリンの追尾にかかる。
「このまま後を追うぞ」
「え?」
「奴らの巣を突き止めるぞ」
マジかよ……。ベルさんの後を追いながら、俺は目を回す。ゴブリンの巣? それって、ゴブリンがウジャウジャいる場所だろ?
「いやいや、邪神塔行くんじゃないのかよ、ベルさん?」
「いいから」
どうやらベルさんにはベルさんの考えがあるようだ。
俺たちは、逃げるゴブリンを追って、森をかき分け、ひた走った。途中、ゴブリンがすれ違いざまにたきつけた巨大ナメクジがこっちへ来たのだが、ベルさんが通り魔よろしく瞬殺した。
「オレたちは、邪神塔を攻略するつもりなわけだ」
ベルさんの言葉に俺は頷く。
「中にはどれくらいの魔物がいるかわからないし、入った者には必ず襲いかかってくる」
「だな」
「オレはともかく、お前さんにはダンジョン攻略の経験が少ない」
段々、話が見えてきた。
「つまり、ベルさん、俺に邪神塔ダンジョンの攻略演習に見立てて、ゴブリンの巣を制圧させようってことか?」
「そういうこと」
ベルさんチャレンジのお時間だ。まあ、俺の経験が浅いのは事実。本番前の訓練は、むしろ望むところである。
ゴブリンの巣を攻略できないで、いまだかつて攻略されていないダンジョンが陥とせるか? いやできない。
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