第13話、初スタンピード
到着から二日目。上級冒険者宿は、俺のいた元の世界の一般的な宿レベルで、寝泊まりする分には悪くない。食事も安く、味付けは淡泊だが食べられないということもない。焼き肉のタレとか、日本にいた頃の調味料が恋しい。
その日、カスティーゴの町はピリピリしていた。宿の人に聞けば、今日が週に一回くるというモンスター・スタンピードの日なんだとさ。
宿にいた冒険者連中が、すごぶるシリアスモードなのが、戦闘前の空気を否が応にも引き立たせている。武器や防具の手入れをする者も多かった。
「あんたには期待しているぞ、ベルさん」
初日、Aランク昇格を成し遂げたベルさんとBランク魔術師の俺には、周りの冒険者たちもそう声をかけにきた。即戦力、歓迎というのは本当なんだな。
一方で、個々の実力はともかく「防衛戦ではどうかな」と口にする者、周りとの「連携を忘れるな」と指摘する者もいた。
「ちなみに、スタンピードにはどんな魔物がやってくるんだ?」
俺は冒険者から情報収集。グリンという、元兵士の冒険者が俺たちのテーブルに座った。もちろん、情報料にドリンク一杯をおごる。
「色々さ。狼や獅子のような陸上の魔物もいれば、昆虫型とか、スライムばかりとか、ゴブリンどもとかまあ色々」
ちびちびと酒を飲みながら、グリン元兵長殿は言った。
「日によって、似たような集団で来る。例えば獣型の集団の時は、ゴブリン軍団とか、スライム集団とか、他の集団は出てこない」
「パターンがあるのかい?」
「前回と同じ集団が来ないくらいかな、パターンは。……前回は昆虫集団だったから、そいつらは今日は出ない。……となると、今日来るのは、獣か、飛行魔獣か、ゴブリン、スライム、アンデッド、リザードマンのどれかってことだな」
「邪神塔ダンジョンから来るって話らしいが……」
そこから出てくる魔物ということは、塔を攻略しようってなると、これら全部への備えが必要になるってことか。
「あんたらも、邪神塔攻略を目指している口かい?」
グリンは、ははっ、と小さく笑った。
「やめとけ、あの塔を攻略するのは無理だよ。何せ、塔っていうくらいで、地下何階あるかわかってねえ。それに週一回、そこからモンスターが大量に吐き出されるんだから、実質、時間制限があるしな」
塔の中でスタンピードに巻き込まれたら、まず間違いなく死ぬ。
なるほどね。これまで攻略が成功しなかった理由のひとつは、このダンジョン・スタンピード現象のせいというわけか。……いい情報もらった。
「まあ、何にせよ、稼ぐのが目的なら、ここで防衛戦やってるだけでも充分やっていけるぞ。倒した分だけ報酬が出るし、戦闘が多いだけあって鍛冶屋とかバックアップも充実している」
元兵長はニヤリとする。
「とりあえず、慣れるこった。スタンピードをひと通り経験して、それでも邪神塔に行きたいっていうなら止めはせんよ。何せ、おれたちは冒険者だからな」
・ ・ ・
夜、想定どおり、魔の森を通って城塞都市カスティーゴに魔獣集団が攻めてきた。
「敵先鋒はブラックウルフ! 今日は魔獣集団だ!」
偵察に出ていた冒険者連中から報告が舞い込んだ。ブラックウルフ――聞いた話だと、邪神塔近辺に見られる大型の黒い狼型魔獣らしい。集団で突っ込んでくる様は、まるで騎兵突撃のようだ、という。
『正面部隊、速やかに城壁内に退避! いそげーっ!』
指揮官の命令を受け、城壁上から拡声魔法を使った魔術師が、町の外にいる冒険者や守備隊に呼びかける。闇の中で騎兵よろしく集団で突っ込まれたら、防壁のない連中は文字通り蹴散らされてしまうだろう。
ちなみに初参加の俺たちは予備隊ということで、城壁裏で待機中。ま、俺は魔術師だから投射魔法を期待されて、城壁の上にいるけどね。ちなみにベルさんは俺とコンビだからと、一緒にいる。珍しく弓矢を持っていた。
夜だけあって暗い。お月様も雲にお隠れ中。マジ見えない。夜間視力、暗視をちょい強化。あまり強くすると強い光が発生した際に失明の恐れがあるので慎重に。暗視スコープ相手に閃光を当てるのは鬼畜の所業と知れ。
やばーい。真っ黒い津波のようなものが、城壁に迫ってくる。ブラックウルフとやらの集団だろう。あんなのの前にいたら、波にさらわれるが如く、あっという間に飲み込まれる。指揮官殿の待避命令は的確だな。
「射撃部隊、よーい!」
新たな指示が飛ぶ。守備隊の弓兵、冒険者の中の魔術師や弓を扱う戦士が射撃の準備に入る。
なお、ベルさんは首をひねっている。
「敵の届かない城壁から弓矢で数を減らすというのは常道だが、はたしてアレを相手にどれだけの効果があるんだ?」
「まあ、多少は」
と、近くにいた弓に矢をつがえた女冒険者。
「正直、これまで黒狼を弓矢で全滅させたことはない……」
「やらないよりマシってことか」
ふん、とベルさんは不満げだった。
「まとめて吹き飛ばせればいいんだがな。……おい、ジン。お前、魔法文字辞典に爆裂魔法を仕込むやつあっただろう? 矢に刻めないか?」
「ほいほい」
俺は、ベルさんの用意していた矢筒に入った矢をとる。指先に魔力を集めて、矢じりに文字を刻む。同時に魔力も込める。これをやらないと、大した爆発も起きないからね。
「早くしろよ、もうすぐそこまで来てる」
「急かすなよ」
とりあえずできた一本を渡し、二本目に。と、そこで『撃てェー!!』と、指揮官とおぼしき声が聞こえた。
弓兵や飛び道具を持つ冒険者たちが城壁から攻撃を開始する。ベルさんも矢をつがえ――おぅ、弓を構えるのもさまになるなぁこの人。次の瞬間、矢が放たれた。
果たして威力は如何ほどに……。何せ細かな調整もしていないから、どれだけの効果があるかわからない。実際に撃ったやつをみて、調整しないと……。
矢の弾道を眺め、群れの一頭に命中。すると突然、ブラックウルフの集団の中で火球が膨れ上がった。密集していた分、十数頭が爆発に巻き込まれ、また余波を受けて吹き飛んだ。
「わぁお……」
思ったより威力があった。無調整でぶっ飛ばしてこれかい。俺がしばし眩しく感じる爆炎に目を細めていると、ベルさんが口を開いた。
「悪くない。ジン、次の矢を寄越せ」
「お、おう……」
二本目を渡し、三本目の製作にかかる。すると先ほどの女弓使いが、こちらの様子を見る。
「君たち、どんな矢を使ってるんだい?」
「一種のエンチャントだよ」
いわゆる魔法効果を付加している、とベルさんが説明した。だがその手は二射目を終えて、次をくれと俺に催促している。俺は作業を簡略化できないか考えつつ、爆裂魔法を仕込んだ矢を作り続ける。
そしてベルさんはできたそばから、矢を放つ。森から出てきた黒狼集団が次々と爆発に包まれていく。
「手を休めるな! まだ敵は来ているぞ!」
近くを通りかかった騎士の叱咤の声がした。どうやらベルさんが爆裂矢で敵を吹き飛ばしていくのを、近くの冒険者や弓兵が呆然と見つめていたようだ。爆発から逃れたブラックウルフどもが城壁に殺到しているから、彼らがいつまでも迎撃の手を止めていていいわけがない。
「貴様は何をしているのか、魔術師?」
その騎士が、座って作業している俺を奇妙な目で見ていた。いや、ベルさんに矢を渡しているところを見ればわかるでしょうに。
「爆裂矢の製作」
結局、その夜の戦いは、俺はほぼ矢の製作という裏方作業で終了した。
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