第八幕 心臓
地下へと繋がる扉には3つの錠がかかっている。
南京錠……解くには番号4桁が必要らしい、 こんな物解いてる暇に箕輪流枷は近付いて来る……!
「3528、 0001……あと1つは分からない」
飛依の言う通り2つはその番号で解けた。
この番号は『35番地28号』、 屋敷の事を指すらしい。
そしてもう1つは彼女が亡くなった時刻……自分で鍵を掛けたと言うのが分かる、 本当に心臓が有るのかも知れない。
「あと1つって、 何なんだ!? 」
幕雷は頭を掻き毟りながら窓の外を警戒している、 すると美緒が南京錠を適当にいじり始める。
「何してるの……? 」
「ただ考えてたって分からないでしょ! 私が適当にやるからその間に皆関係する事考えて! 」
美緒が錠を弄る中、 他のメンバーは思い当たる数字を探し始める。
7月15日……少女が死んだ日、 などは当たらずちっとも錠が解けない。
頼みの綱である飛依もお手上げ状態でこのままじゃ箕輪流枷に殺されるのも時間の問題だ……!
「やべぇ! 歩きながらだけど少女が来たぞ! 」
幕雷の言葉に皆が焦り始めた……が、 1人だけ冷静にある数字を導き出した。
「1005……ここで死んだ人間の数だ。 昨日までのだから、 適当にやってみるしかない」
「分かった! 1005ね! 」
開いた、 やはり桂木の脳は異常と言っても良いほど記憶力があるし、 こーゆー事に関するとそこまで辿り着くのが早い。
とても頼りになる。
「行こう! この先にある筈! 」
── 1階に降りてる途中に飛依自身に聞いてみた所、 飛依と少女の『眼』に映るものはシンクロする事があるらしい。
つまり、 少女が見た物を飛依が見る事も可能だという事らしい……やはり繋がりがあったみたいだ。
「今度は……鎖か……! 」
先に行った斎藤は、 横一列に2人しか入れない程の幅の通路で言った。
奥に有った扉には交差する錆び付いた鎖が2つ付いている、 どうやったのかは分からないけど、 壁から繋がれている。
「今回は錠も何もないぞ」
桂木の言う通り鎖には錠が無い、 見た所潜り抜けて入っていく他無さそうだ……なるべく早く入って確かめたいが、 どっちにしろその部屋が最後の舞台となるだろう。
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箕輪流枷がここに来ても、 私達は失敗したら殺される。
そして成功すれば恐らく箕輪流枷はそこで消えるか成仏するか……とにかく終わる筈なんだ……!
幕雷は突如身体の向きを変え、 階段を上って行った。
「幕雷!? 何してんの……!? 」
「誰かが見つからなきゃ隠れ鬼にならねーだろ、 ちょっと行ってくる」
彼は親指を立て笑顔を見せると、 扉の向こうに出て行った──絶対成功させなきゃ。
私が決意を固めていると、 桂木と斎藤が錆びた鎖の一部を破壊し中へ入れるようになった。
頼もしい限りだ。
──中は真っ暗……眼のいい私でさえ見えにくい程の闇で覆われた部屋だった。
「電気無いかな」
美緒、 呑気な事を言うな。
確かに電気が無いと分からないけど……それに動きにくいが、 こういう部屋にそういう物は……。
「あ、 有った」
電気が点いた、 有ったんかい。
まあこれで部屋の中を見渡せる…………周りには机が1つ、 1m程の範囲の物が置かれているだけだった。
嘘だろ? 心臓が無い……!? どういう事だ!? 百華が嘘を吐いたとでも言うのか!?
「待って! 上のボタン、 押してみよう! 」
天井に不自然に取り付けられたボタンにいち早く気付いた飛依の言う通りそれを押す事になった……が、 天井は約3m以上上で、 当然届かない。
そして1番身長の高い斎藤に飛依が肩車される事になり、 ボタンを無事押す事が出来た。
「机……! 」
飛依はまた少女の記憶が読み取れた様ですぐに机を指差した。
そしてそこには……生きてる様に動く、 人間の心臓が現れていた。
いつの間にか置かれていたのだ、 私は生の心臓に久々に恐怖が湧いてきた。
「これをあの子供に壊させりゃいいのか」
桂木は心臓を躊躇い無く鷲掴みにし、 思いきり握った。
もしかして少女を誘き寄せてる? でもそれめっちゃキレるんじゃないかな……。
「来たぞ!! 」
扉を豪快に開けた幕雷は、 すぐに攻撃されないように扉を一旦閉める。
少女の足音はまだしないから、 幕雷にどうしたのか聞いてみた……いや来たのは分かったけど。
「窓の外から俺をニヤけながら見てきてたんだけど、 突然苦しみ出してそのまま窓を突き破って入って来たんだ」
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なるほど、 すぐ上に居るわけか……なら扉の直線には居ない方がいいな。
私は皆に直線上から離れる様に言ったが、 心臓を何度も圧迫する桂木は動こうとしていない。
「平汰! 何してるの!? 」
飛依が心配して問うと、 桂木はバカにした様に鼻で笑った──だけどその手は震えている、 勿論死を体験した人間の1人だ、 恐ろしいんだろう。
「俺がこうしてりゃ本気で来るかも知れねーだろ? 誘導だ誘導」
誘導役を自ら行うとは、 やはり彼は頼りになる男だ……このメンバー1の強い心を持つ人間とも言う事が出来るかも知れない。
そしてゆっくりと扉が開いて行く──勿論そこには怒りに感情が支配され死神とでも言える様なオーラが放たれていた。
端に寄る私達はそのオーラに気圧されない様にただただ息を殺していた。
「返して……ねぇ、 それ私の」
「知ってる」
少女はやはり普段と別な雰囲気になっており、 今にも飛びかかって来そうだ。
とても恐ろしい……でも私達は一歩も引かなかった。
「返して欲しいんだろ? ほら、 奪ってみろよ」
「何言ってんの!? 平汰! 」
桂木は心臓を握り締めたまま少女を睨みつけ、 決闘を申し込んだ様な真剣な表情になる。
全身で構え、 戦闘態勢になるが多分あれは避ける為のポーズで少女を怒らせようという判断をしたんだ。
──でも下手したら自分が死ぬのに……!
少女は右手を少しずつ上げ桂木の方へ伸ばしていく……そして僅か3m程の距離になった瞬間並外れたスピードで突っ込んで行く──狙いは恐らく心臓、 鋭い手刀が距離を詰めてくる。
「斎藤! 」
「ああ! 」
少女の攻撃を限界ギリギリで避けた桂木は心臓を投げ斎藤にパスした、 斎藤は全く焦る様子も無く、 元からそのつもりだった様だ。
だが優先順位が心臓の方が先な少女は次はゆらりと斎藤の方を闇の様な瞳で睨みつける。
「返してよ……今なら許してあげるからさ」
絶対嘘なのが分かってるから、 2人はパスを交互に行って行く……そして少女は自分の心臓が心配なためそれ以上強くやる事が出来ない。
──これ、 何か可哀想かも……。
私は響く様に大声を出した。
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「箕輪流枷! 君は何でこんな事をする……!? 私が憎いなら私だけを狙えばいいのに、 何で他の人達も巻き込む!? 」
その黒く染まった瞳をした少女は頭に ? を浮かべて首を傾げている……通じないのは分かってた、 でもこれだけは言っておきたかったんだ。
他の関係無い人達まで巻き込んだ彼女は許せない。
私は少しも臆する事無く少女の真横を通り抜け、 桂木の持つ心臓を優しく受け取った。
「ヒロ……? 」
今は不思議と怖くない……。
「ヒロ! どうした!? 」
「ヒロ……! 」
「お姉ちゃん!? 」
「干露! 」
「ヒロ!? 何で……!? 」
皆が不安なのか私の名前を呼ぶ……けど私は今は怖くないんだ、 負ける気もしない。
──負けない。
「最後は私との勝負だよ、 決着つけよう……流枷! 」
私と箕輪流枷は暫く睨み合う……まるで初めての隠れんぼの時の様に緊張感はあるが怖くは無い。
私は勝つ……いや、 この子をあの世に送り届けなきゃいけないんだ……!! それが今の私の使命、 それが百華の願いでもある。
「始めよう」
私はそう言うと鈍足を必死で走らせ、 階段を駆け上がって行く──勿論後ろからは殺気を纏う箕輪流枷が追ってきている。
私は割れてる窓から飛び出てそのまま城の前で立ち止まる──逃げられないと思った訳じゃない、 スタミナが尽きた訳でも無い……ただここを決戦の地として選んだ、 それだけだった。
「返して……ヒロちゃん、 それ返してよぉ……!! 」
殺気を全て左手の手刀に宿した少女はバッタの様な跳躍力で窓を越えて高速で突っ込んで来る。
「ダメか……!! 」
私の頭を狙ったその凶刃に心臓を当てる事は不可能と考え咄嗟にしゃがむ……少女は私の頭上を越え過ぎて行くと着地と同時に掌をこちらへ向ける。
「ヤバい……!! 」
針の攻撃が来る……! そう思って全力で走るが左腕に内側からの激痛が襲って来た。
「はぁあっ!! 」
いち早く駆けつけた飛依が少女を強く睨みつけると、 彼女の腕が弾き飛ばされた。
あ、 千切れた訳では無いです。
その時の飛依の瞳は少女と同じく真っ黒に染まっており、 やはり同じ力を持っているのが分かった。
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私はすぐに止まり、 スタミナが切れないようにした。
全力で走っても遅い私がいくら粘ってもいつかは殺されるし、 元から無い体力を無駄に使ったらそれこそバカだ。
「ヒロ! どうする気なの!? 」
いやそんな事言える訳無いでしょ、 悪霊相手にバレたら本当に最悪なんだから。
──飛依の方へ他所見していた私の少し前には少女の右手が突き出されていた……まずい!!
「ふんっ!! 」
「……!! 」
少女を蹴り飛ばし私の死を回避してくれたのは斎藤だった……でも何で……!
「俺は1度死んでる、 ここで死んだって悔いは無い」
悔いって……でも、 それには『氷室の所に行きたい』ってのも入ってるよね……最後まで失恋だったよ私はさ……。
でも、 斎藤も死なせやしない……! 氷室もそれを願ってる筈……!!
「来い……! 」
斎藤が少女の攻撃を避けこちらに突っ込んで来る……またこのパターン? ……いや!!
今度は私の心臓を狙ってる! だとしたら……!!
私は箕輪流枷の心臓を自分の心臓の位置へ手を伸ばして持ち上げた──そして……。
「ゲームセットだ……流枷」
少女の手刀は自身の心臓を貫いた── が、 それだけでは無く、 すぐに力を込めて私の胸へと右手を当てる……そう、 ゲームセットだ。
私は勢い良く後方へ飛び、 城の柵へ激突した。
その口からは血が垂れてきていて、 胸部は赤く染まっていく……最後の最後でやられたんだ。
「ああああああああああ !!! 」
雄叫びを上げる箕輪流枷はあらゆる所から血が垂れ流しとなって恐ろしい外見となっている。
対する私は叫ぶどころか口を開く気力も失われていっていた。
「ヒローー! 」
「ヒロ……! 」
「お姉ちゃん!! 」
「干露……! 」
「嘘……!? 」
皆がまた私の名前を呼んでいる……本当だったらここに、 氷室と百華も居たのかな──。
「ああああああああああああああああ!!!! 」
叫び邪気の塊に、 そして少女は蒸発し消えて行く……これで、 終わった……かな……。
私の視界は少しずつ闇に染め上げられていき、 誰の声も聞こえなくなった────。
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『指切りげんまん、 嘘ついたら針千本飲ーます──指切った』
私達の約束は無事果たされた────。