第四幕 屋敷攻略
「私は城の中に居るんだと思うよ! 」
その日は教室での偽氷室の台詞で会話が始まった。
偽氷室の言う『城の中に居るんだと思う』とは、 指切り後の箕輪流枷がロンドーア城に隠れていると考える……という事だ。
私は前回全くの範囲しか屋敷を捜せていない為、 それを肯定する事は出来ずに役に立てなかったという事に罪悪感を持っていた。
「確かに、 よりデカく遠い時間のかかる城の方に居ると考えた方が当たり前だが、 前回捜していない場所を捜す。 それだけの事だ」
私の現在の身体、 飛依の彼氏である黒髪でクールな桂木は無駄に考えるよりもしらみ潰しに捜す方が得策だと言う。
確かにそうだけど、 このやり方で本当に箕輪流枷が場所を移動しないのだろうか……悪霊らしきものなら普通私達を邪魔するように、 意地悪するように移動するんじゃないのか……?
「まあいいや! 今回で終われば! 」
そうやって伸びをする偽氷室を見て私は、 あのクールで少し中二病っぽい本物の氷室との違いを強く感じていた。
全くの別物だ……と。
授業が行われる50分の間、 私は勉強する余裕も無く窓から見える大きな城を見つめていた。
今更だけどここ元の私の家に近くないか?
「はーい、 今日の授業はここまで~! 」
数学教師が言うと、 誰かが『1時間目の終わり』と訂正したが、 私達3人はそれを聞く事も無く体育倉庫向かった。
3人で話すのは今日の予定の事、 そして……今日で隠れんぼを終了させる事についてだった。
「前回、 捜してない場所を徹底的に捜す。 そして今日ソレを終わらせる、 分かったな」
真剣な眼差しで私達を眺める桂木は、 恐らく飛依の事を考えているんだろう。
自分の彼女の状態が心配、 だから身体を乗っ取ってるとも言える私を追い出したいのかも知れない。
……そうだとしたらちょっと悲しいね。
「分かってる。 私も絶対に飛依の身体を守りきるよ」
「ありがとう」
私に微笑みかけた桂木のその顔はとても穏やかで優しく包まれるものだった……私は飛依と同化してる為、 彼に好意を抱いているからそう思えるのかも知れないけど。
そうじゃないとしても、 彼の事は全く嫌いじゃない。
むしろもっと…………。
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そんな時私はふと飛依の言葉を思い出した。
『私の代わりにあの遊びを終わらせて』──。
あの遊びって、 指切りの事……? それとも隠れんぼの事なのか……? いや、 どちらでも構わない。
箕輪流枷を見つければもしかしたら全てが終わる、 大丈夫だ、 今日で終わりにするよ。
私達は部活も終わり、 学校から出たら真っ先に跡地へと向かった。
「干露は屋敷、 俺達は城を捜す。 氷室、 お前は1階をもう一度捜しててくれ、 大まかでいい」
「分かった」
やはりもう一度確認はするんだな……よし、 私もいい加減恐怖に打ち勝てなきゃ今日で終わらせられない。
もう覚悟を決めていこう。
私達は一斉に敷地内へ入ると、 突然の妖気に全身が強張った。
──箕輪流枷が鬼の様な形相で近付いてくる。
「逃げたね~? 今日こそちゃんとやってよ? 」
少女の真っ黒で無いようにも見える目、 放つ殺気などを見た感じ、 『離脱』が許されるのは1回だけだと思う。
今回できっちり決めなきゃ本当に終わってしまうかも知れない。
「勿論だ」
桂木が怯える素振りも全く見せずに答えると箕輪流枷は今までの無邪気な笑顔とは違く、 初めの頃見せた悪魔のような笑顔へと変化した。
「ゆーびきーりしーましょ……」
指切りが始まり、 私達は自分らの探索エリアをじっと見つめ、 箕輪流枷が消えると同時に走り出した。
2人共……いや、 氷室が偽物なら応援していいのかは分からないけど、 共に捜し終わらせてくれると言うなら敵ではないと考えた。
よってあの2人を信じる。
「まずは邪魔だ死者達! 私はお前達に用はないよ! 」
私はぶら下がる死体を避けながら、 体当たりしながらでも突っ切って行く。
こんな物もう怖くない! ──訳ない!
「いやああああああああ!!! 」
私は叫んで恐怖を紛らわせ隅々まで屋敷内を探索する。
30分が経過した頃には、 もう私の捜すエリアは残り僅かとなっていた──どんだけビビってんだ私。
「あ、 一応屋敷の周りも確認するか」
私は屋敷の入り口とは正反対に在る裏口らしき扉から外に出て周囲を捜す……が、 幸いか不幸か何も無かった。
そもそも自分で見つけてビビって逃げるかも知れないし。
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……そう言えば誰かが少女を見つけた時はどうなるんだ? 隠れんぼ終了の合図とか有るのか? それとも何か別の事が起きるのか……?
私は捜し終えた為城の方へと向かってみる事にした──その時だった。
「え、 桂木? 」
桂木が、 氷室が城から飛び出し走って来る。
何かから逃げてるように時々後ろを振り返り、 確認している……何があった?
桂木は私に気付くと何かを叫んでいる。
遠くて聞こえないけど、 かろうじて聞こえた言葉は……『逃げろ』──。
逃げろ!? どういう事だ!? ……!
私が彼らの背後を見ると、 禍々しい気を放っている空を覆う巨大な人影が出てきた。
「箕輪……流枷……!? 」
正体はカラスの群れを放つ空に浮かんだ箕輪流枷だった、 全長は余裕で10mを超える程のサイズ。
見ただけで身体が動かなくなってしまった。
鬼、 いや悪魔と言い切れる顔は目が暗く見えもせず、 口が裂けているのかと思う程笑顔になっている──恐怖だ、 私にとっては恐怖以外に言葉が出なかった。
「干露ーーー! 」
「!! 」
桂木の叫び声が聞こえ我に帰ると……眼の前には元のサイズで突っ込んで来る箕輪流枷が居た。
右手を構え、 指を揃えて刺すような体勢だ。
殺そうとしてる……。
私は思わず、 反射的に目を瞑り死を覚悟したが直後の肉に包丁を刺した様な音がしても痛みは無かった。
指が落とされている訳でも無く、 完全に無傷……前を見ると、 背中から真っ赤に染まった小さな手が突き出た氷室が居た。
「私……は、 本物じゃないんだろ……? 」
氷室は身体を震わせ、 少女の手を掴み捕らえながら泣きそうな眼をして喋り始めた。
気付いていたのか……自分が偽物って。
「でもさ、 私生きてるんだよ……お前らと居れたんだよ……凄い、 楽しかった記憶が残ってるんだよ」
私は涙を零しながら話す彼女を敵と思ってた事に罪悪感が湧いて来た。
「気付いてた……けど、 楽しい時間を守れるなら……そ、 それで良い……から」
涙と共に氷室からは大量の血が溢れ出てきている、 少し前の私なら見てられなかっただろう。
桂木も少し過ぎた所で振り返り、 眉を曲げながら氷室を見ている。
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彼女にとっては普通の人生だったんだ、 でも私にとっては幼馴染みが2人居るようなもので恐ろしかった。
彼女は普通に生きていた……ように設定されただけなんだ、 私達はそれを遠ざけようとして彼女を傷付けていたんだ。
「干露……飛依の言葉を聞け……。 まだ、 これは終わってない……生きて、 終わらせて……」
私は氷室の眼が閉じる前に走り出し、 門を飛び出した。
そして振り返り、 箕輪流枷は消え1人転がる氷室を見て大きく頷いた。
「絶対、 終わらせるから……」
私は氷室の死を2度も目の当たりにしたが、 決して恐ろしい訳じゃない。
悲しさは有るけど、 絶望は無い。
彼女が私を救ってくれた……そういう事で良いんだよね? 氷室……。
────。
私は途中で桂木と別れ、 飛依の家へと帰った。
それから数日経ち隠れんぼをやる事も、 人が死んでいく情報も聞かなくなった。
恐らく終わったんだ、 あの隠れんぼは……。
そう、 『隠れんぼ』は。
土曜日の休日、 私はある場所へ向かった。
「父さん、 母さん……元気でね」
干露としての自分の家だった。
勿論親達を巻き込む訳にはいかないと話しかけはせずに遠くから眺めていただけだが、 やはり妹の美緒が死んだ事も有り、 2人の顔は死んでるも同然だった。
それにプラスして私も行方不明となっているんだから……ごめんね、 いつか言える時が来たら必ず言うから。
今はまだ待ってて。
「誰だお前」
「!!! 」
私が跳び上がりながら背後の声に振り向くと、 そこには見覚えのある男が──。
「ここはヒロ……福瀬さん家のお宅だぞ、 お前誰だ」
幕雷……!? 何で、 死んだ筈じゃ!? もしかして氷室みたいに別の身体が……!?
そう思ったけど、 よく見たら幕雷は全身に縫い跡があり、 両手には松葉杖を持っていた。
もしかして生き延びていたのか……!? だとしたら凄すぎだろ。
「……ん? お前……」
「へ? 」
幕雷は私の顔を睨みつけながら眺めている、 何か付いているんだろうか。
幕雷は急に微笑み、 壁に寄りかかった。
「一瞬、 本当に一瞬……ヒロかと思っちまった。 でもやっぱ違う、 悪いな」
「いや……」
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義手を強く握り締め、 寂しそうな表情を浮かべる幕雷に私は胸が痛んだ。
『私がヒロだよ』って、 教えてあげられればどれ程楽な事なんだか……でも多分コイツバカだから理解出来ないだろうしな。
私が少々失礼な事を思っていると、 見つめてる私に気づいた幕雷は笑顔で話し始めた。
「俺に同情なんてしなくていいぜ! 1人で頑張って這いつくばって生きてやる! 」
幕雷……這いつくばるな怖いから。
それでも、 強く生きてるんだな……幼馴染みとして誇りに思うよ。
「でな、 最近俺の好きな奴が行方不明になっちまってよ……この想いをどう伝えれば良いんだか」
あ、 何か急に喋り始めた。
ふーん、 好きな奴が居たのか、 お前に好かれたやつはちょっと残念そうだな。
アホに好かれても嬉しくないだろ。
「この家の長女なんだけどな、 同級生なんだ。 小さい頃からずっと好きで、 高校になったら付き合う予定でいたんだけど、 案外鈍感できづかねーのなぁ」
……ふーん、 この家の長女なんだー。
そんな予定有ったんだー、 私鈍感なのかー、 確かにそうだけどお前の好きな奴私だったのかぁ。
私は適当に流そうとしたけど、 不覚にも顔が火照りだした。
ダメだ、 コイツじゃなくて私は桂木が……もとい斎藤が好きなんだ、 照れちゃダメだ。
「大丈夫か? 何か壁に頭打ち付けてるけど」
「大丈夫です」
私は飛依の身体だという事を忘れて普通に壁に頭をぶつけたが、 平静を装ってその場を離れた。
そっか……幕雷は私の事が……。
ゴメン無理だわ。
帰り道誰も居ない路地裏で脳内に呼びかける声が有った……これは恐らく飛依の声だ。
『隠れんぼは無事終了したけど、 まだ他のが有るよ! 頑張って』
……他の?? 隠れんぼは終わった……。
他の遊びも有るって事か? ……まあ氷室の言動や消えた箕輪流枷を見たらまだ終わってないのは分かるけど、 まさか別の遊びも有るとは。
運動音痴の私には激しいものは無理だぞ? 絶対死んじゃうからな。
結婚せめてしてから死にたかった。
……何故か幕雷が入ってきたけど、 これは論外なので捨てておこう。
私は頭の良い人間が好きだからな、 バカは完全に論外なんですよ。
──そして翌日となり……。
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氷室が退学扱いとなって学校中に知れ渡ったが、 大体の人間はそれが死去だという事を理解している。
私と桂木はいつものように体育倉庫でお弁当を食べていた──汗臭くて凄く嫌なんだけどね私は。
「なぁ、 昨日また屋敷に行ってみたんだが、 特に何も無くなってたぞ」
「行ったの!? 」
何でこうも臆する事なくそんな行動が出来るのか不思議で仕方なかった、 そしてこの不思議な男を何で飛依は好いたのかと不思議に思えた。
不思議に不思議が重なっていってちょっと脳が追いつかないからストップしてくれ。
「やっぱ、 もう終わったのか? 」
「いや、 終わってないって氷室や飛依が……」
私は知ってる事を話した……てか強引に言わされたけど、 何か違和感も感じていた。
弁当を食べ終わると桂木は私の胸を押して静かにするように言った。
何で胸……。はぁ……。
『今から、 全校鬼ごっこを開始します。 鬼は1人、 皆さん頑張って逃げましょう』
鬼ごっこ……!? 何で……。
全校生徒が騒つき、 外の異様な気配に気づくが私達は体育倉庫に居るため外の様子が分からなかった。
「でもこれって絶対……」
「ああ……」
私と桂木は誰からも聞かなくても分かっていた。
『ゆーびきーりしーましょ。 捕まったら針千本、 だよ? 』
「「鬼は箕輪流枷だ……!! 」」
私達は少女がとうとうここまで来たのだという事を理解した。
そして、 捕まる=死の鬼ごっこが開始した。




