第三幕 新生活
……おはようございます。
私、 福瀬干露が死して別の身体『工藤飛依』になり最初(ある意味2日目)の朝を迎えた。
最初は戸惑った物の、 何もかもが当たり前の様になり、 違和感すら感じなくなって普通に生活している。
今日は初めて飛依の学校へ向かう。
「ちゃんとご飯食べなよ? 最近元気ないけど」
そう話しかけて来たのは私のお母さんだった……でも、 実際は飛依の母親。
その筈なのに私は本当の母親として記憶している。
「大丈夫だよ、 心配しないで」
私は干露の時には中々見せなかった笑顔をとても自然に見せ、 ご飯を食べ終えると場所も知らない筈のバッグを準備し外へ出た。
……分かりやすく、 言えるかは分からないが……今の私の状況は1つの肉体に2つの精神? まあ、 2人居ると言うか。
その上思考は1つで、 2人分の記憶が有り混乱する。
私は知らない道を自然に、 まるで何度も通った事が有るかのようにスムーズに進んで行く。
「この木……昔良く登ってたなぁ……」
私は全く見覚えの無い筈の公園の木を見つめ、 勝手に口が動き呟いた。
──こんな生活続いたら『福瀬干露』が消えて無くなってしまうんじゃないだろうか……記憶なんて無くなるんじゃないだろうか……。
そんな不安が有り、 立ち止まっていると背後から肩を叩かれた……が私はそれに全く驚きもしなかった。
「おい、 どこ見てんだ? 公園の」
後ろには光で煌めく茶髪が首の真ん中辺りまで伸びた背の高い男子高生が居た。
……この人も知っている、 飛依の恋人の桂木平汰だ。
私が見てもとても格好がいい──干露の時の私なら斎藤の方がかっこよく見えていただろうが、 今の私は好き過ぎて鼓動が激しくなっている程だ。
「あの木だよ、 懐かしいなぁって」
「そうか」
桂木は私が微笑むと私の顔を自分の方に向け、 軽めに口付けをして来た……不思議と嫌じゃない、 と言うか嬉しさと恥ずかしさが込み上げてくる。
……本当に好きなんだろうな。
「行こう、 遅刻しちまう」
「うん」
私は彼の右手を極自然に握り、 多少くっつかりながら歩いて行く。
──そう言えば思ったんだけど、 他の皆も別の肉体に居るのだろうか……。
教室は賑やかな声が上がっている。
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「あ、 クラス1のベストカップルのご登場だ! 」
え……?
私が入ったクラスには、 何と私より先に死んだ筈の氷室恵夢がいつものクールな感じでは無く、 明るめのムードメーカーみたいに居た。
……氷室が居る!? どういう事!? 私は別の身体になってるのに氷室はそのままなの!?
「ちょっと、 止めてよ」
私が混乱中でも無意識に身体は動き、 着席をした。
何がどうなってるのか、 本当に分からなくなった瞬間だった……知らない学校なのに、 私のクラスでも無いのに氷室が居る。
でも性格は別人……。
────。
私は昼休みになると、 教室のロッカーに飾ってあるユリを見つめながら考え事をしてた。
『あの氷室はもしかして箕輪流枷か……? いやでも飛依の記憶では幼い頃に出会っている……』
──1回で良いからこの身体の持ち主と話してみたい。
……私がそう思った時、 左から声を掛けられた。
「ちょっと良いか? 飛依」
「……うん? 」
桂木だった……ちなみに私は演技をしている訳では無く、 自然に口が動くのだ。
まるで中身は私なのに肉体は別人の様に……。
私は桂木に連れられ体育館の倉庫にやって来た、 2人はよくここで……まあ色々とやってたらしい。
桂木は手慣れた様に物の間を進み、 小さい丸椅子を運んで来た。
「なあ飛依、 お前……何かいつもと違うぞ」
「え……」
雰囲気も喋り方も飛依そのものの筈だが、 桂木はまるで違う人物にもとれた様だ。
……さすが彼氏、 よく見ているが凄いな。
この人になら、 話してみても損は無いんじゃないか……? でも話して別人という事が判れば見放されてしまうんじゃないか……。
ここはどうするべきか。
私が悩んでいると、 彼は右腕を力強く握って自分の方へ寄せた。
「こんな事は考えるのもおかしいと思うが、 俺はお前が飛依じゃないのだとしても話くらい聞いてやる。 それくらいで飛依の事を見放すわけがない」
私は不覚にもときめいてしまった……いや良いのか? 飛依がときめいているのかも知れないし。
それにしても彼女思いの良い奴だ、 恐らく飛依が戻らなかったらショックなんだろう。
私は隠さず、 自分自身の言葉を発した。
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「私は福瀬干露、 だがちゃんと飛依の記憶も有る。 実は私は1週間前に死んでいるんだ……で、 目を開けたらこうなっていた。 理解するのは難しいだろうが、 今は飛依は出て来ていないんだ」
私は言える事を精一杯話したが、 あの跡地の事、 箕輪流枷の事は巻き込まない様に話さなかった。
桂木は少し考え込むと一旦目を閉じた。
「分かった。 ちゃんと理解した、 要するに中身は別の様だが飛依に変わりはないんだな」
頭がとても良いのか、 変わり者なんだかは分からないが彼はとても素直に話した事を納得した。
私が死んだ事については、 恐らく聞かれるだろうね。
「知ってるか? この町には不思議な伝説が有るんだ」
「伝説……? 」
彼は頷き、 携帯を弄り始めた。
「実は今から19年程前、 ある大きな屋敷に1人で住む10歳の少女が居た」
10歳……丁度箕輪流枷と同じくらいの歳か……にしても何故急にそんな話をし出した?
もしかして何か有るのか?
「だがその少女はその年に餓死してしまった……勿論食べ物も何も無かったからだと思うが」
だろうな、 その歳の子供が1人で生活は難しいし、 私だったら屋敷を抜け出して助けを求めるさ。
──屋敷?
私は一瞬引っかかったが、 桂木は気にせず話を続けた。
「その場所にはそれ以来、 普通の人間は寄りつかなくなった……何故だと思う? 」
急の問いかけには驚いたが、 私は頭に即入って来た言葉を声に出した。
「人が死んだら、 誰だって……」
──人が死んだ屋敷、 少女……? ちょっと待て、 ロンドーア城跡地に似ていないか??
私が止まっていると、 桂木は自身の考えが正解したかの様に笑みを浮かべた。
「ロンドーア城跡地……干露が死んだのはそこでだろう? 」
何で分かるんだ? コイツの脳内はどうなってるんだ、 教えてくれ! てか分けてくれ。
桂木は私が驚愕し目を見開いて居ると、 自分がそう考えた事を説明し始めた。
「少女が死んで18年、 怖いもの見たさか好奇心か……ソコに行く人間は大量に居た。 が、 誰も帰って来ていない」
私はふと屋敷内の大量の人間の死体を頭に浮かべた……もしかしてアレはその人達か……!?
そして桂木は続ける。
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「だが1度、 そんな中から無事帰って来た小学生達十数人が居た。 それがお前達だろ」
当たっている……凄い、 てか怖い。
探偵よりも遥かにイかれてる。
「そして1週間前、 ついにそいつらの死が特集されたが、 発見当時は有った筈の死体が2つ消えていた」
それが私か……てか待てよ。
「2つ……? 」
私が不思議に思い聞くと、 桂木は笑みを浮かべた。
「氷室恵夢、 あいつだ。 アイツは元々この学校には居なかった筈だ、 だが俺以外が記憶操作でもされたかの様にアイツと普通に接している」
成る程、 だから氷室が記憶に認証されているのか。
でも私と違って本体と同じなのは何でだ?
桂木は私の心を読み取ったのか、 話を進めて行く。
「あの氷室は恐らく別のモノ、 俺はそう考えている。 何がどうなってるのかはお前と会ってようやく分かって来た。 そこで提案が有る」
「提案? 」
私が首を傾げて聞くと、 桂木は私の手を再び握り締め不敵な笑顔で答えた。
「ロンドーア城跡地へ行こう」
「え!? 」
驚愕した……いや、 そんな事知ってるなら普通は行きたがらないと思うんだが、 私が驚愕したのはそこじゃない。
またあそこで殺されなきゃならないのか……!? という所だ。
桂木は私の頭に手を置き、 ある事を口にした。
「指切り、 お前なら分かるだろ? 干露」
分かるも何も、 私が死んだ原因がまさにそれだ。
指切りをしてしまうと、 隠れんぼが始まり1時間で箕輪流枷を見つけられなきゃ殺される……という事は分かっている。
「指切りをした人間は1度離脱する事が出来るらしい」
「離脱……? 」
桂木の聞いた話によると、 終わる直前5分前に敷地内から出れば殺されず、 一時離脱が出来るらしい。
それに加え、 箕輪流枷の隠れる場所は変わらずもう1度最初から始める事が出来る。
それが本当ならもしかしたら成功するが、 私は前回それをしてない為、 最初から探す事になる。
「氷室も連れて行く、 3人で行こう。 あいつは別人だ、 もしかしたら本性が分かるかも知れない」
「……分かった」
1度やったんだ、 再び行くとなるとやっぱり怖いけど、 やらないよりは後悔しない。
対策法も分かったし。
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そうして私達3人は、 ロンドーア城跡地の目の前へとやって来た。
……勘違いかも知れないが、 以前来た時よりも邪悪な気配を強く感じる。
しかもより近くから。
「うっわ、 感じあるなぁ」
氷室の事も警戒しながら、 私達は中に入って行く。
まだ少女、 箕輪流枷の姿は見えて来ない。
「作戦通りな」
来る数時間前、 私は屋敷の中を大体把握してるので、 屋敷を担当する事になり他2人はより遠くより大きなロンドーア城を担当すると決まった。
私と桂木は得体の知れないこの氷室恵夢を警戒しているが、 その話し合いを普通に聞き入れた事に対してより警戒心が強くなった。
……数分すると屋敷の扉が開き、 箕輪流枷が浮いてる様に歩き近付いて来た。
「また来たんだねお姉ちゃん達! ……それと初めましてお兄ちゃん! 」
「ああ、 初めまして」
無邪気な笑顔を見せる少女に対し、 桂木が微笑み返すが全く油断も何もしていない、 ただ遠くの城を見つめていた。
そして指切りの時間が始まった。
「ゆーびきーりしーましょ。見つけられなきゃ、 針千本だからね? じゃあスタート! 」
そう言うと箕輪流枷は後ろへ跳び、 邪悪な笑みを浮かべて空に消えて行った。
そして私達は走り出す。
屋敷に入り、 私は前回より慎重に、 そして素早く探し始めた。
……さっき箕輪流枷は私の事も含めて『また来た』と言った、 つまりは氷室が死んでまた生きている事も知ってたし、 私が飛依になっている事も知っていたと言う訳だ。
私はふと周りを見ると、 今まで気付かなかったが死体が私を囲む様に吊られて居る。
全部こっちを向いている──まるで生きているかのように。
「……!! 」
そう考えた瞬間に私は足が竦みその場に座り込んでしまった……前回は夢中で気にもしていなかったけど、 今回は死体に気付いてしまった。
私は少しずつ近付いて来ている様にも見える死体が恐ろしく、 足の感覚が殆ど無いままがむしゃらに走り抜けた。
「あそこには無い……! 別の方向に……! 」
私が振り向くと、 そこには死体が吊らされて無いエリアが在った。
前回はここにもあったのに、 無いという事はやっぱり動いているのだろうか。
「知るか……!! 」
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私は恐怖と焦りで身体が震えて涙目になっているが、 今はそれをなんとか振り切り少女を捜す。
──数十分が過ぎ、 残り時間がたったの10分となると、 私は今まで通った道を逆走し屋敷の外へ出た。
すると早めに帰って来ていた桂木達が居た。
「早く外に出よう」
桂木は私の背中を優しく押し、 3人で屋敷の外へ出た……後ろを振り向くと、 屋敷の2階から箕輪流枷が梟の様な何も感じない瞳で見つめて来ていた。
どうやら情報は本当だったらしく、 少女はそれ以降姿を消し私達は生き延びた。
今日は桂木の家に泊まる事になり、 話し合いが始まった。
「屋敷はどうだった? 何かあったか? 」
「何か有ったというか……」
私は屋敷内の死体の事や、 それが移動する事、 部屋の配置構造などを2人に教えた。
桂木は未だ震える私の身体を抱き寄せていてくれた。
「城はひとまず1階を探索したが何も見つからなかった。 それに、 中は多少綺麗だったぞ」
綺麗? おかしいな、 何で何十年も使われていない筈の城が綺麗なんだ? 誰かが掃除をする訳でもないし。
……私、 普通に喋ってるけど飛依は今どう思ってるんだろう。
その日はそれ以上話す事も無く、 寝る事になった。
桂木は何も考えていないのか忘れてるのかそれが当たり前なのか、 自分の寝てるベッドに私の事も寝せ密着して寝る。
……さすがに恥ずかしい。
──私が眠った数分後の事だった。
夢の中で私の前に黒髪の少女、 飛依が立っていた。
夢の中は床も壁も何も無く、 ただただ周りは黒いだけで感覚が変な気分だった。
飛依は私に近付くと微笑んだ。
『この身体、 暫くヒロに預けるね? 私の代わりに[あの遊び]を終わらせて』
『……あの遊び……? 』
飛依は私にソレだけ言い、 ふわりと泡の様に消えてしまった……あの遊びとは『指切り』の事なのだろうか……。
そして何故その事を知っていて、 『代わりに』とは一体どう言う事なのか……。
私は夢の中で数時間考え込んだ。
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私が飛依として過ごす、 2日目の学校生活がやって来た。
私は飛依の言葉をずっと考えつつも、 屋敷攻略の事ばかり集中していた。