八章
俺達の主力となる武器は先端を尖らせたモップの柄だけだ。 それでサブマシンガンを持った約20名の敵を相手にしろと。 はっはっは、こんなに厳しい状況は小学生低学年の時、授業中に腹痛を起こした時以来だ。
窓の外を見るとガスマスクをした隊員たちは玄関から校内へと侵入してきていた。 全4階建ての校舎。 ここは2階だからすぐに遭遇してしまうだろう。 以前にこの学校は長方形で一本の長い廊下の左右に教室が~という説明はした。 上の階へ上がるためには左右中央の3つの階段を登るしかない。 敵の戦力が圧倒的ならその階段で食い止めるしかない。
「ひとつ、案があるんだが……」
折れたモップを槍のように持っているナリナは申し訳なさそうなくらいの声で言う。
「敵も階段を使わなければ上に登ることはできない。 なら、逃げ場のないそこで一気に敵を倒すしかない」
ナリナも俺と同じ考えのようだ。 だが、俺はそこまでしか考え付かなかったが、ナリナはさらに続けた。
「4階は調理室、理科室と戦闘に使えるものがたくさんある。 私たちは4階を拠点に行動する。 そして理科室からエタノールを持ち出し、敵が登ってくる階段に撒き、やってきた瞬間に火をつける」
なるほど、火攻めか。 これなら装備が貧弱以下の俺達でも敵を一気に倒すことができる。 だが、問題がひとつある。 敵はどの階段を使ってくるのか、ということだ。 まぁ、どうせ3部隊に分かれて全部の階段からやってくるだろうが、一気に3つの階段で火攻めするというのは人数が足りない。
するとナリナは両手を広げ、廊下の両最先端を指さした。
「火をつけるのは3階から4階の中央階段。 後は防火シャッターを手動で下ろして侵入不可能にする。 電気系統が止まってるからシャッターを下ろしきればロックがかかって上げるには電気を復旧させなければならない。 敵は絶対空いている階段を使わざる終えない状況にする」
「ナ、ナリナ、すげぇよ! ゲームでも現実でも戦闘に関して万能かよ!」
ナリナの策にリョウは握り拳を作って大きな声で褒めちぎる。 たしかにリョウじゃないがこの状況ですぐに策を思い浮かばせたナリナはすごい。 それが生物兵器の種の力かは知らないが、それにやられる敵もさぞ悔しかろう。
「なら急ぐしかないな。 オレらは左階段のシャッターを閉めに行く」
ショウタとその子分2人がうなずく。
「じゃあ、オレとコウスケで右階段のシャッターを閉めに行く!」
リョウとコウスケはお互いに拳をぶつけてうなずいた。
「2階、3階の左右の階段のシャッターを閉めつつ4階へ来てくれ。 私はその間に策の準備をしておく」
「おう、行くぜ!!」
リョウとコウスケ、ショウタと子分2人は左右に別れて廊下を駆けていった。 この場に残ったのは俺とナリナ。 シェリー先生にテルコとナオヤだ。 武器を持っているのは俺とナリナ。 拳銃を持っているシェリー先生。 テルコはどう見ても人を殺す、傷つけることはできないしナオヤは真面目すぎて武器を取らない。
やはり俺たち3人で策を進めるしかないか。 といっても俺は本当にクラスメイトのまとめ役だけだが……。
「とにかくアイツらに任せて4階へ行こう」
その時、ババババン! という銃声が聞こえ、俺達は飛び跳ねた。 予想はしていたがシャッターを閉める前に敵と遭遇してしまった可能性が高い。 だが、そうと言って様子を見に行くことはできなかった。 俺たちは俺たちの役目を果たしたほうがいいのだ。
俺はナリナの顔を見てうなずき、階段を一段飛ばしで駆け上がって4階へ向かった。
4階は様々な授業で使う、実習室が連なるところである。 調理室は中央階段を登って左の教室で理科室は右の教室だ。
ショウタ組とリョウ組はやはりまだ来ておらず、今は銃声すらしていない。 それが逆に不気味で仕方ない。
ナリナは階段を登りきると右を向き、最初の教室である理科室のドアに手をかけた。 が、普段使わない教室のため施錠してあるのは当たり前だった。 鍵は一階にある職員室だ。 当然取りにいけるわけがなく、俺は額に手を当てて肩をすくめる。
「見ての通り開かない。 他に策は――」
ドゴン。 俺が他に策はあるか? と聞こうとした瞬間、ナリナはちょいと後ろに下がって助走をつけて理科室のドアを蹴り抜いたのだ。 ドアは室内に吹っ飛び、窓の部分がちょうど机の角に当たってガラス片が飛散した。 その光景にテルコとナオヤは口を開いたままぽかんとし、シェリー先生は満足そうにクスクスと笑った。 俺は肩をすくめるのを続行中。
理科室の黒板の横にはもうひとつドアがあり、その中には実験で使う危ない液体などが保管してある。 もちろんそのドアも施錠してあるわけだが、ドゴン と説明中にも関わらずナリナはドアを蹴り抜いた。
「私はここで使えそうなものを集める。 ユウトたちは調理室で武器になりそうなものを……」
「あ、ああ。 だが1人で大丈夫か?」
「なら僕がここに残るよ」
ナリナが振り返りもせずにガサガサと液体が並んだ棚をいじくっていると後ろからナオヤが喋りかけてきた。
「ナリナとテルコは僕が見ておく。 ユウトは先生と一緒に武器を」
メガネの柄をあげながら言うナオヤに俺は久しぶりに会話をしたような気がして大きくうなずいた。
「わかった。 先生、行きましょう」
「ええ」
俺とシェリー先生はその場をナオヤに任せてコツコツと落ち着いた足音で調理室へと向かった。 当然ここも鍵がかかっているのでシェリー先生の顔を見ると、シェリー先生は「どうぞ」とファミリーレストランの店員のような笑顔で言う。 ……ナリナみたいにうまく蹴り破れるかな。
ナリナを見習い、少し後ろに下がって走り出し、その勢いをドアを蹴り破る右足に集中させた。
「ぐわっ!?」
ナリナのドアを蹴り破る美しさを得点に表すなら10点満点をあげるとこだ。 俺はというとドアを蹴った衝撃で、外れたドアとともに調理室の中へと転がっていった。 ダイナミックな転倒にシェリー先生も慌てて駆け寄ってきた。
「大丈夫?」
「ええ……後頭部が痛いですけど大丈夫です」
後頭部を摩り、その手を見るが血はついていない。 こんなことで流血しているようではこの先どうするんだ。 もうちょっと頑丈になれねばならないが、どうすれば頑丈になるのかはまったくわからない。 肌の硬質化はしたくないな。
俺は調理台の下の扉を開き、そこに差されていた包丁を鷲づかみにして調理台の上に置く。 野菜を切るような先端が平らなものは振り下ろしたりしないといけないのであまり使えない。 ここはやはり先端が尖った肉切り包丁だろう。
「それにしてもナリナさんには期待しちゃいますね」
俺が包丁の吟味をしていると別の調理台の下を探っているシェリー先生がぼそっと言う。
「すぐに状況を理解して効果的な策を考え出す。 武器になりそうなものもすぐに見つけたし、人間ベースの生物兵器の幼体としては敵も欲しがるわけですね。 もっと訓練さえ積めば彼女は世界の兵士の頂点に立つことができるかもしれません」
ごつい兵士共を束ねるナリナを想像する。 なんか表情があまりないから違和感はないが、俺から見たらなんか嫌だな。
それにしても周りの謎の集団が勝手にナリナの将来を決めているような気がするけど、ナリナは将来の夢とかあるのだろうか。
「ナリナにはナリナの夢があるんじゃないすか。 周りの勝手気ままにナリナの将来を決めることは俺が許しませんよ」
それを聞いたシェリー先生は「クスクス」と満足そうに笑う。 俺は自分が言った台詞に恥ずかしさを感じながら肉きり包丁の束を手に持った。
「ユ、ユウトー!!」
その時だった。 理科室からナオヤが大声で俺の名前を呼んだのは。 その声色からすると緊急事態であることはすぐわかる。
シェリー先生と顔を見合わせてから調理室から顔を出すと廊下の彼方に血だらけのリョウがぐったりしているコウスケを抱きかかえて引きずっている姿があり、ナオヤはリョウの代わりに防火シャッターを閉めていた。
まさか……信じたくない。 信じたくないが、その現実を受け止めないとどうしようもなかった……。
俺は慌ててリョウたちのもとへ向かい、すぐにひざまずいてコウスケの首筋に手を当てた。 まだ脈はある。 血だらけの腹の上に乗っているコウスケの手をどかすと、そこには弾痕があり、そこから血が止まることなく流れ出ている。
「す、すまねぇ……。ヘマしちまった……」
頭の中が混乱している中、まだ意識があったコウスケは片目だけを開けてかすれ声で言う。
「バ、バカ! 喋るな!! せ、先生!!」
肩書きだけかもしれないが保健の先生であるシェリー先生を呼ぶと、シェリー先生は屈まずにコウスケを見下ろして俺に目配りをさせた。 どうやらコウスケ本人の目の前では言えないらしく、来いということだとすぐにわかった。
俺はコウスケをリョウに任せてシェリー先生とともに少し距離をとる。
「出血がひどいです。 長くは持たないかもしれません……。 コウスケ君の気力次第です」
やはりコウスケを見た時の反応でこう言われるということはだいたい予想できていた。 予想できていたが、あまりにも酷い当たりだ……。
その場からコウスケに目をやると泣き崩れるテルコに握りこぶしを作るリョウ。 メガネを曇らせるナオヤがいた。 何の変哲もない中学校で、突然映画のような銃撃戦に巻き込まれ、その中で友人の一人が撃たれてしまった。 まるで悪夢のような現実に俺たちは怒りと悲しみをひしひしと感じていた。
だが、その間にもナリナはショウタたちの来るはずの階段を覗き込んでいた。 そうだ。 まだ全然悪夢は終わっていないのだ。
俺は悲しみに暮れるリョウたちを残してナリナの後ろに立つ。
「ショウタたち……大丈夫か……?」
俺の一言にナリナはしばらく間を置き、
「……敵の姿を確認してからシャッターを閉めていると間に合わない。 しかしまだショウタたちが生きていたら見殺しにすることになる……」
と言った。
たしかに現時点でショウタたちが生きていて、このシャッターを閉めてしまったら確実にショウタたちは殺される。 ここを閉めてしまったら開いているのは中央階段しかなくなるからな。 火攻めするのは3階から4階に続く階段。 まだ階段に薬液を撒いていない。 ……俺はシャッターを閉めようかどうか、珍しく不安な顔をして迷っているナリナの肩に手を置いた。
「ナリナ……俺が見てくる」
それを聞いたナリナは明らかに動揺した。 おそらくこのナリナの表情から察するに俺の案は否定されるだろうから、さらに俺は続ける。
「俺がこの階段から下に降りるから、このシャッターを閉めてくれ。 で、ショウタたちの安否を確認したら中央階段から昇ってくるからナリナは策の準備をしててくれよ」
と、まるで今生の別れをするかのような顔をイメージして言ってみると大体相方位置の女の子は素直な気持ちで抱きついたりしてくると相場が決まっているはずだ。
「……わかった」
あまりにかっこよすぎる熱弁のせいか、ナリナは俺の案に渋々賛成してしまった。 ナリナの性格からして抱きついてくることはないだろうが、せめて何か景気づけそうな何かが欲しかった……。
が、ナリナの顔をじっと見てもナリナは何も動作を起こさなかったので、俺は決心して階段を下りようとした。
「待て」
欲しかったゲームが売り切れだった時のような足取りで階段を下りようとしたら不意にナリナが俺を呼び止めた。 まさかと思い、俺は急いで振り返ってみる。
「……死ぬな。 お前が死んだら私は――――――――」
「……?」
目の前でどうやって自分の思いを伝えようか戸惑っているナリナを見て、俺はこんなシリアスな場面にもかかわらず顔がにやけていくのがわかり、慌ててあごを摩るフリをしてそれを隠した。 いやはやなんか申し訳ない、隠れファンの諸君。
ところがナリナは台詞の続きを言わずにぐっとうつむいて言うのを押し殺しているようだ。 そしてバッと顔を上げ、
「時間がない。 急いでショウタの生存確認をしてきてくれ」
と言った。 はいはい、続きはまた今度ってやつね! ふむ、ナリナのおかげで俺の生存フラグが立った。 俺はニっとナリナに笑って見せて再び階段を降り始める。 ナリナの女の子らしい一面を見た今の俺は北斗真拳伝承者より強い。 いざ、ナリナの策を成功させるためにショウタを救出、陽動するぜ!
とは言ってみたはいいものの、やはり俺の武器は折れたモップのみだ。 もし敵と遭遇したら到底勝てるはずもない。 しかし奴らがこの学校に侵入してしばらく経つが一向に4階付近まで到達する気配がないぞ。 反対側のシャッターはリョウたちが全部閉めてきたので大丈夫だろうが、中央階段は陽動のために開放状態のはずだ。 ならばさくさくと進入してこれると思うのだが……。
とりあえず足音を殺し、階段の踊り場も顔を覗かせて安全確認をしてから進むなど慎重に偵察をしている俺はますますそういう系のゲームをやってて良かったと実感した。
3階に到達し、ゆっくりとだだっ広い廊下を覗き込むとそこには誰もおらず、不気味に静まり返っているだけだった。 廊下も争った形跡はなく、俺たちが掃除をしたままの綺麗な状態である。 そして問題のショウタたちが担当するはずであるシャッターは閉まっていない。 ということはショウタたちや敵は2階にいる可能性が高い。
俺はさらに神経を研ぎ澄まして2階へと降りていく。 するとどうだろう。
3階の景色とは間逆の、血だらけの地獄がそこに広がっていた。
白かった壁には無数の弾痕に赤い血が塗られ、ショウタの子分であった2人の死体と1人の隊員の死体が横たわっていた。 子分たちはもちろん体を蜂の巣にされており、隊員はわき腹に折れたモップが2本突き刺されてあった。 だがここのシャッターは閉まっている。
どうやらショウタたちはここで敵遭遇してしまい、交戦の末に一人を倒してシャッターを閉めたというところか。
しかしショウタの死体がないということはアイツはまだ生きている可能性がある。 敵の姿が見えないのも不気味なので俺はとりあえずその場を離れ、敵が侵攻してこない原因を探すことにする。
答えは簡単に見つかった。 陽動のため開放しているはずの中央階段のシャッターが閉じられていたのだ。 電気を復旧させないと開かないシャッターのため敵もどうしようか困っているのだろうか。 しかしまぁ、これはこれで敵の侵攻を阻止することによって救助ヘリの到着まで耐えれるかもしれない。
「動くな」
俺がさまざまな憶測をしていると、どすの利いた重い声と鋭利な何かが俺の背筋に当てられた。 やっちまったな、俺。 敵に背後を突かれるとは……死んだな。
「このシャッターはオレが閉めた。 さすがに敵が多すぎたからな……」
「……ショウタか」
俺はゆっくりと後ろを向くと学ランにべったりと血のりをつけたショウタが荒い息をしながら折れたモップの先を俺に向けていた。
ショウタは俺の存在がわかると安堵の息とともに壁にもたれ掛ってずるずると座り込んだ。
「なんでオレたちがこんな目にあわなきゃならねーんだ。 ダチも2人殺された。 ちくしょう……」
どうしてこうなったか知ってはいるが、今それをショウタに打ち明ければ何をするかわからない。 最悪ナリナを殺しにかかるかもしれない、そういう危ない奴だ。
「わからん。 今の俺たちには耐えて救助を待つことしかできねぇよ」
「お前、この事態がおかしいとは思わねぇのか? 何の変哲もない田舎の学校に銃持った連中がオレたちを殺しに来てるんだぜ!?」
折れたモップを廊下に何度も叩きつけながら大声で言うショウタ。 たしかに通常、俺たちが普通に生活している中ではありえない、おかしい状況だ。
「おい! 聞いてんのか!!」
座り込んでいたショウタは腰をあげ、俺の胸元を掴んで乱暴に揺らしてくる。
「……コウスケがやられた。 俺だって怒り狂いたいが、今は冷静になって生存者を増やさないといけないんだよ」
この台詞は俺の本心だ。 俺だってこんな地獄を信じたくないが、ここで俺たちがなんとかしないとナリナは本当の生物兵器にされて他の大切な人たちを手にかけされられるかもしれない。 それだけはなんとしてでも阻止したい。
俺は胸元を掴んでいるショウタの手をそっと離し、ショウタの肩に手を置いた。
「いいか、今は仲間たちと協力して生き延びることだけを考えろ。 敵討ちとか、そういうのは後だ。 わかったか?」
「……ああ、わかって―――――――――」
――――――――――――――ドシャン!!
一瞬何が起こったのかわからなかった。 中央階段の前で会話をしてたらいきなり爆音とともにシャッターが吹っ飛んできた。 その衝撃で俺とショウタが吹っ飛ばされ、背中を階段の角で打ち付けてしまったのだ。 背中に走るズッキンとした強烈な痛み。 リュックを背負ってなかったら背骨が折れてたかもしれない。
「起きろ! ユウト!!」
朦朧とする意識の中、強引に脇を抱きかかえられてショウタに起こされた。 ショウタに引っ張られ、中央階段を上っていく最中ふと目に吹っ飛ばされて変形したシャッターが目に入る。 そして立ち込める煙の中から銃を持った隊員がわらわらと姿を現している。 どうやら電気を復旧させないで強引に爆破で強行突入のようだ。
朦朧とする意識が次第に回復していき、ショウタの補助なしで走れるようになると振り返る暇なく全力で階段を駆け上がる。
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
階段を上りながら俺は叫ぶ。 これは見た限りだと意味がないように見えるが、叫び声をあげることによって俺たちの接近をナリナに知らせることができる。 ただでさえ耳のいい、勉強以外で頭がいいナリナにはこれだけで十分伝わるだろう。
そして撃たれないよう敵の直線状に立たないようにして階段を駆け上がり、いよいよ4階へ続く階段に差し掛かった。 この踊り場を曲がればナリナが待ち構えているだろう。 敵の隊員諸君、ナリナや俺を怒らせたことを後悔するんだな。