表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナイトメア  作者: ナリ
6/17

六章

 五感とは外界を感知するための多種類の感覚機能のうち、古来からの分類による5種類。 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚を指す。 某ウィキより。


 生物兵器の種とやらはこの五感を鋭くしてくれるらしいが本当なのだろうか。 一見は百聞にしかず。 試してみたいという探究心が俺を駆り立てた。 すまない、ナリナ。 試させてくれ。


 まず視覚は本人いわく異常はないらしい。 聴覚はどうだろう。 俺は教室の片隅で小声でナリナを呼んでみた。 するとどうだろう。 ナリナは本を読むのを中断して俺のほうを向いたのだ。 こんなガヤガヤうるさい教室内でよく俺の声が聞こえたものだ。 聴覚も良好らしい。


 続いて嗅覚と味覚。 聴覚テストでナリナを呼んでしまったので俺は机まで戻ると昨晩から用意していた2つの小さい白い箱をナリナの机に置いた。


「さぁ、ナリナ。 片方にはシュークリームが一個入っている。 当ててみな」


 少し挑発気味に言ってみるとナリナは2つの箱を見比べて、すぐに左の箱を手に取った。その中には紛れもなくシュークリームが入っていた。 まぐれかも知れないが臭いで判断したのだろうか。


「なぜそっちだとわかった?」


「少しシナモンのにおいがした」


 どうやら嗅覚テストも合格のようだ。


「すごいな。 じゃあ正解賞として、そのシュークリーム食っていいぞ」


 ニヤニヤ顔で言うとナリナは上目遣いで俺を見た後にゆっくりとシュークリームを口に運んだ。 中はカスタードたっぷりでさぞ美味いだろう。


「これ、リンゴが入ってるな」


 一口食べたナリナの第一声はそれだった。 紛れもなく、そのシュークリームの中のカスタードにはわずかながらリンゴのすり身が入っているのだ。 食通でもない限り一口食べただけでは感じ取れないくらいのものだが、ナリナはぴしゃりと当ててしまった。 味覚テストも合格だ。 昨晩考えたテストだが我ながら流れるようなスムーズさだな。


 最後は触覚テストだが、これは昨晩からどうしようか考えていたもので、皮膚感覚とは触覚、痛覚、温度覚など主に皮膚に存在する受容細胞によって受容され、体表面に生起すると知覚される感覚のことを指しているらしい。 これまた某ウィキより。 考えた結果、人より過剰な反応を見せれば皮膚感覚が優れている、という答えに行き着くことができるだろう。 これを試すにはナリナの胸でも一発触ればできるんじゃないかと思うが、それはできん。


 いや、俺がへたれとかそういう問題ではなく、もし胸を触ってナリナが意外にも悲鳴でもあげたりしたらクラスメイトの冷たい視線が俺の体をズタボロに貫き、その後は変質者というレッテルを貼られて同窓会とかに出ると確実にこの話を掘り返されるという可哀想な存在へとなってしまうのだ。 それだけはなんとしてでも避けたい。 だが触りたくない、と言ったらウソになる……。


 徐々に変態柔道部員達に毒されていた俺は目の前で本を左手に持ち、シュークリームを食べているナリナはぼーっと見ることしかできなかった。


 本当に黙って見ていれば何の害もなさそうな少女なのだが……。


 俺は昨日家に帰るとすぐにキャンプ用のリュックに荷物を詰め込んだ。 シェリー先生が説明したように食料や水、懐中電灯や毛布など。 あと武器になるようなものが必要なのだが、家の包丁は使い古しており、生肉を切るのも一苦労する逸品のため除外。 俺は幼稚園の頃からサッカーしかしてなかったのでバットなんぞ家にあるわけがなかった。 よって護身用武器はまだ用意していない。 何か俺に合いそうな武器はないものか。


 それにしても昨日真実を知ったばかりだが一晩寝てみると気持ちが落ち着いたようで、いつ何が起きても大丈夫なような気がしてきた。 ここ数日でかなり成長したな、俺。


 さて、話を戻すがナリナは敏感なのかどうかだ。 俺が長々と昨日のことを振り返っている間にナリナはシュークリームを食べ終わって読書に専念している。 正面から堂々と胸を触るなどというのは愚の骨頂。 いや待て。 俺は何胸を触る前提で考えているんだ。 別に胸じゃなくても、判断できればどこでもいいんだぞ。


 その時だった。


「おっす、2人とも元気かぁ?」


 突然現れたコウスケがナリナの背中を触ったのだ。 するとナリナは体をビクリとさせて振り返り、コウスケの右手を掴んで捻る。 チンピラ相手ではないので手加減したようで、コウスケは「痛い!」と叫んだだけだ。


「……いきなり触るな」


「め、めんご……。 しかし激しいな、ナリナ」


 大人になり、職場とかで上司のおっさんとかにセクハラされたらコウスケのように手首を捻って退治してしまうのだろうか、この小娘は。 いちいちセクハラ親父にこんな激しい対応をしていたら1つの職場だけでは働き口が足りなくなるだろう。


 しかしまぁ、本に集中してただけかも知れないが背中を触られただけでこの反応。 胸でも触ったら顔面パンチは確定だな。 触覚テストも合格。


 ところでコウスケは何のためにやってきたのか。


「お前らの行く合宿、俺も参加することになったから!」


 柔道部の合宿という名のお遊びキャンプ。 ましてやコイツは俺と同じサッカー部でも、もちろん柔道部でもない、バレーボール部だ。 俺は救世主とやらの肩書きを不本意ながらも貰ったのでキャンプに参加する資格は十分にあるのだがコイツはただのリョウの連れに過ぎない。 まぁ、いいんだけどさ、楽しければ。 で、現在の参加者は俺を含め、リョウ、ナリナ、コウスケ。 ていうか他の柔道部員はどうした。 せめて遊びのキャンプ合宿でも後輩らを連れて行くべきだろう。 後輩三数字たちなら喜んでついてくるはずだ。


「お前ら、待たせた!」


 別に待っていないがリョウがどこに行っていたのか教室へと戻ってきた。 そしてニヤニヤと気持ち悪い顔をしながら自分の席であるナリナの横に座る。


「柔道部の顧問に合宿に行くと言ったら部費を貰ったぜ! これで金の心配はいらねぇ」


「マジでか、やったな。 これで晩飯は和牛三昧だ」


「……私は鶏肉がいい」


「よし、鶏肉だ」


 リョウが部費をせしめたことを言えばコウスケが牛肉だと喜び、間髪いれずにナリナが鶏肉とコウスケの意見を塗り替えたかと思えばそれにリョウが賛同した。 お前ら、特にリョウよ。 少しは自分の意見をしっかり持て。


「で、お前は何の肉がいいんだ?」


 リョウが俺に聞く。


「あ? もちろん鶏肉だ」


 諸君、前言撤回しよう。 俺は豚肉派なのだが目の前の表情のないナリナの顔を見ていたら自然と口からそう出てしまったのだ。 もう魔法だよ、魔法。 あっはっはっは。


「情けない野郎どもだな、まったく。 もっと自分の意見をしっかり持て」


 不覚にも心の中で思っていたことをコウスケに言われてしまった。 もう何も言えん。


「で、いつやるかなんだが……今度三連休があるから、そこが狙い目だな。 土曜日の朝 学校に集合しようぜ」


 黒板の横にあるカレンダーを見れば今度の月曜日が赤色になっていた。 何の日かは微塵も興味なかったため無視する。 二泊三日もあれば十分だな。


「キャンプ合宿に行くのは俺達だけなのか? 柔道部の後輩たちはどうした」


 先ほどから気になっていたことを聞いてみる。


「ああ、アイツらにナリナとキャンプ行くこと言ったらワラワラと参加要望がきたから、これは3年生の思い出作りなんだ! っつって追い返しちまった」


 それでは柔道部の合宿の意味がまったくなくなるような気がするんだが。 カレーライスを作ると言ってカレー粉を入れないようなものだ。





 本日の五感テストで好成績を収めたナリナだが、リョウやコウスケたちと会話するナリナはやはり生物兵器とは思えなかった。 初めて会話した時に比べたら、たまに笑顔をみせるようになったし、口数も増えた。 チャームポイントは笑顔の時にチラッと見える八重歯だな。 少々マニアックだったか……?


 と夜の自室で俺の変態な妄想にツッコミを入れるかのようにポケットに入れていた携帯電話が鳴った。 取り出して画面を見てみると見知らぬ電話番号からかけられていた。 嫌な予感しかしないが恐る恐る電話に出てみる。


「はい、もしもし?」


「あー、ゲーム屋のノダというものですがー……ユウト様はお見えになられますか?」


 この声はゲーム屋ではなく警察であるノダ警部の声だ。 恐らく俺以外の誰かが出てもいいように違う言い方をしたのだろう。 さすが年老いただけあって(失礼)気が利く。


「俺です」


「あーどうもどうも、しばらく日にちが開いてしまって申し訳ありません。 ……ナリナさんの担当の児童職員についてわかりました」


 その言葉に俺の心臓は飛び跳ねた。 非現実的すぎることで忘れかけていた現実味があるナリナの問題。 この声の低さからするとろくでもない事実が発覚したかのようにも思える。


 俺は唾を飲んでノダ警部に「話してください」と言った。


「……ナリナさんを担当した職員は、現在少女に淫らな行為をした罪で逮捕されています。 聞くところによると余罪もたっぷりあるみたいです」


 それを聞いた途端、あぐらをかいでいた俺は突然地球の重力が強くなったかのように床に背中から倒れこんだ。 俺の頭の中に今日の笑顔のナリナの顔が浮かぶ。 おい、ナリナ……ウソだと言ってくれよ……頼むから。


「もしもし? ユウトさん、聞こえてますかー? もしもし?」


 携帯電話の向こうから聞こえるノダ警部の声で俺は遠のく意識を元に戻した。 危うく気絶しかけた。


「も、もしもし……大丈夫です。 その職員は……ナリナにも手を出したんですよね……?」


「ええ、担当になる前の反応を見ればほぼ間違いないでしょう。 余罪の追及をしても知らないの一点張りなので……ナリナさん本人の主張がいるのですが」


 もちろん今更このことをナリナに主張しろと言ってもナリナは言わないだろう。 自分の受けた苦痛は絶対に漏らさない。 そういう奴だ、アイツは。


 しかし、これでわかった。 ナリナの一年前からの出来事の繋がりが。


「ノダさん」


「はい」


「ノダさんはこの事実を知った時、どう思いましたか」


 俺が感情を込めずに言うと携帯電話の向こうからノダ警部の鼻息すら聞こえなくなった。 では、まずは俺がナリナのストーリーを解説することにしよう。


 一年前、ナリナは親父に虐待され、耐え切れなくなったため自殺未遂を起こした。 それでそのことは警察にも連絡され、ノダ警部がナリナの前に現れる。 ノダ警部は親切に児童相談所にこの話を持ちかけた。 それまではよかったのだ。 だが、警察も児童相談所の職員も所詮人間に過ぎない。 その職を名乗る資格がない、悪事に手を染めるクズが世の中にはたくさんいるのだ。 教師や警官が事件を起こして新聞に載るのはよくあること。 そして児童相談所の職員にもそういう奴がいたのだ。 そいつはナリナの顔写真でも見て、好みだったのかは知らないが率先してナリナの担当になった。 初めてナリナの家に行った時からかしばらく様子を見てからかは知らないが、そいつはナリナに……。


 ナリナが定期的に児童相談所が来ることを回避するには学校へ行くしかなかった。 だからナリナは今学校に通い続けている。 児童相談所の職員と、その職員を遣すように仕向けたノダ警部を恨みながら……。


「……それでナリナさんは私と会った時にあのようなことを。 あの子のためと思い、児童相談所に連絡したことが逆に仇となって……。 申し訳ない」


「それはナリナに言ってください。 そうすればナリナの誤解も解けるでしょう」


「そうですな。 明日、学校が終わる頃にナリナさんに謝罪します」


 あとはどうでもいいことを話しただけで電話を切った。 俺は携帯電話を部屋の隅に投げるように置くと押入れから布団を取り出して床に敷いた。


 部屋の明かりを消して布団の中に潜り込むとどこに隠れていたのか、睡魔がいきなり襲ってきたのだ。 次第にまぶたが重くなっていく。


 今回もまた衝撃的なことを知ってしまった。 シェリー先生いわく、一年前のナリナは糸の切れた操り人形のようだったらしい。 自分では何もできず、する気も起きず、ただぐったりとしているだけ。 それをいいことに児童相談所の職員は……。


「くそっ……」


 俺は溜まった苛立ちを口に出して布団を頭までかぶって眠りについた。 明日どんな顔をしてナリナに会えばいいんだよ。 ってこの台詞は2回目か……? もうわからなくなった。





 次の日も当たり前のように朝が来て、俺は用意された食パンをかじりながら自転車にまたがって学校へと向かう。 今日は金曜日で明日はいよいよキャンプだ。 9月だがまだまだ朝は温かいな。 もうしばらくすれば睡魔の勢いをブーストさせるような寒さになるはずだ。 朝寒いのは非常にキツイ。


 学生鞄を自転車の荷台にゴム紐で固定し、背中には黒いリュックを背負っている。 このリュックは合宿用のものだが、中は怪しまれない程度にシェリー先生が言ったものたちが入っている。 相変わらず武器は入っていない。


 もう護身用武器はそこらへんに落ちている石ころにでもしようかと思っていた頃に学校へ着くことができた。 俺は自転車置き場に自転車を止めると硬直した背中を伸ばしながら荷台から鞄を取り外して頭のてっぺんをボリボリと掻きながら玄関をくぐり、下駄箱へとやってきた。 この学校の上履きは便所のスリッパじゃないのかと思うようなもので、つま先部分に名前が書かれていた。 どうやらナリナはもう来ているようだ。 ふむ、どうしたものか……。


 俺も上履きを履き、ペタペタと音を立てながら教室のドアを開けるとすでに来ていた少数のクラスメイトたちはいつものように雑談に華を咲かせ、ナリナはいつものように自分の席で本を読んでいた。 眉間にしわもなく、無表情で本を読んでいるナリナの姿は逆に俺の心を痛めつけている。 我慢ができなくなったら、大きな声で泣いてもいいんだぞ。


「おはようさん、ナリナ」


「おはよう」


 俺は作り笑顔で挨拶をした。 中学3年に入り、初めてナリナと会話した時に比べると最初の挨拶も随分と発展しただろう。 最初は「よう」「おう」だったからな。 本に集中して顔を上げないのは相変わらずだけど。


 ナリナの机の横のフックには黒色で青いラインの入ったリュックが引っかかっていた。 どうやらナリナも俺と同じ考えに至ったようで、重い荷物を先に学校へ持ってきたらしい。 しかし、今はそんなことで雑談に華を咲かせる気は起こせなかった。


「なぁ、ナリナ。 お前、悩みとかないか?」


 俺がそう言うと本をめくっていたナリナの指がピクッと動いた。 その直後には冷静を保ったフリをして本をめくる。


「……別に」


 やはり悩みや愚痴はこぼさないか。


「そうか。 まぁ、何か悩みとか愚痴があったら俺に言ってくれ。 缶ジュース一本くらいならおごってやるから」


「………………」


 今、俺がナリナに言えることはこれくらいしかなかった。 その後はナリナは口を開かなかったが、それでいい。 つらいことがあれば俺に言え。 それを言いたかっただけだ。 我ながらかっこいいんじゃないか?


「どうかしたのか?」


 ふとナリナが初めてマジックを見た子供のような顔をして首をかしげながら言った。 俺にはナリナの言葉の意味がわからない。


「なんか……ニタニタしてて気持ち悪い」


 その時、俺の頭上から「グサッ」という謎の効果音が落ちてきた気がした。 たしかにナリナにかっこいい台詞を言い、完全にキメていた俺はニタニタしていたかもしれないと安易に想像がつく。 結構顔に出るタイプなんだ。


 若干引き気味のナリナ。 仕方ない、場を和ますためにキャンプの話でもするか。


「ナリナよ、キャンプ場行ったらまず何をやりたい?」


「そうだな……山の中を探検したい」


 俺が何かコメントを付け加える前にナリナが再び口を開いた。


「遺跡とか、未確認生物とか、そういうものを発見できそうな気がして……」


 それを聞いた時、俺は胸の奥から笑いがこみ上げてきた。 あっはっは。 まさかクールで有名なナリナが遺跡とか未確認生物とかを見つけるのに浪漫を感じていたとは。 意外な一面もあるもんだ。


「………………」


 声を出して笑っていると次第にナリナの眉間にしわが寄り、最近ご無沙汰のしかめっ面のナリナが出来上がってきた。 それに加えて若干恥ずかしがっているのが可愛い。


「いやいや冗談だ。 たしかに遺跡や未確認生物の発見は浪漫を感じるな。 偶然発見した遺跡で謎のヴィジョンを見て、自分が伝説の勇者だった―――――みたいなことを何度想像したことか」


「ちなみに、ユウト、は霊とかは信じるか?」


 今さり気に初めて名前で呼ばれた気がする。 俺の名を言うナリナも初めてなのに気がついていたのか、少し言葉に詰まっていたようだし。 うむ、悪くない。


 それより霊の存在か。 俺はゲーム脳のため、不思議なパワーがあったり自分が伝説の勇者ではないかということは思うが、霊の存在は否定している。 現実に科学で説明できないことは信じない。 それが俺の答えだ。


「……この学校には、いるぞ」


「何が、だ」


 何のことかはわかっていたが、一応聞いてみる。


「霊だ。 私は見たことがある」


 そんなことを言うナリナの顔は意外にも真剣だった。 俺は無言でナリナが語りだすのを待っている。


「夜に学校へ来た時、この2階の廊下の一番奥……非常階段の入り口付近にトイレがあるだろう」


 この学校は長方形をしており、一本の長い廊下の左右に教室があったりする構造になっている。 ナリナが言うのは俺達のいる2階の長い廊下の突き当たりにあるトイレのことで、生徒数が少ないためそこ付近は視聴覚室などのまったく使われていない教室が数あるエリアだ。 そのためそのトイレを使うものは大便をするのを恥ずかしがっているものか、隠れて煙草を吸う不良どもくらいしか利用していない。 たしかにあそこは静かだが落ち着かない空気がある。


「そこらへんで学ランを着た男子生徒が一瞬顔を出して、すぐに引っ込めたんだ。 最初は誰かいるのかとも考えたが……夜の学校に生徒がいるなんてありえない」


 とは言いつつお前はなんで学校にいたんだ。


「……この霊の話は一年ほど前のものだ。 2年生の頃、私は夜に学校へ来ていた」


 それは初耳だ。 しかもナリナの口からそういうことを聞けるというのは個人的に嬉しかった。 どうやら先生たちはナリナの出席日数を意地でも伸ばそうと夜に学校へ来るだけで登校扱いにしていたらしい。 なるほどな。


 だが、なぜ夜に学校へ来ていたのか、ということは事情を知っているが故にさすがに聞けなかった。


「その男子生徒の顔は見たのか?」


 とりあえず霊の話を続けさせた。


「非常階段の外の街灯の光のせいで男子生徒は真っ黒でわからなかった。 完全にシルエットだけだった」


 霊体験を話しているナリナの体は少しながら震えていた。 どうやら本人はマジの幽霊を見たと思っているらしい。 そういえば、一年生の時の担任も似たようなことを言っていたのを思い出した。 長いことこの学校に勤務していたようで、「この学校は、出るよ」と暇な授業の時に言っていた気がする。


「あとで合流したスズキ先生にそのことを言ったんだが、冗談は止めてよーと怖がられた」


 まぁ、あの先生ならそういう反応をするだろう。 特に冗談を言いそうにないナリナが言ったのだから、怖さは増幅するはずだ。


「えー、何々? オバケの話ぃ?」


 と俺とナリナの2人きりの雑談に1人の女子が割り込んできた。 このギャル風の口調の茶髪のロングヘアーの女子はテルコといって、人気だけで学級委員になった奴だ。 ナリナとは真逆の日焼け肌でよく喋る。 そのため俺もたまに会話していたのだが、ナリナと絡むようになって疎遠になっていた。


「ナリナがこの学校で幽霊を見たんだとさ」


「へぇ、ナリナさん霊感が強そうだもんねぇ! あたしも見てみたいけど見たら気絶しちゃうかも。 あはは」


 軽快に笑うテルコにナリナの顔は次第に曇っていくのがわかった。 「私の会話の邪魔をするな。 殺すぞ」と言わんばかりの顔になってきたので、すかさず俺が咳払いをしてナリナの意識を俺に向かせ、テルコの笑いも止めた。


「幽霊はなんで現れるんだろうな。 よく悔いや憎しみで死んでも死にきれんとか言うけどさ、死んだらどうなるんだろう。 俺の予想では死んだ人間はそこで無になる気がするんだが」


 人間も生き物だ。 意識が途切れたらそこで終わりだと思うね。 寝る時に見る夢とかは科学で証明されてるけど、幽体離脱等はよくわからんし。


「私もそこで終わりの気がする。 じゃないと苦しみから逃れるために死んだ者は死んだ後も苦しみ続けることになるような……」


 などとナリナも俺に続くが、さっきまで幽霊がいるとか言っていなかったか?


「私もあれは幽霊じゃないか と思った。 けど現実を重視するあまり、あれは自分の見間違えではなかったのかという考えもある」


「なるほどなぁ。 一見百聞にしかずとか言うけど、あまりに現実離れしてるとそれでも信じられないこともあるよな」


 自分で言った言葉に自分で苦笑した。 ここのところナリナのおかげで平和からかけ離れた現実味が薄いことに巻き込まれているからな。 保健の先生が謎の組織の一員だったり、ナリナが生物兵器だったりと聞いて、見ただけでもあまり信じられん。 まぁ、見たのは白衣の男の死に際だけだけどさ。


 このまま何事もなかったかのように日が過ぎることを切に願うよ。




 が、そんな儚い願いは時計の針が9時を指す時にチャイムと同時にボロボロと崩れ去っていくことになる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ