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ナイトメア  作者: ナリ
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五章

 ちょっと待ってください、それはどういう意味ですか。 ナリナが生物兵器? ホワイ? そんな馬鹿な話があるわけじゃないですか。 ウソだと言ってください、保健の先生。


「正確には生物兵器の幼体みたいなものですね」


 否定も肯定もしなかった。 もっとわかりやすくお願いします。 さらに言えば最初から。


「ナリナさんは赤ん坊の頃、実験体になる赤ん坊と間違えられて生物兵器の種を脳内に埋め込まれました。 この種は適合者ではないと効果が発揮されないのですが、偶然にもナリナさんは適合してしまったんです」


 不運にも生物兵器の種とやらに適合してしまったらしいナリナだが、今は普通に学生をしているが?


「生物兵器の種……このマイクロチップのようなものですが、適合者も脳を操作して身体能力や五感の鋭さを高めてくれます」


 今までのナリナを振り返ってみると地獄の持久走を何食わぬ顔をしてこなしたり、体格差のある変態柔道部員たちをなぎ倒したり、狂ったチンピラの拳を受け流したりしていた。 よくよく考えればたかが15歳の少女にここまでのことが可能なのだろうか。 それを可能にしたのが生物兵器の種、か。


 そういえば昨日もチンピラから逃げる際『敵戦力、微弱。 倒せる』と人型戦闘兵器みたいなことを言っていた。 まんざらウソでもなかったらしい。 そんな人間離れした少女を俺は一生懸命守ろうとしていたのか。 ナリナからしたら自分の影に隠れていてくれたほうが楽だったのではないかと思う。


「まぁ、この種は身体能力の向上だけで見た目の変化等はないみたいですね。 しかし、戦闘用のため理性が聞かなくなるということがあるみたいです」


「な、なんですか、それは」


 もうこれ以上ナリナが人間離れしていく話は聞きたくなかったが、聞かねばならない。


「リミッターが外れると破壊衝動に駆られるみたいです。 それに加え、アドレナリンを過剰分泌して痛みを忘れさせたり筋力を増幅したりします」


 人間というのは本来の30%くらいの力しか出していないと言われている。 本来の力を引き出すのに不可欠なものこそアドレナリンなのだ。 しかし100%の力を出して重いものを持ち上げるなどをするのはいいが、その反面に肉体に膨大な負荷がかかる。 人間にとってリミッターを外すというのは諸刃の剣なのである。 肉体に負荷がかからないように肉体は力を抑えているのである。 それが俗に言う火事場力の正体だ。


 それにしても破壊衝動とは厄介な。


「ナリナさんは過去に暴力を受け、リミッターを解除しかけましたが、ナリナさんの強力な精神力によりそれを抑え込みました。 そっちに精神力を集中させたせいで心身ともにボロボロになってしまったようですが……。 ナリナさんは無意識のうちにリミッターの制御を優先させたので今の父親は破壊されずに済んだのでしょう」


 どうやら親父は命拾いしたようだ。


「……ナリナはこのことを?」


「知りません。 ですが自分の強力な殺意を感じたことはあるでしょう。 それが種の特性の1つですからね。 兵士の戦意向上を促すものですから。 それでナリナさんは自分の増幅する殺意などの感情を消し去るために自傷行為をしていると考えられます」


 もし昨日ノダ警部と会った時、ナリナのリミッターが外れて感情があらわになったとしたら、あの時ナリナはノダ警部を破壊しようという衝動に駆られていたのではないかと思う。 でなければあのナリナが感情的な台詞を言うわけがないからだ。


 何やら全て生物兵器の種とやらのせいにすれば丸く収まってきた。 だが、このまま終わるわけにはいかない。 ナリナを普通の女の子に戻す、ということは不可能になってきたからだ。 その生物兵器の種とやらは取り外すことは可能なのだろうか。


「赤ん坊の時に埋め込まれたものなので、もう取り出せません。 もはや脳の一部になっているはずです。 私はそのナリナさんが暴走しないように見守るためにここにいます」


「で、その先生は何者なんですか」


 ナリナのことは大体わかった。 それならば貴女は何者なんだ。 死んでいった白衣の男もこの保健の先生も正体がまったくわからない。


「……それは機密事項なので言えません。 悪者ではない秘密結社とでも思っていてください。 もちろんこのことは他言しないでくださいよ」


 とりあえず「わかりました」と言う俺だが、悪者ではない秘密結社で納得するわけがない。 現に生物兵器という危ない単語も出てきているし死者も出ている。 さらに言えばマイクロチップの内容は「結構深刻」としか聞いていない。


「これ以上は貴方の手にも私の手にも負えないわ。 悪い秘密結社に目をつけられないようにひっそりとナリナさんと幸せになってください。 ナリナさんの精神安定剤になってあげて」


 もうこれ以上この人からは何も出ないようなので、俺は素直にうなずいて席を立ち、保健室の鍵を開けて授業の真っ最中の教室へと戻っていく。





 つまりなんだ。 ナリナは間違えられて生物兵器の種を埋め込まれてしまい、精神不安定になるとリミッターが外れて破壊衝動を抑えきれなくなってしまうのか。 身体能力も五感も発達しているのは良い特典だと思うがデメリットが大きすぎるな。


 それで保健の先生の謎の秘密結社の正体もマイクロチップの内容もわからずじまい。 今まではただ虐待されて精神に傷を負った少女を治そうと頑張っていただけなのだが、今は生物兵器にされた少女の精神安定剤にならなくてはならない。 えらく壮大なことに巻き込まれたような気がする。


 後ろで授業そっちのけで小説を読みふけっている不真面目少女はとても生物兵器には見えなかった。 まぁ、外見に変化はないって言ってたけど。


「おいユウト。 あの後どうなったんだ?」


 と俺が現実かどうか疑わしい事態を収拾していると後ろからリョウがシャープペンシルで背中を突っついてきた。 このアホウはいまだに俺がナリナをいけないところにでも連れて行ったのではないかと疑っているようだ。 無視してもよかったが次第に声のボリュームが大きくなるといけないので社会科の先生の目を盗んで振り返った。


「イチャイチャして終わった」


 上の歯茎を見せて冗談混じりに言ってみるとリョウの目は徐々に真ん丸になっていき、まるでテレビから這いずり出てきた悪霊を見たかのような顔になっていく。 おい、冗談だからな?


「どうやらお前とは白黒つけなければならないようだな……。 ナリナをたぶらかせた罪、オレが許さん」


 おーい、聞いてるかー? 別にたぶらかしてないし、イチャイチャしたってウソをついただけだぞー?


「ナリナを賭けて柔道勝負だ!!」


 リョウは突然席を立ち、ビシッと人差し指を俺に向けるとそれに驚いたクラスメイトたち(ナリナは平然と本を読んでいた)と先生は一瞬凍りついた。 おい、なんでお前の部である柔道で勝負なんだよ。 もうめんどくさいからオセロや将棋でもいいじゃないか。


 それよりお前、今から先生に怒られる心の準備はできてるんだろうな?





 というわけで朝からリョウが女の取り合いみたいな勝負を吹っかけてきたためクラスメイトからの質問攻めにあいまくった。 いつからそんな関係になったの? やら どこまでいったの? など誤解した質問が多数寄せられたためその応対で放課がことごとく潰されていった。 ナリナも同様の質問を他の女子にされていたが「ない」という一言で全ての質問を捌いていた。 うーむ、俺もナリナのようにクールだったら簡単に受け流せれたのにな。


 ちくしょう、もうこの柔道場には来たくなかったんだが……。


「さぁ、一本勝負だ!」


 相変わらずのひょろい体に柔道着を纏い、畳の上で肩をすくめる俺を指差した。 人様を指差してはいけないと教えられなかったのか、コイツ。


「いっけーリョウ先輩――!!」


 黙れ後輩その1。


「まさに因縁の対決だな!」


 黙れ後輩その2。


「愛はどんな手を使ってでも勝ち取るというものだ」


 黙れ後輩その3。


「みなぎってきた」


 なぜお前までいるんだ、コウスケ。 その横には笑顔の保健の先生まで。


 一体何がなんだかよくわからないうちに大きな騒ぎになってきているような気がする。 それもこれも原因はリョウだ。 このアホウの声のボリュームと勝手な誤解(まぁ、俺も2割くらいいけないのだが)が招いた結果である。


 授業後の部活の一部として組み込まれたこの決闘。 しかもギャラリーも多数で保健の先生までセットだ。 ということは学校認定?の決闘なのか?? おいおい、たかがと言ったら悪いがナリナ1人の取り合いだぞ? 俺にそんな気は微塵もないが……リョウがナリナを我が物顔で扱うのは少し癇に障るな。 よし、潰そう。


 俺はいつしか戦闘体制に入っていた。 この時、肝心のナリナは柔道場の隅で床に座って本を読んでいた。 自分のために争いが起こってるんだから、少しは心配した表情をしろ。 偽の表情でいいから。 そのほうがやる気が出る。


「えー審判は僕がやります」


 と前に出てきたのは後輩その1だ。 それによりリョウは俺に向かって頭を下げたので俺も慌てて頭を下げる。


「では、始めっ!」


 試合開始の合図とともにリョウはいきなり「ほぁぁ!」と体の奥から息を吐き始めた。


「どうだ、素人のお前でも感じ取れるほどの強大なEを」


 すまん、まったく感じ取れない。 ていうかEってなんだ? エネルギーのことか?


「さぁ、次まばたきをした瞬間、お前はすでに畳の上で倒れているだろう」


 という台詞中にも俺は何回かまばたきをしたがいまだに俺は畳の上で立ったままだ。 もういいのか? やっちまって。


「隙だらけだな、ユウト! 貰った!!」


 がつん。 次の瞬間にリョウは飛び掛り、目にも留まらぬ速さで俺の背後に回りこんでいた。 そんな、ナリナでもないのにお前がこんな瞬間移動ができるわけ……あった。


 解説しよう。 俺が隙だらけだと勘違いしたリョウは無謀にも飛び掛り、俺のラリアットの餌食となったのだ。 その威力でリョウの下半身は浮き上がり、助走の勢いのせいで俺の後ろへと吹っ飛んだのだ。 ご覧の通り、リョウは畳の上でのびている。 ちなみにナリナもリョウに使っていたこのラリアット。 これは柔道で使っていいものなのかはいまだにわかっていなかった。 まぁ、ナリナが使ってたし、いいだろ。


「い、一本!」


 後輩その1も少し戸惑ったようだったが、リョウは戦闘不能のため俺の勝利を柔道場内に知らしめた。 はっはっは、勝ったぞ、ナリナ!


 俺は勝利に酔いしれてナリナのほうを見たがナリナは何事もなかったかのように本を読みふけっていた。 まぁ、俺が勝ったからと言ってお前をどうこうするわけじゃないけどさ。


 がっくりしていると不意にすーっとナリナの目線が俺のほうへと向き、


「私より弱い男に、興味ない」


 と格闘家みたいな言うと目線を本へと戻してしまった。 感想はそれだけか。 それにしても、お前より強い男というのは存在するのだろうか。 生物兵器の種の効果により身体能力が向上しているらしいのに一般男性はそれに勝つことができるのか? 無理だろ。





 本日の部活はこれにて解散。 やっと家に帰れる、と思われたが帰り際に保健の先生が耳元で「保健室に来て」と囁いたのでナリナとリョウに先に帰るように言って、タメ息を吐きつつ保健室へと向かった。


 コンコンとドアをノックすると中から「どうぞ」と聞こえてきたので中へ入る。


「決闘お疲れ様」


 半分笑っている保健の先生が言うが俺は愛想笑いもせずに丸椅子に腰掛けた。


「ナリナさん、口ではああ言ってたけど本を読んでいるフリをしてちゃんと試合を見てましたよ」


 そうなのか。 これは今世間で話題となっているツンデレというやつではあるまいな。 べ、べつにアンタのためなんかじゃないんだからねっ! と頬を赤らめつつ言うナリナを想像してみる。 うむ、違和感がありすぎる。 よってナリナはツンデレではない。


「それで、何の用ですか? 〝先生〟」


 もうただの保健の先生ではないことはわかったので嫌味ったらしく言ってみると、保健の先生は笑顔のまま気にも留めていない。


「あの後、秘密結社に連絡したの。 ナリナさんの精神安定剤になりゆる少年がいるってね。 そうしたらアナタにランクCまでの情報なら教えてもいいって言われて」


 えーと……これは喜ばしきことなのか? それともまたとんでもないことに巻き込まれたので落胆するとこなのか? にしても勝手に俺を巻き込まないでほしいものだよ。


「じゃあ、とりあえず先生の秘密結社とやらは何が目的の組織なんですか」


 これはランクCまでの情報なのかは定かではない。 ダメ基で聞くのは合言葉の件で慣れた。


「私の組織は表に出ることのないテロなどを撲滅するために暗躍しているの。 もちろん日本はこのことは認知してるけど日本発足の組織じゃない。 世界を敵に回す者たちに対抗する、世界各国の人々が集まった組織よ。 簡単に言えば世界規模のテロ対策部隊ね」


 ……平和ボケした日本のとある県の都会でも田舎でもない微妙な位置にある中学校に通う何の変哲もない俺に、そんな世界規模の話をされてもとてつもなく困るわけで。 とりあえず先生の組織が悪いものではないとわかったことだけは良しとしよう。


「……それで、その組織の一人が何者かに殺されたってことは今何かが起きてるんですね」


「それはランクA以上だから答えられないわ」


 やはり肝心なことは答えてくれないようで、保健の先生は白衣のポケットから例の端末を取り出して操作し始めた。 すると何を見たのか先生の眉が歪む。


「アナタにとってちょっと危ないことになったかもしれないわ」


 おいおい、冗談だろ?


「前々からナリナさんを誘拐して紛争地帯で完全な兵器をして運用しようという動きがあるの。 それで今回ナリナさんの精神安定剤となる存在が現れ、ナリナさんの兵器としての障害になるアナタが邪魔になってきたみたい。 ひょっとしたら命狙われるかも」


 ちょっと危ないどころじゃなく、俺にとって人生最大の危機じゃないか。 ちょっとナリナと仲良くなったから命を狙われる? そんなんだったらナリナの周りは野郎の屍の山になってるだろうよ。 俺は何の特殊能力も身を守る術もない。 助けてくださいよ、保健の先生。


「方法は2つ」


 命乞いをする俺に保健の先生は右手の人差し指と中指を伸ばした。


「1つめはナリナさんを突き放し、絶交する。 そうすれば敵にしたらアナタは別にどうでもいい存在になる」


 と言って人差し指を曲げ、


「2つめは攻撃こそ最大の防御。 敵組織を倒す」


 と言って中指を曲げた。 おそらく俺の人生の中で最初で最後のとてつもなく重大な選択肢であろう。 まず前者。 ナリナを突き放し、絶交する。 そうしたらナリナはどうなる。 新しい心の傷を負い、挙句の果てに戦闘兵器として使われてしまう。 それを黙って見過ごせるほど俺はクールではない。 続いて後者。 敵組織を倒す。 ナリナの精神安定剤の俺にランクCの情報を基にまったく存在のわからない敵組織を倒せと?


「大体敵組織の正体は掴めています」


 などと言うが俺にどうしろと。


「どうしろとは言いません。 ただもしもの時のために準備しておいてほしいのです。 リュックに食料や水、懐中電灯や毛布。 あと武器になりそうなものとかも。 バットとか包丁とか。 敵組織を潰すのは私たちの役目ですから」


 だったら俺とナリナに魔の手が迫る前にとっとと潰してください、と言いたかった。 この分だと俺やナリナがこの中学校を生きて卒業できるかも怪しくなってきたな。 年明けには受験を控えてるってのに、この状況。 仮に生き延びたとしても受験に落ちたら先生の組織とやらは責任を取ってくれるのでしょうかね。


「それはアナタの実力次第なので組織とは関係ないわ」


 かなりの戦意を削られた。


「その話は置いといて、アナタには私たちの組織としばらくの間 組んでもらうわ。 別に断ってもいいですけど、アナタのサポートはできなくなる」


 選択肢を出しているように聞こえるが、それはもう選択肢ではなかった。 たとえ俺が不本意でも組織とやらと組まなければ生き延びれない。


 俺は黙ったままうなずくと保健の先生はニッコリと笑ってうなずく。


「じゃあ、さっそく今の状況を説明するわ」


 さっそくすぎる。


「現在、私たちが眼を向けているのはとあるバイオウェポンの製造、販売を行う組織よ」


「それってひょっとして……」


 俺の脳裏にナリナの顔がよぎる。


「ええ、15年前にナリナさんに生物兵器の種を埋め込んだ組織よ。 人権を無視した実験を行い、今尚勢いが衰えていない。 それで今回、予想以上の能力を持つまでに育ったナリナさんを回収、利用しようとしている」


 ここ最近ナリナ関連のことで本人以上に頭を悩まされている。 もういっそのこと全てが夢であってほしいと願わずにはいられなかった。 ナリナはクールな美少女で、保健の先生もただの若い女性であってほしかった。 そしたら俺もナリナと仲良くしつつ受験の準備もちゃくちゃくと進めていただろう。 今は氷漬けになったマンモスのようにピクリとも動いていないが。


「残念だけど夢オチで済ませれる問題ではないわ。 アナタと私がこうやって話してる間にもナリナさんは襲われているかもしれない。 そんな状況よ」


 たぶん今頃はまだリョウと一緒に下校しているだろう。 リョウが近くにいれば敵も手を出しづらい、かもしれないが逆にリョウだから余裕しゃくしゃくで2人まとめて襲われているかもしれない。


 そう考えると何やら不安になってきた。 急いでナリナたちを追いかけるべきなのか。


 俺は居ても立ってもいられずにナリナたちを追おうと席を立とうとした。


「今のは半分冗談ですよ。 ナリナさんは常に同志がマークしています」


 保健の先生は俺の反応を見てちょっと楽しんでいるようだ。 こんな時に悪い冗談はやめて欲しい。 ていうかもう今日は衝撃的事実を聞きすぎて疲れた。 今気づいたが軽く頭痛がしている。


 俺が額に手を当てていると保健の先生は横にあった棚から錠剤を取り出してきた。 無言のままそれを勧められるが、もはやこの人は俺の目からは命を重んじる保健の先生には見えなかった。 呼び名が保健の先生だけであって、教師でもなく、世界の暗部に生きる謎の人だ。


「大丈夫、頭痛薬だから。 別に自白剤でも飲ませて隠し持ってる情報を喋らそうとかしないから」


 手を出すのをこまねいている俺を見て、保険の先生は笑顔で言う。 その笑顔は見かけどおりの優しさに包まれているが……。


 しかし断るのもあれなので、その頭痛薬(仮)を水なしで飲んだ。


「じゃあ、何かあれば連絡するから。 もしそっちから連絡したい時はここにかけてきて」


 白衣の胸ポケットから名刺を取り出し、俺に渡してきた。 そこには大きく『シェリー』と名前らしきものと電話番号が書かれているだけだ。 住所とかはない。


 それより、シェリーってなんだ。


「ああ、それ私のコードネーム。 可愛いでしょ?」


 可愛いの前に俺は某子供化した高校生探偵の相棒的位置の茶髪の女性を思い出した。 組織を裏切り、逃げ出す(自決覚悟)際に子供化する薬を飲んで体が縮まってしまった女性。 コードネーム、シェリー。 この先生も茶髪でショートヘアーなので、そのキャラと似ている点も多い。 まさかと思うが、コードネームはそこからとったのか?


「まさかぁ。 偶然の一致ですよ、たぶん」


 これもダメもとで聞いてみたが偶然の一致という回答が返ってきた。 しかも『たぶん』と言っているので先生自体もコードネームがどういう風に決められているのかわかっていないらしい。


 まぁ、いいさ。 保健の先生改めシェリー先生だな。 もちろんこの呼び方はナリナやリョウがいないときにする。


「あ、時間……。 じゃあ今日は解散で。 気をつけてね」


 腕時計を見て、シェリー先生はそれだけ言って、手を振りながら慌てて保健室から出ていってしまった。 どうやら組織の仕事ではなく、教師としての集まりがあるようだ。 ふむ、忙しそうだ。


 外を見ればもう日が沈みそうなので、俺も急いで帰ることにしよう。 本当に疲れた。

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