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ナイトメア  作者: ナリ
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四章

 しばらくして俺はやっとナリナの姿を見つけることができた。 突然生活支援通りからいなくなったと思えば、ナリナは駅前のベンチで1人頭を抱えていたのだ。 俺は途中で買ったファーストフードが入った紙袋を片手にナリナに近づくと、それに気づいたナリナはバッと顔を上げる。 その顔を見て、俺は一歩前に足を踏み出すのを躊躇したが、すぐに勇気を出して足を動かす。 ナリナの瞳は涙ぐんでいた。


 俺が隣に座るとナリナはゴシゴシと目をこすって何もなかったかのようにいつもの顔に戻るが若干鼻が赤い。


「食うか?」


 ファーストフード店のロゴが入った紙袋を見せるとナリナはうなずいた。 時計を見れば1時になってしまっているが俺は紙袋からハンバーガーを取り出してナリナに渡す。 ナリナはそれを受け取るとぺこりと小さく頭を下げて紙包みを開け、ハンバーガーを一口食べた。


「美味いか?」


 俺が聞くとナリナは何も言わずに小さくうなずく。 ああ、今はそれでいいさ。





 遡ること数十分前。 俺はノダ警部に強引に頼んで喫茶店で一年前の話を聞かせてもらっていた。 ノダ警部はテーブルに座るとウェイトレスにコーヒーを2つ注文してからアゴを摩る。


「で、ナリナさんのどこまでを知っているのかね?」


「……自殺未遂のところまでは」


 それを聞いたノダ警部は「ふむ」とうなずき、遠い日を見るかのように斜め上を見上げた。


「これはプライバシーに関わることなんで、話していいものか……」


「お願いします」


 俺はピシャリと言い放つ。


「えーとですね、ナリナさんは現在も父親と2人暮らしで母親はナリナさんが5歳の時に離婚しました。 弟さんもいらっしゃるみたいですが、弟さんは祖母と暮らしているようです」


 母親が離婚して、いないことも弟がいることも知らなかった。


「それで2年前、お父さんが交通事故に遭いましてですね、脊髄損傷……下半身麻痺で車椅子になってしまったわけです。 それで……」


 なるほど。 自分が車椅子になって荒れて、ナリナに暴言暴力を振るっていたというわけか。 聞けば聞くほど腹が立ってくる父親だな。 俺にはその気持ちはわからないかもしれないが、もう治らないものは仕方ないと妥協しなくてはいけないと思う。 妥協しつつも少しはマシになるようにリハビリをする。 これが基本だろう。


 それにしてもナリナの奴、そんなこと一言も漏らさないとは我慢強いのだろうか。


「ナリナさんの自殺しそうになったところを見て、通報してくれたのは若い男性で今は警察官になってますが、散歩中に偶然目撃したらしいです。 その後、ナリナさんは病院に運ばれて治療を受けました。 それで私はナリナさんの心の傷も治療するために児童相談所に連絡をしたわけです」


 なるほど、前に保健の先生が言っていた警察の人というのはノダ警部のことだったのか。 だが、こんなにナリナのためを想ってしてくれた人なのに、なぜナリナはあんなにも豹変して目の前から逃げていってしまったのだろう。 それにはきっとまだ何か別のことがあるのかもしれないが、ノダ警部本人は何も知らないようだ。


 なら、俺がノダ警部を操作して謎を掴むしかない。


 どうしようか考えているとウェイトレスがコーヒーを2つ、俺とノダ警部の前に置いて小さく頭を下げて厨房へと戻っていった。


「そのナリナの家に行った児童相談所の人ってどんな人だったんですか?」


 それを聞いたノダ警部はコーヒーに何も入れずに啜るとアゴを摩る。


「……うーん、風の噂によればナリナさんの家に行った職員の人は自分が担当すると立候補したみたいですね。 普段は仕事嫌いの人らしく、進んで自分から仕事に取り組もうとした姿に他の職員は違和感を感じたみたいです」


「……その時、ナリナの顔写真とか、プロフィールとかを見て決めました、よね?」


「ええ、もちろん。 顔や素性を知った上で誰が担当するかというものでした」


 ……それだ。 俺の推測が正しければ、その児童相談所の職員に何かがある。 それ以外では考えられなかった。


「その職員の名前とか、わかりますか?」


「いえ、かれこれ一年前ですからねぇ。 覚えていません」


「なら、その職員の名前とか今何をしているのかということを調べていただきたいです。 どうしようもなく暇な時でいいんで」


 そうは言うが俺的にはこれは緊急スクランブルだ。 本音を言えば今やってる仕事なんぞほっぽり出して今すぐにその児童相談所の職員を調べ上げろ! だ。 まぁ、これは俺の自己中心的な考えなので口に出すはずがなく、今はただノダ警部に頼るしかなかった。


「ふーむ、わかりました。 暇な時にでも調べておきましょう」


「あ、ありがとうございます」


 話がこれで終わりというベストタイミングの時にノダ警部の部下らしき若い男が喫茶店に入ってくると、ノダ警部の前で肩をすくめた。 この若い男、常に顔が微笑んでいるかのような気味の悪い表情だ。 糸目というのか、目が細いし茶髪で襟足が長ったらしい。


「こんなところに居たんですか、警部。 さっきの容疑者の取調べをやっちゃってください」


「お、おぉ、待ったナルミ君。 君はナリナさんを覚えているか? ほら、君が警官になる前に目撃して通報してきた、自殺未遂の少女」


 ナルミ君と呼ばれた男はノダ警部から聞かされた少女の名前に指先がピクリと反応したのは俺は見逃さなかった。 つまりコイツがナリナの自殺未遂を目撃した第一発見者か。 そういえばさっきノダ警部がその人は警官になったとか言ってたが、こうもすぐ会うことになるとは、世の中狭いもんだ。


「ああ、覚えてますよ。 あれは印象強かったですからね。 それがどうかしましたか?」


「いや、この少年が彼女の過去を知りたがっていてね。 今ナリナさんを担当した児童相談所の職員の名前を調べてくれって頼まれたもので。 暇だったら、というのが良い所でしょう」


「あはは、そうですね。 あ、僕今から暇なんで調べてもいいですよ?」


 笑う空気ではないが、そんなことお構いナシにナルミは笑っている。 なんと言うか好きになれない男だが今から俺の言うことを調べてくれるというのはありがたいので嫌いと普通の真ん中くらいの位置に置いておこう。





 そんな感じでノダ警部との話を終えた帰りにファーストフード店に立ち寄ってから駅前にいたナリナを発見することができたのだ。


 俺もいろいろありすぎて腹が減ったのでナリナとおそろいのハンバーガーを頬張った。 新発売のテリヤキジューシーチキンカツバーガー、美味し。 これからちょくちょく買おう。


 駅前のベンチでハンバーガーを食べながら行き交う人々を見る。 別に特に変わった様子もなく、日本は平和に見える。 いや、日本人そのものが平和ボケしているだけなのだが。 こうも何も代わり映えしないと逆に不安になってくるのは俺だけだろうか。 なんていうか、進んでいないというか進歩していないというか。


 俺がどうでもいいことを考えている間にナリナはハンバーガーを食べ終わったようで、紙袋の中にあったティッシュで桃色の唇を拭いた。


「ごちそうさまでした」


 という丁寧な挨拶に、


「おう、また今度これ食べような」


 と俺はナリナの頭を撫でながらスマイル0円で答えた。 撫でられているナリナはハッと一瞬口を開けたが拒否することなく俺に撫でられ続ける。 しかし、あれだ。 この笑顔があればファーストフード店での人気も間違いなしだろう、うん。


 そんなはなかい夢を抱いていると、ふと道の向こう側のベンチで顔を隠すように新聞を読んでいる二人組みの男が目に入った。 男といっても体つきはまだまだ子供っぽく、新聞紙の真ん中に穴が開いている気がしないでもない。 ていうか男2人が1つの新聞に顔をくっつけて見るなんて気色悪いことは滅多にないだろう。 さらに言えばお前ら俺たちを見てるだろ!


「ぎゃっ!」


 俺がそいつらの新聞紙を鷲づかみにし、引き上げるとリョウがバカみたいに情けない悲鳴をあげた。 その横で目玉が飛び出そうなくらいにビックリしているのはコウスケだ。


「お前ら、まさかずっと覗いてたのか? アホにもほどがあるぞ」


「いやいやいや、誤解だって! オレたちは偶然そこで会って……な?」


 コウスケに話を振るリョウだが、偶然会った野郎2人が仲むつまじく顔をくっつけて新聞を読むなんて光景、生まれてこの方見たことないぞ。


「じゃあ、お前は人生初めての経験をしたんだ。 よかったな」


 とリョウに続くアホのコウスケが言う。 しかも俺は経験したんではなくて目撃しただけである。 ちなみにこの時ナリナはさっきのベンチで行儀よく膝に拳を置いてこちらを見ているだけだ。


「にしても見たぜぇ? お前、ナリナの頭を撫でてたな。 もうそんなボディタッチしていい関係になったのかぁ?」


 お前、自分の覗き容疑を否認したくせに自分で容疑を認めるような決定的発言をしているぞ。 しかしこの様子を見るとコイツらは先ほどの生活支援通りのことは知らないようだな。 かと言ってコイツらにそれを説明する必要もないのでしない。 コイツらが見たのはただあのベンチに座ってハンバーガーを食べたり、ナリナの頭を撫でる俺だけだ。 うむ、誤解されるのは癪だがこのままのほうがいいだろう。 ナリナだってそっちのをほうがいいに決まってる。 誰でも過去を穿り返されていい気持ちになる奴はいない。 が、俺は申し訳ないことにナリナの過去を穿っている。 これはお前を治すためだと妥協してくれ、ナリナ。 お前は俺が影でやっていることは知らないだろうけど。


「お前らには関係ねーよ。 とっとと帰れ」


「ふひひ。 見つかっちまったからには仕方ねーな。 行こうぜ、リョウ」


 そう言って新聞紙をベンチに置いたままリョウとコウスケは歩き出した。 が、その時リョウはバッと振り返って俺を指差した。


「おい、ユウト! オレたちが消えたからといってナリナを騙くらかしてホテルに連れてったりするなよな!! わかったな!!」


 とても若干まだ中学生の俺はそんなことはしない。 まぁ、高校生と言い張れば普通に通るが。 しかしそれよりもそんなことを街中でデカイ声で言ったお前はこの後どう処刑してくれよう。 行き交う人々の視線が一斉にリョウに向き、その後に俺へと突き刺さる。 痛い、痛いよ。





 その後、俺とナリナは宛てもなくブラブラと街中を歩いたりとデートを満喫した。 と言っても想像しているのとはちょっと違い、服屋やエステサロンなどではなくゲーム屋やら本屋などそっち系のところばかり寄っていたのもナリナだからであろう。 まぁ、俺としても趣味が合うから楽しいんだがな。 しかしナリナがゲーム屋で気になるゲームソフトのパッケージの裏を見ている時の目の輝きと言ったら、もう……。 俺でもその気になってしまいそうになる。 今はあれだぞ? ナリナを治したいという気持ちは強いが、彼女にしたいとかそういうのはないからな? 誤解するなよ? ちょっと趣味が合って嬉しいだけなんだからなっ!


 結局この日はキャンプ用品を買ったため、お互いに財布の紐が駒結びになって開かないのでゲームや本は何も買わなかった。


「じゃあ、また明日な」


「うん」


 空がすっかり暗くなった頃、待ち合わせた駅前でナリナと別れの挨拶を済ませた。 今日はいろいろ騒がしくて疲れたが、まぁ楽しかっただろう。 ナリナの私服姿も見れたことだし。


 しばらく歩き、後ろを振り返るともうナリナの姿はなかった。 家まで送ってくべきだったか? 仮に送っていったとして、そこでばったりナリナの親父にでも会ったら俺はどういう表情をしていいのかわからない。 気づけばその親父に殴りかかっているかもしれないし、何も知らない顔をして笑顔で会釈でもするかもしれない。 ふむ、今はまだナリナの家に近づく勇気はないな。


 そして今気づいたが、ハンバーガーを食べているあたりからナリナの眉間のしわがなかったと思う。 気のせいかもしれないが、ノダ警部と会った後からナリナはしかめっ面ではなくなり、人間味が溢れる自然の表情となっていた。 ノダ警部との再会でナリナの中の感情を制御していた何かが外れたのだろうか。 それが良いことなのか悪いことだったのかはわからないが、とにかく『しかめっ面のナリナ』ではなかった。


 そんなことならもうちょっとナリナの顔でも拝んでおくんだったなと変なことを考えつつ外灯一つない暗い堤防を歩いていると、脇の草むらが突然ガサガサと音を立てて動いた。 待ってくれよ。 堤防の斜面の草むらで何かがうごめいているではないか。 ドブネズミか何かか? 俺は暗がりでよく見えないので携帯電話をポケットから出してライトモードにして、そこを照らしてみた。


「うあああああぁぁぁぁ!!?」


 本当に俺は情けないことに大きな悲鳴をあげて、その場で尻餅をついてしまった。 無理もないさ、何せそこには血まみれの人間が斜面を這い上がろうと必死に雑草を握っていたのだからな。


「だ、大丈夫ですか!?」


 俺はすぐに手を伸ばすが、血まみれの男はすっかり赤く染まった白衣の胸ポケットから何かを取り出して俺に渡してきた。 それが何を意味するのかはわからなかったが俺はそれを素直に受け取る。 それは何かよくわからないが黒いマイクロチップだった。 こんなものを俺に渡して何になるのだろう。 しかしそれより今は救急車を呼ぶのが先だ。


「待っててください! 今救急車を呼びます!!」


「よ、呼ぶな……ッ!」


 俺が携帯電話のダイヤルボタンを押そうとした時、男はかすれた声で言った。 そんなこと言われましても救急車が必要ないくらいの軽い怪我ではないではありませんか。 暗くてどこが怪我しているのかもわからないが、とりあえず血だらけなのだ。


「け、警察にも言うな……。 チ、チップを同志に渡して……く……れ」


 すいません、死にそうなところ悪いんですがもっとわかるように説明してくれませんか。 突然血だらけで現れたと思えば救急車は呼ぶな、警察は呼ぶな、チップは同志に渡してくれ。 一般人100人いれば100人、理解に苦しむだろう。 紛れもなく俺も100人のうちの1人なのでとても理解に苦しんでいる。


「同志ってどこにいるんですか!?」


「そこら中に……いる。 合言葉がある……」


 そんな誰かに襲われる要素がある同志とやらがそこらへんにいるとでも言うのか。 そして男は最後の力を振り絞り、その合言葉を教えてくれた。


「右手でVサインを胸に当て、『バイオウェポン』と言うんだ……。 同志だったら……それに対して『ナリナ』と答えてくれるはずだ……」


 その瞬間、俺の背筋は一瞬にして凍りついた。 今、なんと言った……? ナリナ……? なぜ、この血まみれの白衣の男は合言葉にナリナという名前を使っているんだ。 山と川、鶴と亀などというお互いに連想できるような言葉のようにバイオウェポン……つまり生物兵器とナリナをセットにしているのだろう。 生物兵器と言ったらナリナ? ナリナと言ったら生物兵器? まったくわけがわからない。


「たの……んだ……ぞ」


 様々なことが俺の脳裏をよぎっていると男はついに力尽きたようで、握り締めていた雑草から手を離し、ズルズルと斜面を滑り落ちて水しぶきを上げて川の中へと落ちていってしまった。 これは紛れもない殺人事件だが、その本人が警察に言うなと言っている。 警察にこのことを言えばこのマイクロチップも証拠の1つとして没収されてしまうだろう。 この中に何が入っているのかはわからないが一刻も早く、その同志とやらに渡したほうがいいらしい。


 渡さなかったら世界が滅ぶのか、はたまた渡したら世界を破滅させるための何かが入っているのか……あーもう、何がなんだかまったくさっぱりわからない。





 状況を整理しよう。 俺は人通りのまったくない暗い堤防を歩いていたら血まみれの男に遭遇した。 助けようとしたら断られ、何かしらのマイクロチップを託された。 それを同志に渡せと。 合言葉は右手をVサインにし、胸に当てて『バイオウェポン』だそうだ。 すると同志とやらは『ナリナ』と返してくるらしい。 で、その同志とやらはそこら中にいるらしいが……恐らくそれは本当にそこらへんにたくさんいる、というものではなく、何かを中心に同志とやらが集まっていると予想する。


 さぁ、それをどうやって探す? それは簡単だ。 合言葉にもある『ナリナ』だ。 なぜかは知らないがナリナを中心に同志たちは集まっているんじゃないか? つまり……この学校のどこかに同志とやらはいる! と思う。


 朝、俺は教科書を乱暴に机にねじ込むとナリナとリョウがまだ来ていないことを確認して校内を歩き回ることにした。 ちなみにあのマイクロチップは胸ポケットの生徒手帳に挟んである。 もし自分の部屋にでも置いて、掃除でもされて紛失すれば目も当てられないからな。 こういう時は自分で持っておくに限る。


 とりあえず生徒が同志とやらではあるはずはない。 疑うべきはやはり教師たちだ。 担任のスズキ先生はどうだろう。 あの笑顔の裏に秘密結社の諜報員という任務が……って、あのおばさんに限ってそれはないか。 年賀状も来るし。


 ふと2階の廊下の窓から下を見ると教師たちが止めている駐車場が目に入った。 一番高級そうな車に乗っているのはやはり校長か。 待てよ、この学校に教師以外の目的で入り込むとしたら校長をスルーできるのか? 教師の裏の顔があるとしたらすぐに見つかってしまうのではないか。 まさか校長が同志……? またはこの学校内にいる同志の1人に過ぎないのか。 とりあえず校長は怪しい。 軽自動車に乗ってる先生は無視していいだろう。


 教師の他に別の仕事があるならお金も持ってそうだし、という安易な予想だが。 軽自動車に乗ってるのは我がクラスのスズキ先生や保健の先生だ。


 保健の先生は若いし不器用みたいなので悪い人ではなさそうだが、同志でもなさそうだ。 その他の先生なんてナリナとあまり関わってなさそうだしサッカーの顧問はむっつりスケベなハゲたオッサンだ。 いや、そういうロリコンのほうが同志の可能性あり……? ナリナの隠れファンたちの実体が見えないのも今になってさらに不気味になってきた。 どうやら俺は疑心暗鬼に囚われているようだ。


 結論として疑わしき校長に合言葉を言ってみることにする。


「校長!」


 善は急げ。 俺は重役出勤の校長を職員玄関で待ち伏せをしていた。 するとすぐに高そうな紺色のスーツを着た、てっぺんハゲの校長がやってきたのだ。 俺は校長を呼び止めるとすぐに右手でVサインを作り、自分の胸に当てた。 それを見た校長はナリナのように眉間にしわを寄せる。


「バイオウェポン」


 そして俺は同志と確認するために合言葉を言い放った。 すると校長はニッコリと笑い、


「ああ、新しい挨拶かね? はっは、おはよう」


 と軽く手を挙げて俺の横を通っていってしまった。 うむ、すごく恥ずかしいうえにハズレだったようだ。


「あ、校長。 お客様がみえてますよ」


 玄関を上がるとすぐに保健の先生がやってきて校長に来客が来たことを知らせる。 すると校長はうなずいて足早に校長室へと駆けていったのであった。


「先生」


「何?」


 もう一回恥ずかしい思いをしたので吹っ切れたのか、俺は手当たり次第に先生たちに合言葉を言ってみることにした。 手始めに目の前に現れた保健の先生にだ。


 先ほどと同様に胸にⅤサインを当てて言う。


「バイオウェポン」


 それを聞いた保健の先生は校長同様にニッコリと笑う。 ああ、この人も違うのか。


「ナリナ」


 ………………えっ? ちょっと待ってください、先生。 今、満面の笑みで俺が求め続けた(といっても24時間経ってない)合言葉を返してくれましたよね? え? 保健の先生が同志とやら……?


「ついてきて。 スズキ先生には腹痛で遅れるって言っておくから」


 時計を見ればもうすぐ一限目が始まる9時になろうとしていた。 俺は招かれるまま保健室へと連れていかれた。 保健の先生は保健室の鍵を閉めて窓から外に誰もいないことを確認して丸椅子に座る。


「座って」


 俺も勧められるがままに丸椅子に座る。 しかしなんだ、こんな若い女性が謎の同志とやらなんて、いまだに信じられない。


 保健の先生は足を組むと俺の視線がそこへと吸い込まれるがグッと我慢して先生の顔を見る。 その目は表情とは別に笑ってはいなかった。


「どうして貴方がその合言葉を知ってるの?」


「えーと昨日の夜、血だらけの男の人に会いましてですね……マイクロチップを託されまして。 同志を探せと言われました」


「その人は?」


「力尽きて川に落ちました……」


「そう……」


 保健の先生が沈黙する中、俺は胸ポケットから生徒手帳を取り出して中からマイクロチップを取り出した。 それを見た保険の先生の目が鋭くなる。


「これは……」


 マイクロチップを受け取った保健の先生は机の引き出しを開けた。 中はボールペンやノートしか入っていないように見えるが、何やら机の裏をいじりだした保健の先生。 するとどうだろう。 引き出しは機械音をあげながら底が反転し、1つの携帯ゲーム機くらいの大きさの端末が姿を現したではないか。 保健の先生はそれを持つとマイクロチップを端末にはめ込んだ。 どうやらデータの抽出をしているようだ。 俺はその間、待つことしかできなかった。


「……事態は結構深刻ね」


「あのぅ……よかったらいろいろ説明してくれませんか?」


 断られることはわかっていたが一応小さく手をあげて言ってみると保健の先生はアゴに手を当てて考え始めた。 とりあえず断られる前にこっちから質問してみよう。


「なぜバイオウェポンという合言葉がナリナなんですか。 それが今、一番疑問です」


 すると保健の先生はすぐ口を開いた。


「それはナリナさんが生物兵器だからですよ」


 もう少し深刻そうな顔をして言ってほしかった。

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