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ナイトメア  作者: ナリ
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十四章

 …………真っ暗な視界が徐々に光を取り戻していくにつれ、俺の顔面が物凄く痛いことに気づく。 まだちゃんと見ていないがこの鼻はジンジンする痛いからするに鼻血は絶対出ている。 そりゃあ、人間が足で顔面を蹴られたら怪我の一つや二つはするだろう。 ああ、マジで不運続きだな、ちくしょう。


「おい、起きろ! おーい!」


 耳元でリョウのバカでかい声が聞こえてくる。 目覚ましの音量にはもってこいだな。


「ぐあっ 痛ってぇ……」


 身体を起こすとズキンと鼻が痛み、とっさに手で押さえると案の定 流血していた。


 周りを見ると壁に『B1F』という文字が書かれていた。 どうやらわずかに開けたエレベーターの隙間からなんとか脱出できたようだな。 ちゃんとナリナもテルコもショウタもいる。 ……だが、1人足りない。


「……ナオヤはどうした」


 俺の言葉にリョウたちはうつむいてエレベーターを指差した。 誰も何も言わないので、俺は重い腰をあげて1人エレベーターへ向かい、その隙間から中を覗く。


 そこには血でベトベトになったナオヤの身体が横たわっていた。


 横たわっていたのは身体だけで、頭部がない。 どうやら最後までX-001から逃れることができなかったようだ。 ナオヤの両手の剥がれた爪が必死だったことを教えてくれる。 コイツは昔から真面目で頑張り屋だったからな。 受験勉強が始まる前までは一緒に部活や遊びでもサッカーやったり、ゲームやったりしてたのにな。 大人になってくるとどうしてこんなに溝が深まってしまうのだろうかね。 落ち着いたらゆっくり話でもしたかった……。


 目頭が熱くなったが、涙が流れる前に袖で目を擦ってその場を後にした。 泣いてる暇なんてないからな。


「俺はどのくらい気絶してた?」


 その問いかけにナリナはまるで計っていたかのように「4分」と答えた。 ふむ、あまり長いこと気を失ってなかったようだな。 しかもX-001はエレベーターから落っこちたらしいし。 まぁ、そうじゃないと今頃全滅してたかもしれない、


 とりあえず先に進んで地下二階を目指さなければならない。 地図によるとこの階は第二研究層らしいからな。 ナオヤがいなくなった分、手探りで進まなければならないのが痛いが仕方ない。


「行こう。 もたもたしてられねえ」


 気絶していた俺が言うのも何だが、そう言って俺は先頭に立った。 この階層も上と同じようにいたるところ血だらけで死体がひとつもない。 本当に死体はどこへ消えたのだろうか。 監視カメラの映像ではX-001は殺害した人間をどこかに運んでいるようだったが、その目的はなんだ。 などなど疑問は盛りだくさんなのだが、根本的に言えばなぜX-001は人間を殺し続けているのだろう。 とりあえず『暴走』やら『復讐』やらという言葉が思い浮かぶが真相はまだわからない。 わかったとこでどうしようもないんだけどね。


 そんなことを考えつつ廊下を歩いていると身体が自動ドアのセンサーに反応したのかブォンと横のドアが開いた。


 突然のことで少々びびったが、恐る恐る中を覗くとさらにびびったね。 エイリアンの博物館じゃねーか。


 理科室とかで見たことはないだろうか。 瓶詰めにされている謎の物体の数々を。 そういう系のものがずらりと棚に並んでいるのだ。 しかも緑色の液体に詰められたものはどれも人間の姿とはかけ離れた、簡単に言えばモンスターが瓶詰めにされているのである。 どれも金魚鉢程度の大きさだが、すべてにバイオハザードの黄色いマークが貼られ、その下に数字が書いてある。 パッと見渡した限り数字は1から5まででつけられているが、意味はわからない。


「これ、危険度だったりしねーか?」


 ショウタが『1』と書かれたビンと『5』と書かれたビンを手に持って交互に見比べながら言う。 言われてみれば数字が低いものは全体的に丸っこく、爪も小さく、ぶっちゃけて言えばキモカワイイのも含まれていたが数字が大きくなるにつれてゴツゴツとした鱗を持つものやギザギザの歯が生えているものなど持つだけでも危なそうなものが揃っている。 一体どのようなことをすればこのようなモンスターが作り出せるのか興味あるが、触らぬ神になんとやらだ。


 するとナリナがひょいっと危険度5のビンを持ち、俺のほうを向いた。


「兄妹」


 ナリナよ、自虐ネタはやめないか……。 とりあえずビンを棚に戻しなさい。 まぁ、こんなナリナのボケは滅多に拝めるものじゃないから今の光景は脳裏に焼き付けておこう。


「おい、なんだこれは?」


 貴重なシーンを脳内保存しているとリョウが棚の一番下にあったアタッシュケースを開けていた。 中には衝撃吸収マットに大切に包まれたビンが一つだけ入っていた。 ビンのラベルを見るとなんと危険度『10』。 だが、中に入っているものは、なんと言ったらいいのか、肌色の肉の塊、っぽいものだ。 人間の皮膚のようなものがソフトボールくらいの大きさのになっているだけのもので、これのどこが危険なのかがまったくわからない。 しかし、研究者たちがこのビンだけ丁寧に保管していたということはよっぽど危険なものなのだろう。


「まぁ、それがなんであれ、使えそうなものじゃないな。 先へ進むぞ」


 恐らくここでしかお目にかかれないものばかりだろうが、悠長に見ている時間はない。 世界で一番貴重な寄り道だったが俺たちは足早にその部屋を立ち去ることにした。 しかし、ここはテロ撲滅組織じゃなかったっけ? なんであんなものを保有しているのだろう。 生物兵器を利用するテロ組織を壊滅させた時の戦利品だったりするのかね。 にしても俺だったらあんな気味の悪いものは持ち帰らないけどね。


「うわっ!」


 敵地から持ってくる戦利品はどういうものがいいか考えていたら再び爆発音が響いてきた。 またテロリストどもが何かやらかしたようだ。 音の方角から察するに……さっきまで居たエレベーター付近か。 アイツらも仲間が減ったんだから撤収すればいいのに。


「私たちはテロリストの目的を勘違いしているのかもしれない」


「え?」


 駆け足で廊下を移動中、横に並んだナリナがそうボソッとつぶやいた。 シェリー先生いわくテロリストたちは組織を壊滅させられて帰るとこを失った腹いせに報復という名目で俺たちを殺そうとしている、だったな。 たしかにナリナが言うとおり人間誰しも自分の命は惜しいはずであり、ましてや不死身の化け物が徘徊する施設なんざ全財産払ってでも出たいはずだ。 なのに奴らは坊主頭の男をリーダーに統率された動きを見せている。


「何か別の任務で動いている、とか」


「……かもしれねぇな」


 大体ナリナの言うことは当たるんだよな。 ぶっちゃけて言えば学校からほとんどの作戦はナリナが建てたものであり、俺たちの信頼できる天才軍師である。


 それにしても階段はどこにあるんだ。 結構走り回っている気がするが一向に階段らしきものは見当たらず、無駄に体力を消耗しているだけじゃないかと思い始めていた。


 ブォン。


 不意に廊下に備え付けられているスピーカーから砂嵐に似たノイズが入ったため足を止める。


『この建物は我々が占拠した。 大人しく投降すれば危害は加えない。 諸君らもこんな化け物が徘徊する建物から抜け出したいだろう。 生き残っている者は速やかに地下一階の放送室まで来たまえ。 制限時間は10分だ』


 そう言ってからまたブォンという音とともに音声は途絶えた。 どういう風の吹き回しだ? さっきまで俺たちを殺そうと平気で銃を撃ってきたじゃないか。 それが今になって投降すれば危害は加えない? 罠に決まっているだろ、こんなもの。


 だが、この状況を一刻も早く打破したい俺たちの中で心が揺らぐ者もいた。


「ユ、ユウト、投降したほうがいいんじゃない……?」

 身体を震わせたテルコが言う。 たしかに今の放送が本当なら投降するという選択肢もできるが、リスクが高すぎる。 下手をすれば全滅だ。


「俺は反対だな! これは絶対罠だって!」


 俺の心を代弁するかのようにリョウが言った。 ナリナは無言を貫いているが、恐らくナリナも反対意見だろう。


 こんな論争を廊下で繰り広げるわけにもいかないので最寄のドアを見つけ、その中に入るとそこは監視室であった。 いくつものモニターが設置されており、施設内の至る所を見ることができる。 アキバのパソコンの映像もこの部屋から撮ったものだろう。


 俺がまじまじと施設内の至るところを見ていると横からナリナの手が伸び、目の前のキーボードで指を踊らせた。


 そして真ん中のモニターに映し出されたのはさっき言っていた放送室の映像だった。 放送室は坊主頭の男を始め、隊員たちが4人確認できる。 どうやら向こうもX-001との戦いで兵を減らしすぎたようだ。 隊員たちは残弾数を確認したり、水を飲んだりとかなり消耗しているらしい。 これはさっきの放送もあながちウソではないとも思ってきたが。


「だーかーらー! 行ったら絶対殺されるって!」


 投降するほうに傾いているテルコにリョウは踏みとどまらせようと強引な口調で説得を試みている。 テルコもこの状況で敵から救いの手を差し出されたら助けを求めずにはいられないのだろうが。


「ねぇ、ユウトはどうなの?」


 2人の言い争いの矛先が突然俺のほうへと向いた。


「俺は反対だな。 罠の確率のほうが高い」


「え、ユウトも反対なの……?」


 今にも泣き出しそうなテルコの顔を見て、曖昧な回答をしておけばよかったかなと思った時だった。


「俺は投降させてもらうぜ」


 ショウタはズボンのポケットに両手を突っ込んだまま言った。 この話の流れでよくそんなことを言えたもんだ。


 ヅカヅカと出口へ向かうショウタを止めに入ったリョウだが、ショウタは振り返ってリョウを殴り飛ばしたのだ。 顔面を殴られたリョウは床を少し滑って静止した。


 その行動に俺たちは動揺を隠せずに握りこぶしを作る。


「おいショウタ! 落ち着け!」


「落ち着いてられっかよ!! お前らバカか!? 道もわからねぇのに化け物がいる廊下をぐだぐだ進むかさっさと投降して守ってもらうか、どっちが生存確率が高いと思ってんだ!!」


 殴り飛ばされたリョウは身体を起こしたが、唇が切れているようで血を流している。 これでリョウも頭に血が上ったのか、「うおおおお」という叫び声とともにショウタに突進するが腹部に膝蹴りのカウンターを入れられて床に伏してしまった。


「テメェら動くんじゃねーぞ! 動いたらぶっ殺す!!」


 そう言ってポケットから取り出したのは、なんとピストルであった。 まさかノダさんが撃たれて倒れた時、どさくさに紛れてくすねていたのか。 弾は一発だけだが、人一人殺すには十分だ。


「正気か、ショウタ」


 俺も拳銃で反撃するかと一瞬頭を過ぎったが、あいにく拳銃はノダさんに渡したっきりだ。 ナリナのサブマシンガンはすでにエレベーターで弾を使いきってしまって今は持っていない。


「俺はなぁ、学校で仲間2人殺されてんだよ! 俺たちは何も悪くないのによぉ!! 誰のせいだと思ってんだ!?」


 銃口は自然とナリナの方へ向いたが、ナリナは無表情のまま微動だにしなかった。 ショウタの目はすでに焦点が定まっておらず、パニックを起こしている状態であり力で押さえつけるのはあまりに危険すぎる。


「ナリナ、お前のせいだ! お前さえいなければ仲間が死ぬことも学校が襲われることもなかったんだ!!」


「……お前さえ、いなければ…………」


 その言葉にナリナは明らかな反応を見せ、右手で額を押さえ始めた。 いけない、恐らくナリナは昔の虐待にあった時のことを思い起こしてしまったのだろう。 このままショウタに喋らせていてはナリナのリミッターのほうも解除しかねない。 敵に襲われてもいないのに最悪の状況だ。


「そのへんにしとけ、ショウタ。 ナリナだって好きで生物兵器にされたわけじゃない」


 ここは怒りの矛先を俺に向けさせといたほうがいい。 思ったとおり、俺が喋ると銃口が俺のほうへと向いた。


「そんなこと知るかよ! 過程がどうあれ、原因はナリナだろうが!!」


「もう止めて!!」


「ッ!!」


        ―――――――――――――――――ズドン!


 次の瞬間、全ての動きがスローになり、俺の顔に返り血がかかった。 左を向けばテルコが腹部から血を飛び散らせながら倒れそうになっている光景が目に入り、そしてすぐにテルコは床に倒れた。

 テルコの大声により俺に向いていたはずの銃口がテルコのほうに向き、力んだ反動でショウタが引き金を引いてしまったのだ。


「う、うそだろ……!!」


 自分のしでかしたことが理解できたショウタは後ずさりしながら震えた口調で言っていると、ナリナはすばやくショウタの懐に飛び込んで銃を持っていた右手を掴んで捻ってから左手でショウタの頬に音が響くような強烈なビンタをしたのだ。 その衝撃でショウタは横に倒れるが起き上がろうとはしなかった。


「うっ……がはっ……!」


 仰向けに倒れていたテルコは口からも血を吐き、腹部からは血が止まることなく溢れ続けている。 俺はどうすればいいかわからずに、とりあえず両手でテルコの傷口を押さえるが大して意味はなかった。


「悪気はなかったんだ……悪気は……!! うあああああああああ!!」


「ショウタ!」


 罪悪感に駆られたショウタはその場でピストルを放り投げ、悲鳴を上げながら監視室を飛び出していった。 慌てて呼び止めたが今のショウタの耳には届くはずはなく、追いかけるのも危険だった。 しかもショウタが向かった先はおそらく放送室だ。 ショウタが放送室へ行くとなれば、俺たちの居場所もばれてしまう。 ここに留まるわけにはいかないのだが……テルコをどうにかしないといけない。


「気をしっかり持てよ、テルコ! 大丈夫だ!!」


 見るからに大丈夫なわけがないテルコの周りが血で赤く染まっていく。 医者じゃなくても今すぐに輸血が必要だとわかるくらいの量であり、それは手の施しようがないということだった。


「ユウ……ト……大丈夫……。 不思議と……痛くないの……」


 大丈夫なものか。 テルコの手を握ると驚くほど冷たくなっていた。


「ユウト……死ぬ前だから……告白しちゃっても、いいよね……かはっ」


 テルコは笑顔のまま口から血を吐いた。 俺は黙ってテルコの手を握っているだけだ。


「大好きだったよ……ユウト……」


 俺が何かを言う前にテルコは「でも……」と続けた。


「でもナリナさんに勝てなかったのが……くやしかったな……」


 まだ何か言葉を続けるのかと思ったが、テルコはそれっきり口を開くことはなかった。 目も口も閉じ、ただ目尻から一筋の涙だけを流し、死んでいた。


 俺は握っていたテルコの手をテルコの腹部の上へと乗せて立ち上がった。 テルコは中学に上がった時に知り合った奴で、初めて会った時からいつものような感じで喋りまくりで女性免疫があまりなかった俺にはいいトレーニングになっていた。 そういえば去年のバレンタインに『義理だよ』と言ってチョコももらったっけ。 お返し、してねぇや……。


「ユウト、見ろ」


 昔の思い出を掘り返している途中、ナリナの声で我に帰った。 ナリナが指差したのは放送室のモニターであった。 見ると隊員2人がショウタの両腕をガッチリと掴んで固定し、坊主頭の男の前に立たせていたのだ。 ショウタと坊主頭の男は交互に口を動かしているのを見るに、どうやらショウタは敵の言うがまま情報を吐いているようだ。


 そして坊主頭の男は空いている隊員2人を指差して何かの指示を出すと、その隊員2人は画面から消えた。 おそらくショウタがこの場所を言ってしまったのだろう。 それを見届けた坊主頭の男がうなずくとショウタを拘束していた隊員たちがショウタから離れる。 どうやら本当に身の安全を確保してくれるような雰囲気だ。 ショウタもホッとした様子で胸を撫で下ろした。



          ――――――――――――――――――ズドン



 ショウタが安心して頭を下げた時を見計らい、坊主頭の男は手に持っていた拳銃でショウタの頭を撃ちぬいたのだ。 情報を全て引き出し、今更人質にもならない捕虜など生かしておく意味はないというものだろう。 坊主頭の男は何事もなかったかのように拳銃を腰のホルスターにしまうと、隊員たちはショウタの両腕を掴むと画面外へと消えた。 画面に残ったのは坊主頭の男とショウタの血だまりだけだ。


 立ち尽くしていた坊主頭の男がふとこちら(監視カメラ)を見るとモニター越しに俺の目と合った。 俺たちが監視室に居るということはわかっていると言わんばかりに再び腰から拳銃を抜き、カメラに向かって引き金を引いた。


 次の瞬間には放送室を映していたモニターは砂嵐だけになった。 くそっ 早くしないと敵がここに来ちまうじゃねーか。


 俺はうつ伏せに倒れて気を失っているリョウの背中を激しく何度も叩いた。 今度は俺が起こしてやる番だ。


「おい、リョウ! 起きろ、移動するぞ!!」


 が、何度叩いても起きない。 この野郎、普段も朝起きるのも苦手な奴だからな、そう簡単には起きないようだ。


「…………」


 俺が手こずっているとナリナはリョウを仰向けにさせるとリョウの鼻と口を指で摘んだのだ。 完全に呼吸ができなくなったリョウは寝返りをうとうとするがナリナがリョウの身体の上に自分の膝を重石代わりに置いているので動けない。


「ぶっはぁぁ!! 苦しいぃ!!」


 息の限界に達したリョウは水揚げされた活魚のように飛び上がった。


「説明してる暇はないぞ、リョウ。 とっとと移動するぞ」


 強引にリョウの後ろ首を掴んで引きずるように監視室を出るナリナ。 俺も監視室から一歩足を出し、振り返ってもう一度テルコの姿を見てから走った。 残すとこ生存者は俺とナリナとリョウ。 無事かどうかはわからないがアキバ、シェリー先生、ナルミ。 このメンツでこの状況を打破できるのだろうか。

 とりあえず今できることと言えば廊下を走ることだけなのだが、本当にこのままで大丈夫なのか? さっきからぐるぐる回っているだけのような気がしてならないのだが。 ていうか階段がどこにもない。


「む」


 俺の後ろを走っていたナリナがふと足を止めて白い壁を見ていた。 俺が「どうした?」と言う前にナリナはその壁に耳を当てて目を閉じる。


「何か聞こえる」


「何も聞こえねーぞ?」


 リョウが首をかしげているが俺はナリナの聴力がいいことを知っているので口に出さない。 ためしに俺も壁に耳を当ててみると微かではあるが本当に何か聞こえる。 ドシッ ドシッという音が徐々に近づいてきているようだ。 というかこれは―――――――――――――ズゴン。


 突如ナリナの横から壁を突き破って巨大な腕が出現したのだ。 その腕はまるで目があるかのようにナリナを掴みにかかるが、ナリナは身をかがめつつ後ろに下がった。 またX-001か。


 X-001はその巨体で壁を突き破ると俺たちの前に立ちふさがる。 どうやらエレベーターから下に落ちてパイプなどを通している壁の外側を移動していたらしい。


「ガアアアアァァァァ!!」


 低い雄たけびを上げるX-001。 銃はおろか武器を何も持っていない俺たちに勝ち目はないに決まっている。 が、ナリナはその場でステップを踏み出した。


「ナリナ、止めろ。 無理だ」


 そんなことはお構いなしにX-001はこちらにゆっくりと迫ってきたので、俺とリョウは後退していくがナリナはその場でステップを踏み続けている。 アキバにナリナを戦わせるなと言われているが、戦わせたらどうなるのだろう。


 徐々にX-001とナリナの距離が縮まると、先に攻撃を仕掛けてきたのはX-001だ。 自慢の右の豪腕を振り上げ、ナリナ目掛けて右ストレートを繰り出す。 するとナリナは避けることなく、その腕を掴むとそのまま背負い投げをしたのだ。 相手は人間離れした体重であるのは間違いないが、ナリナはX-001の破壊力をそのまま利用して投げ飛ばしたのだろう。 続けざまにナリナは倒れているX-001の頭を両腕で挟むと思いっきり捻った。 ゴキンッという鈍い音がX-001の首の骨が折れたということを教えてくれる。 一般的に首の骨を折られたら人間は死ぬ。 首の骨を折られたX-001はピクリとも動かない。


「当たらなければ、どうということはない」


 とどこぞの赤い彗星の名言を吐き、ナリナは俺たちのほうへと歩いてきた。 確かにX-001の攻撃は破壊力がある分、その動きは遅い。 一般人がそれを避けれるのかという問題はそこらへんに置いといて、確かに当たらなければどうということはないが、ナリナの今の技は格ゲーでいうと当て身投げじゃないか? となれば判定的には「当たってる」になるんじゃないだろうか……。


 そんな些細なことを考えていると再び複数の足音が聞こえてきた。 今度はテロリストか。 次の相手は銃火器を使うため、流石に肉弾戦を挑むわけにはいかない。 となればまた逃げるしかないが、この直線の廊下を走っても狙い撃ちされたら終わりだ。 俺たちは近くにあったドアを開け、その中に飛び込んだ。


 すかさず部屋の安全を確保するため周囲を見渡すと、どうやらこの部屋は薬品とかを扱う部屋のようで、白い棚が壁一面に設けられており、さまざまな色の薬ビンが並べられていた。


「む、こんなところに化け物が……」


 どうやらテロリストたちはX-001の死体を発見したようで、いい足止めになっているようだ。 時間は稼いだはいいが、この部屋から出ると間違いなく発見されてしまうだろうし、テロリストたちがこの部屋を調べに来ることは目に見えている。


「おい、ナリナ。 何やってんだ?」


 リョウの言葉で振り向くとナリナは薬品棚から薬ビンを手に取り、それをリョウに渡していた。 薬ビンのラベルは全て英語表記で、俺にはなんて書いてあるのかまったくわからないし、わかったとこで何の薬かもわからないので迂闊に触ることはしたくない。


 続いてナリナはフラスコを両手に持てるだけ持つと黒い机の上に無造作に置き、リョウの薬ビンたちも机の上に置かせて薬ビンの蓋を次々と開け始める。


「ナリナよ、お前この薬たちが何なのかわかるのか?」


「いいや?」


 いや、いいや? じゃないだろ。 そんなわけのわからないまま行動するのはあやしいひかりを食らったポケモンくらいだと思っていたが。 俺の心配をよそにナリナは薬ビンの中身を少量ずつフラスコの中へと入れていくと中の液体の色が赤から青、緑から黄色と目まぐるしく変わっていく。


 フラスコの中の液体が白くなるとナリナはリョウが持ってきた新聞紙を筒状に丸めてアルコールを湿らせてからフラスコの中へと突っ込んだ。 見るからに火炎瓶の完成なのだが、何も中身を調合した薬品にすることはないのだろうか。 普通にアルコールで事足りる気がするのだが。


「アルコールだけでは焼夷弾にしかならない。 それは名づけてロシアン爆裂弾だ」


 とりあえずそのネーミングセンスをなんとかしてくれ。 ナリナの説明では、適当に詰め合わせた薬品に火をつけることによって何らかの反応を起こす手榴弾が完成するのだという。 本当に何が起こるかわからないから、ロシアン、なのだそうだ。


 そんなことを言いつつロシアン爆裂弾を生産していくナリナと助手になっているリョウ。 俺はと言うとロシアン爆裂弾が不発に終わった時のことを考え、アルコールランプをあるだけ用意することにした。 棚にあるアルコールランプを数えていると、



「ガアアアアァァァァ!!」



 もう聞きたくない雄たけびが聞こえてきたため、俺たちは手を止めた。


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