十二章
メガネを光らせながらコツコツとナリナに近寄っていくアキバ。 その革靴の音に気がついたナリナが振り向き、アキバと顔を合わせるとお互いピタリと動くのを止めた。 いや、ナリナのほうはいつもどおりたいしてリアクションをしていないだけか。
「……君がナリナか」
「…………」
俺の時は『コレ』扱いだったがナリナの場合は『君』か。 コイツ美少女オタクみたいだからナリナに反応しちまったんだろう。 犯罪臭がするな。 いざというときはノダさんになんとかしてもらおう。
「今、オレのインスピレーションがビンビン反応しているぞ」
「…………」
何か反応してやれ、ナリナ。 ナリナはベンチに座ったまま体をひねってアキバを見ているだけだ。 しかしアキバはそれでもまったく気にも留めずに話を続ける。
「君、オレの造った戦闘服を着てみる気はない?」
その言葉にナリナの指先が動いた。 ああ、ナリナはそういうの好きだからなぁ。 銃とかナイフとか……。
それを聞いたナリナはゆっくりと立ち上がり、無言でうなずいた。 大丈夫かな、マジで……。
さぁ、アキバはナリナの腕を掴み強引に連れ去ること10分。 やっと二人が帰ってきた。
…………………。
……………。
「………………」
ナリナの姿を見た時、俺は言葉もでなかったね。 ナリナは相変わらずの無言だけど。
俺がなんで言葉もでないかと言うと、戦闘服ってのは大体迷彩柄のあれを想像するだろう。 だが、しかし。 これはなんだ? どっからどう見ても戦闘服には程遠い……。
ナリナは首から下、ゴム質のような黒い布(?)に包まれ、身体のラインがくっきりと浮かび上がっていた。 そしてプラスチックのような白いカフスをつけ、首にも同じような材質の白いタイをつけ、黒いリボンで結んである。 背中にはランドセルより二周りほど小さい白い四角い箱みたいなのがくっついており、膝から下も同様の素材でコーティングされていた。
あれだ、簡単に言えばロックマンに登場するキャラみたいな感じになってるな。 物凄くエロい装備の女敵ボス、みたいな。
「どうだ、すごいだろ」
ああ、すごい。 身体のラインを強調し、可愛らしいメイドチックなパーツを装備しつつ美少女ロボのような角々しさ。 完全にアニメのコスプレをしているみたいだ。
「これはパワードスーツの一種だ。 改良に改良を重ね、極限の薄さにすることに成功した。 これを着て本気だせば薄いコンクリートくらいなら砕けると思うぞ」
イイね、このへそのへこみが影になってるとことか。 極限の薄さ、イイね。 アキバの性格は嫌いだが、趣味というか趣向というか、そっち方面は嫌いじゃないぜ。 もう一度言うが性格は嫌いだが。
「……おい、ユウト」
ここにきてやっとナリナが久しぶりに眉間にしわを寄せながら口を開いた。
「そのにやけ面、なんとかならんのか」
そう言われ、俺はすぐさま口に手を当てた。 いかんいかん、自然と顔がお吸い物に入れた角麩のようにふやけてしまっていたらしい。 ナリナの軽蔑の目が若干突き刺さるが、俺は咳払いをして顔を元に戻した。 ……戻ったよな?
「おや、なんですかな? これは」
警察署に連絡を終えたノダさんとナルミが得体の知れないようなものを見つけたかのような眼差しでこちらに歩いてきた。 スーツの胸ポケットからチラッと出ている警察手帳がドクターアキバの目に映ると、アキバはスッとノダさんたちに背を向ける。 あれだろう。 ナリナを自分の趣味でコスプレさせたから児童なんちゃら法とか、そっち系で逮捕されることを恐れてるんだろうな。
「どうしたんですか? この格好は」
誰も何も言わないのでもう一度ノダさんがナリナの肩に手を置いて言うと、ナリナは、
「そこのアニメオタの人が造った戦闘服らしい。 多少恥ずかしいけど」
と言った。 頬も赤らめさせていないからなんとも思っていないと思ってたけど、ナリナも恥ずかしかったんだな。 うむ、貴重な場面だ。
それを聞いたノダさんはツカツカとアキバのもとへ歩いていく。 アキバは恐る恐るメガネを光らせつつ振り向くが、その顔は実に気まずさがにじみ出ていた。
「いや、このスーツは見た目とは裏腹にすごい性能を持ってるんだ。 敵と戦うにはこういうものが必要だろう」
まだ何も言ってないのにアキバはナリナの背後から肩に手を置いて熱弁し始めた。
渋々、ノダさんはその熱弁を聞いていると俺の後ろに居たシェリー先生があの端末を白衣のポケットから取り出し、何かを見始めた。 何か本部から連絡が来たのだろうか。 良いニュースであることを祈るばかりだが。
目を動かし、端末の情報を読んでいくシェリー先生の顔が次第に日の出のように明るくなっていく。
「聞いてください」
その言葉に熱弁を続けていたアキバとノダさん、ナルミもシェリー先生のほうを向いた。
「たった今最新の情報が入ってきました。 我々の組織が……」
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
「敵の本部を占拠しました。 敵のボスは射殺したそうです」
……一瞬の静寂の間が訪れた。 このホールに6人も人間が居るのに完全な無音だ。 俺を含め、全員脳の整理が忙しいのだろう。
まぁ、あれだ……。 つまり俺たちは生き延びることができたのだ。
「や、やった! やったぜ、ナリナ!」
俺は湧き上がる喜びを抑えきれなくなり、きょとんとしているナリナのほうを向くと、ナリナはエロスーツのまま肩をすくめて唇を緩めた。 ここ数日に俺の身に降りかかった悪夢はやっと消えてくれるのか……。 いろいろなことがありすぎて本当に疲れたぜ。
「………………む」
俺やシェリー先生が喜ぶ中、ナリナは何かに気がついたように上を向いた。
「どうしました?」
ノダさんが言うとナリナは飛行する蚊を追うように顔を動かしていく。
「……ヘリの音が聞こえる」
と言うと「スーツには視覚聴覚をアシストする機能も備わっている」とアキバが補足し、ナルミがナリナの背中についている四角い物体を指差して首をかしげるとアキバはうなずいた。 どうやら背中の機械がナリナの身体のアシストをしているようだ。
そして、ナリナにしか聞こえなかったヘリの音が俺たちにも聞こえるくらいに近づいてきたのがわかった。
再びシェリー先生は端末に目を落とすと、日の出のような笑顔が皆既日食のように暗くなっていく。 嫌な予感しかしない。
「敵組織の本部は占拠しましたが、敵部隊はナリナさん奪取のためにすでに出動していたようです」
となるとこのヘリは敵組織のものか。 だが、敵の本部は堕ちたんだろう? なら諦めて逃げればいいのに。
俺がそんなことを思っているとナリナがスモークの貼られたガラス張りの玄関に向かって歩き出した。
「敵部隊はもはや任務のために動いていないようです。 彼らの目的は―――――――――報復です」
――――――――――――――――バリーン!!
玄関のガラスが割れた瞬間、ナリナは走り出した。 そしてそこから姿を現した黒いマスクの敵隊員の顔面を掴むとそのまま床に叩きつけたのだ。 隊員は気絶でもしたのか、そのまま動かなくなる。
ファーストブラッド(先制攻撃)を決めたがぞろぞろと敵が侵入してくるのが玄関の壊れた隙間から見える。 ナリナは倒れている隊員からサブマシンガンを剥ぎ取ると、外に向けて発砲した。 しかも片手撃ちで。 パワードスーツとか言ってたから、もちろん筋力も増加しているんだろう。
するとノダさんとナルミはロビーにあったベンチを持ち上げ、ナリナのもとへ走っていく。
「ナリナさん、ベンチや自販機をバリケードにしましょう!」
そう言うのナリナは射撃を止め、うなずいてから倒れている隊員からサブマシンガンの予備マガジンを剥ぎ取り、手馴れた手つきでマガジンを交換した。 ……どこで覚えた。
ナリナの威嚇射撃のおかげで敵は病院へ突入せずに物陰に隠れて様子を見ている。 その隙に俺もベンチを玄関に積み立てていくと、ノダさんとナルミが協力して赤い自動販売機を運んできた。
それを玄関の前に寝かせ、簡易バリケードを完成させると俺は額の汗を拭う。
「ユウト」
サブマシンガンを右手に持ちながらナリナが俺の名を呼ぶと、何かを俺に向かって投げた。 よくわからなかったがそれをキャッチしたが、それを見て落としてしまった。 それは紛れもない拳銃だ。 俺は冷静を装い、落とした拳銃を拾う。 これは人を殺す道具だ。 この道具を人に向けて使うたびに、人が死んでいく。 そう考えると、こんな小さい拳銃でもとてつもなく重く感じるが学校でナリナが敵を手にかけたことを思い出し、拳銃を握り締める。
そうだな。 ナリナだけに人を殺した重みを背負わせるわけにはいかねーか。 気が進まないが生き延びるためだ。 そう決心し、前を向いたらナリナが拳銃の予備マガジンを投げてよこした。 俺はそれを腰のベルトとズボンの間に挟む。
「とりあえず研究施設の中へ逃げるぞ」
アキバが秘密の入り口のほうへと歩き出すとシェリー先生は「待って!」とアキバを呼び止める。
「子供たちが2階にいます! 子供たちも連れて行かないと!」
そうだ。 奴らの目的がナリナだったらリョウたちはどうでもいい存在だが、報復を目的とした今の奴らは何をするかわからない。 見せしめに殺すこともできるし、人質にして俺たちを引きずり出すこともできる。 放置しておくにはリスクが高すぎるな。
「ナリナ、俺たちでアイツらを研究施設まで誘導するぞ!」
「ああ」
あいつらは面識のないノダさんや頭の回転が速いのか遅いのかわからないシェリー先生より、俺の誘導のほうが確実に早い。
「ノダさんたちは敵の侵入を阻止してください。 ピストル持ってるでしょう?」
俺の問いかけにノダさんはスーツをまくり、胸元にあるホルスターからピストルを抜いた。
「ここはまかせてください。 早く、お友達たちを」
ここは戦力になりそうなノダさんとナルミにまかせて俺とナリナは階段を駆け上がった。 そして真っ直ぐにリョウたちのいる病室へ向かい、勢いよくドアを開けるとベッドに座っていたリョウが飛び上がった。
「うお!? ビックリした!!」
そんなリアクションは今はどうでもいい。 部屋にはリョウ、ナオヤ、ショウタ、テルコ……よし、全員いるな。
「敵が攻めてきやがった! ここから逃げるから俺についてこい!」
「ここは安全じゃなかったのか!?」
ナオヤがベッドから降りながら言うが返答はしなかった。 話が長引くだけだからな。 とりあえず「行くぞ」と言って走り出すとみんな走ってついてくる。 して、こいつらを研究施設へと避難させればこの事件がただの偶然ではないことがわかってしまうだろう。 そうしたらどうなるかわからないが、今は行くしかないか。
俺たちは階段も駆け下り、施設への扉の前で待っているシェリー先生たちと合流した。
「連れてきました!」
大きな声でそう言うとバリケードの隙間からピストルを突き出していたノダさんとナルミが手を引っ込めてこちらに戻ってきた。
「さすがに6発の弾丸だけでは威嚇射撃にもなりませんね」
のんきににやけ面で言っているナルミはパラパラと薬莢を床に落とした。 予備の弾は流石にないか。
アキバがカードキーをカードリーダーに通して研究所へと扉を開けている最中、リョウが「どうしたぁ? その格好は」などとナリナに聞いているがナリナはまるで何も聞こえていないかのようにリョウに背を向けていたが、その後姿もなかなかのもので、尻のラインにリョウもショウタも釘付けだ。
そして、やっと研究所への扉が開かれ、俺たちは中へ入った…………が、
「……どうなってる…………?」
研究所の変わり果てた光景を見たアキバはメガネを曇らせた。 そりゃ無理もないさ。 あの真っ白かった研究所のそこら中、血だらけなんだからな。
まるで赤いペンキをぶっかけたかのような血で染まった壁。 研究者が血だらけで這いずり回ったような跡もある。 だが、死体はどこにもない。
「おえっ……!!」
ここにきて我慢できなくなったテルコが廊下の隅で嘔吐し、その背中をナオヤが摩ってやっている。 流石にここまできたらバイオハザードの世界だ。 いつゾンビの群れと遭遇してもおかしくないくらいの悲惨な光景と静寂さである。
問題はこれは誰の仕業か、ということだ。 表に居る敵はまだ着いたばかりでここまでできるとは思えない。 では、俺たちの知らない第三者ということになる。
「と、とりあえず出入り口を閉鎖するぞ」
そう言ってアキバは俺たちが通ってきた病院と研究所を繋ぐ扉を閉め、ロックした。 そう簡単にロックしてしまっていいのだろうか。 見るからにこの先にとんでもないものが居るような気がするんだが。 だが、開けっ放しにすると表の連中も入ってくるし……ああ、こういうのを絶体絶命と言うんだろうか。
「ドクターアキバ。 現状を把握する必要がありますね」
シェリー先生が言うとアキバは静かにうなずいた。
「オレの研究室へ行こう。 あそこなら施設内の監視カメラの映像も見ることができる」
というわけでアキバを先頭に、研究所を恐る恐る進むことになったのだが状況を把握できていない奴らが後ろから小声で話しかけてきた。 もちろん最初はナオヤである。
「おい、一体何がどうなってるんだ。 そろそろ説明してくれないと流石の僕も混乱してきたぞ」
もうここまで来たらこいつらにも今の現状を知る権利があるかもしれないが、一応俺は横で歩いているシェリー先生の顔を見た。
するとシェリー先生は曖昧な笑みで肩をすくめる。 それは話していいってことでいいんですよね?
「まぁー……なんていうか。 話すと壮大なことになるんだけどなぁ」
と前置きを入れた後、俺は真実を語ることにした。 この話を他人に説明するのは何度目だろうかね。 そろそろこの話にも自分の口が慣れてきたようで、すらすらと語れる。 ナリナとデートした日のことから話していくと次第にこいつらの表情が曇っていくのが見て取れた。 そりゃそうだろうね。 さっきまでは偶然テロに巻き込まれたと思っていたのに、突然このテロは狙いが決まっていました、なんて言われたら「早く言え!」ってなるに決まってる。 俺だってそうツッコミを入れるね。
あらかじめ学校が戦場になるとわかってたなら、誰だって逃げるさ。
「そんな感じだ。 信じられない気持ちはわかるが、これが現実だ」
表のテロリスト集団のことを説明し終えると、俺はそう話を締めた。 自分のことも語られたナリナは表情を変えないままツカツカと独特な足音を出しつつ歩いているだけだ。 明らかに空気がどんよりと重くなってしまった。 誰も口を開こうとはしなかった中、ある男だけが口を開く。
「なーるほどね! 事情はわかったぜ!」
それはいつもどおりデカイ声のリョウであった。 いつもどおりの表情と声のボリュームに俺とナリナのきょとんとした目が合う。
「ま、オレは無力だけど事情がわかってスッキリしたぜ! わけわからんままだと死んでも死にきれないからな!!」
「……僕もこの世界の裏の顔が見れて、結果オーライかな」
とリョウにつられてかナオヤもメガネをあげながら言う。 まぁ、テルコは絶賛不調のためノーコメントだったが。 だが、ショウタだけは眉間にしわを寄せてポケットに手をつっこんだまま何も反応を示さなかった。
「着いたぞ」
アキバは白い扉の前で立ち止まり、いつものカードキーを横にあった端末に通してロックを解除して研究室の中に足を踏み入れた。 そこは研究室というにはあまりにもほど遠いものばかりが置かれていたのだ。 まぁ、想像に難しくはなかったが、室内には美少女アニメやらロボットアニメなどのDVDはもちろん、美少女やら(以下略)のフィギュアまでもが陳列している。 リョウは室内をまるでお菓子の家を見つけた子供のように目を輝かせ見渡す。
「おぉ、すげぇ! オタクの匂いしかしねぇ!!」
それは褒めているのか? それとも完全にバカにしているのか?
にしてもこの部屋……左手に大きなソファとデカイ薄型テレビにDVDレコーダー。 下には赤いカーペットが敷いてある。 正面にはフィギュアが飾られている横長の棚。 右手には白いキッチンがあり、完全に研究室というよりはただの良い部屋にしか見えないんだが。
「おい、ガキ。 あんまりショーガラスに触るなよ。 指紋でもつけたら改造するぞ」
それを聞いたリョウは「へいへい」と適当に返事をしてソファに無造作に詰まれたDVDのケースの表紙を見始めた。 アキバの脅し文句は一般人から聞いたら現実味があんまりないが、実際はマジなところもあるから油断できない。
するとリョウはあるDVDの表紙を俺に見せてきた。 そこにはナリナのスーツとそっくりなスーツを着た美少女が恥ずかしそうな顔をしてベッドで仰向けに寝ている姿が描かれていた。 ケースの右下の角には「成人向け」の文字。
なるほどね。 このアニメのヒロインはアキバの今のお気に入りなんだな。 それをモチーフにしたスーツを作り、ナリナに着せちゃったわけか、ははは。
このド変態がッ!!
「………………」
ナリナもリョウにそのパッケージを見せられたが、何もコメントはせず、リョウの顔面を掴み、こめかみに指をめり込ませていた。
「ったく、静かにできねーのか。 マジ改造するぞ。 額に自分の右腕を装着させてやろうか」
などと物凄い恐ろしいことを言いつつ、アキバはノートパソコンを2つ、キッチンのテーブルに置いた。
2つのノートパソコンの電源を入れ、画面の砂時計が消えてから2つのパソコンを同時に操作し始めた。 これは流石といえる技だ。
「よし、監視カメラの画像をチェックして何が起こったか調べるぞ」
「はい」
まるで助手のようにアキバの左斜め後ろで立っているシェリー先生が返事をすると、フィギュアを見ていたナルミをアキバの後ろへ回った。 ノダさんはテンションがた落ちのテルコに何か励ましの言葉をかけているので、それ以外のメンバーはパソコンの画面へと目をやる。
映し出された画面はどうやら現在の様子のようで、研究所内の血まみれの廊下が映し出されていた。 画面を切り替えて別の廊下や研究室を映しても血痕しか映らない。 そう、死体がひとつもないのだ。
「あ、」
画面が廊下の突き当たり付近になった時、シェリー先生が声を上げた。 見ると研究員の一人が息を乱しながら走っていたのだ。 そして廊下が突き当たりだとわかるとすぐに身を翻して走り出そうとしたが画面外にいる何かを見て足に急ブレーキをかけて、その勢いで尻餅をついてしまった。 それは目の前に化け物がいるようなリアクションだった。
研究員は尻餅をついたまま後ずさり……つまり画面の奥へと逃げていくが後ろは壁だ。
そして次の瞬間、カメラは黒い巨体を映した。
「ウソ……まさか……」
シェリー先生が口を手で覆いながら言うとアキバも「信じられん」と濁った声を出した。
画面には紛れもなく、あのX-001の背中が映し出されていたのだ。 顔の包帯が血まみれなのはデフォルトだったが、現在は着ている迷彩服も血まみれだ。
X-001は研究員を行き止まりに追い詰めると巨大な右手で研究員の顔面を鷲掴みにし、持ち上げた。
ブシュン。
まるでスイカが破裂したかのように研究員の頭は握りつぶされてしまった。 頭を失った研究員は床にボトリと落ちて転がる。 流石にこの光景には俺も吐き気を覚えた。
研究員を肉塊に変えたX-001は死んだ研究員の右足を掴み、ズルズルと引きずって画面の外へと消えていった。
「おいおい、なんだよアレ。 完全な化け物じゃねーか」
俺の後ろで画面を見ていたリョウが口を開く。
「まさかあのX-001が目覚めるとは……。 何が原因なんだ」
アキバの言葉に俺とナリナは顔を見合わせた。 俺たちには心当たりがある、というかアレしかないだろう。 シェリー先生に見せられた冬眠中のX-001にナリナが触れた時、明らかにX-001は反応を示して、その時から端末にエラーの文字が出た。
「干渉、か」
ナリナはX-001に触れた自分の右手の平を見つめ、握り締めた。 おそらくナリナの言うとおり、ナリナとX-001が干渉して目覚めたのだろう。
さて、どうやら俺たちは腹が減ったライオンがいる檻に飛び込んだどころか閻魔大王の血の池地獄に自ら飛び込んでしまったようだ。
「む、表の連中にも動きがあるぞ」
今度はさっきまで居た病院のホールが画面に映し出されていた。 そこにはマスクを装着した隊員が数名おり、その中で一人、マスクを装着せずに素顔を見せている坊主頭の男がいた。 坊主頭の男は隊員たちに何やら指示をしていることから、コイツがリーダーということは明らかだ。
男は大体20代後半から30代といったところか。 顔は西洋チックだ。
続いて画面が切り替わり、俺たちがくぐった研究所への扉の前が映し出された。 そこには二人の隊員が爆弾らしきものを設置している。
「アイツら、すぐにここまで来るんじゃねーか? マズイぞ」
ショウタの言葉にリョウとナオヤがうなずく。 これは誰が見たってヤバイ。
「脱出する方法はないんですか?」
ナオヤがアキバとシェリー先生に尋ねるとアキバは腕を組んで考え出した。 そういえばシェリー先生側の救助ヘリとかどうなったんですか。 学校からヘリのへの字も出てきませんでしたが。
「あぁ、私たちの救助ヘリはここの組織が私たちを保護したということで帰還しちゃいました。 ごめんなさい」
ああ……なんということだ。 まぁ、まさか誰もこうなるということは想定してなかったから仕方ないというか。
「この研究所から脱出するルートはあるぞ」
とテンション駄々下がりの中、アキバがそう口を開き、この研究所の構造について説明し始めた。
アキバの説明はこうだ。
この研究所は病院の裏の山の中をくり抜いて建てられているらしく、今居る階、つまり一階は第一研究層で二階が研究員たちが寝泊りする宿泊層。 三階が山の頂上でヘリが置かれているらしい。
地下一階は第二研究層で地下二階がライフラインを確保するための層だということだ。
自力でここを脱出する方法は二つ。 一つ目はもちろん三階に行き、ヘリを使って脱出。 二つ目はライフライン層から下水パイプを使って脱出。
これを聞いた人間は誰もがヘリを選択することだろうが、相手のことを考えるとそうも言ってられないんだな、これが。
「爆弾でもつけられてたらひとたまりもないな」
腕を組んでナリナの言うとおり、あらかじめ敵が俺たちの足を奪うため、ヘリに爆弾をつけていたら……ということだ。 せっかく三階に辿り着いてもヘリが使い物にならないとわかったら精神的ダメージは計り知れないものだろうな。
「下水パイプは街の川に合流するようになってるようだな。 これなら人ごみに紛れて逃げれるんじゃないか?」
ナオヤが街の地図を広げ、山から伸びる下水道を指でなぞっている。
決まりだな。




