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ナイトメア  作者: ナリ
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十一章

「まったく、体は大切にしてくださいね」


「すいません……」


 病院のロビーで血だらけになったナリナの右手にシェリー先生は包帯を巻いていた。 とりあえずリョウたちには病室で待機しろと言っておいたので、そっち方面のことは安心。 しかしまぁ、いつになったら事態が好転するのかねぇ。


「現在テロ組織と交戦中らしいです。 テロ組織の80%を制圧できたとの報告もあったのでもうすぐ家に帰れるでしょう」


 ほう、俺たちがこんなことをしてる間にそんなところまで進んでいたなんて。 この人を見てるとなんかすごく進行が遅く感じるけど、そんなことはなかったのか。


「しかしあれですね」


 ナリナの右手に包帯を巻き終えたシェリー先生は俺のほうを見てひまわりの化身のようににっこりと笑う。


「さすがユウト君です。 ナリナさんの精神を安定させるなんて」


「……私も、もっと強くならなくては」


 格闘系マンガの主人公が苦い敗北をした時のような台詞とともにナリナはぎゅっと握り拳を作った。


 強くならなくてはいけないのは俺もだ。 別に岩をも砕く力とか謎の原理で放つビームとかなくてもいい、ただ生き残るための力、人を守るだけの力が欲しいと思った。 なんか複雑な気分だねぇ。 こんなことが起こる前はゲームの世界に飛び込みたいやら現実でも魔法のような力を使いたいやら思ってたのに、今はそんなことこれっぽっちも思っちゃいない。 これが成長というものかね。



 ナリナとシェリー先生とロビーでしばらく雑談をしている時だった。 病院の自動ドアが静かな音とともに開いたのは。


 その姿を見たシェリー先生が眉間にしわを寄せたのを見逃さなかった。 その反応を示したということはイレギュラーな来客だということだ。


 だが、俺はその人たちを見た時イレギュラーな存在ではないとすぐにわかった。


「いやはや、こちらにおられましたか。 ずいぶんと探しましたよ」


 それは紛れもなくノダさんとナルミだった。 いつもの茶色いコートを着こなしたノダさんと紺色のスーツを着たナルミが笑顔で歩いてきた。 まぁナルミの笑顔はデフォルトか。 そのデフォルトの表情をナリナと交換してくれ。


「事件を知った時、慌てて学校に行きましたが丸焦げでアナタたちの消息も不明。 死体も数体出ていることからまさかと思いましたが……ご無事で何よりです」


 そう言ってノダさんはシェリー先生のほうへと目をやる。 それに気づいた先生も立ち上がって軽く頭を下げた。


「どうもお世話になっています。 事情聴取にでもいらっしゃったのですか?」


 シェリー先生サイドからしたら何も知らない警察に事態を説明しても無駄に時間がかかるだけで事態も好転しないので意味のない、必要のないものに変わりはなく、学校の謎の火災についての話に持っていき適当にはぐらかせておくに限るようだ。


 だが、ノダさんはそっちをメインで来たわけではない。


「いえ、実は私は署に何も言わずにここに来ています」


 ノダさんは茶色の帽子を取ると脇にはさみ、ナリナのほうを向いて深ぶかと頭を下げた。


「ナリナさん、申し訳ありません。 ユウト君の言葉がなければずっと気づかず、アナタの心に傷を負わせたまま定年を迎えるところでした。 私も児童相談所に連絡するだけではなく、ちゃんと見守っておかないといけなかった。 本当に申し訳ありませんでした……」


 ついにノダさんの口からナリナへの謝罪の言葉が出た。 これでナリナの過去の闇が徐々に晴れていくことができるだろう。 時間は万病の薬と言うしな。


 ナリナは目の前で頭を下げるノダさんを見て、ゆっくりと立ち上がった。


「…………………」


 何かおかしい。 ナリナは口を動かしているものの声が出せないようで、喉を押さえている。 そして喉を押さえている右手を振るえだした。


「せ、先生、ナリナの様子がおかしいです!」


「いったいどうしたのかしら……」


 次の瞬間、ナリナは知らないうちの右袖に忍ばせていた果物ナイフを握り、頭を下げているノダさんに振り下ろした。


「危ない! ノダさん!!」


 とっさに俺が言うとノダさんはすぐに反応して顔をあげ、ナリナのナイフが迫っていることがわかると体をそらしてナイフを避けた。


「に、にげ…………」


 ノダさんに襲い掛かったナリナは頭を抱えながら何か伝えようとしている。


「にげ……て……! 体が勝手に……! 私から……逃げて!!」


「体が勝手に、ですって!?」


「ど、どういうことですか、先生!」


 見るとナリナは操り人形のようにノダさんに近づいている。 ノダさんもわけのわからぬまま距離を離していく。


「何者かがナリナさんの脳に電波を送って操っているようです。 それを止めないとナリナさんを解放できません」


 なんでいきなりこういう状況になるんだよ! やっとのことノダさんとの関係が修復されるかと思ったのに、謎のバカ野郎が邪魔をしているらしい。 一体誰がこんなことをしてやがるんだ!


「ノダ警部、下がってください!」


 ここでナルミがノダさんとナリナの間に入ってきた。 それでも電波を受信しているナリナはナイフをまるでクナイのように構えてナルミに向かって走り出した。


 ナルミには体術の心得があるのか知らないが、振り下ろされたナイフを身を翻して避けるとナリナの右手首を掴んで捻った。 すると自然にナリナの右腕は背中へとまわされ、見事にナリナを拘束することに成功。 が、相手はナリナだ。 痛みで少し顔をしかめるがすぐに背後にいるナルミの股間を蹴り上げて引き離したのだ。 流石に今のは痛かっただろうに。 ナルミは痛そうな素振りを見せずに再び戦闘の構えを取った。


「ナ、ナルミ君! ナリナさんに怪我を負わさないように頼む!」


 遠くからノダさんが言うがナルミはナリナを見たまま肩をすくめる。


「とは言いますが、この子……なかなか手ごわいです……よ!!」


 怪我を負わすなと言われたばかりなのにナルミはナリナの顔面めがけて蹴りを繰り出しやがったのだ。 なんて野郎だ、少女の顔面に平気で蹴りを入れようとするとは。


 ナリナは身を屈めて蹴りを避けるとそのままナルミの左足、つまり蹴りを放つための軸足を蹴り抜いて倒れこませた。 この戦闘でナリナのスカートからちらちらと黒い短パンが見えるが誰も気にしてはいられない。 さらに言えば俺もそんなとこを見ている暇ではない。 ナリナに電波を送っている犯人を捜さなくてはいけないのだ。 しかしさっきシェリー先生の説明が正しければ電波は近くなければ効果が薄いらしい。 ならば犯人は近くにいるはずなのだが……。


「……私の知らないうちに指令を送る電波の装置がグレードアップされてたのかも。 そうだったら超遠隔操作もできなくはない」


 またこの人は不安を煽るようなことを。 だが見る限りナリナ自身も痛みを感じているようなので、例のリミッターを解除させてアドレナリンを大量放出、とかはしてないようだ。 だったら気絶させれば大丈夫なんじゃないか?


 しかしながら俺にナリナを気絶させるような技も身のこなしも何もない。 まるで激しい戦闘を解説しているヤムチャとか天さんのような気分だ。 俺には何も、できないのだろうか。


「ん……?」


 ふと俺の右手がズボンに触れた。 そういえばこんなものがあったな……。 特殊なナノマシンを撃ち出すピストル……。


 おそらくこれを使えばナリナを沈静化できるが弾丸は一発。 しかもナリナはナルミと戦っているのだ。 狙うのはかなり難しい。 だが、やるしかないのか。


 俺はポケットからピストルを取り出し、ゲームのように構えた。 いまさらながらサイトもセーフティも何もないじゃないか、これ。 こんなんで精密射撃はもっと難しい。


「ユウト君、よく狙って。 当たり所を間違えないでね」


 横からシェリー先生の声が聞こえてくるが俺の精神はナリナに集中している。 これを命中させれば事態が沈静化するが、これを俺に撃たれたと知ったナリナはどう思うだろうか。 さっきナリナがトイレで言っていたことが突然脳裏をよぎる。


『こんなに痛いのに、こんなに血が出るのに、私は人間扱いしてもらえない! 今も昔も!!』


 その言葉を思い出した時、俺はピストルを下ろした。 そうだ、そうだった……。 トイレであんなに熱弁したばかりなのに、俺はナリナに生物兵器沈静化の弾丸を撃とうとしていた。 こんなピストルは……ナリナに使うものじゃない。 俺はピストルを再びポケットにしまった。


「ユウト君どうしたの!?」


「俺は……こんなものを使わずにナリナを止めます」


 そうさ、やってやるさ。 ナリナだって俺たちを逃がそうとしたように心の中では電波と戦っているはずだ。 だったら俺が加勢して電波に打ち勝ってやるさ。


「くっ! やりますね」


 ナルミはナリナに腹部を蹴られ、ベンチに足を取られて尻餅をついた。 ナリナはついに獲物を追い詰めた虎のように舌なめずりをしてナイフを振り上げる。


 流石にノダさんも腰から拳銃を取り出してナリナのほうに向けた。


「やめろぉぉぉぉぉ!!」


 ナリナがナルミに向かってナイフを振り下ろさんとした時、俺は叫び声を上げつつナリナに飛び掛った。 俺はナリナを抱きかかえたまま床をすべる。


 が、すぐにナリナは俺に馬乗りになってナイフを振り上げた。 流石ナリナだ。 俺の反応速度じゃあ歯が立たない。 でもな!


 俺は向けられているナイフを左手で掴んだ。 新品のナイフだったためすぐさま俺の左手から痛みとともに血が流れてきた。 こんなもん、ナリナの痛みに比べれば初めて補助輪なしの自転車に乗ることなみにちょろいもんだ。


「ナリナァ! 俺の目を見ろ! そんな腐れ電波に負けるお前じゃないだろう!」


 俺は自分の額とナリナの額をくっつけ、物凄い至近距離でナリナの目を見る。 ナリナの目は瞳孔が締まっており、暗がりでも開いたりはしていなかった。


「うがっ!」


 額を密着させていると俺の右頬にナリナの左拳が飛んできた。 見た目とは裏腹の強力なパンチに俺の上半身は大きく傾くが、俺は意地でもナイフを離さない。 離したら刺されるのもあるが、ナリナの動きを封じるのはこれがいいのだ。 ナイフ持ちと丸腰ではけっこう差があるから武器を手放したくはないだろう。


「さあ! 戻って来いナリナ!」


 腹に力をこめて言うとナリナはぐわんと上半身を後ろにそらした。 見るからにこれは頭突きの予備動作じゃないか。 その硬そうな頭を、俺に、ぶつけようとしてんのか? …………いいだろう。 俺も小学生の頃石頭と有名だったんだ。 頭突き対決、受けて立…………


「ぎゃはっ!!」


 まだ台詞の途中だったがナリナの金槌のような頭突きが俺の額にクリティカルヒットした。 この衝撃はサッカーの試合で敵のシュートしたボールが顔面にヒットした時と同じだ。 あの時は鼻血が出たなぁ……。 今回はポタポタと額から流れ出た血が俺の白いカッターシャツを赤く染めていく。 はっきり言おう。 気絶しそう。


 が、俺が気絶する前にナリナの顔が俺の肩の上に乗った。 どうやらナリナとの頭突き勝負に勝ったようだ……。 ナリナが気を失っている隙に持っていたナイフを遠くへと滑らせ、俺に馬乗りのまま気を失っているナリナの背中にそっと手を回して抱きしめた。 するとナリナの手も俺の背中に回ってきたのだ。 気絶してなかったのか、お前。


「…………ユウト」


 ナリナの震えた声が聞こえてくる。


「私は……私は……なんてことをしてしまったんだ……」


「別にナリナのせいじゃねーよ。 悪い奴らは違うとこにいるさ……」


 俺がそう言うとナリナの抱きしめる力が強くなった。 顔を見なくてもナリナは今泣いているのがわかる。 ナリナの後頭部をまるで夜泣きがヒドイ赤ん坊をあやすように撫でた。 が……そろそろ俺の上からどいてくれないと、いろいろやばい。 額から流れる血もあれだが、ナリナは俺の腰……よりちょっと下に乗っかっているのだ。 このままではリョウの二の舞になる。


「あー……お取り込み中のところ申し訳ないのですが……、ちょっといいですか?」


 俺の限界が迫っている時、ハットをかぶりなおしながらノダさんが近づいてきた。 それにより、ナリナは涙を拭って立ち上がってくれた。 ふぅ……っと一息ついて俺も立ち上がるがフラフラする。 やっぱりナリナの頭突きは痛い。


 するとシェリー先生が俺の額に白いハンカチを当てて、俺の顔を見て肩をすくめた。


「無茶しますね。 額割れちゃってますから縫わないといけないですけど、この施設には素晴らしいドクターが居るのであとで治してもらいましょう。 でも、今はこの事態を収拾することが先です」


 そう言うとシェリー先生はハンカチを俺に渡すとノダさんとナルミの前に立ち塞がった。


「私の推測を話していいでしょうか」


 目つきが鋭くなったノダさんがアゴを摩りながら言うとシェリー先生は少し間を空けた後に「どうぞ」と答えた。


「学校が全焼し、身元不明の死体が多数出たのと今のナリナさんの突然の暴走……。 情報がほぼないと言っていいこの事件……とても無関係とは思いません。 大体この古い設備しかない病院に子供たちを収容する時点でおかしいでしょう。 それはきっと子供たちに再び危険が迫らないようにアナタ方が考慮したのでしょう。 しかし現段階ではまだ危険が去っていないので、子供たちをここから出すわけにはいかない」


 すごい。 流石はベテランの警部さんと言ったところかな。 学校の事件から今までを観察して正解を導き出してしまった。 一応推測としては正解だがシェリー先生側がそれを認めるかだな。 個人的にノダさんには期待して俺たちを守ってほしいものだが。


 さて、問題のシェリー先生はというと、ノダさんの推測を聞いてもうんともすんとも言わずに腕を組んで何やら考えているようだ。 この人は落ち着いてゆっくりと時間をかけないといい答えが出せない人だからな。


「……まぁ、いいでしょう。 正解です」


 考えた末にノダさんたちを受け入れることにしたようだ。 さすがのシェリー先生もある程度訓練された人が味方につけたほうがいいと思ったのだろうか。 とにかく、いい判断で助かる。


「察するにこのヤマは警察レベルのものでは扱えないほど大きなものですね?」


 長年の勘というかなんというか、そのセンスで国家レベル以上の問題ということを見破ったノダさんに対し、シェリー先生も静かにうなずいた。


「ということなので、今の状況をこの人たちにも話しておかないといけませんね。 ユウト君」


 それはそうなのですが、なぜ俺にその話を振るんだ? ……。




 まぁ、なぜかというと説明役は俺だったからだ。 とりあえずあの生活支援通りの帰り道のことから順に説明し、学校で敵組織が襲ってきたこと、生徒や校長も殺されたことなども細かくわかりやすく言ってみた。 我ながら口だけなら政治家にでもなれるんじゃないかね。


「今までのこと理解できました?」


 俺の代わりにシェリー先生が締めの言葉を言う。


「うむ……、聞いただけでは信じられない話ですが実際に見てしまった私たちは信じるしかないでしょう」


 ノダさんはナリナのレントゲン写真を見ながら渋々うなずいた。


「しかし許せませんな。 こんな少女でさえ平気で生物兵器にしようなどと考える人間たちは。 わかりました。 命に代えてもナリナさんをお守りいたしましょう」


 やった! 頼もしいノダさんとおまけでナルミが仲間になったぞ! とゲーム風に言ってみる。 ついでに言えばナリナだけじゃなく俺も守ってもらいたい……。



 さて、事態がだいぶ落ち着いたことなのでそろそろ俺の額も何とかしてもらいたいものだ。


「あ、ごめんなさい。 忘れてました」


 やはり俺の額のこと忘れていたか、この人。 シェリー先生はもう一度「ごめんなさい」と言い、胸ポケットから携帯電話を取り出してどこかへ電話をかけ始めた。


 隣に座っている俺の耳にも電話の呼び出し音が聞こえてくるが、相手もなかなか出ないようだ。 そういえばさっきここには素晴らしいドクターが居るとか言ってたな。 その人に電話しているのだろうか。


「あ、もしもし? ちょっとお願いしたいことがあるんですけど」


『あ~……?』


 しばらくコールして、やっと電話が繋がったが電話から物凄いやる気のない男の声が聞こえてきて俺の不安を煽る。


「ここに怪我人が居るので治療をお願いしたいんですが。 額がぱっくり割れちゃってるんです」


『あー、今取り込み中なんだ。 後にしてくれないか』


 本当にやる気のなさげな男の声。 しかし取り込み中ということは何か急な患者とか、俺より優先すべきことをやっていると考えるのが妥当だろう。 が、しかし次の言葉を聞いてくれ。


『今、プリキュアのDVD観てて手が離せないんだよ。 あと2時間で終わるから、終わったら行くから』


 ……どうだ、電話の主を殴り倒したくなるだろう? なんで治療が必要な患者よりプリキュアのDVDのほうが優先なんだよ! ていうか、大の大人がなんでプリキュアにハマってるんだよぉ!! さらに言えば1話30分で終わるアニメにあと2時間必要って、いったい何話分見てるんだよぉぉ!!


「……そこを何とかお願いしますよ~」


 電話越しなのだがぺこぺこと頭を下げるシェリー先生。 すると俺の心の激しいツッコミとシェリー先生の頼みに負けたのか男は、


『ん~……まぁ、今エンディング入ったから一時停止して行くよ。 めんどくさいなぁ、もう』


「あ、ありがとうございます。 では、ロビーでお待ちしております」


 そう言って電話を切ったシェリー先生は「はぁ……」とため息を吐いた。 本当に大丈夫なのかね、今から来る男は。


「たぶん大丈夫ですよ。 今から来るのは世界でも指折りの科学者です。 戦闘兵器の開発から医学にいたるまで幅広い分野に精通しています。 ……社交性とかはちょっとあれですけど」


 まぁ、今の電話を聞いていたら活発的ではないことがわかる。 しかしシェリー先生の説明によれば、なんか物凄い天才臭がするな。


「バカと天才は紙一重……」


 俺の隣に座っていたナリナが下を向きつつボソッと呟いた。 そのあと言葉が何か続くのかと思っていたが何も喋らなさそうなので視線をシェリー先生のほうへと戻す。 ノダさんとナルミは携帯電話で警察署に連絡中である。 流石に無断でここに来てしばらく帰れなくなるので嘘を交えつつ署に連絡しなければならないのだろう。



 しばらくして(なんやかんやで10分くらい)後方からコツコツと革靴で歩く音が聞こえてきた。 この時間からして結局プリキュアのエンディングまで観やがったな。


「悪い悪い、待たせた」


 その声は電話の向こうから聞こえてきた男と同じものだ。 シェリー先生が立ち上がって振り返ったので、俺もつられて立ち上がって振り向いた。 ナリナは微動だにしなかったが。


「ユウト君、この方がドクターアキバさんです」


 俺の目の前には黄色いバンダナを頭に巻いた、白衣を着た中肉中背の男が黒い革カバンを持って立っていた。 ドクターアキバ……名前も見た目もそのまんまじゃねーか。


 見たところ年齢は20代後半から30代前半といったところか。 丸いメガネをしているが瞳の色は黒く、ぼさぼさの髪も黒い。 日本人か?


「コレが患者?」


 俺をコレって言うな。


 アキバは俺の額を見て「軽傷だ」と言わんばかりの顔をしつつカバンに手を突っ込み、紫色の液体が入った小瓶を取り出した。


「こんなもん、この接着剤をぬっときゃ一瞬で治るわ」


 何やら怖いことを言いつつ小瓶の蓋を回して開けると蓋の内側には小さなハケがついていた。 これは見た事あるぞ。 昔、ミニ四駆が流行ってた頃、ミニ四駆とか作るときに蓋にハケがついている液体の接着剤を使ったことがある。 今目の前にあるのはそれとほぼ同じだ。


 そんな昔のことを思い出していると、スッとアキバはハケを俺の額へと近づけてきた。 コイツのことだから本当に接着剤でもつけておけば治るとでも思っているのかもしれない。


「動くなよ? 動いたらまぶたも引っ付けるからな」


 子供に言うことを聞かせるには怖いことを言うというのは効果があると思うが俺にはもう通用しないぞ、そんなもんは。


「いや、接着剤とか普通人間の治療には使いませんよね?」


「あ~ん? いいから口閉じてろ」


 俺の話は本当にどうでもいいらしく、眉を歪めながら遂に接着剤が俺の額につけられた。 まぁ、液体が塗られたことで傷口が染みるのは想像通りだ。 だが、ここからが違った。


 額の痛みはすぐに引いていき、気がつけば出血も止まっていた。 指で触ってみるとすでに瘡蓋になっており、爪で剥がしてみると完全に傷口が塞がっているではないか。 なんだこれは。 常人では考えられない治癒速度だ。


「だから言っただろうが。 接着剤つけとけば治るって」


 そう言いながらアキバはそのスーパー接着剤(今命名)をカバンの中に戻した。


「じゃ、オレはDVD観賞に戻るから」


「あ、ドクターアキバさん。 例のX-001の様子はどうですか? やはりエラーが続いてますか?」


 そういえばここで一騒動起こる前にX-001という実験体に異常が起きてたんだったな。 まだ治ってなかったのか?


「ああ、あれね。 あれは他の科学者たちがなんとかしてるよ。 まぁ、大丈夫だ。 じゃ……んっ!?」


 立ち去ろうとして一回こっちを振り向いたアキバのメガネが光った。 一体何に反応したのだろうか。

 アキバの視線を追うとベンチに座ってぼけっとしているナリナの後姿が目に入った。


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