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ナイトメア  作者: ナリ
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十章

 シェリー先生が部屋の隅の端末を操作し終わるとすぐにナリナは目を覚ました。 うつろ眼で上半身を起こすと真っ先に俺が目に入っただろう。 そして声を発しないままこめかみについている吸盤を引き剥がすのはナリナらしい。


「よう、気分はどうだ?」


「まるでガムが付着した鳥のフンを踏んだような気分だ……」


 ふむ、まったくもって例えがわからんがとにかく嫌な気分だということはひしひしと感じられる。 見ているこっちも二日酔いのおっさんかとつっこみたくなるほどだ。


 髪をわしわしと撫でるナリナをよそにシェリー先生は端末の電源を落とすと「コホン」と小さく咳払いをした。


「ナリナさん、アナタにお話があります。 これはとても重大で、とても衝撃的です。 ひょっとしたらアナタの精神を壊すかもしれない、それくらい衝撃的な話があります」


 少しでも衝撃を抑えるために話のハードルを極限にまで高くしたらしいが、それでも非現実的すぎる真実はそのハードルよりも高い。


 そんなことは知らずにナリナはすぐにうなずいた。 きっと先生の言うことはあまりあてにしていないのだろう。


「衝撃には慣れてる」


 と自虐ネタをボソッと言うナリナ。 そしてついにシェリー先生の口から、


「アナタは15年前、間違われて生物兵器の種であるマイクロチップを脳内に埋め込まれました」


 とやはり淡々と説明された。 それを聞いたナリナはまばたきもせずにただぽかーんとしているだけだ。 無理もない、突然アナタの飲み込んだスイカの種が胃の中で芽が出てますよと言われてもぽかーんとするだけだ。


 信用させるには証拠は必要不可欠だ。


 シェリー先生が指を鳴らすとどういう原理か先生の後ろの壁だけ青白く光った。


「失礼します」


 すると白衣を着た若い男が大きな茶封筒を先生に渡すとすぐに引きかえってしまった。 それはどうでもいい。 先生は封筒の中から何かのレントゲン写真のようなものを取り出し、ポケットに入れていたマグネットで光る壁に貼り付ける。


 それに写っていたものは『脳』だ。


 ただの脳ではない。 脳の内部でパソコンなどを繋ぐランケーブルの先端くらいの大きさの物体が針金のようなものをクモの巣状に伸ばしていたのだ。 しかもその数本が脊髄の中に入り、まっすぐ下に伸びていっている。


「ナリナさんが眠っている間に写真を取らせてもらいました。 これは紛れもないナリナさんの脳です」


「…………………」


 さすがにナリナも言葉を失った。 というかこれを見せられて何を言えばいいのかわからないのだろう。


「アナタの脳内に埋め込まれているのは兵士の戦意と身体能力を向上させるものです。 体育の授業や部活動で他の生徒より優れているのは本来の素質とコレによるものです」


 ナリナが口を開かないので先生はさらに続ける。


「デメリットとして精神不安定になるとリミッターが解除され、強力な殺意と力とともに暴走してしまいます。 ……以前に強力な殺意を感じたこと、ありますよね?」


 先生の問いかけにナリナは自分の震えた手のひらをギュッと閉じた。 おそらく1年前のことを思い出しているのだろう。


「私はアナタを観察するために学校に潜り込んだテロ撲滅組織の一員です。 アナタのことは15年も観察し続けていたのでわかります。 アナタは自分の強力な殺意を相手に向けることはせず、自分に向けたのでしょう」


「……痛みで殺意が薄れていくんだ」


 ナリナが重い口を開き、自分の首筋をすっと指でなぞった。 白い肌に茶色くなった切り傷がうっすらと見える。


「自傷行為をすることで逆に精神を落ち着かせるのですね。 参考になります。 で、続きなんですが」


 一体なんの参考になったのか。 きっとまたロクでもないことだろうが口には出さないでおく。


「以上のアナタの特性を頭に入れて聞いてください。 学校で襲撃してきた敵のことです」


「さしずめ生物兵器の私を殺すかなんかで襲ってきたんだろう……。 安易に予想できる」


 思ったよりナリナは冷静だな。 これには先生も「そ、そう……」と意気消沈したかのようにぼそっと言っている。


 すると不意にナリナの視線が俺へと向く。


「で、ユウトも生物兵器か何かか?」


 俺は一般的な悲しい人間である。


「いや、そんなことよりお前、自分が生物兵器にされてると知ってよく冷静でいられるな」


「まぁ、そんなこと言われてもあまり実感が沸かないからな。 私からすればゲームのような世界観が現実になった、そういうような感じでしかない」


 俺も授業中などにゲームの世界に入り込んだら、ということを妄想していた。 伝説の勇者になってみたり、ゾンビあふれる街で逃げ回ったり、どこかの紛争地帯で銃撃戦をしたり、そんなことばかり考えていた。 それが現実ではありえないと心の片隅で落胆しつつも、憧れ続けていたこと。


 そうか、これはナリナにとっては願ってもないことだったのかもしれない……。


「しかしまぁ、私もゲーム脳って言うのか? それがなかったらダメだったかもしれないが……」


 ナリナはベッドから降りるとベッドの下においてあった白い運動靴を履き、ゴキゴキと指を鳴らした。


 結論からすると意外にパニックもなく普通の空気のままナリナは生物兵器のことを受け止めてしまった。 シェリー先生に他のこと(組織やこの施設のことなど)を聞いているのを見て、俺は違和感を感じている。


 普段のナリナなら単語と単語をくっつけただけのような喋り方だが、今のナリナは不自然にぺらぺら喋る。 それは一般的に普通極まりないがナリナだけに違和感だらけだ。 うーむ、なんでだ?


「では状況を飲み込めたようなので、アナタたちに見せたいものがあります」


 状況把握早いな、おい。 普段授業そっちのけで本読みふけっているわりにはなかなかのいい頭脳を持ってそうな、ナリナ。 実は勉強してないだけでめちゃくちゃ頭が良かったりして……。 だとしたら人間としての性能良すぎだな、HAHAHA。


「この部屋を出て左にまっすぐ行った先にある扉の前で待っててください」


 俺が一人で笑っているとシェリー先生が示した部屋に俺をスルーして向かうナリナ。 では、俺も言われたとおりに行きましょうかね。


「待って」


 ナリナが部屋を出たのを見計らったかのように先生は俺を呼び止めた。


「アナタに持っていて欲しいものがあります」


 そう言って白衣の中から白いピストルのようなものを取り出し、俺に差し出してきた。 白い小型なピストル。 形状は電気ドリルに近いし、鉄製ではなくプラスチックだ。 特に何の装飾もなく、つるつるである。


「なんですか、これは」


「もしもこの先、ナリナさんが暴走することがあれば……これをナリナさんに撃ってください」


「なっ……!」


 俺は思わず言葉を失った。


「安心してください。 この銃の弾丸は特殊なナノマシンが仕込まれていまして、そのナノマシンが生物兵器を沈静化させるのです。 空気圧で撃ちだすものですが、当たり所はちゃんと考えてくださいね。 ちなみに一発しかないので大切に使ってください」


 俺は手に持っているピストルをまじまじと見た。 もしナリナが暴走したらこれをナリナに撃たなくてはならない。 果たして俺にそんなことができるのだろうか。 あのナリナを撃てと? 無理だろ。


 そうならないように俺自身、努力しなくてはな。 どう努力すればいいのか知らないけれども。


 仕方なくそのピストルを不恰好にもズボンの右ポケットに入れ、シェリー先生とともにナリナの後を追って廊下を歩く。 直線の廊下だけあって、遠くの白い扉の前で男らしく腕を組んで扉を見ているナリナの姿が見えた。


 シェリー先生は白衣のポケットの中から透き通った蒼色のカードキーを取り出し、白い扉の横にあるカードリーダーに少々ぎこちないながらも通した。 この人は本当に不器用なんだな。


 扉はピーっというありきたりな音とともに開き、中の光景が目に映ってきた。 真っ白な部屋の真ん中に白いシートをかぶせられたまま何かが寝かされているベッド。 そしてナリナの時同様に謎の端末が部屋の隅にある。 なんだろう、嫌な予感しかしない。


 一応ナリナの顔を伺うと、まぁ無表情だ。


「これはここの組織が敵組織から持ち帰ったものらしいです」


 と言いつつシェリー先生は白いシーツをめくった。


 それを見た時は俺はもちろん、ナリナも驚いたね。


 ソレは人の形はしているものの、肌はコンクリートのような色をしており、顔には血がついた包帯がグルグルに巻かれている。 唇はもとからないのか、黄ばんだ歯が露出していた。 しかも迷彩服を着ている。


「敵組織が創り出した最初の実験体らしいです。 名前は、えーっとエックスゼロゼロワンです」


 アバウトな紹介の仕方だな、おい。 しかしまぁ、最初の実験体ねぇ。 エックスゼロゼロワン……X-001か? 何年前に作られたものか知らないが人をこんなことに平気で利用できるというのは恐ろしいものだ。 きっとこの実験体も心の中では怒り狂っているだろうに。


「……私の兄弟のようなものか」


「んー、この実験体はナリナさんと同じ性質を持ってますが、それ以上にもっと驚異的な能力があるんですよ」


 そう言うとシェリー先生は背中に手を回すと、どこからともなく小型の軍用ナイフを取り出し、何も言わずに実験体の右肩にナイフを突き刺したのだ。 グチュっという気持ち悪い音がするが血はたいして流れていない。


「この実験体の脳波はコンピュータで制御してるので目覚めることはありません。 あ、始まりますよ、見ててください」


 シェリー先生がナイフを引き抜くとすぐに実験体の傷口がブチュブチュと沸騰した鍋のように血の泡を出しながら動き始めたではないか。 そして見る見るうちに傷口の皮膚が繋がり、完治した。


「これは……すごい」


 思わず口に出してしまった。 無理もないだろう。 傷が一瞬にして回復したのだからな。 到底人間では成しえない技である。


「この実験体はナリナさん同様身体能力は素晴らしく、どんな傷でも回復する、まさしく最強の人型兵器です。 が、」


 少し興奮しつつシェリー先生は実験体の頭を指で突いた。


「戦闘力は素晴らしいのですがしょっちゅう暴走して任務に支障をきたすらしいので、正直失敗作、ということらしいです」


 なるほどねぇ。 実験体であるこの生物兵器も人間らしいものはすべて奪われたらしいが心はまだ生きていてわざと暴走している、というのは俺の願望か。 どっちにしろ酷い話でしかない。


 俺とナリナはしばらくその実験体を見つめていると後ろで立っていたシェリー先生のあの端末がピピピっと音が鳴った。 どうやらメールか何かのようだ。


 シェリー先生は端末に目を通すとこっちを見た。


「他の子たちが目を覚ましたみたいです。 そっちに合流してください。 わかってるとは思いますが、真相は話さないでくださいね。 なんとかはぐらかしてください」


 あいつらに話しても、きっと意味はないだろう。 意味ないどころかショウタあたりは荒れるだろうし、ナオヤは自分の目で見ないと信じられないだろうな。


 さて、なんと話をしたらいいのか。 この無口なナリナにまかせるわけにもいかないし。


「仕方ない。 ナリナ、一旦戻るか」


「ああ……」


 俺の言葉にナリナは何か考え事をしている最中のような声を出して、立ち去り際に寝かされている実験体へと手を伸ばした。


 ナリナの白い手が実験体の肩に触れた瞬間、



            ―――――――――――――ビクンッ!!



「うわっ!?」


 この声はナリナより後方にいた 情けない俺の声である。 もちろんナリナも驚き、さっと手を引っ込めていた。 だって寝かされていた実験体が突然電気マッサージを受けたかのように体を飛び上がらせたのだからな。 そりゃびっくりするよ。


 しかもその直後から部屋の隅にあった端末に赤い文字で「エラー」と表示され、ビービーと耳障りなブザー音がなっている。


「脳波に異常が発生したみたいですね。 まぁ、すぐにここの研究員が来て問題解決してくれるでしょう。 ささ、アナタたちはアナタたちの役目を」


 部屋の端末を覗き込みながらシェリー先生が言うので、俺は「はい」と素直に言ってナリナの肩を叩いてから部屋を出た。


 シェリー先生の言うとおり大丈夫だろうが、なぜ突然あんなエラーが起きたのだろうね。 俺が見た限りだとナリナが触った瞬間。 まさかナリナが触ったからエラーが? あの実験体とナリナが共鳴する何かがあったのだろうか。 はっは、真剣に考えても俺一人じゃ一生見つからないだろうな。 考えるのは止めよう。


 後ろをちらっと振り返ればナリナもちゃんとゆっくりながらついてきている。


 研究所の出入り口からあの黄ばんだ汚い病院のロビーに戻ると、そこにはもうあの若い女性はいなかった。 きっと俺たちの案内役が終わったのでどこかにいってしまったのだろう。 俺は肩をすくめると階段を上がり、寝かされていた病室へ向かった。


 病室の前で立ち止まって耳を済ませてみると中からリョウやショウタの声が聞こえてくる。 さて、どうしたものか。 考えもまとまらないまま、ドアを開ける。


「うお、ユウト! どこ行ってたんだよ!」


 真っ先に言ってきたのはやはりリョウだ。


「トイレだ」


 ぴしゃりと言うとリョウの目線が俺の後ろにいるナリナに移る。


「トイレ行っただけならなんでナリナと一緒なんだよ。 …………まさか、テメェ!」


「何を勝手に妄想してんだ、お前。 ナリナは喉渇いて売店行ってたんだよ。 一人じゃ不安だから二人で行動してただけだ」


 この病院の売店が機能しているか知らないが適当に嘘をついてみる。 ていうか売店がこの病院にあるかすらわらかないけどね。


 だが、ここがどこかもわからないリョウたちにはそんな嘘でも簡単に通る。


「なんだ、そうか。 はっはっは、オレとしたことがとんだ勘違いを」


 ほんと、勘違いだらけだよ お前は。


 と、俺が心の中でリョウにつっこんでいるとポンポンと後ろに居たナリナが俺の肩を叩いた。


「……トイレ行ってくる。 一人で大丈夫だ」


 ナリナは俺の返答を聞かぬまま俺たちに背を向けて歩いていった。 なんだろう、やっぱり慣れていないショウタやナオヤ、テルコがいるから一人場所を移したのだろうか。 それともただ俺が病室の出入り口で仁王立ちしてたから部屋に入れなかったからだろうか。 まぁ、後者にしておこう。


「あ、アタシもトイレ」


 ナリナの便乗するようにテルコも手を挙げてベッドから降りた。 今のとこ ここは安全だからテルコ一人で行かせても大丈夫だろう。 よし、いってこい。


 というわけでテルコもいなくなった病室でナオヤは一人メガネを光らせていた。 この中で一番冷静に物事を見るナオヤだ。 必ず最初に質問をしてくるのはコイツだろう。


「ユウト、一体どうなってる。 お前は何か知っているのか?」


 やはり口を開いたのはナオヤだ。


「まぁな」


 俺は超難問のクイズの答えを知っているかのような笑みを浮かべつつ、そう言った。 さて、ここから俺の大嘘の壮大な物語を語るわけだ。


 俺の話はこうだ。 数年前、アメリカで起きた9,11事件(あのビルにテロリストがハイジャックした旅客機が突っ込んだってやつな)を起こしたテログループがアメリカの対テロ組織(ジャック・バウアーとか居そうな感じの)に追われて日本に逃亡し、ついに追い詰められてしまった。 そこでテロ組織はやむを得ず人質を取ろうとした。 そこで目に入ったのが、たまたま、偶然、あろうことか、俺たちの中学校だったというわけだ。 だが、そこはすでに人質としてもってこいの生徒たちの大半は下校し、残った者はほとんどいなかった。 仕方なくテロ組織はその中学校を占拠し、仲間の救助を待つことにしたのだ。 だがだが、そこに居たのは文武両道、最強の少女、ナリナである。 ナリナのおかげで篭城しようとしたテロリストたちはほぼ全滅。 そして、そこに対テロ組織がヘリに乗ってやってきて生き残っていた俺たちを拘束し、再び危険が迫らぬように廃院寸前のこの病院に運ばれましたとさ……。 ついでにコウスケが大丈夫なことも話しておく。


 我ながらなかなかいい作り話だと思うよ。


「うーむ、なるほどなぁ」


 ショウタがベッドの上であぐらをかきつつ唸った。 理解してもらえたようで安心したよ。 もちろんショウタを騙せたとなるとリョウなんざすぐに騙せる。 ショウタ同様、リョウもベッドの上であぐらをかいてうなずいている。


「つまり、そういうことだ。 わかったか? ナオヤ」


「事情は大体わかった……。 で、これから僕たちはどうすればいいんだ?」


 おっと、作り話ばかり考えていて先のことをまったく考えてなかった。 とりあえずどうするんだろう。 シェリー先生の組織がテロ組織のアジトを見つけたから突入するとか言ってたけど、いつ始まっていつ終わるのかまったくわからない。 かと言ってこの状況で家に帰るなんてできるわけないし……。


「とりあえず俺たちの安全が確保されるまでここで待機だな」


「やっぱりそうなるか……」


 この状況に嫌気がさしているナオヤはメガネをかけなおすとベッドに横になった。


 ちょうど俺たちの話が終わった時、テルコが浮かない顔をしてトイレから戻ってきた。


 そして、俺の顔を見て言う。


「なんかナリナさんが洗面台の鏡の前でうつむいて歯を食いしばってたの」


 なんだって……? 何があった?


「アタシも心配だから声かけたんだけど、大丈夫だって言ってそのまんま……」


「……ちょっと行ってくる」


 この病室に戻ってくる途中にあった女子トイレに足早に向かう。 その最中、俺はナリナがどうしてそんなことをしているか考えていた。


『まぁ、そんなこと言われてもあまり実感が沸かないからな。 私からすればゲームのような世界観が現実になった、そういうような感じでしかない』


『しかしまぁ、私もゲーム脳って言うのか? それがなかったらダメだったかもしれないが……』


 などというさっきのナリナの言葉を思い出した。 あの言葉が全部嘘だったとしたら。 本当は怒りと悲しみでいっぱいいっぱいだったとしたら。


「くそったれめ……」


 俺は俺にそう言った。 もっと早く気づくべきだった。 アイツはもとから自分の感情を表さない、口に出さない奴だ。 あの違和感がある喋り方は自分の感情を隠すためのものだったのだろう。


 今のナリナは精神的に不安定なはず。 ナリナに攻撃される可能性も考えながら目的の女子トイレの前に立った。 流石に入るのはあれだ。


「お、おい、ナリナ!」



                ―――――――――――パリーン!!



 その直後に女子トイレの中からガラスが割れる音が響いた。 やむを得ず、俺は勇気を出して女子トイレの中へ駆け込んだ。


 そこで見たのは床に粉々になった鏡の破片と、洗面台の鏡に拳をめり込ませているナリナの姿だ。 そしてナリナの拳から血がポタポタと垂れ、床に落ちる。


「お、おい! 何やってんだよ、ナリナ!!」


「……なぜだ。 なぜなんだ」


 俺の言葉には反応せず、ナリナは拳を引っ込めると自分に問うようにつぶやいた。 ナリナの拳を見れば無数のガラス片が刺さっており、それは痛々しい以外なんでもない。


「なんで、なんで私だけいつも…………! 私は何もしてないのに……!!」


 怒りという感情が露出したナリナは拳を震わせながら俺を見た。 駆けつけたはいいが、何も言えない俺はただ立ちすくむのみだ。 本当に情けないな、俺。


「こんなに痛いのに、こんなに血が出るのに、私は人間扱いしてもらえない! 今も昔も!!」


「…………ッ!」


 その言葉に俺の中の何かが切れた。 俺は力任せにナリナの両肩を掴んだ。


「何言ってんだ、ナリナ。 俺はお前が人間じゃないと思ったことはない。 お前が生物兵器だと聞いた時もそんなこと微塵も思っちゃいない。 俺だけじゃない、リョウだってそうさ。 アイツだってお前が生物兵器だって言われてもまったくそんなことを思ったりしない」


 俺の中で切れた何か。 何かは知らないが口から思った事がすらすら出てくる。


 熱く語る俺の目を、ナリナは戸惑ったような瞳でずっと見ていた。


「一年前、お前に何があったかも先生に聞いた。 お前は勘違いしてるみたいだが、ノダさんも悪い人間じゃない。 生活支援通りで会った時、いろいろ聞いてな。 その後わかったんだ。 児童相談所の職員の悪行が」


 児童相談所の職員の悪行と言ったとき、ナリナの体がビクッと震えた。


「その事実がわかった時、ノダさんはすごく後悔してたよ。 ナリナのためにやったことなのにってな。 そう、お前の周りに居る奴はみんなお前を普通の人間だと思ってる。 それ以外何者でもないさ」


 俺はやっとナリナから手を離し、ナリナを開放して頬を掻く。 今になって切れた何かが修復して照れくさいのがでてきやがった。


 そういえばノダさん、学校が終わった頃にナリナに会うとか言ってたけどどうしてるんだろ。 学校があんなになってナリナにも連絡がつかないとなると、新聞を読んでここにたどり着くことになるか。


「ユウト…………」


 ふとノダさんのことが頭に浮かんでいるとナリナのか細い声が聞こえてくる。 ナリナは手に刺さったガラス片を抜きつつ、


「ありがとう」


 と照れくさそうに言った。

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