一章
男なら誰しも子供の頃にヒーロー戦隊に憧れたはずだ。 かっこよくて強い、正義の味方。 巨大メカに乗って怪獣をやっつける。 実に男の子の心を掴むものだと思う。 実際俺も幼稚園時代に仲のいい友達とヒーローごっこをやっていた記憶がある。 しかしいつもこの遊びを始めようとすると言い争いが起きるのだ。 レッド、つまりリーダーは誰かというものだ。 当然誰しもがレッド役を志願するわけで、次点でブルー。 かっこよさではブラックも人気だ。 グリーンやイエローなどというものはヒーロー戦隊のおまけみたいなものだと今でも思う。 そして結局注目を浴びるのはリーダーのレッド。 またはヒロインのピンクあたりだ。 他のカラフルなヒーローたちはレッド、またはピンクの影に隠れてたまに脇役がメインになったお話が放送されるくらいのもの。 同じ立場なのに可哀想だと思った。
だが、現実もそんなようなものだと思う。 このように同じ中学校、同じクラスで、同じ黒板を見て、同じ勉強をしているクラスメイトたちでも一生懸命 黒板に書かれていることをノートにまとめている者もいれば机に突っ伏して夢の世界に行っている者もいれば早く家に帰りたいと窓の外に広がる運動場を見てボケーっとしている奴もいる。 みんな同じ立場。 そう、同じ立場のはずなんだ。 同じ人間。 呼吸をし、感情もある。
しかし人間というものは実に醜い。
この学校の教室は一般的な机配置で、黒板から見て左側が廊下で男子列女子列、少し空間があり男子列女子列、少し空間があり男子列女子列、窓という別に説明もなにも要らないありきたりな配置だ。 で、窓側の男子列の一番後ろにいるガリガリで長髪の男子がいるが、コイツは周りから暴言や暴力を振るわれている可哀想な奴なのだ。 学校の規則も守らない茶色や金色に髪を染めた不良男子たちの格好の獲物にされている。 そのいじめの事実は先生たちも認知しているのだが、いじめは終わらない。
同じ立場……同じクラスメイトなのに成績以外でこうも優劣がつくのか。 どうしてあのガリガリ君がいじめられなければならないのか。 どうして誰も救いの手を差し伸べないのだろうか。 まぁ、救いの手を出したくても出したら自分までいじめられるという考えは全人類共通だが……。 もちろん、この俺もガリガリ君に救いの手を差し伸べる勇気なんて持ち合わせていない。 悔しいことだが、俺は成績も真ん中くらいで運動神経は中の上くらいという残念なくらい平均的な少年(傍から見れば普通に喜ばしいことかもしれないが)なのだ。
弱肉強食という言葉があるが、誰が考えたものなのか知らないが最初に考え付いた人はすごい。
とまぁ、ぐだぐだと面白味もない長ったらしい話になってしまったが、俺が言いたいことは『同じ人間なのに同じ位置に立てないのか』ということだ。 なぜ同じクラスメイトという立場なのにガリガリ君は下位で可愛げもない不良男子たちは上位で我が物顔で廊下を練り歩いているのか。 ゲームで例えるならレベルというものがあり、高ければ高いほど強いが、現実にレベルなどというステータスはない。 ガリガリ君がレベル3で不良男子たちのレベルが18という表示を奴らの頭の上に表示されているなら俺も渋々納得しただろう。 だが、現実はそうでないため俺は納得できない。 なぜ同じ人間なのに同じ位置に立てないのか……答えは薄々わかってはいるが、それを認めてしまったらそこで終わりのような気がして、俺はその答えを心の中に封印した。
そんな面白味もない長ったらしいことを考えているとあっという間に6限目の授業の終わりを知らせるチャイムがなった。 なんか今日はずっとボーっとしてただけで一日が終わったような気がするが……。 真ん中の列の前から3番目の席で俺は社会科の先生が教室を出たのを確認して担任が戻ってくる前に帰り支度を終わらせようと3年間フル活用した黒皮の学生鞄に教科書やノートを無造作に押し込む。 鞄がパンパンになると物凄い重量になった。 俺は自転車通学だからたいして苦にならないが徒歩の生徒にとっては夏休みの自由研究で角に糸をくくりつけられて単三電池を引っ張らなければならないカブトムシの気分だろう。 これでカブトムシも救われるってもんだ。
「おぉーい、ユウトぉ! 帰ったら遊ぼうぜ!」
至近距離でも声のボリュームの調整をしない坊主頭のリョウが俺の背後から話しかけてきた。 こいつは俺の後ろの席に位置し、何にしてもうるさい奴だ。 つばも飛んでくる。 汚い。 ちなみにユウトというのは俺のことだ。 自己紹介が遅れたな……俺はユウト。 この中学校に通う3年生でサッカー部で一応レギュラーでホワードだ。 意外にすごいだろ。
「おい、聞いてるのか?」
ああ、君の声は耳栓をしてても聞こえるよ。 いや、イイ意味でじゃないぞ?
「もう一度言うが、帰ったら遊ぼうぜ?」
どうしようか。 リョウは中学校に入ってから知り合った奴で、見ての通り坊主頭で声のボリューム機能が絶賛不良の何かと一言多いし、成績も中の下。 そして見かけどおり?のまぬけさもあり、普通に歩いてたのに電柱に激突するというマンガのような光景も俺は実際に目撃した。 こいつ、絶対バナナの皮が落ちてたら踏んで転倒するだろう。
と、今はコイツの誘いに乗るかどうかだ。
「ああ、いいぜ。 どうせ俺ん家でゲームだろ?」
「正解だ」
ちなみに俺はテレビゲームが好きで1人用のRPGから多人数でできるパーティゲームまであらゆるジャンルのゲームに精通している。 今はシューティングゲームにハマっており、友達と対戦するのが熱くて面白い。 FPS、ファーストパーソンシューティングゲームと呼ばれるもので、キャラの視点で操作するというやつだ。 簡単に言うなれば画面に自キャラの手しか映っていないやつのこと。 どうだ、ここまで説明できればすごいと思うだろ。 フッフッフ。
「うるさい。 じっとしてろ」
と、リョウとのゲーム談議をしているとリョウの横からお世辞にもおしとやかではない女子の声が聞こえてきた。 ソイツは茶色いカバーがかかった本を左手で持ちながら視線も動かさずに机に身を乗り出しているリョウの学ランの袖を掴むと、力ずくでリョウを席に座らせたのだ。 強制的に椅子に座らせられたリョウは後頭部をボリボリと掻きながら苦笑し、ソイツのほうを向く。
「いいだろ、ナリナ~。 先公が来るまでの雑談くらいさ~」
前髪が鼻の下くらいまであり、後ろ髪も腰までと長い。 しかも若干灰色に近い。 だが、前髪はちゃんと左右に分けられており、そこからは整った顔を覗かせているが……肌の色白すぎないか?
リョウが情けない声で何やら言っているがナリナはリョウを見る気もせずに顔を下に落として小説の続きを読む。 長すぎる後ろ髪は赤いゴムで止めてあり、そこから見える細くてしなやかな後ろ首が中学生以上の色気を出していた。
「うるさい。 黙ってろ」
そろそろ説明しよう。 この見かけは清楚感漂う細身の少女だが、一言喋れば清楚のイメージをロケットランチャーで吹っ飛ばすかのような男口調。 それがナリナだ。
一応幼稚園、小学校とも一緒で実はリョウよりも一緒にいる時間(しゃべったことはほぼないが)は長い。 が、ナリナはいろいろ謎に満ちている。
謎1、何故にいつも眉間にしわを寄せている。 ナリナが眉間にしわを寄せていることに気がついたのはいつだっただろう。 何か怒っているのだろうか。 もちろん、こんな質問を本人に聞けばリョウ同様に「黙ってろ」で終わってしまうはずだ。
謎2、空白の2年生。 今ではちゃんと毎日登校してきているナリナだが、中学2年の時はまったくと言っていいほど登校してこなかったのだ。 たまーに顔を出す時もあったが、またすぐに来なくなっていた。 もちろん、こんな質問を本人に聞けばリョウ同様に「黙ってろ」で終わってしまうはずだ。
謎3、なんでスカートの丈が短くないの? ……えーと、これはだね、ナリナのスカートを見れば膝上まであるのだ。 え? 一般的だって? 甘い!! 周りを見てみろ。 9月だってのにみんな膝上から拳1つ分丈が短いじゃないか。 まぁまぁ可愛い子からブスな子まで、平均して丈が短い。 なのになぜこんな黙っていればセーラー服美少女のスカートの丈が平均より長い。 もちろん、こんな質問を本人に聞けば……ってもうこのあとなんて言うかわかるよね。
謎4、なんで男口調? 上でも言ったように見た目は落ち着いた髪色で整った顔の少女。 だが口を開かせれば可愛げのない男口調だ。 せめて普通に喋ってくれよ……。 俺の安らぎのために。 いや、全野郎共のために。 もちろん、こんな質問(以下略)
とまぁ、いろいろ質問したいが今はあれだ。
「ナリナはゲームとかしないのか?」
リョウに黙ってろコールを言っているナリナに割って入ると、ナリナは本からスーッと鋭い眼光を俺に向けてきた。
「……やる」
意外な返答だった。 てっきり俺もリョウと同じ扱いを受けるかと思ったのだから。
「へぇ。 どんなジャンルが好きだ? やっぱ育成とかファンタジー系か?」
「サバイバルホラーアクション。 シューティング全般」
その瞬間、俺は悟ったね。 こやつ……できる。 ちなみにサバイバルホラーってなんだ? そんなピンポイントのゲームと言ったら……。
「バイオハザードだ」
やはりそうか。 カプコン社はバイオハザードやらロックマン。 ストリートファイターもだっけ? いやはや、優秀な作品が多いな。 と感心してるのはいいがこの小娘、家でそんなゾンビハンティングして過ごしてるのか。 末恐ろしい小娘だこと。
「……お前はバイオハザードとか、やるのか?」
初めて単語をつなげ合わせた言葉ではなく、疑問系の言葉を投げてきたナリナ。 なるほど、ナリナはゲームに興味があってカプコン社が好きだと見た。
「まぁな。 かじった程度だったけどなー」
ていうか年頃の男女が今流行のオシャレな服の話とか人気アイドルの話を微塵もせずにショットガンならゾンビどもの頭を跡形も無く吹き飛ばせるやらロケットランチャーはボス敵にとっておくやら……とても男女の会話ではないぞ。 それでもいいのか、ナリナ。
「服なんて着なくても生きていけるぞ」
おっと、この小娘……それはマジで言ってるのか? それならばぜひ全部脱いで廊下を練り歩いてもらいたいものだ。 その場合、俺は貯金を叩いてハンディカムのビデオカメラを買うことにしよう。 もちろん手ブレ補正つきだ。
こうして初めてナリナと長いこと会話(担任の先生が来るまで)したが結論としてナリナは中身はおっさんだということが判明した。
「おい、お前らオレを蚊帳の外にするなよ」
変わった雰囲気を持つナリナとの会話ですっかり意識がそっちに行ってしまった俺はナリナの隣で腕を組んで口を尖らせてスネているリョウの存在を忘れていた。 すまない、リョウ。 本当にお前の存在を忘れていた。
俺の家はこの中学校から自転車で西へ15分くらいの場所に位置する。 学校を出て駅を越えると見えてくる堤防をずっと下流のほうへ進んでいくと田んぼに囲まれた日本家屋があるのだ。 それが俺の家。 どうだ、デカいだろう。
昔からの家らしく、屋根はばっちり瓦で中もまるで旅館の床のようだ。 で、俺の部屋は2階にあり、階段を登って右を向くと俺の部屋がある。
「まぁ、入れよ」
何度か来たことのあるリョウは当たり前のようにズカズカと階段を登っていくが、話の成り行きでついて来たナリナは初めて見る家の高い天井を見上げたり、すっかり機能していない庭のシシオドシを見たりしている。
「どうした?」
俺の言葉にナリナはクルッとこちらを向いた。
「私は洋風より和風が好きだ」
んーーと、これは家の話だよな? 別にこの時に突然デミグラスハンバーグより豆腐ハンバーグのほうが好きだとカミングアウトしているわけじゃないんだよな? 俺の家の雰囲気が好きだと言っているんだよな? そうだよな?
が、ナリナはそれだけ言うとドタドタと階段を昇っていってしまった。 まったく変わっている娘だ。
というわけで俺の部屋にやってきたわけだが、俺の部屋は勉強机があり、テレビがあり、本棚があり、押入れがあるだけで床はフローリングだ。 ベッドは邪魔になるから俺は布団派なんだよ。
リョウは鞄を乱暴に壁際に置くと座布団も敷かずに床に座り、あぐらをかいだ。 うむ、ここまではいいとしよう。 が、ナリナ。 なぜ、お前まであぐらをかいているんだ?
見るとナリナはスカートにも関わらずあぐらをかき、白い太ももが見えてしまっているのだ。 んー……俺的にはこのままでもいいんだが、一応言わないといけないのか。 男として、紳士として。
「おい、ナリナ。 もうちょっとで見えちまうぞ?」
自分で言ってなんだが、ちっとも紳士の台詞ではなかった。 まぁ、女子に向かってそう言えば大抵相手は恥ずかしがって正座したりするだろう。
「ああ、別にいい」
いいのかよ。 ならもういっそのこと見せてくれよ。 あ、いや、もう紳士の欠片すらなくなっているぞ、俺。 どうしちまったんだ、俺。 変態という名の紳士だぞ、俺。
と、心の中でそんなことを思っているとナリナは立ち上がってスカートの裾をまくり始めたのだ。 おい、待て! たしかに見せてくれよとは思ったが、早まるな!!
「体操ズボン履いてる。 それに私はいつも家ではあぐらだ」
たくし上げられたスカートの中には黒い短パンがあった。 これは俺達の中学校の体操着で、男女問わずこの膝上から拳1つ分短いパンツなのだ。
男子にしても恥ずかしい短さだが夏場の地獄のような体育の時は止むを得ずにこれを履く。 それ以外では紫色のジャージのズボンを履いている。
それにしてもスカートをたくし上げて野郎2人に何食わぬ顔をして短パンを見せるナリナはいろんな意味でスゴイ。
ん、ちょっと待てリョウ。 お前なんで座ってるのに股間を手で隠してるんだ? ……お前、まさか。
「ユ、ユユユユユウト! とっととゲームやろうぜ!!」
いつも以上の声の音量のデカさにさすがの俺もビビリつつ黒い四角型のゲーム機の電源を入れた。 ふむ、まぁいいや。 電源を入れるとブォンとゲーム機が唸りだし、テレビ画面にゲームのタイトルが表示される。
例によって今からやるのはFPS型の対戦だ。 少し近未来の設定のためゲームに出てくる銃は実在しないが、アサルトライフルだのサブマシンガンだのスナイパーライフルだの種類がいろいろ用意されているしフルオート、3点バースト、ボルトアクション、ポンプアクション、リボルバーやら……うん、説明しだしたらキリがない。
「ナリナ、このゲームやったことあるか? 操作は他のFPSと一緒だが」
「ない」
俺の質問にナリナは自キャラの装備を選択しながらまるで蚊の羽音のように返事をした。 OK、このゲームはやったことないのね。 紳士たるもの初心者相手に本気を出すわけにはいくまい。 などと言いつつ俺も自キャラの装備を選択していく。 キャラ自身には特徴は何もなく、この戦いに問われるのは己の腕のみだ。 もちろん俺は無難でどの距離でも安定した性能を誇るアサルトライフル。 そしてフラググレネード。 さぁ、どこからでもかかってくるがいい。
が、まだリョウは股間を手で押さえており、片手で操作している。 まぁ、紳士たるもの、ここでの口出しは無用だ。 紳士でなくても今のリョウに話しかけれる奴などいない。 リョウはぎこちない指先で高い発射レートが売りのサブマシンガンを選択した。 お供には当たれば一撃の投げナイフ。 そしてナリナ。 こいつの装備品を見た時、俺は勝利を確信した。 こいつは初見のゲームでスナイパーライフルを選択したのだ。 スナイパーたるものフィールドを把握し、スナイプポイントを熟知しなければならない。 俺やリョウにばったり遭遇したらナリナは一瞬で蜂の巣だろう。 悪く思うなよ、これも戦いだ。
そうして俺たちの戦いは幕を開けた。 フィールドは高低差のある岩場が多い、屋外の採掘場。 開幕のカウントが終わり、キャラが操作可能になると俺はすぐにその場を離れた。 同じ場所に長居は無用。 ちなみにルールはデスマッチ。 誰かが10回キルしたら勝利だ。 画面を4分割し、その3枠でやっているがさすがに見にくいが我慢だ。
曲がり角を曲がる時はゆっくりと銃を構えて覗き込む。 よし、誰もいない。 先へ進もう。
ズドン。 角を曲がった瞬間、何者かに俺は額を撃ち抜かれて死亡した。 バカな。 一体どこから撃ってきたというんだ。 ここでリョウやナリナの画面を見るのは卑怯な気がするので見ない。 しかし、これはリョウの仕業ではない。 リョウのサブマシンガンは連射力はあるが一発の威力は低い。 しかも遠距離では弾がばらけて当てにくい。 やはり俺を殺したのはナリナか。 そんなことを推測しているとリョウも悲鳴をあげた。 もう暗殺者はナリナしかいない。 このアマ、このゲームやったことなかったんじゃないのか?
「スナイパーたるもの敵の進行ルートを考え、待ち伏せする」
俺がどういう顔をしていたのかは知らないがゲーム画面を見たままナリナはつぶやいた。 どうやら俺はナリナを女だと思い、甘く見すぎていたようだ。 そのポーカーフェイスを悔し涙でくちゃくちゃにしてやるぜ! もうこの時点で初心者に本気がどうたらということは忘れてしまっている俺。
いた。 さきほどの曲がり角にチラッと顔を出してすかさず引っ込めるという動作を繰り返し、やっとナリナの位置を見つけることができた。 スナイパーというのは高い位置から狙撃するのが基本だ。 その基本に則り、俺は岩場の一番上に視点を向けていたのだ。 だが、ナリナの奴、それを逆手に岩場の中腹で伏せていやがったのだ。
しかし、位置が確認できたとてこのまま また飛び出せば狙撃されるので俺はUターンして別ルートでナリナの背後を突いてやる。
元来た道を戻り、採掘場の事務所の中を通過しようとした。 しかし、その時だ。 バババババッと目の前の机に置かれていた書類などが銃撃により散乱した。 とっさに姿勢を低くして部屋の隅に置いてあったコピー機の陰に隠れる。 どうやらリョウはこの部屋の隣にいるらしい。 狭い出入り口が1つだけで、もちろん先にそこへ行ったものが死ぬ。 しかし、まぁ、リョウが乱射癖があって助かった。 落ち着いた奴だったらやられていただろうに。 するとまたリョウはチラっと姿を現し、サブマシンガンの弾を俺がいる部屋にばら撒くとすかさず身を隠した。 ふん、リョウよ。 お前は新兵だが……ここで死ぬがいい。 俺はコピー機の陰で装備品のフラググレネードのピンを引っこ抜き、手に持ったままカウントした。 爆発するまで4秒。 4、3、2、1……今だ。 爆発間際に投げたグレネードはちょうど出入り口を通過したところで爆発し、出入り口の隅に隠れていたリョウをこっぱ微塵に吹き飛ばした。 手間を取らせおって。
リョウを倒した俺は立ち上がり、リョウがいた部屋を通過すると出口が目に入った。 待っていろナリナ。 今殺しに行くから……ドカン。 事務所を出た瞬間、俺はセンサーに触れると爆発するクレイモアにかかって爆死してしまった。 そういえばナリナのスナイパーライフルのお供はクレイモアだったな。 あの小娘、俺とリョウの戦闘中にひょっこりやってきて出口にクレイモアを置いていきやがったな。
「……フフ」
あ、ナリナが小さく笑った。 仏頂面のナリナが初めて笑ったようだったがゲームに夢中になってしまった俺はナリナの顔を見た時にはいつもの顔に戻っていた。 考えてみればナリナが笑ったとこ、学校じゃ見たことないな。 見てみたい。 そんなことを思いつつリョウをキルしながらナリナを探す。 気づけば俺とナリナは次にキルしたほうが勝ちという接戦になっていた。 リョウにいたってはあと5キルもしなければならないので負けは確定だろう。 つまりこれは俺とナリナの勝負。 狙うはナリナ本人か。 そこらへんをうろちょろしてるリョウを殺しても勝ちは勝ちだが……プライドの問題だ。
俺はクレイモアに注意しつつナリナを探す。 ランダムで選んだ採掘場が仇となり、ナリナを探すのは一苦労だ。 断然ナリナのほうが有利じゃないか。
だが、そんなんで弱音を吐いてられねぇ。 俺がこのゲームの持ち主だぞ? 負けてたまるか!
別の曲がり角をチラッと覗くとナリナがいた。 大きなT字路の向こう側の腰くらいまであるコンテナの後ろでちょこんと頭を出していたのだ。 このT字路には無数のコンテナが設置されている。 俺は勢いよく角から飛び出すと前にあるコンテナの陰に滑り込んだ。 そしてまたチラッと顔を出してみる。 ズドン。 危ない。 すぐに頭を引っ込めなかったら死ぬところだった。 あのスナイパーライフルは設定上対物ライフルで、威力がずば抜けているがその分反動が大きいのが特徴だ。 ならばそれを利用するしかないだろう。 また俺は頭をチラッと出し、引っ込める。 ズドン。 ナリナが引き金を引いた瞬間を狙って俺は前方にあったコンテナの陰に滑り込む。 フフ、発砲の反動から再び標準を合わせるのにはナリナといえど少し時間がかかるだろう。 その隙に俺は進軍するのだ。
やっとのこと俺はT字路の中央付近まで到達することができた。 この距離なら俺もアサルトライフルを当てれるが飛び出した瞬間撃たれるだろうな。 仕方ない、やるか。 俺はもう一度フラググレネードのピンを抜き、カウントする。 4,3,2、1……。
コンテナの後ろから投げたグレネードは放物線を描いてナリナのほうへ飛んでいく。 それを見たナリナはすぐさまコンテナの陰から姿を現した。 フッ がら空きだぜ!
だが、そんないい時にT字路の中央の通路からリョウがやってきたのだ。 お前、負け確定なんだから邪魔するなよ! リョウはサブマシンガンを乱射しながら走ってくる。 仕方なく俺はアサルトライフルをリョウに向けて発砲するがリョウはジグザグに走っているので当たらない。
そしてサブマシンガンの弾を切らせたリョウは投げナイフを投げてきたのだ。 そんなナイフ、俺が撃ち落してやる。 カチッ カチカチカチッ ……やっちまったな、俺。
あろうことか俺も弾切れだったのだ。 真っ直ぐ飛んでくる投げナイフを撃ち落せる自信があった俺はナイフの正面に立って引き金を引いていた。 グサッ ズドン。
俺はリョウの投げた投げナイフで死に、T字路に飛び出してきたリョウは頭をナリナに狙撃されて死んだ。 ……勝者、ナリナ。
俺はコントローラーを投げるように床に置いて寝転がって、すっかり硬直した体を伸ばした。
「あー、くそっ もう少しで勝てたのに邪魔すんなよな リョウ」
「うるせいやぃ。 オレはたとえ頭だけになっても敵の喉元に喰らい付いてやるぜ」
仮に頭だけになって生きていたとしても、頭だけでどうやって動くというのだ。
「あれだ、まぶたをパチパチさせて地面を蹴るような感覚で」
ほう、それはまぶたに筋トレさせないといけないな。
「……フフ、フフフ」
リョウとのどうでもいい、まったく意味のない会話をしているとナリナは肩を揺らして小さく笑ったのだ。 いつもの眉間のしわはなく、八重歯がちょこんと見えるとても可愛らしい笑顔だった。
そんな感じで時間が経ち、今日はお開きとなった。 俺は玄関で2人を見送る。
「また明日な」
「おう、またな!」
お前は声のボリュームを下げろ。 ナリナはもっと笑え。 ナリナの笑った顔が予想以上に可愛く、ホント男口調とか治せば野郎共にモテモテだろうに。 実にもったいない。 ……俺もこのボサボサの長い髪を切ってイメチェンしようかな。
俺が髪をいじくっているとナリナは自転車にまたがる。
「……またな」
「おう、ナリナもまた明日な」
俺は小さく手を振るが、ナリナはそれに返すことなく去っていった。 残されたリョウは「ふぅ」と息を吐いて俺の方を見る。
「ナリナ、どう思う?」
それに俺はなんと答えればいいのか。 正直に答えればいいのか。
「黙ってたり、笑ってたりすれば可愛い女子なんじゃね?」
その答えにリョウは満足気にうなずいた。
「そうだよなぁ。 なんとかオレたちで普通の女子に戻せないものか」
いやいや、それはお前だけでやってくれ。 俺も可愛いとは思ったが別にどうでもいいんだが。 が、リョウは聞く耳を持たずに自転車にまたがった。
「よし、オレたちで何とかするぞ! また明日な!!」
明日もこんな声のボリュームかと思うと今から疲労感が溢れてきそうだ。 そしてリョウは俺の返答も聞かずに帰っていってしまった。 おーい、俺はイエスともノーとも言ってないぞー。 そんな俺の叫びは誰にも聞こえるわけはなかった。
あのナリナを普通の女の子にする、ねぇ。 それはそれで面白そうだが……まぁ、要請があったら協力してやってもいいか。
この時、俺たちは後に降りかかる悪夢のような惨劇を知るはずもなかったのだ。