28話 アルクの前世 -前編-
アルクの回想から始まります
親父はクズだった。
昔から仕事が続かず、給料が安いとか、店長に因縁つけられたとか単純な理由で仕事を辞めていた。
見た目と外面のよさだけで彼女を作っては孕ませ、結婚をし、借金がばれるなどして離婚するということを繰り返していた。
俺の母親は親父の3度目の結婚相手だった。
腹違いの兄弟は2人いた。
母親はバイト先で親父と知り合い、俺を妊娠し、周りに反対されながらも、親父の小手先の優しさに騙されて入籍した。
母親は入籍してすぐにバイトを辞め、親父の収入のみに依存する生活となった。
2人の結婚に反対した母親の両親とはすでに勘当状態だった。
親父の親父。つまり父方の祖父は、半身不随の障がい者、祖母はさらにクズのアル中だった。
祖母は障がい者年金さえも酒代に使っていた。
家賃も滞納し、息子に頼ろうと同居を強いて、俺が生まれた頃、母親に家事と祖父の世話を全て任せ、パチンコに通っていた。
祖父は祖父で、母親を顎で使い、わがままばかり言っていた。
母親は家事、育児、介護で毎日、息をつく暇も無かった。
母親はわずかしか生活費を出してもらえず、俺のオムツ代やミルク代など足りない分は自分の貯金を崩して生活していた。
そして、そこに親父のさらなる借金が発覚。
いい加減、離婚しろよと周りから言われていたそうだが、その時、母親はすでに弟を妊娠していた。
離婚しても大変だからと、身重の体とわずかな生活費で、家事と育児と介護をこなさなければならない生活を続けた。
無理が祟ったんだろう。
妊娠9ヶ月、俺がまだ一歳半の時に風邪をこじらせて肺炎になった。
病院に向かおうにも、障がい者の祖父とアル中の祖母に俺を預けるわけにもいかず、仕事中の親父に連絡したが、「そんな理由で帰れるわけ無いだろう」と怒鳴られ、呼吸困難になりながらも自力で救急車を呼んだそうだ。
日本の救急車は本来、子供は救急車に同乗できないらしいが、救急隊員がアル中の祖母をみて預けられないと判断したらしく、俺を抱っこで救急車に乗せてくれたらしい。
母親とお腹の子は事なきを得たが、この事をきっかけに、病院にかけつけた母親の両親が母親を説得、そのまま母親と俺を母親の実家に避難させ、親父と離婚させた。
この離婚裁判が厄介だった。
親父側が俺たちの親権を求めてきたんだ。
ただ面倒に持ち込んで、慰謝料を減らそうという魂胆だったんだろう。
親権は取れた。しかし、裁判の長期化。
それは母親の心身を消耗させた。
祖父母は共働きだったから、金銭的には余裕があった。
俺たちもまだ小さかったから祖父母は家で子供を見ててれば良いと言って、母親を無理には働かせなかったそうだ。
子供が母の疲れた心を癒してくれる。
祖父母の優しさだったのだが、逆に人との会話が不足したのだろう。
幼い子供2人とだけで過ごす日々、母親は育児ノイローゼになっていった。
そして、ある日の深夜、母親がいなくなった。
俺が2歳、弟はまだ8ヶ月だった。
ーーーー
「これは。俺が中学生になった時、俺たちを育ててくれた祖母から聞いた話だ。母親のことはいなくなってすぐに捜索願いを出したが、俺が生きている間には見つからなかった。」
アルクは寂しそうに話した。
かける言葉が見つからない。
「えっと、、アルクは日本人だったんだね、、」
『日本の救急車』という決定的なワードが出てきたのだ。
「ああ。」
淡々と話しながら、手元は器用に積み木を縦に高く積んでいる。
「ゆうちゃちゃんしゅごーい♪」
紗奈は自分も積み木を積みながら、アルクを尊敬の眼差しで見ていた。
「ここから先もっと嫌な話になるけど、まだ聞くか?」
「アルクが嫌じゃなければ、、お願い。」
いつも辛そうな表情をしている理由を知れば、彼の力になれるのではと淡く思っていた。
その浅はかな考えは、後に後悔となった。
ーーーー
母親が家出した後はそのまま母親の両親、つまり祖父母に面倒を見てもらった。
物心つく頃には祖父母しかいなかったんだ。
親が恋しいとかはなかった。
俺たちにとっては祖父母が両親だったんだ。
祖父母は厳しくもあり優しくもあった。
娘は甘やかしすぎたから定職にも付かずふらふらしたんだと言って、
俺と弟にはきちんとした大学を出て、きちんとした企業に就職してほしいと常々言っていた。
その頃は両親がどういう人かは聞かされていなかったが、悪い男に引っかかって、心が壊れてしまったんだと悲しそうな顔をするので、俺もそれ以上は聞かなかった。
俺は祖父母の期待に応えて中学受験をし、私立中学に通わせてもらった。
生活は何不自由なかった。
楽しい学校生活、厳格だが優しい祖父母。
俺も親のことで、祖父母に無理させてると子供ながらに気を遣ってわがままを言わなかった。弟も同じだ。
中1の俺の誕生日の次の日、
祖母からさっきの両親の話を聞いた。
その時は酷い話だなくらいにしか思わなかった。
顔も知らない両親の話だ。興味なかった。
でもすぐに決定的な事件が起こった。
夏休みのある日、祖母が、父方の祖母にお金を渡しているところを見たんだ。
育ててくれた祖父母と、親父が今、俺たちの親権を争えば、定年間近の祖父母でなく、働いている親父に親権が行くだろうと。
裁判にかけられたくなければ金をよこせと。
法律については詳しくないが、可能性はあるからと、祖父母は俺たちを守るために金を渡してしまっていた。
もちろん、一回では済まなかった。
祖父母の預金口座を見ると、何年も前から、多い時には百万単位でせびられていた。
祖父母の預金はみるみる無くなって、俺が中学2年に上がる頃には、中学の学費を払えなくなる程までなくなっていた。
俺は退学せざるを得なかった。
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「そうなる前に警察に相談すれば良かったのにな。なんでしなかったんだろうな。」
アルクは遠い目をしていた。
積み木はいつの間にか終わっており、
暇そうな紗奈は一人でお絵かきを始めていた。
「みてみてー!これ、ゆうちゃちゃん!これはエマおねえちゃん、これはギルおじちゃん、これはママとパパとはーちゃん!」
色とりどりのクレヨンで書かれた丸や直線。
どの辺が人物なのかわからない絵を見て、アルクは少しだけ笑った。
「サナはパパのこと好き?」
「うん!だいちゅきー!でも、パパ、ちんじゃったんだー」
アルクは悲しい顔をした。
「そうか。俺はね、
パパを殺したんだ。」
空気が凍りついた。
「、、この先も、聞く?」
アルクの顔は冷たかった。