120話 乳腺炎と薬剤師
出発から3日経った。
私たちの馬車は、光の示す場所に向かって直線ルートを進む。
道中の魔物はそこまで多くもなく強くもないし、王宮ふかふか馬車は衝撃軽減の魔術と相まって、うたた寝できるくらいに快適。
連日の野営も、カエル以外は平気な私にとってそれほど苦痛ではなかった。
お風呂には入れないが、魔術で土壁やお湯を出せるので簡単なシャワーもできるし、5人もいるので睡眠も十分とれている。
それに何かあれば中級までの治癒魔法は使える。
にも関わらず、
「なぁリサ。」
「ん?何?アルク。」
「体調悪いんじゃないか?顔が赤すぎるし、脂汗出てる。無理して笑顔作ってるだろ。」
「、、、、てへ♪」
私は今、体調を崩している。
「デカ乳。」
「何よレオ。」
「溜めすぎだ。」
「、、よく原因がわかったわね。。」
「そこまで悪化してれば遠目でも魔力でわかる。お前のデカ乳が諸悪の根源。乳腺炎だろ。」
「、、、正解よ。」
さすが薬剤師。
婦人系の病気まで良くご存知で。。
凪紗はおっぱいが大好きだった。
朝昼晩、何かに夢中になってる時や、日中私が居ない時は平気なくせに、
私がいる時は暇を見つけては「パイパイ」と言って擦り寄ってきた。
完全にドリンクバー感覚だ。
本来、卒乳は授乳頻度を徐々に減らしてから行うもの。
だが、その行程をぶっとばしてのいきなりの断乳。
飲まれるもんだと体内で製造されてしまった母乳が、排出されずに体の中で悪さをしているのだ。
母乳が生成されすぎると、おっぱいが硬くなる。
溜めすぎると岩のようにカッチカチになる。
カチカチは危険信号。
放置するとしこりができて、乳腺炎コース真っしぐら。だから絞らなくては。
わかってはいた。
だが、断乳時は3日以内に絞ると、どんどん母乳が生成されてしまうとも、紗奈の時にネットで見た気がする。
3日以内に絞って良いのかどうなのか、めっちゃネットで調べたい!!でも調べられない。
悩んで悩んで絞らなくての結果がコレだ。
ネットじゃなくて、自分の体に聞けばよかったって話だ。
「リサ、熱があるのか?」
「ええ。。インフルエンザばりに。。」
「自分で治癒できないのか?」
「朝から何度も治癒をかけてるんだけど、全然良くならなくて。。しこりの炎症に加えて、発熱、頭痛、寒気、吐き気、いろんな症状が混ざってて複雑すぎて中級では難しいみたい。王都にいた時はイシリオンも紗奈もいたからすぐに治してもらえたんだけどね。。」
「ねぇ、このままだとリサ、やばいんじゃない?ギルさん、近くにヒーラーのいる町は?」
「近くには無いかな。今から夜通し馬車を走らせても着くのは明日だ。逆方向になるけど、昨日通り過ぎた街に戻ってみる?ヒーラーはいないけど、そこそこ大きかったから人族の病院ならあるでしょ。」
「ごめんなさい、、もう自分ではどうにもならなそうだから、そうしてもらえると助かるわ、、」
「戻る必要は無い。」
「え?レオ、なんで?」
「お前らは人族の病院に行ったことあるか?」
「無いわよ、、」
「無いわね、、」
「無いね、、」
「無いな、、」
いつも身近にイシリオンと紗奈がいたのだ。
2人が居なければ確実に治るエルフの病院に行く。
わざわざ人族の病院に行くことが無いのだ。
「人族の病院は薬草を塗るか飲ますかしかしてくれない。あそこはただ薬草が大量にあるだけの場所だ。この旅は先を急ぐんだろ。そんなもののために戻るのは無意味だ。」
なるほど。薬草ならいくらか手元にあるし、その辺で探す事もできる。
ただ薬草をもらえるだけなら戻る必要は無いだろう。
「じゃあとりあえず、手持ちの薬草貼る?」
「そんなもんは気休め程度にしかならねぇだろ。俺が調薬してやるから、デカ乳はテント張って寝て待っとけ。」
「え?!調薬?!薬剤師ってそんなことできるの??」
「はぁーーーーーーーーー。」
レオに超大きな溜息をつかれた。
「デカ乳、お前、薬剤師を医師の指示した薬を処方するだけの人間だと思ってるだろ。」
「あ、はい。。」
薬剤師と言えば、調剤薬局で薬を処方してくれる人だ。
「俺は違うし、乳腺炎の原因と処置法くらい理解してる。今回もこうなる前に俺に聞けば良かったんだ。馬鹿乳女は何でもネット検索で終わらせるタイプだろ。」
「う、、、」
正解だ。そして悩む前に相談しろというのは、イシリオンにも言われた気がする。。
ってか、馬鹿乳女って、、、
「俺が薬を作ってる間、女剣士は片手鍋と茶こしとマグカップ持ってこい。婆さんは可能な限りデカ乳に治癒魔術をかけろ。その後、冷たいタオルか魔術で患部を冷やしてやれ。急激にはダメだ。緩やかにな。勇者は嫁の乳搾り。」
レオがテキパキと指示を出す。
「ええ?搾っ!!?」
アルクが驚愕している。
いや、私もびっくりだ。
「アルク、、、それは自分でやるから、、」
「ああ。。悪い。。俺はテントを張るよ、、」
下手に刺激されて、母乳が生成されても困る。
と言うか、今は痛すぎて自分で触るのも無理だ。
アルクがテントを張り終えると、
レオが自分のカバンを持ってきた。
「調薬って、薬草?これ、自前?」
「ああ。」
レオのカバンの中にはずらーーっと薬草類が並べられていた。
「わ!これ、全部薬草?乾燥された状態と、粉末に、茶葉みたいのもあるわ。」
「これは薬草じゃないな。、、どこかで見たことがあるような、、小学生くらいに、、」
アルクがギザギザの葉っぱを手に取り眺める。
これは確かに昔どこかで見たことある。
「ヨモギだ。」
「あー、ばぁちゃんがヨモギ餅を作ってくれた時に採ったんだった。」
高取家、平和だな。
「アロエに、乾燥したみかんの皮?あとこれはハーブよね?ミントにレモンバーム。この花はカモミール。」
「へぇ。主婦はハーブにも詳しいのか。」
「わかるのはこれだけよ。他の草たちはよくわからないわ。あれ?でもこれはクミン?カルダモンにシナモン、、黄色いのは、、」
「ターメリック。」
「生姜にニンニクまで、、、カレーでも作るの?」
「へっ。これだって使い方によっちゃ薬になる。ターメリックは二日酔いの薬としても有名だろ。」
「、、、ウコンね。」
「さっきからそう言ってるだろ。ってかお前は寝ろ。」
ウコンは英語でターメリックだ。
こちらとしてはウコンと言ってもらった方がわかりやすかったが、私がなまじターメリックを知ってるからか、サモンド自動翻訳が英語にしか訳してくれなかった。
ターメリックと言われたら即座に思い浮かぶのはカレーしかないのだ。
「この世界の薬草は何にでも効くが、初級の治癒魔法程度しか治せないだろ。それに、こいつらを混ぜて薬草の効果を高めるのが、俺がこっちの世界で商業ギルドに売った使い方だ。」
そう言うとレオはこっちの世界の薬草に、アロエとミントを合わせて混ぜ始めた。
「これを乳全体に塗れ。幾分良くなるはずだ。俺はもうテントを出るから、お前は寝転がって乳出して、旦那に薬でも塗ってもらえ。」
「「、、、、」」
「アルク、自分でやるわ。。」
「悪い。。俺も出とくな。」
アルクが気まずそうに出て行った。
男の人はこういう時、何もすることがない。
でもそれが普通だから気にすることないよ、旦那さん。
多分、元旦那だったら、私が嫌がるのを承知でケタケタ笑いながら塗りたくるだろうけどね。
そうじゃない方が私は嬉しいぞ。
レオに渡された薬を手に取る。
ん?
このネバっとしてスースーした匂いのする状態の薬草、過去に見たことがある。
「これ、、、出産の時に使った!!なんか冷やっとする薬草!」
「お前の子供は1歳5ヶ月だったか。ちょうどギルドに提案してすぐくらいだな。」
テントの向こうでレオが返事をした。
凪紗の出産時に少しでも陣痛の痛みが軽減するようにとイーダに塗られた薬草だ。
まさか、この時からレオの恩恵に与っていたとは。
「でも残念ながら、陣痛の軽減にはならなかったわ。」
「だろうな。これは冷却しながら傷を治すもんだ。陣痛を消したかったら硬膜外にカテーテルぶっ刺して麻酔だろ。」
「それは現代医療、、」
「だからこっちではできねぇって言ってんだ。汚ねぇ管を刺して、意味不明な薬草流し込むわけにもいねぇだろ。ヒーラーが脊髄を直接麻痺させればできるかもしれねぇけどな。」
確かにそれならどこも傷つけないし、現代の無痛分娩より安全そうだ。
「何!レオ!その話詳しく聞かせて!!」
ギルバートがバっとテントを開け、食い気味に聞いた。
ってか、ギルバート、、、私、今、乳丸出しだからテント開けないで、、
あ、アルクがそっとテントを閉じてくれた。
ありがとう旦那様。
「お前にはスラムにヒーラーを派遣してもらう借りがあるからな。良いぞ。」
「あ、それ、借りだったんだ、、」
「ああ。俺は何事も無償じゃ請け負わないし、借りは返す。」
「じゃあ、このリサの治療は貸しになるのかい?」
「こいつ自身が治したスラムの患者分の借りの返却だ。これで魔術師2人には貸し借りゼロだな。」
行動全てにおいて貸しと借りか。
なんか、、、、面倒な男だ。
「労働に対する対価は必要だろ。お人好しどもは何でもハイハイ聞くから、ハンスみたいな死に方するんだ。」
「、、、、、」
すんごい合ってるけど、ハンスの最期の事を言われるとすんごいムカつく。
「レオ、鍋とコップ持ってきたわよ。」
「女剣士、その鍋にお湯を入れろ。コップ2杯分くらいの熱湯。」
「お茶でも淹れるの?はいどうぞ。」
「ああ。茶だ。女剣士はそのまま鍋に火をかけて、お湯を沸騰させとけ。」
「私の初級火魔術をコンロにするなんて、、」
「リサを治したいんだろ?俺は攻撃魔術は使えねぇんだ。黙って沸かせ。」
レオとエマでお茶を用意してくれるらしい。
レオが薬草を選んでいるのか、テントの中にも薬草の匂いが漂ってくる。
「ねぇ、レオ、これらは何なの?」
「こっちの世界の薬草を茶葉にしたものと、生姜やハーブをいくらか。これを全部入れて茶にする。飲めば抗生剤の代用になるし、体内のデトックス効果もある。」
「へー。」
「女剣士、火はもういい。これを入れて、3分蒸らしたら茶こしでコップにいれて馬鹿乳に飲ませろ。」
「はいはい。人使いが荒いわね、、」
「へっ。俺があのデカ乳を見ても良いなら、俺が行くが?」
「「「「ダメ!!!」」」」
全員の声がハモった。
レオ特製の薬草茶をいただく。
「ぅ、、、、、、」
めちゃめちゃ不味い。
良薬口に苦しこの上ない。
「デカ乳、苦くても全部飲めよ。症状が緩和したらもう少しまともに飲めるやつ作ってやる。それから、アルク、ギルバート、旅のルートと馬鹿乳用の飯を相談させてくれ。」
私の食事の管理までしてくれるのか!
もう、レオの職業が薬剤師なのか医者なのか栄養士なのか良くわからなくなってきた。
テントの向こうからアルク達の話し声が聞こえる。
「レオ。」
「なんだ。」
「ありがとう。」
「おう。なんだ勇者、ニヤニヤして。気持ち悪い。」
「ほんとだ。アルクがそんな笑い方するなんて珍しいね。」
「いや、レオは、病人を前にした時、魔力の比率が少し変わるんだなって思って。」
「、、黙れ。」
「へー。どんな風に?」
「あー、半分くらい、、」
「言うな。パーティ抜けるぞ。」
「ははっ。わかったよ。」
「えー何?アルク、気になるじゃん!」
「老婆は黙ってろ。痛っ、、」
「もうレオ!さっきからずっと、老婆老婆言いすぎ!」
「老婆だろ。痛っ!!!」
なんだか外が楽しそうだ。
そして私の方は、薬を飲んだ後、強制睡眠でもかけられたかのように睡魔に襲われた。
(あー、眠い、、、)
パタリ
「ねぇ、リサがいきなり寝ちゃったんだけど、、」
「ああ、催眠効果のある毒キノコも入れたからな。」
うぉーーーい!毒かーい!
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