手違いで転生させちゃったのでまた死んでもらいますね? そんなもんお断りだ!
「どうもこんにちはー!」
唐突に目の前に現れた妙に神々しい光を放つ謎の女がいきなりそんな事を言い出した。どう考えても普通の人間には見えない。警戒心を高めながら、俺は尋ねる。
「……アンタ、誰だよ?」
「あ、私? この世界の担当の女神のエルメアって言うの」
「……で、その女神様が一体俺になんの用だ?」
「えっとね〜、今すぐ死んで?」
「は?」
エルメアがその言葉を発した直後、空から轟音が鳴り響き、俺に向かって雷が落ちる。咄嗟に防御魔法を展開してその雷を防ぐ。
仮にも女神を自称する者の攻撃だ。生半可な威力ではない。だが、俺には防ぎ切ることが出来た。
「あらら、やっぱり神の力を持って行っちゃってたか。こりゃますます死んでもらわないと困っちゃうな? 山代恭也君?」
「あーそういうこと。死んだと思ったら、異世界にいたってのはアンタの仕業って事か!」
俺は一度死に異世界で元の知識を持ったまま生まれ変わっている。それも異常な力を持った上でだ。ただし、その際に神様からの事情説明などは一切受けていない。
常識が違い過ぎる異世界での生活は苦労の連続だった。
「ごめんねー。魂の循環の際にミスっちゃってさー。バレると怒られるから、大人しく死んで隠蔽されてくれない? 次はちゃんと記憶も消して良い来世に送ってあげるからさ」
酷く身勝手な言い分をシレッと言い放つ。勝手な事を言いやがって! 今の身体に慣れるのにどれだけ手間取ったと思っている!
そもそもミスで記憶を持ったまま転生させられて、バレたら困るから死ねとはふざけるな! 俺の一生は俺が決める!
「あー大人しく殺されてくれる気はなさそうだね……? そうなるともう実力行使するしかないね」
「返り討ちにしてやるよ!」
「……いくら神の力の一端を持っていたとしても、本物の女神に勝てると思ってるの? そんな貧弱な身体で?」
「うるせぇよ! そんな事は分かってるけど、黙って殺されてなんてやるもんか!」
この異世界にやってきて、本当に苦労した。何度見つかっただけで殺されそうになったか覚えてすらいない。だからといって大人しく殺される道など選びはしなかった。
前の世界で死んだ事は酷く後悔している。何も成せずにただ無為に毎日を過ごし、そして唐突に終わりを告げた人生。だからこそ、今の命はどんな事があったとしても軽く投げ出すつもりはない。
エルメアが言った神の力とやらが、俺の生命線であった異常な力の源だったのだろう。この世界の常識であれば俺は魔法が使えた筈がないのだ。それなのに魔法が使えた。だからこそ今日まで生き残ってこれたのだ。
「はぁ、仕方ないね。私の為にも、君の為にもさっさと殺して終わりにしよう」
「ミスしたヤツが偉そうに言ってんじゃねぇよ!」
「……それは確かにごもっともで」
「これでも喰らいやがれ!」
俺は、俺の命を脅かす女神に向けて紅蓮の炎を魔法で生み出して、攻撃をする。だが、あっさりと弾かれる。流石は女神だというところか。この異世界で数多の敵を葬ってきたあの攻撃をあっさりと防ぐとは。
「はぁ、こりゃ結構使いこなしてるもんだね」
「……どんだけの死線を潜り抜けたと思ってやがる!」
「あはは……確かにねぇ」
苦労する羽目になったのはてめぇのせいだろうが! よし、少し落ち着け。元々俺は高機動型の戦闘スタイルだ。ヒットアンドアウェイで魔法をぶち込んで倒してやる!
属性を変え、種類を変え、戦法を変え、次々と魔法を撃ち込んでいくが全くダメージを与えられずに全て防がれてしまう。
「くっそ! 全然通じねぇ!?」
「そりゃそうだよ。それにしても前世の記憶があるとはいえ、そんな身体でよくもここまで多彩な魔法を習得したもんだね。ほんとにビックリしたよ」
「はっ! そりゃ嫌味かよ」
「いやいや、ほんと大したもんだよ? だからこそ余計に死んでもらわないと困るかな?」
「ふざけてんじゃねぇ!!」
死に物狂いで扱いこなした力を、それを理由に殺されるだとか納得できるものか! 倒せなくても意地でも一矢報いてやる!
おそらく俺はこの女神に負けて殺されるだろう。だが、せめて一撃だけでもーー
「君の気持ちも分かるんだけど、ほんとごめんね?」
女神エルメアが手に持った武器で俺を打ちのめしていた。その強烈な一撃に防御魔法も一瞬で破られる。くそっ、こんなところで……。
「……ははっ、こんなとこで……俺の……命は…………終わ……る…………」
「ほんと、ごめんね? まさかこんな変なミスするとは思わなくてさ」
もう身体に力が入らない。もう俺の命は間もなく尽きる。悔いはあるが、もうどうしようもないだろう。
エルメアが謝っているが、そんな事を言われてもどうしろと言うんだ。俺は産ませ変わった命で全力で生きただけなのに、何が悪かったって言うんだ!
「神の力を持って、世界最強の魔法使いになったハエなんて放置できないんだよ。ちゃんと次は人間としての来世にするからさ」
……よくよく考えてみればそれもそうだった。この異世界ですらそんなハエは俺以外に見た事がない。百年以上ハエの生活を送っていたから感覚が麻痺していたのかもしれない。
だからってこの結末は無いだろう!
俺のくそったれな異世界のハエとして転生した一生は、そこで幕を閉じたのであった。