出立⑥
「「ぅっ……ぅっ……ひっく……」」
しゃくりながら頭を抑え、静かに泣くリジ。ハルジさんへの蛮行に、ビビの鉄槌が下った結果だ。
「こんの……ばかっ!ハルジさんが怪我をしたらどうするの!」
降り下ろした右手を痛そうに振り、左手は腰に添えながらビビはリジを叱りつけている。一歩間違えれば大惨事なのだが、当の被害者は煙草をパッパパッパしながら飄々としている。
「お嬢ちゃん大丈夫だ、そんなに叱らなくても」
「そうそう、その程度じゃ俺らの頭はかすり傷も負わねぇよ」
ハルジさんの周りの男衆がビビを宥めようとしてくれるが、リジは自業自得なので放っておく。
どうせ自分が止めても収まるまい。「アキは黙ってて!だいたい……」が続くのが目に見えてる。しかし、まぁ、
「妹がすいません」
頭は下げるに越したことはない。だって、兄だもの。
「いんやぁ、構わないよ。いつものおふざけだからさ」
パタパタと手を降り「いつもの事」とハルジさん。
いつも、って……と思ったら先に、ゴンッ!と重い音が二つ聞こえ、より深い悲しみを湛えたすすり泣きが聞こえてきた。見やればビビが痛む右手を振りながら、「いつもって、あなた達!」と第2ラウンドをリジに始めていた。そのやり取りを横目に、自分は以前よりハルジさんへ依頼していた件を切り出す。
「あー……で、ハルジさん。お願いしていたものって有りましたか?」
「んー?んー………なんだっけ?」
「えぇっ!!」
所詮子供のとの約束ごとと断じられてしまったのだろうかと、自分が肩を落とすと、ハルジさんは「冗談だよ」と笑いながら煙草の灰を落とした。
「魔法の教本だっけ?いやぁ、残念ながら見つからなかったよ」
「はぁ………そうですか……」
無いのか。そんなにポピュラーなものじゃないのか、はたまた父の言っていた通り、資質+感性で成立するので元々教本を必要としないか。
「しかしなんだい、魔法なんて、君は何かの真理でも追う気なのかい?魔道国なら少しはあるかもしれないけど、ここまで持ってくる経費云々を考えると相当な額になるよ?この村の人達なら払えないこともないだろうけど、少なくともアキ坊に払える額ではないだろうね」
そうなのか……。
結構田舎だし、隊商が来てくれること自体恵まれているんだろう。てか魔道国ってどこなんだろう。
「そうですかぁ……」
この伝での習得も頓挫か。
「はぁ…」と露骨なため息をつき、肩を落とす自分の顔をビビが心配そうに覗き込んでくる。
心配してくれるのは嬉しいが、リジはどうしたのかと気になり見回すと、花壇に首から下を埋められた状態ですすり泣いていた。「過激だねぇ」と言うハルジさんを、「けじめです」と切って捨てるビビ。いつの間に穴掘って埋めたのか、そっちの方が気になるが。
「アキ~」「助けて~」とリジが自分に助け船を求めてくる。
自分は苦笑いを浮かべながらビビを見る。ビビの目が「ダメに決まってるでしょ?」と口ほどに物語っていてる。怖い。自分は微かな兄の威厳を守るため、「反省するまでそこに埋まってなさい」とリジに告げ、ビビに乗っかることを選んだ。
すまない、自分の中の選択肢は「無言で見守る」か「ビビに乗っかる」しかないんだ、リジ。
「あー、それはそうとアキ坊。ひとつ提案かあるんだけどどうだい?」
「提案?ですか?」
「そう、提案」と、近くの男衆の一人に耳打ちをする。すると耳打ちをされた男は席を立ち、去っていった。
「あの…なにを……?」
怪訝な顔で警戒をする自分を余所に、「まぁ、待ちなって」と煙草をふかす。
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しばらく待っていると、鳥人の女性をつれて先ほどの男性が戻ってきた。
カラス系のベースなのか、切れ長の目、艶やかな黒羽が深緑の照りを返しており、その羽の美しさに一瞬目を奪われる。見た目は人形の鳥なのだが。
「ボス、なんの用ですか?」
鳥人の女性が自分を一瞥した後、ハルジさんへ問う。
「わざわざ呼んじゃってごめんね。実はちょっとした小遣い稼ぎをやって見ないかと思ってね 。ほら、滞在中暇だから、さ」
「……小遣い稼ぎですか?」
「そうそう」と言いながらトン、と煙草の灰を落とす。そして改めて火を灯し、吸い、「ふぅ、、、」と長めに煙を吹き出し黒羽の鳥人を見やる。
そしてゆっくりと煙草を持ち上げ、「そこの彼」と、ハルジさんは煙草の火先を自分へ向け、「少し稽古してやってくれないかな」と鳥人へ要請した。
自分は全く状況への理解が追いつかず、成り行きを見守っていた。むしろ、それ以外にしようがなかった。
「はぁ……ボス……」鳥人の女性は溜息を隠そうともせず、盛大に吐き出し、呆れた様子でハルジさんを見る。
「暇だということは否定しませんが、子守をやってやる理由にはなりませんよ。第一、私に『稽古』をつけろということは魔術の、ですよね?」
「んー、ま、そうだね」
「はぁ…………それなら尚のこと、世間一般で魔術の講師が幾らするか、腐っても商人であるボスが知らないわけではないですよね」
何度目かの大きな溜息を吐き、大げさに両の翼を広げ「なに言ってんだ」感を全力でアピールする鳥人の女性。
それに対し、ソラジさんは若干ムッとした顔をし、煙管をくるっと手の上で回転させる。
「当然知ってるよぉ、腐ってないけど。ただそれは相場の話であって、クロちゃんが受ける受けないの話ではないよね。クロちゃんが納得出来るものをアキ坊が提示すれば良いだけなんだから。……ちなみに、僕は腐ってないよぉ」
「••••••••」
若干鋭い視線をハルジさんからに向けられた鳥人の女性は、面倒くさそうな表情を浮かべ黙り込む。自分は仏頂面(多分)を浮かべた鳥人の女性の横顔を眺めていた。
場はリジのすすり泣く音だけが支配する。何故かソラジさんの周りの男衆達、道行く村人すら声を潜めて様子をうかっている。隣のビビも何故か緊張しているようだ。
その様に、更に目を細める鳥人の女性。彼女は幾許かの逡巡を終え瞑目すると、溜息を、非常に深いため息を吐くと自分に視線を向けた。
「…………で、幾ら払えるの?先に言っておくけど、断る権利はこちらにある。出し惜しみするんじゃないよ」
「えっ!?」
突然話を振られ慌てた自分は、とりあえず自身のポケットや鞄を漁る。ポケットからは糸屑程度のものしか出てこなかったが、鞄の中から刃蝶の羽が20枚程と爆弾蟻の腹柄が二つ出てきた。
「すいません、お金は持ってないです……」
漁ったところで無いことはやる前から分かっていた。開き直って「持ってない」と即答するよりは良いと自分なりに思ってのアクションなのだから。どうしたものかと思案していると、ハルジさんが自分の持つ魔物の羽等を指さし「それで大丈夫だよ」と言ってくれた。
「それで足りないっていうならクロちゃん、アキ坊がクロちゃんは支払う対価は、全部クロちゃんの懐に入れていいよ。隊としての分け前は免除しよう」
その言葉に、鳥人の女性の瞼がピクリと動く。その様子を見てハルジさんはニヤリと笑みを浮かべ、言葉を続けた。
「当然稽古をつけている間に取得した素材や魔物の部位なんかも含めて、全取でいいよ」
「……二言はありませんね?」
「ないない。子供のなけなしの小遣いを収支に含むほど困っちゃいないよ」
「…そうですか」
鳥人の女性はちらりと自分の荷物を見る。
「しかしそれでも足りない。教えを請いたければ最低限の用意はしてもらう。それが出来なければ私は請けない」
「……ならこれを使ってください!」
にべもなく切って捨てる鳥人の女性に割って入ったのは、ビビだった。ビビは幾枚かの刃蝶の羽を掌に載せ、鳥人の女性に差し出した。
「いや、てかビビ、それは…」
気持ちはうれしいがそれは確か……
「いいの。あの二人にはもう必要ないから」
リジの持ってきた分だよな。そう思い振り返ると、いまだに埋められている姉妹が絶望の表情を浮かべ、声も出せずに口をパクパクさせていた。