出立④
「これを持て」
14歳になり最初の春、父に外へ連れ出され、歪な木の棒を渡された。150㎝程の年期の入った木の枝に、申し訳程度に布を巻いて持ち手を着けたようなもの。
時おり行われる木剣での鍛練に全く素質を見いだされなかった自分は、ついに枝へとランクダウンを果たしたようだ。
・・・なんか申し訳なさで目頭が熱くなる。
「・・・なにやってるんだ」
手で顔を被いさめざめと泣いている自分に、父は怪訝な目を向ける。
「だって・・・剣の資質を見放され、枝を極めろということですよね」
「・・・枝を極めるってなんだ」
よくよく話を聞けば、これは枝ではなく杖らしい。
剣の資質を見放されたことに変わりはないが、それならと魔術的資質を探るために、安い見習い魔術師の杖を買ってきてくれたらしい。
見習い用の割りにはずいぶんと年期が入っている気がする。本当に買ってきたのだろうか。
はっ、と気づいた自分は、杖を木に立て掛けると、前世の記憶に従い杖へ合掌をし、元の持ち主の冥福を祈った。きっと家族の副業(本業?)の犠牲になったのであろうと感じたからだ。
「・・・だからなにをやっているんだ」
「・・・いえ、この杖の先達に感謝を捧げておりました」
触れない方がいいこともある。
なんにせよ、早速杖を持ち父へ教えを乞う。転生前に得た魔法使いの資質。嫌がおうにも期待してしまう。
「では、私はどのようにしたらよいのでしょう」
結構な長さの杖だが、掲げてみたり跨いでみたりクルクル回してみたりしながら父の指示を待つ。
自分のテンションが高いことに機嫌をよくしたのか、にたり顔で顎と腰に手を当て、「ふむ」と一言いうとそのままに
「では、使ってみろ」
と、父は言った。
・・・はて?使ってみろ、とは?
「・・・ど、どのように使えばよろしいのでしょうか」
当然の疑問を訴える自分に、父は露骨に「なに言ってんだ?」という表情を浮かべ顎を擦る。
「使えるんじゃないのか?魔術ってそんなものじゃないのか?」
さも当然のように言ってのける父に対し、自分は今どんな表情をしているのだろうか。困惑なのか悲壮なのか怒りなのか絶望か。まぁ、全部だろう。
「では、魔術を使っているところを一度見せていただけますか?」
杖を父の方に差し出し、実演を要請する。すると父は杖を受け取らず、胸の前で左手を扇ぐようにと振り、
「いや、俺は使えないから無理だ」
拒否してきた。
どうやら無理らしい。
しかしながら、木剣での鍛練時から気づいていたが、感覚論で物言うタイプの父は指導者には向いていない。
剣を早く振る為にはより早く振ればいい、威力をあげるにはより力強く振ればいい。わかりきっているその実を、どうこうなくやれと言う。兄二人がそれに追随しているから質が悪く、三男である自分がそれを指摘しようと、自分がマイノリティなので改善が得られるわけがない。
しかし、さてはて困った。
「では、どなたか師事できる方の紹介を頂けないでしょうか・・・」
と、問う自分に対し、父は「ふむ」と腕を組み虚空を見上げる。
10秒程度の間の後、視線を自分に戻し顎を擦りながら言った。
「・・・いるにはいるが、多忙だからな。お前の相手をしている暇はないだろう」
「そ、そうですか・・・。ではどの様にしたら良いでしょうか」
ふむ、と今度は瞑目して暫し、
「あいつが言うには、感覚的なものだからやれば出来る、らしいが。出来ないってことは資質がないのかもしれんな」
親とは思えないほどに子供の可能性をあっさり切り捨てる父と、仮にその『あいつ』に当たる人に師事しても、感覚論でしか教えを請えないであろう実状を察し、頬がひきつるのを感じた。
今、自分の魔法使いとしての前途は、頓挫したのだった。
「よう、アキ。すこしは役に立つようになったか」
がしっ、と無骨な大きな手で自分の頭を掴み、わしゃわしゃと髪を揉みくちゃにするラキ。
杖は一応貰っていた。我流でもなんでもいいから力を発現させてみようと、この二ヶ月程畑の一角に正座で座り、杖を握り見えない力を流し込んでいる(気になっている)自分に、ラキがちょっかいをかけてくる。
「・・・・・・・・」
わしゃわしゃするラキに無視を決め込み、杖に念を送る。
そんな自分に嗜虐的な笑みを浮かべ、ラキの手に力がこもる。
「・・・こ、やめ、ちょ、やめて、だから、やめ・・・・・・・・・・・・やめろぉ!首がもげる!」
最初は無視していたが徐々に力が強くなっていき、次第には頭がグルングルン回るほどの強さで振り回される。
手を払い除け、文句を言う自分を見てラキは笑う。
ナギに比べ取っつきやすくはあるが、非常に面倒。なまじ力があり加減を知らないから厄介極まりない。
「まったく・・・何か用ですか?」
手ぐしで髪を直しながら、不機嫌気味にラキに問う。
「あー・・・面白い。・・・・・いや、別に用なんてないが?」
無いのかよ。いつものことながら無いのかよ。
「なら邪魔をしないでいただけますか?今魔法の習練中ですので・・・」
「あ?魔法?」
「ええ、魔法!」
言わんとせんことは分かる。自分もこの姿を端から見たら思うこともあるだろう。畑の隅で枝を掲げながらぶつぶつと何かを呻いている怪しい子供だ。前世で見かけた「自販機と会話するおっさん」に匹敵する。
だがしかし、
「教えてくれる人がいないのですよ。だから自力でやるしかないのです」
そう、やるしかない。
資質はある(はず)。それを頼りに、わざわざ危険を犯してまでこの世界にきたんだから、無いわけがない。
・・・無いわけ無いよね?天津さん。
「あれ、無いのかな、、、」
ぶつぶつと俯きながら独り言をいう自分に、ラキは首をかしげる。
「で、今さらだが魔術の練習してんだよな?」
・・・・・・・・・・魔術・・・・?
「魔法も魔術も一緒ですよね?え?」
違うの?
ラキの意味のわからない言葉に目を丸くしてキョトンとしていると、ラキは「は?」といった表情を浮かべた後瞑目し、憐れむような視線を向けて自分の肩を叩いた。
「・・・俺はな、人生に無駄な事なんてないと思っていた。だかな、お前が見事に体現してくれたぜ。無駄、というものをな」
首を降りながら人の肩をポンポンと叩くラキ。
うわー、腹立つわー。
奥歯がギリギリいってるのを自覚しながらも、それよりも重要なことを得るために耐える。
「・・・・で、では、ラキは魔法というものがどうゆうものか知っているのですね?」
ラキは言った。魔術の練習をしているのか、と。
ラキは知っているのだろう、魔法もしくは魔術というものを。
ということは、まさか父の言う『あいつ』とはラキのことなのか!?なら暇じゃないと言う言葉の辻褄が・・・・こいつは暇だ!!隙を見てサボるラキを父は多忙扱いしないだろう。
ここまでを一瞬で結論付け、とりあえずラキに聞いてみる。
するとラキはにたり顔をし、思わせ振りに咳払いをひとつ。
わずかな間を挟んでこう言った。
「知らね」
自分は初めて杖をフルスイングした。