出立③
年齢は12歳、容姿は普通、背はそれなりに高い、職業は魔法使いの適正を選んだ。
どうやったら希望の環境で生まれ変わるのかと思えば至って簡単な話だった。要望の資質、肉体で生まれた自分は普通に育ち、そして12歳になったと同時に思い出したのだ、前世の記憶を。
寂れた寒村の農家に生まれ。6兄弟の3男、兄×2の妹×3、金はないが家族は多い。
母は朗らかな性格だが子沢山が故の貫禄がある。恰幅のいい体ながら、身軽に家事をこなし、我が儘盛りな子供たちの相手をし、優しく厳しい母親らしい母親だ。
父は寡黙でハゲな筋肉だるま。2m近い長身。たぶん副業で盗賊(親玉)をしている。何の気なしに部屋の隅に置いてある剣を、父は毎日欠かさず手入れをしている。刀身だけで160㎝はある幅広の剣を、軽々持ち上げる父に対して口答えする男連中はいない。
兄A、名はナギ、18歳。痩身ながら筋肉質。190㎝程度か、でかい。見てくれは父に似たのか、ハゲてこそいないものの厳つい。たぶん副業で盗賊(子分)をしている。口より先に手が出る性格で、悪さや喧嘩をしていると取り敢えず拳骨される。そして何も語らない。口より手、というより手しか出てこない。
兄B、名はラキ、16歳。痩身ながら以下ナギと同文。たぶん副業で盗賊(子分)をしている。ナギとの違いは見た目が若干穏和で中身が陽気な事か。ハズの拳骨の受け皿的なポジションにいる。
妹A、名はビビ、10歳。妹B、名はリリ、8歳。妹C、名はジジ、7歳。
仲良し三姉妹。全員元気でやんちゃ可愛らしい。家の手伝いもこなすいい子達だ。
そして自分はといえば‥
「アキ、それくらい一度で持てないのか」
束ねられた麦をエッチラオッチラ小分けにして運ぶ自分に対し、ナギが見かねたかのように声を上げた。ナギの言うそれくらいとは、およそ30㎏はあろうかという麦の束が二つ。計60㎏あまり。父の筋肉を譲り受けた兄二人は、自分の歳にはそれくらいは軽く持てたという。
話を盛ってるのか?と一瞬思ったが、今生の記憶のなかに軽々と運ぶ兄弟を見つけ、得心する。とはいえ
「兄達のように自分は頑強な体を持ち合わせておりません」
無いものは無い。何せ自分が選んだ職業適正は魔術師だ、盗賊ではない。そんなことを考えているとナギがすたすたと近づいてきて、左手で抱えている二つの束を地面へ置く。そして空いた左手で
「んぎっ!!」
自分の頭に拳を落とした。そして軽くため息をつくと束のひとつを持ち上げ器用に右手の束の上へ、そして左手には自分が運ぶのを持て余していた束を含めて持ち直した。計5束、150㎏相当を苦もなく牛車へ運ぶその姿は、弟としてか男としてなのか、とてもかっこよく見えた。
対して、ど突かれた頭を半泣きでさする自分を、遠目に指差しして笑うラキには苛立ちを覚えた。
父は月に一度兄二人を同伴し、剣を携え何日か留守にする。恐らく副業(本業?)をしに行っているのだと独り言つ。なにぶん大家族だ。それなりの広さの田畑はあるが、全うな仕事だけでは養ってはいけないのだろう。この世は綺麗事ばかりではない。
父兄達が不在の間は畑仕事はあまりやらない。堰を開けて水を流したり。薪を集めたり、雑草抜いたり。肉体的にはかなり楽なのだが、しかし問題がひとつ、
「アキ、アキ、アキ!」
「風見草の種が沢山成ってる場所を見つけた!」
「「蹴っ飛ばしにいこう!」」
妹下二人、リリとジジがく草むしりから帰って来た自分を挟み込むように立ち塞がる。風見草は風で飛ぶ綿毛のような種をつける植物で、それを蹴り飛ばして散らせるのがブームらしい。
普段は母やラキが相手をしているのだが、父兄達が不在の際母は色々やることがあるのか、面倒はこちらに回ってくる。
正直、これが一番苦手である。前世で兄弟はなく、小さい子と接する機会もあまりなかった。更には自分の記憶が目覚めたお陰で、性格が前世寄りになってしまったのだ。そうなるともう、
「アキ、なんか変わったよね。遊んでくれなくなった。つまらなくなった」
と、母の手伝いである服のほつれ直しをしながら、長女のビビが顔だけをこちらに向けて言ってきた。
「・・・少し、大人になっただけで・・だよ」
極力笑顔で、しかしひきつっているであろうその顔で、鋭い指摘をしてきたビビをやり過ごす。
「他所他所しくなった」「覇気がなくなった」「気持ち悪くなった(ラキ談)」など、各所からの突っ込みが止まらない。
とは言え、記憶が戻り早三ヶ月が経つ今、両親や兄たちは特に何をするわけでもなく自分に慣れていき、リリとジジも実利さえあればどうでもいいらしく、特に指摘してこない。
しかしビビだけが多感な年頃らしく、いまだに食いついてくる。なので、正直気が重い。いろんな意味で気を遣うこの時間が、自分にとっては一番の苦行なのだが、我関せずなちっちゃいの二人は、自分を贄に捧げるのか、自分の周りを世話しなくクルクル回っていた。
このまま放っておけばバターになるのかな、なんて前世の物語を思い出しつつ眺めていると、さすがに見かねた母が「暇なら外に連れていけ」と妹達を押し付けてきた。
断りたいが断る理由もなく、母の機嫌を損ねると理不尽に昼飯を抜かされることになるので、渋々連れて出ることにした。
今は冬に当たる時期。この世界にも四季はあるようだが、自分のいる地域は比較的温暖で、雪なんてものは両親がこの地に住んでから一度も見たことはないらしい。
「雪は降らないの?」なんて聞いたときは、「よく雪なんて知っているな」と驚かれたくらいだ。何処で知った、なんて掘り返されたときは胆が冷えた。村に出入りしている行商人に聞いたことにして事なきを得たが、迂闊なことは言わない方がいいと学んだ瞬間だった。
「アキ、遅い!」
弾まぬ気持ちを表すように、うつむき加減で妹達に着いて歩く自分に、手伝いを終え同伴してきたビビが言う。
「仕方ない、だろ?もう歳なんだから」
実年齢51歳だもの。
変わらぬ調子で歩く自分に、ビビが「ふんす!」と鼻を膨らませ、腰に手を当てしかめっ面をしている。傍らではリリとジジは互いに顔を見合わせた、自分の背後に回り込んだ。そして
「遅いアキに・・・」「「どーん!」」
「ぐほっ」
二メートルほどの助走をつけ、二人が背中に突っ込んできた。一瞬逆海老ぞりになり、呼吸が一気に吐き出される。小さいと侮るなかれ、あの父の娘だ。ポテンシャルは推して知るべし。
なんとか転ばずに踏みとどまるものの、後ろを見れば仲良く二人で距離をとるリリとジジ。
「もう一回いくよー」
「わかった、わかったから!早くいく、早くいくよ!」
リリとジジに追い込まれるように自分は目的地へ誘導されてた。ビビは「仕方ない」といった様子で走る自分を見やり、小走りで後をついてきた。