出立②
「えぇ、誠に残念ながら。本当に、まさにご苦労さんですね」
変わらず人好きのしそうな笑顔を湛えたまま、青年は自分にそう告げた。
自分は社会人としての経験も少なからず積んでいる。だからという訳ではないが、今のが笑顔であり、先ほどまでのはあいそ作り笑いなのだろうと察することができた。要は、「この青年の性格は非常に悪い」か「絶望的に冗談のセンスがない」という事だ。
そんな自分の心中を察してか否か、青年は「そういえば・・・」と言葉をつづけ、左胸のネームプレートを自分に見せつけるように示した。
「自己紹介が遅くなりましたが、天津と申します。今生限りのお付き合いですが、何卒よろしくお願いいたします。」
と、再度頭を下げる天津に対し、自分も軽く頭を下げる。
「さて・・・既ににお分かりだとは思いますが、私の仕事は平さんの来世についてご相談を賜ることです」
抱えた10枚程度の書類をトントンと机で揃えながら、天津は自分にそう告げた。
「なに、そんなに構えないでくさい。誰もが必ず通る道ですから。遅いか早いかは個人の物差しですからね。一応状況の擦り合わせといいますか、確認だけとらせてください」
そう言い、手に持った書類を自分の方に向け机に置く。
「平 彰、享年38歳、死因は横断中に信号無視した車に轢かれ、死亡。俗にいう『全身を強く打って』というやつです。即死ではなかったので状況は把握できていると思いますが、よろしいでしょうか」
「・・・・はい、大丈夫です」
自分に向けられた机上の書類に目を通しながら、自分は答える。手には取らない。このたった10枚足らずに収まる自分の人生を、改めて見る気になれずにいた。
「・・・・ご覧にならなくてよろしいのですか?お察しだと思いますが、平さんの人となり、もとい歩みが記されております」
ずい、と天津は書類を自分のほうへ押してくる。
「いえ、結構です。・・・なんか・・・その・・・その程度で収まる人生であれば今更振り返っても仕方ないかと・・・」
「あぁ・・・ご安心ください。半分は来世への手続き書類ですから」
更に減るのかよ。
「それに、大抵の人はこの程度の枚数ですよ」
改めて書類を引き戻し、天津が再度書類を机で均す。
「平凡平坦な生き方が出来ただけ、幸せの極致だと私は思いますけどね。・・・さて、そろそろ来世への手続きを行いましょうか。ちなみに今キャンペーンを行っておりまして・・・」
天津は書類の中から一枚だけを取り出し、自分の前に置いた。そこには目立つ文字で
『剣と魔法の世界はあなたの転生を待っています!今なら豪華特典付き!』
と書かれていた。自衛隊の誘致ポスターのようだ。
「剣と魔法・・・ですか」
「えぇ、剣と魔法です。お得ですよ」
にこやかに天津が自分へ告げてきた。お得ってなんだよ。
訝しんでいると天津が察したのか、簡単に説明をしてくれた。
先ず、この世の中には複数の世界が存在している。ただし、そこに存在する魂の絶対量は変化することがなく、死した魂はここで新たな転生先を選べる。
ちなみに剣と魔法の世界とは、剣と魔法は存在するが、同時にそれらを駆使しなければならない相手も跋扈している。文明レベルは現代に比べるとかなり遅れており、平均寿命は比べるべくもなく低い。要は・・・あっさりと死ねるということだ。
そこを知る者からすれば、来世に期待するのは平和な世界だろう。ブラック企業ならぬブラック世界といったところか。離職率ならぬ離世界率がとても高いらしい。興味本位で転生する者もいるが、2度目は選ばない。
一定量の魂が存在しない世界は存在できなくなる。魂のない世界なぞ、存在理由が無いそうだ。で、ブラック世界が絶賛魂不足なので、大変お得なキャンペーンを実施しているらしい。
そのお得の内容はといえば
①前世の記憶あり
②年齢・容姿はある程度選べる
③職業適性を選択可能 だという。
「補足しておきますが、従来は転生する世界を選べても環境を選ぶことはできません。記憶をもって生まれることも出来ず、当然選択したという記憶もありません。なのでまぁ・・・・生まれ変わっても理不尽な運命に振り回されるかもしれない。もしかしたら極貧の寒村へ生まれるかもしれない。育児放棄されるかもしれない。そもそも無事に生まれないかもしれない。・・・・そう考えると安定していると思いませんか?ある程度・・・選べるんですから。・・・なので、ボウフラに生まれ変わりたいとお望みなら叶えることも吝かではありません」
笑顔でさらっと自分の来世にネガティブキャンペーン放り込んでくる天津。ただでさえ事故死してるのに不安でしょうがない、希望も何もない。お得なのかな、って気にすらなってくる。そしてボウフラってなんだよ。
「・・・そういえば記憶や容姿云々はわかりますが、職業適性って何ですか?」
「あぁ、それはですね・・・」
天津は体を少し引き、机の引き出しを引き出し、一枚の白紙を出す。そしてキュポッ、とペンの蓋を外し紙に書き出した。天津が書き出した内容はシンプルで、簡素化した人の絵―棒人間―を書き、そこに向かう矢印が一本。矢印の尾には「才能」と書かれていた。
「人には得手不得手がございます。それは当然のことですが、此度お勧めしている世界は正直言いますと『10%の努力と90%の才能』の傾向が強いです。例外的に努力で才能差を埋める手合いもおられますが、ある意味そういう方は『努力する』という才能があるという事でしょうね。なので・・・」
天津は紙に書かれている「才能」の文字をペンでくるくる円で囲みだした。
「あなた方に分かる言葉で言えばチートです、チート。最初から才能を選んで生まれることができる。非常にお得。まさにWIN-WINの関係。こちらはある種の世界救済を、あなたは前途ある未来を手に入れることが出来るのですから!」
まるで神を崇めるかのように唐突に大仰に天を仰ぐようなポーズをとる天津。
「前途ある未来・・・確約されているんですか?」
「・・・・まぁ、最初の衣食住は確保して差し上げます。幸か不幸かはあなたの努力次第ですが」
だんだん胡散臭い物言いになってきたぞ。あ、目を逸らしやがった。
ごほん、と軽く咳払いをし、襟を正し席につく天津。胡乱気な視線を送る自分に彼は目を会わせ、満面の胡散臭い笑みを浮かべてこう言った。
「まぁ、とりあえず逝ってみましょうか」
ニコニコと告げる天津の、微妙に引っ掛かるニュアンスを感じながら、自分の来世は決まった。