出立①
「うるぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!超絶稲妻蹴りぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
紫電をまとった高空からの渾身の一撃が、海竜の胴に深々と突き刺さる。めり込んだ彼女の足先から、更に強い放電が起き、海竜を内外から焼き焦がしていく。
「グギャァァァァァア!!」
「ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
そして顕現したその雷撃は、同じ水場にいた自分の身をも・・・ついでに焦がす。
毎度のように加減を知らない彼女の巻き添えに会い、なんとなくまたこうなるであろう事を、半ば諦観していた自分の薄れ行く視界の隅で、大慌てで自分に駆け寄る彼女と崩れ落ちる海竜の姿を捉えてた。
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「だから、治せばいいってもんじゃないって何度言ったらわかるのかな?」
軽く生死の境を彷徨いつつも治癒の魔術によって一命を得た自分は、アホなことを仕出かしてくれた当事者に、既に何度目かもわからない注意をする。
注意、懇願しても無理なら土下座でもすればいいのだろうか?土下座も懇願か・・・。
当の本人は聞いているのいないのか、椅子に座って短い足(?)をプラプラさながら新調した手袋の付け心地を楽しんでいた。
「いーじゃん、ダーリン、生きてたんだし。ダーリン死んだら僕も死んじゃうんだから、そのあたりのことはちゃんと手加減してる・・・・よ?」
手袋に指を通し、にぎにぎしながら感触を確かめている。甲で鈍く艶やかに輝く色合いの違う3種の紅い宝石が彼女を映している。
「手加減している人は大慌てで駆け寄ってきたりはしないと思うのだけど・・・」
非難するが、どうせ彼女は聞いていない。運命共同体のはずなのに、解せない。
そもそも論点が違う。生死はおろか傷の大小の問題ですらない。頼むから当てないでください。
「それよりさぁ・・・見て見て!」
生死の境をさ迷わせたことを「それより」で流し、椅子からぴょこんと飛び降りて彼女が駆けてくる。そして両手を自分へとかざし手袋を付けた手を見せてくる。
深紅の祈り・・発掘系の魔装備で、非常に希少な逸品である。このクラスの魔装備は中々市場に流通せず、入手は困難。それを仕事の伝手で紹介を受け、今回の報酬として得た。3種の色の異なる石には精霊が封じられており、火属性と治癒の効果を飛躍的に高める効果がある。
「ふっふっふー。僕の力とこれさえあれば大抵のケガはかすり傷と一緒!瞬く間に治癒して見せる!状態異常も即時回復的な?」
ケガさせないようにできないのかな?というか火属性使われたら自分は瞬時に炭化するんじゃなかろうか。炭化は状態異常ですか?状態異常には含まれませんよねー?
未だに手をわきわきさせながら自分へかざす彼女。背が低い彼女は、ベッドで半身を起こしている自分の頭の位置より少し高い位置に頭がある。130㎝位か、140㎝はないだろう。ためその彼女の手の位置が、今の自分の丁度目線に来る。
自分はふと気になり、彼女の腕をつかもうとする。すると
「ちょ・・・・!?」
彼女は素早く手を引きよせ、体を抱くように腕を隠す。
「いくらダーリンでも乙女の体をいきなり触ろうだなんて・・・あまつさへベッドへ引きずり込もうなんて・・・僕はそんなに軽い女じゃない!」
体を抱きながらイヤイヤと、左右に体をフリフリする彼女。
頭と思わしき〇が一つ、その体を表すであろうボディーラインは線で描かれている。肩、どこよ。肩がないのにどうやってマントを留めているのだろう。何もつけてない時は直線でしかないその手が、手袋を通すと指が存在するその異形。まさか手の平もあるのか?
「いや、変な気は全くなくて、構造が気になるでしょうよ」
「女の構造がきになっちゃうの~?」
からかうような声音と、頭を少し下げ、上目遣いと思わしき角度で自分を見上げる〇。
彼女のアイデンティティを尊重するために便宜上女性として扱っているが、女としては見れるわけがない。いや、もうフリフリやめろよ。段々ムカついてきたから。
この棒人間が。
~~~~~~
「マジメだよね」
自分が評され表されるとき、大抵この一言に落ち着いた。別段真面目なつもりはなかったが、さりとて目立つ趣味もない。
当然ながら、名を馳せるような悪行に身を投じたこともなく、せいぜい信号無視をしたことがあるくらいなものか。
かといって目だった学業を修めたわけでもなく、平々凡々と進学をし、そこそこの会社に勤め、わずかながらの出世をし、しかし向上心が取り立ててあるわけでもなくその場で足踏みをしてそれを悪しとしない・・・要は「質実剛健」ではなく「無味無臭」と言った意味合いの「マジメ」さなのだろう。
薄っぺらい奥行きのないそんな存在が………自他共に認める自分自身なのだ。
何度となく繰り返した自問自答に、何度となく行き着いた結論を紐付けていると
『5963番の番号札をお持ちの方、9番の窓口までお進みください』
銀行の窓口案内のようなゆったりとした、しかして無機質な音声が天井のスピーカーから聞こえてくる。
自分はポケットに突っ込んでいた左手の拳を暗澹とした気持ちで引っ張り出し、そこに握られくしゃくしゃになった緑の番号札を確認した。
そこには5963の数字。
語呂が覚えやすいので、わざわざ確認するまでもなく呼ばれていることは自覚している。しかし語呂が……ご苦労さんはないだろ、特に今は。
だが発券機に文句を言っても仕方がない。何にせよ、自分は窓口へ向かうことにした。
役所のようなローカウンターに掛けたスーツ姿の男が一人。背筋を伸ばし、手元にある書類を黙々と眺めている。一見すれば落ち着き払ったその姿勢だが、右手に持ったペンだけは世話しなく左右に振られている。
ここであろうがここでいいのか逡巡していると、自分の存在に気づいた男が顔を上げ、自分を見上げた。黒縁メガネを掛けた人の良さそうなその男は、人好きのする笑顔を携えたまま
「あぁ、失礼しました。平さんですね、どうぞお掛けください」
と、カウンター越しの椅子を自分に勧めてきた。
言われるがままに腰を掛け、改めて相手を見やる。歳のころは30前後か、実年齢より若く見えそうな黒髪中分けのその青年は、改めて手元の書類に目を落とした。
「では平さん、改めてこの度は誠にご愁傷さまです」
書類から視線を上げ、着座の姿勢のまま自分に一礼する。三度顔を上げ
「念のために確認をさせていただきますが、今の状況は把握されておりますでしょうか?」
詰めるように青年は顔を近づけてくる。深い、青年の漆黒の虹彩が自分を映す。ただ、映っているのは自分ではあっても自分ではない、自分の在りし過去を映してくる。赤子であり、子供であり、少年であり、青年であり、そして・・・今に至ったその瞬間も。
あぁ、もう認めるしかないのだろう。まざまざと見せつけられた走馬燈に、自分はもうどうにもならない程確実に、
「死んだ・・・んですよね?」
死を実感した。
初投稿です。
少しでも皆様の琴線に触れればこれ幸いです。