第9話 由梨の気持ち
由梨は部屋に魔法でコヨリに変身した一馬を入れた。
「日本のことを知らなかったから、迷惑かけちゃって、ごめんなさいなの」
「そ、そんなことないよ」
両手を左右に振って、否定する由梨。
「ついお兄ちゃんに怒っちゃったけど、考えて行動しなかった自分が悪いんだ」
由梨は思いつきで行動するため、よく母親に考えてから動くようにと怒られている。
「でもさ、よりによって今日のパンツがパンツだったからな……。どうせなら一番可愛いのはいてれば良かったな」
一馬は妹から下着の話しを聞くのは申し訳ないと思った。だけどそれを顔に出してバレちゃいけないと思い、話を変えることにした。
「一馬は仲直りしたがってたなの」
「本当?」
目を見開いて驚く由梨。
「お兄ちゃんは悪くないのに、恥ずかしくて、怒っちゃって後悔してたの……」
嬉しそうに声を弾ませた由梨だったが、すぐにトーンダウンした。
「でもなぁ……」
「どうしたのなの?」
「お兄ちゃんはアイドルが好きなの」
一馬はそれを聞き、何か問題でもあるのか疑問に思った。
「もっと遊びたいのに、お兄ちゃんはそのアイドルの動画ばっかり見てて、あんまり遊んでくれないの……」
一馬は由梨の気持ちを初めて知った。由梨が自分と遊びたいと思っていること、自分が一人で楽しんでいるため、由梨は遊びに誘うのをためらっていることに、全く気付いていなかった。
「きっと一馬は遊びたいって言えば、遊んでくれるなの」
「そ、そうかなぁ。ミュージックビデオ見てて、テンション上がりすぎて、変な声で叫ぶ尊い時間を邪魔するなって言われそうだし……」
「そんなこと言わないよ。なの……」
反射的に素の口調で話してしまい、慌てて「なの」と付け足した。
一馬は自分の声が由梨の耳に届いてることに驚いた。由梨のいないときにしているはずだったのに。
「でもあたしって川原せりなちゃんと比べたら普通だし」
一馬はファンのため、川原せりなと比べれば川原せりなの方が可愛いと思う。だけど由梨が可愛くないなんて思わない。むしろかなり可愛いと思っている。だけどさすがに妹には緊張しないため、一番素を出せる女の子だった。
「大丈夫なの。由梨ちゃんは可愛いよなの」
「そ、そうかな」
褒められて照れ出す由梨。
「一馬と仲直りするといいの」
「そうだね。でも勇気が出ないんだ」
一馬は意味がわからなかった。
「お兄ちゃんと話すときって、部屋で髪型セットして、笑顔の練習をしてから会いにいくの」
「普通に会えばいいなの」
兄妹相手に何でそんなに気合いを入れてるんだと、疑問に思う一馬。
「だっていつも可愛い子を見てるお兄ちゃんが、普通のあたしを見たら、たいしたことない女が来たって、思うかもしれないから」
「そんなこと思わないよ。なの」
また反射的に素の口調で声が出た。一馬は由梨が意外にもネガティブだったことを知る。
「そうだコヨリちゃん。お兄ちゃんに好きになってもらう魔法ってない?」
一馬は魔法について詳しくないため、答えられなかった。
でも一つだけ言えた。
「魔法に頼るのはよくないの」
「えっ?」
魔法使いがそんなことを言っていいのと疑問に思う由梨。
「自分の力で恋を実らせるべきなの」
「でもね、勇気が出ないの……」
「由梨ちゃんは言い訳ばっかりなの。本当に好きなら、がむしゃらに頑張れなの。自分を信じてなの!」
一馬は咄嗟にデンキクラスAの「努力なしで実る恋なんていらない」の歌詞を思い出した。歌詞の内容を思い出しながら、コヨリの口調で話す一馬。
「勇気が出ないんじゃなくて逃げてるだけなの。モンスターから逃げるのとは話が違うの。失敗しても死なないし、怪我もしないなの」
「そ、そうだけど……」
由梨はまだ勇気を出せずにいた。
「由梨ちゃんを好きな男の子がいたとするなの」
「うん」
「その男の子が急に積極的にアプローチしてきたから、本当に好きだと思うかもしれないなの」
「うん」
「でも魔法で勇気を出せたから、話しかけられたなんて、格好悪くないなの?」
考えが深いところに入り、何も答えられない由梨。
「本当に好きだったら、誰にも頼らない、一生懸命以上のパワーを出して欲しいって思うなの」
考えていた由梨は、氷が溶けるように理解した。
「そうだね。あたしも告白されるとして、本気の本気で好きって気持ちの人に告白されたい」
「自分の努力なしで実る恋なんて格好悪いなの」
「そのフレーズどこかで聞いたことあるような気がする……」
記憶をたどりはじめた由梨。
一馬はデンキクラスAの歌詞をそのまま言ってしまい、バレたかもしれないと思った。さっきの雰囲気からして、川原せりなにライバル視しているため、デンキクラスAを嫌いだと思った。
「思い出した。お兄ちゃんの部屋から聴こえてきたデンキクラスの曲だ」
少し考えてから、由梨は小さな声で呟いた。
「悔しいけど、あたってるかも……」
俯いてた顔を一馬の方に向けた。
「自分の努力なしで実る恋は格好悪いかぁ。格好悪いかもね」
一馬を見つめる由梨の瞳には、強い決意が込められていた。さっきまでの弱気な自分を奮い立たせて、自分の力で恋を実らせる勇気を決意したのが伝わってくる。
「そうだ。もうすぐバレンタインだし、お兄ちゃんにチョコをあげよう」
一馬は毎年もらってると思ったが、由梨はさらに続けた。
「今年は手作りチョコに挑戦しよう!」
由梨が拳を掲げて声を張り上げた。
「チョコ食べたいのー」
チョコに反応して、コヨリが由梨の部屋に入ってきた。
「えっ? コヨリちゃんが二人?」
しまったって顔になるコヨリ。
口元には一馬の部屋にあったお菓子を食べていたため、チョコが口の周りに着いていて、ローブにクッキーのカスが着いていた。一馬はコヨリの手を引いて、慌てて由梨の部屋を出ていった。
自分の部屋に戻った一馬は、コヨリに尋ねる。
「ど、どうすればいいんだよ」
「チョコの作り方なら」
「そっちじゃないよ。由梨にコヨリが二人って思われてる。僕が変身したのがバレたかもしれないよ」
慌てる一馬に対して、コヨリは落ち着いていた。
「双子っていう設定で話すことにするなの」
「言い訳がベタすぎて信じてもらえないよ」
「魔法で二人になったことにするなの」
「その方が信じてもらえるかも」
「お兄ちゃん。今の話し聞いちゃったんだけど」
ドアを開けて由梨が入ってきた。怒っているのかと思ったら、どうやらそうでもないようだった。明るいとはいえないものの、何かスッキリしたような顔をしている。
一馬の方を見ている。由梨はコヨリの姿だけど、一馬が変身しているのを理解しているように、視線で伝わってきた。
「こっちがお兄ちゃんでしょ」
「う、うん。騙すようなことしてごめん」
申し訳なくて謝る一馬。だけど由梨は首を振った。
「さっきもそうだけどお兄ちゃんは悪くないよ」
「えっ?」
「あたしと仲直りするために、励ましに来てくれたんでしょ」
「そ、そうだけど」
「お兄ちゃんの姿だと言えないこともあって、中々話しかけられなかったけど、これからはデンキクラスの動画見てても、あたしと遊ぶのを優先してもらうんだからね」
一馬は困った顔で苦笑いするしかなかった。
「それに悔しいけど、デンキクラスの歌詞は正しいと思うの」
由梨はそこまで言って、続きを話すのを少しためらっていた。しかし深呼吸をして、決意を固めてから、その言いにくかった言葉を口にした。
「デンキクラスの曲でお勧めの教えて」
「き、嫌いじゃなかったの?」
「嫌いっていうか、ちゃんと聴かないで避けてたの」
一馬は嬉しくて笑顔になった。すぐにパソコンを起動させた。
曲が始まると同時にサビで始まり、「努力なしの恋なんて格好悪い」と歌い上げるデンキクラスA。
テンションが上がって歌う一馬に対して、画面を見ずに、目を閉じて曲をしっかり聴こうとする由梨。お菓子を食べるコヨリ。
「お兄ちゃん静かにしてて」
歌っている一馬をピシャリと黙らせた。一馬はすぐに歌うのをやめた。怒られたけど真剣に聴いているのがわかり嬉しかった。
聴き終えた由梨は、一馬の方を向いた。
「デンキクラスって良いグループだね」
「そうでしょ。そうでしょ」
「一馬のテンション気持ち悪いなの」
コヨリに言われたのを見て吹き出す由梨。
「あたしもデンキクラスのファンになる。これからいろんな曲教えて」
「もちろん。これからは由梨ともっと仲良くなれそうだよ」
一馬と由梨は笑顔で見つめ合った。
一馬は本当に好きな人が出来るまで、小さい頃のように自分を好きでいてくれればいいと思った。