第8話 由梨の初めての魔法
一馬はコヨリに魔法で送ってもらった。もうこれが当たり前と思いつつも、コヨリの腰に腕を回すのは、由梨に見られてから、何となく抵抗があった。
一馬の部屋に赤い光が現れ、だんだんと消えてくるときだった。階段を上る足音がした。直後ノックもせずにドアが開いた。
「お兄ちゃん。晩ご飯だよ」
母親から呼びにいくようにと頼まれた由梨が部屋に来た。赤い光を見て、それが消えた途端コヨリに後ろから抱きついているような体勢だった。
「お、お兄ちゃん!」
驚きの声をあげる由梨だった。一馬はどう言い訳しようか考えながらも、うまい言葉が見つからなかった。
「日本の一馬の部屋に着いたの」
驚く由梨の大声もコヨリの耳には届いていないようだった。その証拠にその場でコヨリは座り込んでしまった。
「やっぱり日本への移動は大変なの」
疲れた様子のコヨリは当たり前のように、一馬のお菓子に手を伸ばした。
「ちょっと待って」
「待つなの」
「コヨリ。お菓子食べる気?」
「お菓子食べる気なの」
「さっきステーキ食べたばっかりじゃん」
「魔法で疲れたばっかりなの」
そう言われると一馬は反論できなかった。自分を家に帰してくれるために魔法を使ったため、余計な魔力を使わせたのは自分のためだと理解した。
「食べていいよ。その代わりあんまり食べ過ぎないでね」
「やった-なの」
由梨は自分が驚いてたのに、自然に二人で会話していることに、さらに驚いた。
「お兄ちゃんとコヨリちゃん? あたしがビックリしてるのにスルーして、何で普通に会話出来るの?」
「気にならないから出来るの」
コヨリはパイの木の実を食べながら、幸せそうに答えた。
由梨は自分のペースを崩されて頭を押さえる。あまりにも違う価値観のため、会話が想定外の返しで、スッと言葉を紡げずにいた。
由梨はこういうときは、まず落ち着こうと思い、深呼吸をした。新鮮な空気が少しずつ落ち着きを与える。
「そういえばコヨリに会いたいって言ってなかったっけ?」
一馬に言われて魔法使いが本当にいるなら、魔法を見てみたいと思っていた由梨は、気持ちを切り替えて、自己紹介をした。
「妹の由梨です。前からコヨリちゃんに会ってみたかったの。良かったら魔法見せてくれるかな?」
由梨はそう言ったものの、コヨリは疲れてお菓子に夢中だった。お菓子を食べながら返事をされた。
「ちょっと待っててなの。魔力が回復しないと何にも出来ないの」
「お菓子って魔力の回復に効果があるの?」
「糖分は魔力の源なの」
「そうなんだ」
由梨はコヨリと話しながら、本当に魔法使いなんだと感動していた。由梨もそこそこオタクなため、漫画やアニメは見ている。その中には魔法使いが出ているものも多く、本当にいるなら会ってみたいと思っていた。
「そろそろ簡単な魔法なら出来そうなの」
数分間話しながらお菓子を食べていたコヨリは、手に魔力を集め赤く光らせた。
「どんなのがいいの?」
急に訊かれてもどんな魔法が使えるかわからずに、考え出す由梨。
「空を飛ぶ魔法はどうなの?」
コヨリが提案して、由梨は嬉しそうな笑顔を向けた。
「空飛んでみたい」
空を飛ぶキャラクターが出るアニメを見てても、自由に空を飛ぶのは気持ちよさそうだった。
コヨリが由梨に掌を向けた。テニスボールくらいの魔法のボールが由梨にあたり、コヨリは説明を始めた。
「簡単な空を飛ぶ魔法をかけたの。イメージすればその通りに飛べるの。だけど慣れるまでは部屋の中で練習してからにした方がいいの」
外はもう暗かったし、冬の外は用事がないなら出たくはなかった。由梨は頷いてから、体が浮くようにイメージをしてみる。
「本当に浮いた!」
嬉しそうに大声を出す由梨は、そのまま天井に手が届くまで飛んでみた。そのままクロールや、背泳ぎのような体勢で飛んでみた。体を横にしたときに、手を動かさないのは変な感じがしたからだ。
「お兄ちゃん見て-。あたし空飛んでるよ!」
「空じゃなくて天井だけどね」
一馬は何故か由梨の方に顔を向けていなかった。おかしいと思いながら由梨は、はしゃいだ声で続けた。
「ねえ、こっち向いてよ。そうだ。スマホで写真撮ってよ」
「それは……、やめた方がいいよ……」
由梨の方を向いた一馬は、申し訳なさそうにすぐに俯いた。由梨は一馬に嫌われるようなことをした覚えもなかったし、むしろ落ち込んだときに励ましたから、仲良くなってると思っていた。
「由梨。とっても言いにくいんだけどさ……、パンツが見えてるよ……」
一馬の言葉に一瞬何が何だかわからなかった。だけど自分のスカートを見てみると、今はいているのはボルドーのプリーツタイプのミニスカートで、重力に従ってスカートはめくれるように下がっていた。一馬の場所から由梨の方を向けば、意識しなくても視界に入る。
「み、見た?」
「たぶんこうなると思っていたから、見てなかったんだけど、こっち見てって言われて、見たらやっぱり……」
由梨は恥ずかしくなって顔を真っ赤にした。スカートを押さえて畳に足をつけた。一馬が悪くないのはわかっていても、爆発する感情を抑えきれなかった。
「気付いてたなら最初から言ってよね!」
「ご、ごめん」
「し、しかもこんな日に限って、クマさんだったけど、いつもはこんな子供っぽいのはいてないんだからね」
「ごめん。そこまでは見てないよ。すぐにそらしたから、チラッとしか見てないから」
由梨は自ら今はいてるパンツを言ってしまい、しかも中学二年でクマさんだということで、恥ずかしさがさらに増した。
ただただこの場から離れたい一心で、由梨は走って行った。いつもと違って、勢いよくドアが閉められた。
「日本の子はパンツが恥ずかしいなの?」
「うん」
住んでる世界が違うため、恥ずかしい基準も違うようだった。コヨリは目をぱちくりさせて、どうするべきかを考え始めた。
「これを飲むの」
由梨はポケットから小瓶を出した。受け取った一馬は透明な液体を眺めつつ尋ねた。
「これは何?」
「これは姿を変える魔法のドリンクなの」
「これでどうするの?」
「あたしの姿になって仲直りするの。たぶん今一馬が行ったら恥ずかしくて、仲直りできないの」
確かにそうだとは思うけど、だったらコヨリが普通に行けばいいと思った。
「あたしは魔法書ばっかり読んでたから、友達もいないし、コミュ障なの」
異世界の人間からコミュ障という言葉を聞き、変な感じがした一馬だが、そもそも日本語で話せてる時点でおかしい。そこまで話を戻すと、論点がずれてしまうため、この話は今度にした。
「僕も人付き合いが得意な方じゃないからなぁ……」
「じゃあやめとくの。あたしはもう帰るの」
一馬が迷いながら漏らした言葉に、コヨリはすぐに応えた。
「そういう意味で言ったんじゃないよ。僕も気付いてたのに、由梨が魔法を使うのを楽しみにしてたから、水を差すのも良くないなんて思って言わなかったし……」
一馬は喋りながら考えをまとめていく。
「決めた。これを飲んで由梨を励ますよ」
「一馬。頑張れなの」
一馬は栄養ドリンクくらいの魔法のドリンクを飲んだ。味は苦くて美味しくはないけど、そもそも美味しさで飲むものじゃない。
「コヨリになるって言うの」
「コヨリになる」
飲み終わってからコヨリに言われて、そのまま言ってみると、背がどんどん縮んでいく。そして髪も伸びていく感覚。さらには服も今コヨリが着ている黒いローブになった。
姿見に映る自分を見て、驚く一馬。
「本当に瓜二つだ」
自分の顔もコヨリになっているため、不思議に思い顔を触った。
「声もコヨリの声になってる」
見た目と声は完璧にコヨリだが、一馬はこれだけだとバレると思った。コヨリの特徴的な喋り方を真似しなきゃと考えた。
「行ってくるね」
「頑張ってねなの」
一馬は隣の部屋のドアをノックした。しばらく返事はなかったけど、少しだけドアが開いた。
「コヨリちゃん?」
「謝りに来たなの」
一馬はコヨリの喋り方を意識しなきゃいけないため、ただでさえ緊張するのに、頭をフル回転させて話していた。
少し考える表情を浮かべた由梨は、ドアを大きく開けた。
「入っていいよ」
一馬は気合いを入れて由梨の部屋に入った。