第5話 アイドルの言葉
一馬は朝学校に来て、席について昨日の戦いを思い出していた。
悪くはない戦いだったけど、足を捻ったことがきっかけで、うまく戦えなくなった。
「何暗い顔してるのよ」
「桜木さん」
俯いていた一馬は、女子の声を聞き顔を上げた。するとクラスメイトで唯一仲が良いと思ってる桜木浩美が話しかけてきた。
ポニーテールを揺らしてニコッと笑う。
「笑顔、笑顔」
浩美は一馬が暗い顔をしてると、脇をくすぐってきた。
「や、やめてよ」
「そうそう。笑ってなきゃ楽しくないからね」
浩美は目を輝かせている。
一馬は浩美が落ち込んでいるのを見たことがない。それどころか笑顔を強制的に作らせるだけあって、暗い顔をしてるときを見たことがなかった。
「桜木さんは落ち込んだりしないの?」
一馬の問いに考える浩美。
「うーん。嫌なことがあっても楽しいことして、気分転換しようって考えるからなぁ」
「桜木さんらしいね」
「ところでさ、浩美でいいってば」
一馬は女子に名前の呼び捨てをするのは抵抗があった。それ以前に挨拶以上の会話はするなんて他の女子とはない。
「せっかく同じデンキクラスAのファンで、呼び方が変わらないと、仲良くなってないみたいじゃない」
「そ、そんなことないよ」
一馬的には唯一自分から話しかけられる女子だったため、かなり仲良くなってるつもりだった。
「ま、いいけど。ちょっと女の子苦手そうだしね」
「バ、バレてる」
「あたしと話すとき緊張してるし、多分そうだと思って。始めて話すときはまだしも、もう何回も話してるんだから、慣れてくれてもいいのにな」
一馬は自分の感覚と他人の感覚の違いに気付いた。
「こんな話をしたいんじゃなかったのよ。昨日デンキクラスAのイベントに行ってきたの」
嬉しそうに話し出す浩美。
一馬は行きたかったが、イベントを知ったときには、サイトには「受け付けは終了しました」の文字が並んでいた。
「新曲にちなんで、メンバーの一生懸命以上のパワーを出すことを訊いてたけど、せりなちゃんの答えなんだと思う?」
「徹夜で漫画を読むとかかな」
「ブー。ヒントはね、答えを聞いたとき、ファンのみんなが『おー』って声を漏らしたの」
「なんだろ。オタクな方だと思ってたけど違うのか」
「うーん。そっちじゃないわね」
もったいぶって中々答えを教えない浩美は、楽しそうに話す。
「アイドルの方か」
「そうそう」
一馬はさらに考えたが、何も浮かばなかった。
「せりなちゃんはね、あたしは完璧な人間じゃないけど、ファンのみんなを裏切らないって言ったの」
一馬はその言葉に聞き覚えがあった。
「だから一生懸命以上のパワーで頑張るからねって言ってて、新曲を歌ってくれたんだ」
目を見開き立ち上がる一馬。
「一生懸命以上のパワー……」
「急に立ってどうしたの?」
「一生懸命以上のパワーを、いや、それ以前に一生懸命やってなかったかも」
「だからどうしたのよ。話しが全然見えないんだけど?」
「ごめん。急用が出来たから帰るね」
一馬は鞄に教科書やノートを入れていく。それを見た浩美はさらに驚く。
「授業どうするの?」
「授業よりも人の命の方が大切だから!」
一馬は力強く言い放つ。
「ちょっと。一馬!」
浩美は止めたが一馬は走り出した。
「先生に怒られても知らないんだから」
一馬は家に向かって走っていると、目の前に伝説の本が現れた。
「えっ?」
驚く一馬だけど、本は自然にページがめくられていく。
「何これ?」
本が眩しい光を放つと、周りはひたすら白が広がる世界だった。何もない場所に移動させられ、キョロキョロしていると、目の前に本に描かれていた伝説の勇者が現れた。
「カズマか」
「は、はい」
鎧を身にまとった勇者は一馬に語りかけた。声には張りがあり、意志の強さを感じた。
「お前は俺の力求めた。もう一度俺の力を使って戦う意思はあるのか?」
「はい」
力強く頷く。伝説の勇者はさらに質問をする。
「また怪我をしたらどうする?」
「命をかけても、世界を、人々を護ります」
「信じていいんだな」
伝説の勇者の目にはわずかな疑いの色が垣間見れた。
「はい。一生懸命以上のパワーを出します」
勇者は一馬を真剣に見つめる。
「よし。信じよう。すぐに魔法使いの少女を呼ぶんだ」
「はい」
「頼んだぞ。伝説の後継者」
一馬は歩道に戻っていた。目の前に浮かんでいた本を知らないうちに右手で持っていた。
「伝説の勇者が信じてくれたの?」
一馬の胸が温かくなった。そして勇気がわいてきた。本を持つ右手に力を込めて、「コヨリ」と心の中で話しかけた。
「待ってたの」
コヨリはわかっていたように、すぐに目の前に現れた。
「えっ? 早すぎない?」
笑顔を浮かべるコヨリ。
「ってことは、バトランチリックにいなかったの?」
昨日突然現れたときみたいに、赤い光はなかった。
「体を透明にする魔法で近くにいたの」
コヨリはポケットからお菓子を出した。
「チョコレートパイ!」
一馬が大好きで、これは一日一個と決めていたため、別の場所に置いていたお菓子をコヨリは出した。
「一馬の部屋を探したら、すごい美味しいお菓子があったの」
「あーもう! それ食べたらバトランチリックに連れてって」
いくら大好きなお菓子でも、子供相手に怒るのは大人げないと思った。少し怒りは漏れたものの、コヨリが美味しそうにお菓子を食べるのを見ると、まぁ良いかと思ってしまう。
「ありがとうなの」
「口にチョコがついてるよ」
冬とはいえポケットに入れていたため、チョコがとけてきたのかもしれない。それにコヨリは体を透明にする魔法を使っていた。魔法のせいで温まっていたかもしれない。
ポケットからティッシュを出した一馬は、コヨリの口を拭く。
「ありがとうなの。約束するの。一馬を護るって」
「えっとさ、バトランチリックに行ったら、僕は勇者なんでしょ」
「コヨリは勇者を護る魔法使いなの」
胸を張るコヨリに、一馬はさすがに子供には護られるわけにはいかないと思った。
コヨリの頭をなでながら、優しい口調で言った。
「ありがとうな。だけどこれからは何があっても諦めないから大丈夫」
「たぶん一馬は強くなったの」
「えっ?」
一馬は勇者の姿にもなってなければ、戦ってもいないのに、そんなことを言われて驚いた。自分自身では何の変化も感じていない。
「目でわかるの。強い人の目は真っ直ぐ見て、意志の強さが伝わってくるの」
一馬は確かにそうかもしれないと思った。昨日は怒られてからは、視線を合わせないようにしていた。それに元々真っ直ぐ人を見つめるのが苦手だった。
「またバトランチリックに行くから腰をつかんでてなの」
「うん」
コヨリの腰に腕を回す一馬。
「遅刻、遅刻」
そう言いながら走ってきたのは、一馬の妹の由梨だった。ベタなことにトーストを加えている。
「ゆ、由梨!」
「お兄ちゃん!」
由梨がコヨリの腰に腕を回すのを見た瞬間、コヨリが呪文を唱え始めた。
「魔法使いの子?」
由梨も異世界に行ってみたいと思っていた。赤い光の中にそのまま入ろうとした由梨は、そのまま走ってきた。
「これ以上近くに来ちゃダメなの」
コヨリはポケットからチョコレートパイを出した。もったいないと思いながら見つめ、決意を固めた。
「えい」
一瞬だけ赤い光が消えた。チョコレートパイは包みごと由梨のおでこにあたった。
「イタッ!」
足下に落ちたチョコレートパイを拾おうとした由梨。だけど由梨の前には猫がサッと通り過ぎた。次の瞬間チョコレートパイがなくなっていた。
「あ、あたしのチョコレートパイ」
「由梨のじゃないだろ」
振り返った猫は、チョコレートパイを加えていた。由梨の怒りの形相を見て逃げ出した。
「待て-」
猫を追いかけて走り出す由梨。
「遅刻するんじゃなかったのか?」
一馬が疑問を口にしたら、赤い光に包まれた一馬とコヨリの周りは、温かくなっていき瞬きをしたら目の前の風景は変わっていた。