撃ちぬく意志、白羽の矢
撃ちぬく意志、白羽の矢
ドクターヘリとアルファベットで記されたヘリ。
だが、その高度はいささか低い。
その中身は、決してドクターヘリなどではなかった。
ドアの側面に仰々しい機関銃を添えつけてある。
乗っているのは二人組の男と一人の少女。
その少女も、M24スナイパーライフルを手にしていた。
運転する男は、黒いスーツの上着を脱ぎ、袖を捲り上げている。
頭にはヘッドセットを付けており、視線は窓の外へと向けていた。
『HQ、フォーチュン1。現状を報告せよ。』
ヘッドセットから通信が流れる。
答えたのは助手席の男だ。
「フォーチュン1、HQ。現在作戦領域上空ですどうぞ。」
男は、しっかりと背広を着こなしている。
窓の外は薄暗く、家の明かりが星のようにも見えた。
そんな風景には似つかわしくない殺伐とした集団。
『HQ了解。そのまま待機せよ。』
「宮崎君。カメラ暗視に切り替えて。」
運転する男は、助手席の男にそう言った。
宮崎と呼ばれた男は、運転席中央に取り付けてあるモニターのスイッチを切り替えた。
映し出されたのは夜の公園。
そこに、一台の車が止まっているのが見える。
黒い乗用車であり、スモークガラスによって中は見えない。
運転席の男は、ヘッドセットのマイクに向かって言った。
「フォーチュン1、フォーチュン2。上空異常なし。地上はどうですか、どうぞ。」
すると、モニターの向こうで車から女性が手を振っているのが見えた。
彼女もまた、黒いスーツ姿だ。
『フォーチュン2、フォーチュン1。こちらもまだです、どうぞ。』
「了解。」
「立川さん。もう少し高度上げれますか?」
後ろに乗っていた少女が声をかける。
「はいはい。ちょーっと待ってね。」
立川は、ヘリの高度を上げていった。
暗視ゴーグルつきの望遠鏡で周囲を見渡す。
「どう、丹沢君。何か見える?」
少女、丹沢は答えずに周囲をじっと見渡した。
「見えた。」
そう言って、彼女は望遠鏡をわきにやり、ライフルを構えた。
静かな公園。
その脇にとまる車から降りていた女性は、ドアに手を置きながら公園を見ている。
「亜寿香。ほんとに来るの?」
中にいた不愛想な女性は、ハンドルを握りながら辺りを見ている。
稲村亜寿香は、特に答えることなく、ただヘリが高度を上げたことに注目していた。
稲村から返事がないとわかると、女性は後ろの席に座る男を覗き込んだ。
「ねえ、ちょっと。ズーみんさん。情報は間違いないんでしょうね。」
サングラスをかけた黒服の男は、腕組みしながら尊大な態度で座っている。
「間違いない。本部の情報は絶対だ。それに、あいつのことは俺が一番よくわかってるからな。」
「ならいいんだけどさ。」
「九右!動いた。乗って。」
稲村はサイドブレーキを上げて、ギアをドライブに入れる。
九右は、慌てて助手席に戻った。
ズーみんと呼ばれた男、泉はにやりと笑った。
「ほらな。間違いなかったろ?」
急に後輪を滑らせながら車が発信する。
「本部の情報通りっていうのがなんだかな。」
「おいおい。もっと信頼してくれたっていいんだぜ?」
「おしゃべりはそこまで。フォーチュン2、フォーチュン1。現状の連絡をお願いします。」
『はいはーい。フォーチュン1、フォーチュン2。護衛対象を丹沢君が発見。ついでに、敵性戦力と思われるものも発見しましたよ。』
ヘッドセットから、立川ののんびりした声が聞こえてくる。
稲村は、中央に添えつけてあったモニターのスイッチを入れる。
その間、ブレーキを踏んで後輪を滑らせながら通りへと出る。
通りに出るなり、アクセルを強く踏んで速度を上げる。
他の車両を追い越して、ヘリの後方をついていく。
モニターに少年の写真が映し出される。
泉は指を鳴らした。
「間違いない、こいつだ。」
宇蘇ミヅキ。
そう記されていた。
「情報が確かなのはわかったけどさ、ズーみんさん。いけんの?」
九右は後部座席を振り返る。
「いける?」
「これこれ。遊びじゃないんだよ。」
懐から拳銃を取り出す。
グロッグ19。
CAIなどでも使われる、本物の拳銃だ。
泉はあくまで態度を崩さない。
「当たり前さ。久しぶりに楽しませてもらうぜ。」
「CSS本部はこんなのしかいないの?」
「おいおい、こんなのはないだろ。」
九右と泉が言い合う間も、稲村は強引に通りを突き抜けていく。
車両を追い越しながらも、ヘリの動きを目で追いかけていた。
Civilian Security System、通称CSS。
犯罪の可能性に対して、市民を守るために警察では不可能な先制攻撃を行う組織である。
関東舘石組がとある市民を拉致しようとしている。
そんな情報を入手したのが今回の事の始まりだった。
「おい、どうした?」
立ち止まったミヅキは、空を見上げていた。
高層マンションの少し上くらいを飛んでいる高度の低いヘリ。
それが妙だと思ったが、ドクターヘリと書いてあるのを見て納得した。
いや、納得しようとしたのかもしれない。
「いや、なんでもなかった。」
「それよりも聞いてくれよ。昨日のカードの大会でだらしない奴がいてさ。」
ミヅキの隣で、高校の同級生である深澤はぺらぺらと話している。
相変わらずよく話す奴だとミヅキは思った。
「おい、聞いてんのか?」
「聞いてるって。」
少々面倒くさそうに返すミヅキだが、深澤はあまり気にしていない。
元よりこういう奴だったかと、半ばミヅキは諦めていた。
小さくため息を吐いたところで、急に行く手を二人の男が遮った。
コート姿の男と、スーツを着崩した男。
「失礼ですが。」
コートの男はミヅキの方を見た。
身構えると、懐に手を入れて黒い手帳を取り出した。
「ミヅキさんで間違いないですか。」
淡々と尋ねながら、男は手帳を開く。
警視庁。
いわゆる刑事という奴だ。
男は池田という名前だった。
「お前、やばいじゃん。何したんだよ。」
後ろで深澤が言う。
「いや、何も・・・。」
身に覚えのないミヅキは少々狼狽していた。
池田は、隣にいる男の方を見た。
男は、じっとミヅキを見ている。
すると、突然池田が男の頭を叩いた。
「早く土井警部に連絡しろ。」
「ああ、そうだった。」
着崩したスーツの上着から携帯電話を取り出す。
「あ、もしもし、土井警部。例の目を付けられてるらしい少年と会ったんですけど。」
「声がでかい。」
再び池田の平手が飛ぶ。
電話のやり取りは、ミヅキにも聞こえていた。
「あの、目を付けられてるって・・・。」
池田が何か言おうとした時、突然黒影が躍り出た。
それが、電話をしていた男に襲い掛かる。
形態を閉じながら、男は繰り出された拳を回避する。
黒ずくめの男が殴りかかってきたのだ。
ミヅキも流石の深澤も、事態を呑み込めずにそれを見ているしかなかった。
男は、殴りかかってきた相手の懐に踏み込んで拳を繰り出す。
それを受け止めて、頭突きを返す。
刑事の男は、数歩よろめいた。
その隙を逃さず追撃してくる黒ずくめの男の顔に蹴りを放つ。
男は一瞬怯んだが、すぐに姿勢を低くして突進する。
もみ合いになったが、刑事の方が力負けして男から離れる。
刑事は、よろめきながら懐から拳銃を抜いた。
一方の黒ずくめの男も、腰から拳銃を抜いて突きつける。
お互いに拳銃を構えたままの姿勢となり、にらみ合いとなった。
「よお、公平。元気そうだな。」
黒ずくめの男は、にやりと笑った。
「お前、相変わらず馬鹿やってるみたいだな。」
公平もそう応じる。
「おいおい、馬鹿はないだろう。」
やりとりからして、二人は知り合いらしい。
物騒な挨拶に、ミヅキはげんなりとした。
二人の間に手を割り込ませて、池田がなだめる。
「そこまでにしておけ。泉。俺たちは何も面倒を起こしたいわけじゃない。」
「このヤマに首を突っ込もうって時点で面倒だぜ?」
拳銃を下ろさずに、泉は笑って見せた。
たまりかねて、深澤が話に割り込む。
「いい加減説明よこせよ。」
詰め寄られた池田は、そっと深澤を退ける。
それから、煙草を取り出して静かにそれに火をつけた。
「関東舘石組が、そこにいるぼうやを被検体としてさらおうとしている。」
「俺を?」
穏やかではない内容。
突然遠のく日常に、ミヅキは面を食らう。
すぐに理解して対応しろという方が無理がある。
「まだ情報だけだが、これから行われることは間違いない。」
「それはよくわかった。だが、それがこのいかれた男と何か関係あるのか?」
深澤は無遠慮に泉に向かってそういう。
泉は大袈裟に両手を広げて見せた。
「おいおい、いかれてるはないだろ?」
「事実だろう。」
「そんなことないよな。なあ、ボウズ。」
馴れ馴れしくミヅキと肩を組んでくる。
なんとなく苛立ちを覚えて、ミヅキは彼を押しのけた。
「まさかとは思うけど、ドッキリじゃないよな?」
「こんな大がかりな冗談、一般人に仕掛ける理由はないだろう。」
池田は、煙草を放って足でもみ消す。
唐突に上空から銃声が響いた。
同時に爆発音。
ミヅキと深澤は、同時に空を見上げた。
泉は口笛を吹く。
「派手だな。連中、いつもこんな仕事してるのか?」
言いながら、コートの中から携帯を取り出す。
「どうした?」
『泉さん。丹沢です。グループAは沈黙しましたが、グループB、Cが動き出しました。援護しますので、迎撃お願いします。』
「了解だ。」
携帯を切ってから、泉は一同に視線を走らせる。
池田は拳銃を抜いて、周囲に意識を回した。
「くるぞ、公平。」
「わかった。」
「パーティータイムだ。ちびるなよ、ボウズ。」
「ちびるかよ!馬鹿にすんな!」
なんとなく癪に障る言い方をするものだ。
池田は、ミヅキと深澤の方を見る。
「得物はあるか?万が一の為に戦えた方がいい。」
二人は、顔を見合わせる。
ミヅキは、背負っていた鞄から弓を取り出した。
「弓なら・・・。」
「俺はなんもないぞ!」
慌てる深澤に、泉は大型の拳銃を放った。
それを受け取る。
ずっしりと重たい。
デザートイーグル50AE。
マグナム弾を発射する大型拳銃だ。
「やり過ぎだろ。」
公平が呆れたように泉を見る。
「ないよりましだろ。ちょいとでかいクラッカーだが扱いは簡単だ。引き金を引けばそれでかたがつく。」
「ちょ!お前!」
「喚いてる暇はない。走れ。」
急に大型のSUVが乗り込んでくる。
愛用のSIGP230を構えて、池田は引き金を引いた。
ブローバックするのと同時に、空薬莢が宙を舞う。
二度、三度と銃声が響いた。
それが今の状況は現実なのだと物語っていた。
「公平。」
「こっちだ。」
公平の先導に従って、ミヅキたちは走り出す。
「この通りの先に、稲村が来てる。」
「マジか。元気にしてんのか、あいつ。」
何がなんだかわからない状況の中、深澤とミヅキは必死に走った。
最後尾に立つ池田は、降りてくるスーツ姿の連中に狙いを定めて引き金を引く。
先頭に立って降りてきた一人は、仰け反ってアスファルトに倒れる。
初弾は当たった。
だが、それと同時に相手は池田の存在に気が付き、助手席のドアを盾にするようにして応戦する。
小型のサブマシンガンが目に入った。
撃ち合いは不利だと判断した池田は、牽制をかけながら下がる。
相手は遮蔽を取っている上に連射の利く武器を所持している。
体をさらすこちらは、拳銃が一丁では勝負にならない。
「深澤!」
ミヅキは、その状況を見て取った。
「畜生!」
立ち止まった深澤は、渡された大型拳銃を構えて引き金を引く。
轟音と共に銃弾が吐き出され、ドアに大きな穴を空ける。
「無茶するな。」
池田は深澤に駆け寄り、背中を押した。
相手は怯んでいる。
その間に距離を取ろうと、全速力で走った。
ヘリから立て続けに銃声が響く。
援護もあるようだ。
ミヅキは、通りを無我夢中で走った。
辺りから悲鳴が響く。
こんな物騒な集団に、一般人なら近づきたくはないだろう。
自然と人ごみはミヅキたちを避けていった。
「楽しくなってきたぜ。」
コルトガバメントを二丁取り出して、泉は声を立てて笑った。
「どこがだよ!」
走りながら、ミヅキは強く弓を握りしめる。
通りを抜けて左折すると、新たに銃声が響いた。
路肩にとめてある黒い乗用車の近くでも打ち合いになっている。
車を盾にしながら、稲村と九右がそれぞれ打ち返している。
九右はグロッグだが、稲村はSIG550アサルトライフルを手にしていた。
「稲村。」
「何よ。今、遊んでる暇はないのよ。」
公平は、稲村に駆け寄って声をかける。
昔、刑事だった稲村は公平の元同僚なのだ。
「こっちは危なそうだな。」
「見ての通り。」
稲村は、隣に立っている高層マンションを見た。
「上がって。上で回収させるから。」
「わかった。おい、ついてこい。」
公平はマンションに向かって走り出す。
彼が入り口をくぐるのと同時に、マンションの横合いから数人が飛び出した。
ガバメントを構えて、即座に泉は引き金を引いた。
前の二人にそれぞれ二射。
男たちはあっさり崩れた。
後ろに続いていた連中は慌てて下がり、壁に隠れて身を隠す。
「おいおい。かかってこいよ。」
呟きながら泉は手榴弾を取り出した。
ピンを抜いてその場に落とし、蹴って相手の方に飛ばす。
「「うわっ!!」」
何人かの悲鳴が響いた。
爆音と同時に、眩しい光が辺りを包む。
よろけて姿を現した相手に向かって、泉は引き金を引く。
銃弾が交差し、悲鳴が響き渡る。
「亜寿香!後ろからもきた!」
九右が叫ぶ。
ミヅキは、ドスを持った男が泉に駆け寄るのを見つける。
まずい。
咄嗟に弓を構えて、弦を引く。
弓道で鍛えた実力を、まさか実戦で発揮することになるとは思わなかった。
矢をつがえて、慎重に相手の動きを見定める。
「死ねや!!」
ドスを構えて姿勢を低くしたその一瞬を見極める。
矢は正確に飛び、相手の太腿を貫いた。
「うおぉ!」
太腿を抑えて男が倒れる。
振り返った泉は、ミヅキの方を見てにやりと笑った。
「やるじゃねえか。」
「うるせえ!」
その時、振り返った稲村が引き金を引いた。
三点バーストに設定してあるライフルは、正確に三発ずつ弾を吐き出す。
背後から迫っていた連中は、思わぬ反撃に足を止める。
「早く行って!」
「そうだった。いくぞ。」
「後で見てろよ。」
毒づきながら、ミヅキたちはマンションに駆け込んだ。
マンションの中は、驚くほど静かだった。
それでも、まだ外から銃声の音が響いている。
「上がるぞ。こっちだ。」
公平は階段を上っていく。
「使わないのか?」
深澤がエレベータの前に立った。
遅れてやってきた池田は、軽くコートを払う。
「エレベータ内で何かあったら危険だ。」
ミヅキと深澤は、納得して階段を上る。
唐突に下の階で窓ガラスが割れる音が響いた。
「相手も簡単に諦める気はないか。」
池田が指示を出して、公平と階段の左右に分かれる。
「おい、行くぞ。」
深澤がミヅキの腕を掴む。
戸惑う彼の腕を引っ張る。
「だけど・・・。」
「任せとけばいいんだよ。」
二人は階段をのぼっていく。
下から足音が響く。
数人はいるだろう。
公平は、池田と顔を見合わせて身を乗り出した。
目が合った奴から、引き金を引く。
マンションの階段に似つかわしくない銃声の音が響く。
池田ものぼってくる連中を見極めて引き金を引いた。
相手も黙っていないで反撃してくる。
銃弾がばらまかれ、壁や扉を叩く。
階段をのぼっていたミヅキは、近くの壁に銃弾が当たって思わずしゃがみ込んだ。
「頭は低くしてた方がいいぜ。」
「いちいちうるさいって。」
泉が隣に来て笑う。
なんとなく癪に障る言い方をするものだ。
そんな態度すら、泉は楽しんでいるように見えた。
小さく声を立てて笑い、携帯を取り出す。
『もしもーし。どうかしましたか?』
「立川か?援護を頼めるか?刑事さんが二人、立ち往生してる。」
『了解。丹沢君にお願いしますよ。』
携帯を切って懐にしまうと、ミヅキに手を差し伸べる。
「立てるか?」
不貞腐れた顔で、ミヅキはその手を掴んだ。
その時、踊り場の窓ガラス越しにヘリの姿が見えた。
横から丹沢が飛び出してくる。
落下しながら、彼女は腰からS&WPC356を抜いて構える。
踊り場にいたやくざたちは、その音に気が付いて振り返った。
腰にワイヤーを巻いた丹沢は、ちょうどいい高さにまで落ちてくるのを見計らって引き金を引く。
踊り場に見える人影は三人。
一人一射で片づける。
銃声が三度響いたときには、やくざたちは頭を撃ちぬかれて倒れていた。
丹沢を吊るしたまま、ヘリは遠ざかっていく。
安全を確認してから、泉は体を乗り出して下の階を覗き込んだ。
「まだくるぜ。もたもたするな。」
池田と公平は素早く階段をのぼる。
ミヅキたちも、階段を駆け上がった。
屋上に続く重々しい扉を、弾き飛ばすように勢いよくあける。
強い風が吹き抜けた。
ヘリが高度を下げて、屋上に降りてきている。
最後に入ってきた池田は、扉を閉ざして鍵をかけた。
「まいたか?」
「わからない。」
公平の言葉に、彼はただ首を左右に振る。
その間、深澤はヘリに近寄って扉を開いた。
拳銃を構えながら、丹沢が降りてくる。
「乗ってください。」
戸惑うミヅキの手を、深澤が引っ張る。
「いくぞ。」
「あ、ああ。」
二人はヘリに乗り込んだ。
運転席に座る立川は、二人を振り返っていった。
「ようこそ、フォーチュン1へ。」
「立川さん。」
宮崎が隣から肘でつく。
「あんたら、何なんだ?」
運転席の方へ身を乗り出し、深澤が尋ねる。
CSSと書かれたバッジのついた手帳を取り出して、立川が見せつける。
「CSS。それ以上は語れないけどね。」
「CSS?」
手帳をミヅキが覗き込む。
聞いたことのない組織だった。
ただ、言えることは非日常的なことが今現在目の前で起こっているということだけだ。
「池田さん!」
丹沢が池田を呼んだ。
静かに近寄る池田に丹沢が駆け寄る。
「土井さんから連絡がありました。」
「土井警部はなんて。」
「既に、周辺に警官隊を展開させたみたいです。」
「任務完了か。」
公平は、銃をしまう。
池田も懐から煙草を取り出して一服する。
そんな二人を背中に、泉は不敵に笑った。
「何言ってる。こんなの、嵐の前の静けさだ。」
三人は、泉の方へ視線を向ける。
「これから、今日一番激しい嵐が吹き荒れるさ。」
彼が言い終わるのと同時に、突然扉が吹き飛んだ。
突然爆発が起こり、丹沢は姿勢を低くする。
わらわらと男たちが現れたかと思うと、一人体格のいいやくざが機関銃を片手に現れる。
「CSSか。いつも邪魔ばかりしてくれる。」
腰から拳銃を抜いて、丹沢が構えた。
「立川さん!」
高度を上げるよう、立川に要請する。
池田は、丹沢の肩に手を置いた。
「丹沢。お前も行け。」
「え?」
池田の方に視線を向ける。
池田は、煙草をくわえたまま男たちの方を見ている。
「ターゲットを守れ。それと、可能なら上空から援護がほしい。」
丹沢は頷いて、ヘリに向かって走る。
駆け込んできた丹沢は、拳銃をしまいながら立川の方へ身を乗り出す。
「出してください。」
「了解。」
「お、おい。」
まだ、三人が屋上に残っている。
ミヅキは、慌てて二人の会話に割って入った。
「大丈夫大丈夫。締めといきますか。」
立川は高度を上げる。
高度を上げながら旋回を開始して、射線を確保する。
ヘリが飛び立ったのを見計らってから、泉は男たちに向き直った。
「悪いね。お邪魔虫で。お詫びといっちゃなんだが、あんたらに受け取ってもらいたいものがあるんだ。」
言いながら、泉はコートを広げた。
内側に、ロケット花火のようなものがぎっしりと詰まっている。
そこに、手榴弾が括りつけてあった。
「カーニバルだ!楽しんでってくれ!」
ロケット花火は、火花を上げて一斉に飛び立つ。
男たちは慌てて走り出した。
泉のコートを引っ張り、池田は給水塔の後ろに身を隠す。
「無茶をする。」
「そうでもないさ。」
ロケット花火は、屋上にぶつかって爆発した。
上空からそれを見ていたミヅキは、その光景に青くなった。
「あいつら・・・。」
ふと、視界の端で何かが動いている。
見ると、深澤が側面に添えつけてあったドアガンを引っ張っている。
「何やってんだ。」
「おい、手伝えよ。こいつをお見舞いしてやる。」
ドアガンをスライドさせて、深澤はそれを設置する。
「何してるの!?」
「くらえ!!」
丹沢の制止も聞かずに、深澤はドアガンを発砲した。
屋上のタイルが巻き上げられる。
ブローニングM2重機関銃は、タイルを貫き弾き飛ばした。
その威力を前に、怯んでいた男たちは闇雲に一斉に発砲した。
銃弾が交差し、あちこちに当たる。
「物騒だね。」
「のんびりしている場合か。」
身を乗り出して、池田は無防備な一人に狙いを定めて引き金を引いた。
的確に胴部を撃ちぬき、相手を戦闘不能にする。
やれやれと、泉もガバメントを二丁用意した。
「公平。俺が気を引く。」
「わかった。」
向かいのコンクリートのブロックに隠れる公平に声をかけ、泉は遮蔽物を放棄した。
空に気を取られていた連中の内、手近の二人に狙いを定めて発砲する。
二人が倒れたところで、男たちも反撃に移る。
銃弾が飛来するが、彼はひるむことなく引き金を引いた。
胴部に何発か当たる。
衝撃が走るが、防弾チョッキのお陰で倒れることはない。
いい的になっている隙をついて、池田と公平も同時に射撃を始めた。
「この野郎!」
体格のいいやくざは、グレネードランチャーを持ち出す。
それはさすがにと、泉は横に回避運動を取る。
炸裂弾が地面に当たり、爆風を起こす。
「CSSの馬鹿どもが!調子に乗るんじゃねえ!!」
池田と公平の間にも、炸裂弾が飛来する。
二人は、咄嗟に遮蔽物に隠れてやり過ごす。
戦局をヘリの上から見ていた丹沢は、ライフルに弾を込めた。
「頭をやるかい?」
「あの男がいなくなれば、諦めると思います。」
頭を潰せば。
やり取りを聞いていたミヅキは、弓を構えた。
「ミヅキ君!」
やれる。
言い聞かせて、矢をつがえる。
「深澤!一瞬でいいからあいつを止めてくれ!」
「わかった。」
深澤が機関銃を掃射する。
反動の大きいそれは、中々狙いを定めることはできない。
だが、弾を効果的にばらまくことによって、屋上にいる連中の動きを止める。
「やれるの?」
ミヅキの隣に立った丹沢は、眼下に広がる戦場を凝視した。
ミヅキは答えない。
いつも通りにと言い聞かせて、慎重に狙いを定める。
グレネードランチャーを構えた男は、ヘリの方へ狙いを定める。
一瞬目を閉じて、ミヅキは矢から手を放した。
弦に弾かれて、矢が飛び出していく。
白い矢羽が、一筋の線を描きながら綺麗に飛び立った。
ミヅキが目を見開く。
男と目が合った。
男が大きく目を見開く。
その瞬間、眉間には綺麗に矢が刺さっていた。
警官隊が入り込む。
リーダーを倒されたやくざたちは散り散りに逃げ出した。
収まったのを見計らって、稲村はSIG550を片づけてトランクに押し込んだ。
「稲村。」
茶色いコートの初老の男が近寄ってくる。
「土井警部。」
「また、派手にやりおったな。後片付けするこっちの身にもなってもらいたいもんだ。」
「今日は、本部の連中が来てたんで。」
土井警部は頭を掻いた。
「文子ちゃんも大変だろ。こんな不愛想な奴の面倒を見させられるなんてな。」
「ちょっと、土井さん。文子ちゃんはやめてくださいって。」
助手席に入り込もうとしていた九右は、名前で呼ばれて抗議する。
彼女は、下の名前で呼ばれることを好まない。
そんなお決まりのやり取りをよそに、稲村は空を見上げた。
ヘリがゆっくりと屋上の周囲を旋回している。
意地がそうさせるのか。それともそれが意志だというのか。
ここからでは見えないが、彼女の目はしっかりとミヅキをとらえていた。
「帰ります。土井警部。後はお願いします。」
「お、おう。」
いつもと違う稲村の調子に気押しされながらも、土井警部は返事を返す。
稲村はシートベルトを締めるとエンジンをかけた。
「あんたも見習いなさいよ。」
「ん?何を?」
古めかしい洋楽のCDを片手に、九右はきょとんと稲村を見た。
答えずにサイドブレーキを上げ、ギアを変える。
「意志って奴かしらね。」
「ふうん。」
九右は、ただ稲村を見ている。
車はゆっくりと走り出し、通りに出た。
彼女らが去ったあと、漸くそこには静けさが戻るのだった。
完
やっぱり、バトルものは下手なんですよね・・・。
とりあえず、勢いで書きたかったことを書きました。
実は、こちらは本編ではなく特別篇です。
もしかすると、そのうち本編を上げるかもしれません。要望があれば・・・。
後は、気が向けば・・・ですが。
最後までご覧くださった皆様、ありがとうございます。
神 奈