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彼女のメールアドレスはもう要らない。


それより暫く時が経ち、またしてもチャンスは巡ってきた。


二人っきりで帰れる日が訪れたのだ。


ああ、こんな機会はまたとない。確実に連絡先を手に入れたい。

僕はどのタイミグで尋ねるか様子を伺った。

いつもなら何を話そうかと、ドギマギして、何の役にも立たない僕の口と頭は、この時ばかりは冴え渡っていた。何を話したかなど記憶にはないが、彼女の笑顔は取り戻せていた。それが嬉しくて、嬉しくて仕方が無かった。


そして更に幸運な事に、彼女とはかなり家が近く、ぎりぎりまで一緒に帰れる。

僕は彼女の目を盗んで、ささっと、小さなメモ用紙に自分のアドレスを書き記した。

これを渡してしまえば、彼女とは繋がれる。彼女といつでも連絡が取れるのだ。これほど嬉しい事はまたとない。


いよいよ渡す時が来た。同じ駅で降り、彼女がバスに乗り換えるとき、僕は呼び止め、紙を差し出した。

「これ、アドレス書いたから、その、書いたから、よろしく」

声は上ずり、情けないトーンであった。

彼女は突然のことと、僕の声の調子に苦笑いを浮かべた様な気がした。

「明日も逢えるから、明日でいいよ。私のアドレス教えるから」

そう言い残し、彼女は笑顔でバスに乗り込んだ。

ああ、失敗した。残念な結果となった。

僕は紙を丸めると、そのまま手の中で溶かしてしまいたい気持ちになった。

彼女が言った明日は来ないでほしいと思った。

いま、この瞬間に彼女のアドレスを知りたかったのであり、明日ではあまり自分にとって価値が無いというか、意味を持たない気がした。

それでは、友達として登録された数多くのアドレスの内の一つにしかならない。

特別な関係は築けない、そう直感した。

「うん、また明日」

力なく、僕は笑うと彼女を見送った。


その後は、しばらく彼女と会わない様に避けた。

部活には行っていたので、物理的に避けていたわけではない。

同じ空間にいながらも、決して心は共有しようとしなかった。

もう、知りたくない。という意志を無言で示していた。


こんな男とても面倒で関わりたくないなと思う。モテない訳だ。

そのような雰囲気を出したせいで、もちろんの如く、彼女は教えてくれなかった。というか、そのような瞬間が生まれなかった。



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