校内対抗戦編7
更新は時々。
設定についての突っ込みはご遠慮ください。
7月11日。
学校が土曜日に付き休日というこの日。俺は《ノーフェイス》第四支部の会議室に呼び出されていた。
俺の座っている位置は扉の反対側で右手に社長、左手に第二支部長――いや、実質的副社長がそれぞれ座っている。
社長は右目の黒い眼帯、上着は軍隊の制服、ミニスカートに白いニーソ、黒のヒールブーツといつも通りの格好。
副社長は黒のスーツジャケットにミニスカート、くろのストッキングでいつもの格好。
正面に座っている第四支部ヌル室長。室長というのは――《部屋から殆ど出ないため》だとか今年で74歳だからか、今も湯飲みを持ちながら舟を漕いでいる。
そんなヌルの後ろに控えて立っているのが、第四支部のコントラクター諜報担当のツヴァイとゼクス。
胸の大きな銀髪と胸の小さな銀髪は、女子高生の制服のような服を着ているが…前に見たときは全身白のミニスカスーツだったような。
歳は大きなほうが24歳で、小さいほうが19歳。
俺が余計なことを考えていることに、気が付いた副社長――水城 雪が注意をしてくる。
「夜神 当矢…君ねー。早く質問に答えなさい、いつまでたっても終わらないじゃない!今回の作戦誰から聞いたの?」
この集まりは俺への詰問が目的で、俺が口を割らなければ終わらない。俺としても早く終えたい所だが…早乙女さんの名はクビになろうが吐かない。
今回社長はただの立会いとして参加しているため、口を挿めない立場にあり強く出られないでいる。
俺の中で確信があることが一つだけある。
「一言だけ言わせて貰うなら。俺は任務を遂行したまでだ」
「は?任務?なんのよ?」
俺はクライアントの名を伏せて…もともとそんなものはいないが、その任務の内容を口頭で説明した。
「つまり…《社長である愛緒が危険だと感じてあそこまで助けに来た》――そいうことね?」
「ああ、そうだ」
副社長はブツブツとなにか言っているが、聞き取れたのは〈言い訳にもなるか〉の言葉だけ。
〈よし〉と言った副社長が次に口にしたのは意外なことだった。
「では、あの時…"アレクサンドロス"の中で何があった?愛が泣いていたのはどうしてなのか……答えなさい」
社長が泣いていたと聞いて、ツヴァイとゼクスは驚愕を露にしていた。
「なぜそんなことを聞く?重要なことか?」
質問の重要性が感じられずに質問に質問で返してしまう。
「とても重要なことよ。あと…いちいち質問し返さないでちょうだい。子供じゃないんだから」
子供じゃない…この会社の人間は俺を子供とは思っていない。なら俺も大人の大要をするだけだ。
「社長が泣いていたのは――キメラにやられた左腕が痛かったからだ」
その答えが不満だったに違いない、副社長は社長を見て社長にも確認を取った。
「本当なの愛?」
「あ、ああ。あの時私は腕が痛かったんだ。うん、間違いない」
嘘だとバレバレですよ社長…。
「まーいいわ…次、中で何があったの?ちなみに状況は今朝方――内務省から報告書を貰ってるから……誤魔化しても分かるわよ」
この人はこういう人だ。いろんな方法使って裏で扱える駒を増やしている。どれだけの駒を持っているか分からない。孤児院のことをこの人に話さなかった理由は、単純に信用できないからだ。
一国家の内務省をまるで自分の為にあるかのように足で使う。
ここで有耶無耶にするのは返ってばつが悪くなる。ここは正直に話すか…。
「具体的に何を聞かれているのか…分かっていないんだが――。あえて言うなら目撃者を全員始末した――ってことでいいのか…この場合」
「そういうことじゃない…。そうじゃなくて、あの研究所にはどうやって破壊したのか分からない痕跡すらない穴が幾つもあった」
手元のタブレット端末を操作すると、副社長の後ろのホワイトボードに画像が表示される。
「マインの開けた穴の近くに一つ、エレベーターに三つ、地下6階の側壁に直線的なのが一つ、隔離生物実験室に一つ。塵も残っていない穴――それ以外共通性はなかった。
だけど、よく調べてみたらこれらの穴には一つの共通性があった…。そこにあるのは当然で、誰も気が付かなかっただけ。マナ――平常値の何十倍に相当する量がそれぞれに滞留していた」
いよいよ言い逃れできない状況に、話し出そうと〈あれは〉と口にしたときだった。
「待て…当矢――私が話す。これは秘匿事項だ、あの穴は魔法を使った結果だ。魔法名はイクスパンジ――」
「"イクスパンジ"…どういう魔法なの?物質をマナに変えるなんて言わないわよね…」
マナは原子に近いもので物質の中に存在することはごく普通にある。副社長はどうやらイクスパンジを物質をマナにする魔法と勘違いしているらしい。
「いや、イクスパンジはそんな魔法じゃない。マナに"意思"を与える魔法だ」
「意思?マナに意思を与えたらどうなる?」
「マナの本質は供給と吸収。例えばマナが人の中にある状態が供給だとしたら、イメージや知識はマナに吸収されているもの」
そこまで聞いた副社長がようやくイクスパンジの効果に気付いたのだろう、目を見開き口元を押さえている。
「つまり…あの穴はマナによって開けられた……いや!食わ…れたのか……」
自分の口にしたことにバン!と机を叩いた副部長は少し眉を顰めた。きっと強く叩きすぎたのだろう、両手を押さえながら喋りつつける。
「じゃあ…仮に全てのマナに意思が宿ったりしたら、世界は全てマナに食われてしまうの……そんな――まさか」
頭を抱える副社長と、それを聞いていたツヴァイとゼクスも驚いている様子。
しかし、そうじゃない――。その推測は間違っていないが間違っている。
「雪――混乱してるところ悪いが、世界が全てってのはないんだ。マナは意識なんて持っていないしこれからも持たない」
「どういうこと?」
「イクスパンジはマナに使用者の意識を植え付ける魔法。つまり、意思っていうのは"マナの"ではなく"使用者の"ということだ」
それを聞いた副会長がまた口元を塞いでブツブツ言い始めた。
「…つまり……でも………使用者が………――――!」
何かに気付いた副社長は社長を見ると、それを恐る恐る口にした。
「使用者…今は誰が使えるの?その魔法」
「今――それを使えるのはおそらく一人」
一斉に俺に視線が集まる。そう流れで読んでいた俺は密かに目を閉じていた。
知り合いばかりの状況で視線が集まるのは、意外と嫌いなんだなと自分でも初めて知った。
目を閉じている間は、時間にしては短い時間だったが体感ではものすごく長かったような気がする。
すると、舟を漕いでいたはずのヌル室長が突然湯飲みを置いて口を開く。
「第3次世界大戦のおり、究極の魔法士を作り出そうとする実験があった。国家規模の実験はドイツの資本と国内で行われ、戦時中だからの…人体実験なんぞ平気でやりおるわ。
ワシは当時若かったせいもあるがそれを許せんでな、暴れまくって計画自体を潰してやった。だが、その研究成果を高額で買い取ったやつがおった…。
そやつは、数年間ドイツで研究したのち別の国へ…拠点を移した。そう…日本へ」
突然席を立った副社長が、会議室の扉を開けて部下に何かを取って来るよう指示を出した。
戻ってきた時、デジタルじゃない紙の資料を挟んだファイルを持っていた。
席に着くと一言謝る副社長はその資料を広げると。
「ヌル室長、続けてください」
そして、何事もなかったかのようにまた話し始める。
「どうして…日本にやつが拠点をかえることになったか…。それは、ワシのせいじゃ。ワシがまた計画を潰してやろうとした結果――返り討ちにあい、両目の視力と息子2人を奪われた。
ワシはそのことが許せずに今まで生きてきた。8年前に日本に来たのも奴を追って…だが、やつはその時にはもう日本にいなかった。
調べて分かったのが、やつが瀕死の重傷を負って本国へ逃れたと言うことだけ…」
全てを話し終えたヌル室長をそっと抱きしめるゼクス、その彼女の肩にツヴァイが手を置き慰めているようにも見えた。
「ドイツ…研究…最強の魔法士。日本で継続…8年前…重症――帰国。……この帰国した"奴"っていうのは、キングスレー…アルベルト・キングスレーのこと?」
それを知らないのはこの中で副社長だけだろう。
ヌル室長は関係者でツヴァイやゼクスも身内だから当然知っている。
社長も俺も関係者だから知っている――。
「誰れも驚かないのね…。知らなかったのは私だけ?」
「すいません水城支部長、報告義務がないといえ隠していたこと。後ほど陳謝します」
「ツヴァイ……いいえ、もういいわ。謝罪はそれだけでいいのよ」
頭を下げるツヴァイに笑顔を向けた副社長は俺を見ながら言った。
「当然――アルベルト・キングスレーが重症を負った理由も全員知ってるってことよね?」
その質問にYESと反応したのは俺と社長とヌルだけだった。
「じゃー、ツヴァイにゼクス…席を外して頂戴」
そう言われて、戸惑いながら部屋を出ようとする二人だったが、ヌル室長の〈聞かせてやってくれないか〉一言でその場に留まることになった。
「キングスレーを重症まで追い詰めたのは当矢、あなたで間違いないわね?」
「ああ」
〈ヌルの両目をこんなにした奴を!?〉とゼクスは声に出して驚いている。
分からなくもない、8年前となると当時俺は9歳の子供だったんだから。
「最強の魔法士――その計画は成功していたの?愛はあなたがそれだと言うけど…私は知らないことが嫌いなの。何で最強なのか、どうやってなったのか知りたいの」
「当矢、嫌なら話さなくてもいい。私が説明するから――」
そう言ってくれる社長の言葉はありがたいが、どの道この人には言っておくべきことなんだろうと思っている。
「いいよ社長。"何で最強か"…その点については、"どうやってなったか"を話すとおそらく納得できる。話してもいいけど一つ条件がある」
「条件?言ってみて」
「明日にしてほしい」
「…え?明日?」
副社長は"いったいどんな条件か"と身構えている様子だったため、拍子抜けな条件にハトが豆鉄砲をくらったような顔をしている。
「これから外せない用事があるんだ。だから、明日」
「ちょ!これはとても重要なことよ!」
社長とヌル室長は〈私は構わない〉〈ワシも構わん〉と受け入れてくれた。
「愛!ヌル室長!」
「じゃ、これで――」
俺が部屋を出ようとしたときに腕を掴んできた副社長は、まるで女の子が別れを惜しむ時のような顔をしていた。
「明日!絶対なんだから!」
少しかわいいかも……。
「はいはい」
そうして、俺は午後からの約束のために第四支部を後にした。
「草だんご二つ」「みたらし、練乳、さくら」「イチゴパフェとチョコパフェ二つ」「デラックスカップルフルーツコーンパフェ一つ」
飛び交うように注文が入いる、甘味所は今日も盛況の様子。
店の個室では、聖徳院高等学校現代魔法科2年Fクラス校内対抗戦のメンバーが打ち上げを行なっていた。
「2年Fクラス~優勝、おめでと~」
「おめでと~」
だんごをそれぞれ手に持ち中央で酌み交わすその挨拶は、もう見慣れたもの。
机の上には、多種類のだんご・餅・饅頭などが並んでいる。
個室は5人で入るには多少狭いと言わざるを得ない。しかし、狭いゆえか互いの距離も近くなって男女が集まると恋が芽生えると、昔から巷では有名な個室なのだ。
神夜 紀正/夜神 当矢は、執拗に体を寄せてくる安部 朋美にあまり動揺しない。免疫がある――という訳ではなく、任務上の創作人――神夜 紀正を演じているからに過ぎない。
一方、初々しいカップルらしさが一帯に溢れている岡崎 啓と朝倉 ネネは、今日もデラックスカップルフルーツコーンパフェを食べさせあっている。
唯一1人で入り口の反対に座っている佐藤 幸喜が、なにやら不満気な顔をして二組を見ている。
「どいつもこいつも色恋に現を抜かして――。俺らは《都内魔法学校バトルトーナメント》聖徳院の代表になったんだぞ」
突然、声を大にした彼に安部 朋美が意地の悪そうな顔で話しかけた。
「佐藤くん、彼女がいないからってそんなに落ち込むことないんだよ」
「ち、違う!そんなんじゃない…ただ学校の代表ってのがちょっと……」
それを聞いた彼女は、〈ひょっとしてビビってる?〉とまたも意地の悪い顔を向ける。
「当たり前だろ…この間までFクラスってことにコンプレックスさえあったんだ。お前も不安じゃないか、なあ岡崎?」
話を振られた岡崎 啓は〈確かに〉と返す。
「不安がないと言えば嘘になっちゃうんだろうけど、ここまでも奇跡みたいだったからね。逆にドキドキ楽しいって感じかな」
「大丈夫だよ、ケーくんが不安になっても私がついてるから…」
〈ネネさん〉〈ケーくん〉と呼び合う2人を見て、不安感が益々ました佐藤 幸喜はついつい本音を口にする。
「俺も彼女欲しい~!不安を取り除いてくれるやさしい彼女が~」
そんな彼を神夜 紀正はジーと見ている。佐藤 幸喜が〈なんだよ〉と聞くと、机に置いてある彼の取り皿上のだんごを指す。
「一個も食ってないなと思ってな。だんご――」
そう指摘された彼は手元にあるだんごを一瞥して。
「俺…和菓子――嫌いなんだよ」
今さらな告白に、その場の1人を除いて『エー』と内心で言った。
1人驚かなかった神夜 紀正は彼に直接言う。
「だから、前のときも来たがらなかったのか」
「うん。いや、それだけという訳じゃないけど」
実のところ、彼はこの店には前から頻繁に通っていた。前の彼女、前川 ことみと――。
彼女が和菓子好きだったから、デートは大体この店だった。元々和菓子が嫌いな彼は、彼女が好きなものだったから好きになっただけ。
つまり、別れてしまった今では、もとの和菓子嫌いに戻ったということなのだろう。
突然に襖が開くと愛らしい和服を着た店員が顔を覗かせる。
「朋美ちゃん?いる?」
「あ!イナミちゃんだ~」
店員はどうやら安部 朋美の知り合いで、入りるなり中を見渡して開いている佐藤の隣に座るとすぐに神夜 紀正の方に向く。
「はじめまして、安 衣奈美です」
「どうも、神夜 紀正だ」
〈知ってます〉と眉のところに真っ直ぐ整えた前髪の下で、大きい黒目がジーと挨拶した彼を見つめている。
「なんだ?」
そう聞かれると、首を急いで振る彼女の髪の毛は肩の辺りで二つに束ねていて、右の髪が佐藤に当たる。
「突然だけど、体を触ってもいいかな?」
唐突な質問に安部 朋美と彼以外は驚いた顔をしていた。
「別に構わないが…」
「本当ー!やった!魔法士さんの体……あ、本当だすーごい、かたーい。朋美ちゃんが言ってた通りだー」
一体何を言ったんだと、目で訴える彼に安部 朋美は〈まぁまぁまぁまぁー〉と言って笑顔を返す。
たっぷりと堪能した彼女は、改めてごく自然に会話をし始める。
「久しぶり朋美ちゃん、って言っても四日ぶり?でも電話してたしそんなに会ってないなんて気がしないね」
「でもここで会うのは久しぶりじゃない?あ、皆さんこちら"いなみ"の"衣奈美"ちゃん。このお店の看板娘です」
紹介後、それぞれ挨拶をすませる…が、1人だけ呆けている者がいた。佐藤 幸喜だ――。
彼は徐に立ち上がると安 衣奈美に向かって声を大にして言う。
「今!お付き合いしている人は!いますか!」
――――その瞬間だけ――時が止まった――。
「います」
――止まったのは佐藤 幸喜だけだった。
「イナミちゃん付き合っている人いるの?」
安部 朋美にそう聞かれた彼女は笑顔で答えた。
「人じゃないけどね。ずーと片思いしてるの」
「あーなるほど」
話が理解できない佐藤 幸喜はもう一度聞き返した。
「あの~片思い…というのは、どういうことでしょう?」
「佐藤くん、私たち小さい時から幼馴染だけどー幼稚園の頃からずっと付き合っているのよ。――"和菓子"とね。」
〈和菓子ね〉と一瞬ホッとした彼だったが――。
「人でっていうならいないけど…神夜くんなら付き合ってもいいかな」
すぐにまた固まってしまう。
しかし、その言葉で固まったのはもう1人いた。
「イナミちゃん……いけませんよ。浮気なんて…」
安部 朋美が笑顔を引きつらせながら安 衣奈美にそう言う。
「えー別にいいじゃん言うだけなら。まだ付き合ってるってわけでもない…でしょ?」
「そ、そうだけど」
アタフタする彼女を見るのは初めてだったからだろう。神夜 紀正が無防備に笑ってしまう。
〈へ?どうしたの?〉と彼女に声をかけられて初めて自分が笑っていることに気付き、彼はハッとして笑うのを止める。
笑顔は〈珍しい〉と安部 朋美が言う。
「神夜くん、クールなだけかと思ったけど――そんな風に笑うんだね。なんか…以外」
安 衣奈美が彼にもっと近づく。
ギャップというやつなのだろう。彼のいつもの無関心な顔からは、さっきの声に出して笑う姿は想像できなかったから。
「何が面白かったの?神夜くんのツボ知りたいな」
「いや、ただ…安部が2人に増えたみたいだったから…つい」
「ふーん。だってさ」
彼を挟んで彼女らはお互いを見てニコッと笑うと。
「確かにねー」
「似てるっていわれたことあるよ私」
頬杖をつく安 衣奈美が頬をピンクに染めて笑っている。
「だんごおいしい?」
安部 朋美の問いに〈ああ、うまい〉と答える彼。
「うちの名物ですから」
佐藤 幸喜が〈俺も〉と言った瞬間に安部 朋美が〈あの人〉と指差す。
「和菓子嫌いなんだってー」
「ふーん、そっか残念だねー」
――佐藤 幸喜―――撃沈――
そんなやり取りを反対側で見ていた岡崎 啓は独り言のつもりで。
「聖徳院の代表か……このメンバーで」
と感慨深く浸る。
そんな彼に隣にいた朝倉 ネネが〈そうだね〉答えると、そっと手を握り合うのだった。
神夜 紀正が時計を見て〈そろそろ〉と言って立ち上がる。
「もう帰っちゃうの?なにか用事でもあった?」
そう言う安部 朋美に彼は〈ちょっとな〉と言いながら個室の入り口で靴を履く。
「また来てね神夜くん――」
安 衣奈美が挨拶したその時――。
入り口の襖が開き、見知った顔が無傷なのに満身創痍といった様子で入ってくる。
「…豊臣さん…」
安部 朋美がそう呼んだのは豊臣 桜子。彼女は俯いたままで淡々と話し出した。
「今朝…神夜くんのアパートに行ったの。部屋の明かりも点いてて…ノックすれば誰でも神夜くんが出てくると思うはず。
でもね、扉を開けて出て来たのは……女性だった。
ご家族の方かなーなんて考えているとき気付いたの…。それが私の従姉妹のスミレさんだって!どういうこと!神夜くん!」
がっしりと両腕を鷲掴みにされると神夜 紀正は後方に身じろぐ。
昨夜別れるときに、早乙女支部長の所=第一支部で待っているよう言っておいたのを、今の今まで忘れていた彼は目を閉じて思考を巡らし打開策を練った。
「で、彼女は……なんか言ってたか?」
質問を質問で返してしまうのは彼がテンパっている証拠。
スミレはアレでも元隠密部隊、間違っても重要な事は言ったりしない。などと考える彼だったが、別の意味でとんでもないことを彼女は話していた。
「………"愛人"って言ってた。スミレさん、神夜くんの"愛人"だってぇ~!"本妻"がいるから2番目だって~!"本妻"ってなによ?私は3番目の女なの~!」
ワンワンと泣き出す彼女に彼は意を決したように言う。
「桜子、彼女は友人だ。知り合ったのはアンタの依頼を受けた後で…。その、愛人とか本妻ってのは彼女の冗談。からかわれているだけだ」
徐々に神夜 紀正を形成するイメージが傾き始める。
「紀くんさー。私は"安部"で彼女は"桜子"なんだね」
頬を膨らませる安部 朋美にさらに困る彼。
誰か!助けてくれないのか?――と辺りを見ると佐藤 幸喜と目が合う。
すると彼は笑顔でこう言った。
――リア充――ざまぁ―――。
その後、何とか落ち着かせた豊臣 桜子を安部 朋美と安 衣奈美にまかせた彼はようやく店出ることができた。
ドッと疲れが押し寄せ、夜神 当矢に戻ると〈モテルって……大変なんだな〉と零しその場を後にした。
同日――。
第四支部の会議室では、夜神 当矢が帰った後もその場で解散することなく話を続けていた。
その内容は彼が明日話す予定だった話の続きで、緒神 愛緒の一言から始まった。
「当矢は明日と言っていたが…。これからその話の続きをしたいと思う」
彼女の目の前に座っている水城 雪は、それを聞くと目を閉じ何かを考える。
目を開けた彼女は、左側に座っているヌル室長のその後ろで立って聞いていたツヴァイとゼクスに話しかける。
「あなたたち、立ってたら疲れると思うから座って聞きなさい。聞きたくないなら出て行ってもいいのよ」
素早く予備の椅子を持ち出しヌルを挟むように座る2人。
それを確認した彼女は正面に座る緒神 愛緒と目を見て言う。
「本当にあの子が話さなくてもいいの?……あの子自身の事なのに」
静かに肯いて〈アレは――〉と話し出す。
――それは、1人の少年と51人の友達の物語。
校内対抗戦編――終――
面白かったら幸い。
そうでなければ読んで頂いただけで幸いです。