校内対抗戦編4
更新は時々。
設定についての突っ込みはご遠慮ください。
校内対抗戦――準決勝の少し前。
夜神 当矢/神夜 紀正等2年Fクラスのメンバーは次の試合の話題ではなく、現在も行われているAブロックの決勝を控え室で見ていた。
3年Aクラス対Bクラス。Aクラスが当然勝ち上がってくると思っていた。
しかし、いざ試合が始まってみると終始押され気味の展開。確かにここまでの対戦相手がCとDクラスで、マナの保有量的に辛い試合を重ねてきているが。それを踏まえてもBクラスに劣勢という現状は普通ではない。
皆がそれを口に出す中。彼だけは冷静にある結論に至っていた。
その結論とは、特定魔薬の【メルト・インワード】通称《MI》だ。
MIは――体内に摂取するだけで、一定期間のマナ吸収量・保有量・供給量が桁違いに上がる代物。
魔法の威力が極端に上がったり、発生速度が倍になったりする。
ただし、使えば使うほど副作用も尋常ではない。
マナ吸収量・保有量・供給量の減少や魔法式の劣化。
最終的にはマナ自体を扱えなくなる――。
Bクラスの何人かは分からないがそれを使用している。
「これは…予想外な展開だね。かなり一方的にAが負けそうなんて――」
そう言ったのは岡崎 啓で、答える朝倉 ネネも一層驚いていた。
「Aクラスの3人がBクラスの1人に手も足もでないなんて…。ケーくん……この人」
「学生の枠からは逸脱している…。どう戦えばいいのか分からないよ」
「こんな人がBっていうのも違和感だらけだな…」
佐藤 幸喜が溜め息交じりで言う。
それを聞いた安部 朋美が満面の笑みを浮かべて――。
「こっちにだってFにいるのが全然似合わない人がいるよー」
と神夜 紀正を指差す。岡崎 啓も〈確かに〉とその意見に同意するが直ぐに〈でも〉と続けた。
「神夜くんのそれは、《FじゃなくてBかAぐらい》って感じで。あの人のは《Aどころか教師、もしかするとプロなんじゃないか》って感じなんだよ」
「プロ…軍人、または傭兵ってことか――。でも紀くんならあの汎用の障壁使って速攻で勝てちゃうんじゃ――」
そう言う安部 朋美の後ろから本来そこにいるのが不自然な人物が口を挟む。
「それは無理なのよ安部さん。神夜くんは【MPL】――"マナ保有欠損"って持病があるから」
豊臣 桜子がそう言うと全員がそれぞれ驚きの声を上げた。一番驚いていたのが安部 朋美で、口を押さえながら病気の事を話し出した。
「マナ保有欠損……マナ・ポゼッション・ロスト。事故や病気が原因で起こるとされる確立――小数点以下の特異体質。なら今までどうやって?」
そう、それなら今までの試合で魔法を使っていてもマナが全然無くなる様子もなかった事に疑問を持たないものなどいない。
「それはね――」
話そうとした豊臣 桜子を遮り神夜 紀正――自らが話し始めた。
「俺はそれになる前から"もう一つ"特殊な体質を備えているんだ。マナ吸収が人の何十倍になる――」
「特異点!生まれながら体にその能力を持っている人間!実在したのか…」
佐藤 幸喜が驚きのあまり大声を上げた。
「MPLと特異点の両方をその体に……。紀くんってビックリ人間だねー。けど…いくら特異点の力でも空間のマナが枯渇したら――万事休す」
肯く彼を見て全員が肩を落とし落胆の表情を浮かべる。
「パス自体に上限があれば、単純にいつかは強力な魔法が出せなくなるんだけどねー」
校内戦において簡易パスは上限キャップが付いていない。つまりは体内のマナしだいでいつまでも魔法が使えるのだ。
モニターには、Aクラスの浅井 修一朗とMIを使ったと思われる人物が対峙している。
浅井家は薙刀や槍の簡易パスを扱う為、学校指定の木剣での戦いは実力の半分も出せないはず。
対等の戦いと言っていいだろう。
浅井 修一朗の意地が相手の刀技を圧倒していた。が、徐々に魔法の力で押し返され始めると一瞬で形勢が逆転した。
その瞬間Aブロックの勝利者が決まった。
重たい空気の中で彼が徐に立ち上がるとキリっとした表情で声をかける。
「とにかく。まずは決勝へ勝ち残ることだ」
準決勝は平地の戦場。広さは密林や市街地の戦場と変わらないが障害物が極端に少ないのが特徴である。
さすがに高低差でベイズ鉱石は直接視認できないが、9mほどジャンプすればそれも可能。
1年は順当にAクラスが勝ちあがってきたためか"MIを使用しているかも"という考えは直ぐ頭から消えた。
今回は神夜 紀正の提案で次の戦いの作戦を考える為に、彼は戦闘に参加しない。つまり――後方待機という訳だ。
安部 朋美が陽動をして佐藤 幸喜がその支援。最終的には側面からの岡崎 啓の狙撃でフィニッシュ……という作戦で勝ちをとる。
しかし、この戦闘は多少長引くことになる。その要因は"動揺"である…。
安部 朋美の障壁を2人がかりで止められた上で佐藤 幸喜も障壁魔法で近づけない状況。
側面に回った岡崎 啓は狙撃地点につくことができない。なぜなら相手にも狙撃手が間髪いれず撃ってくるからだ。
しばしの膠着状態に入るかに思えたが、岡崎 啓のところに援軍が到着して相手側の狙撃手を気絶させることに成功する。
援軍は朝倉 ネネ。彼女は基本的な障壁魔法しか扱えないが、こと岡崎 啓を守ることに関しては最大以上の力を発揮した。
その後試合展開は2年Fクラスが優位に進めることとなり、ようやくという感は否めないが勝利したのだった。
魔法研究所の一つ"プトレマイオス"ではB棟に賊が侵入したと大騒ぎになっていた。
《ノーフェイス》のコントラクター"ネズミ"の工作で最短の道を侵入していく実行部隊。
鷹城 康助・松田 浩道・シックス等3人は不可視迷彩を可能にするローブ状の簡易パスを羽織って、なるべく戦闘を避けながらB棟の地下4階へと向かっている。
緊急のドアロックは補助電源で動いてるときには作動しない。その為どの出入り口も簡単に開いてくれるのだ。
「こちらアローヘッドワン。一階から四階の非常階段の確保を頼む」
無線でそう呟いたのは鷹城 康助。実行部隊の仮称が"アロー"隊長意味である"ヘッド"部隊番号の"ワン"。
部隊長は別の部隊に随時連絡を入れる義務がある。
『こちらバレットヘッドワン。非常階段前を確保。了解した』
ザザッと無線が鳴ると低い歳若い男の声でそう返事が返ってくる。
バレット部隊は第二支部のイーグル・ローズ・マインの3人で。部隊長のイーグルは第二支部支部長の水城 雪が内務省から引き抜いた腕利きの魔法士である。
現在――逃げ道を確保する為に、陽動で非常階段を押さえて警備を惹きつけようとしている。
今回の作戦で助け出す孤児の数は47名。
非常階段で逃げるには多すぎる人数である。
「アローツー。現状報告しろ」
『今、目標を確保。A待機中』
アローツーは松田 浩道のこと。彼は脱出用の貨物エレベーターを確保している最中である。
通常の階段を下りて左右にのびた通路の左側にそれがあり、正面と右側の通路は各研究室へと繋がっている。
地下の建物の広さは地上のものと比べると倍ほど違う。
「アロースリー。そっちはどうだ?」
『ピ!ザ!ザザッ!…すんません…敵に見つかってしまったっス』
頭を抱え溜め息をつく鷹城 康助。
A棟へ陽動を仕掛けていたシックスは、どうやら不可視迷彩の効果を扱いきれずに敵に発見されたようだ。
「何やってんだ…お前は…」
『ち!違うっス!キー!ザァ!…め、"眼がいいやつ"がいやがったんっス!』
"眼のいいやつ"――魔法に対する目利きがいい魔法士のことだろう。邪眼や神眼と呼ばれる魔法士に稀に出る才能。
「早めに切り上げろ。さすがにやられるぞ」
『大!丈!夫!です!』
間髪いれず返事をするシックスに呆れ顔のような笑顔を浮かべると、そうこうしているうちに鷹城 康助は地下4階に到着する。
地下4階――そこだけは他と作りが違うことが一目で分かる。
厳重なエアロック。現在はそれさえも簡単に開くことが出来た。エア自体が供給されてないのはやはり補助電源だからであろう。
その扉を通るとさらに奥に部屋があるようっだたが、その前に警備の魔法士が2人立っている。
あの身のこなしはコントラクターに違いない。
鷹城 康助には気付いてる――がどこにいるか分からない様子。
魔法なしのCQCで攻撃を仕掛けると、一人目を足払いからの顎を蹴る技で。二人目を腹部に一撃の拳を入れ背後に回り絞め落とした。
壁に隠れて電子パネルに手で触れるとドアがスライドして開く。
中をチラリと確認すると、簡易託児所といった感じで幼い子供たちが遊んでいる。
年齢はバラバラで最年長でも中学生くらいの子供が2人。
薬か暗示か…幼い子供に比べてその表情は虚ろだった。素早く人数を数えてみるが――。
「足りない。…後一人は…」
目を配らせてみたが、やはり部屋には46人しかいない。思考を切り替え無線で部隊に知らせる。
「"笛吹き男"が子供たちの所に到着した。これより次の段階へ移行する」
そして――手首の無線器の本体で周波数を変えるとある人物に連絡を取る。
「こちらアローヘッドワン。ブラスター…ブツの数が足りない。どうする?」
『……こちらブラスター。足りない数は?』
「"1"だ」
『……了解だ。…ゴ!……こちらで対処する…作戦を継続しろ』
無線の声は《ノーフェイス》の社長――緒神 愛緒。報告を聞いた彼女は苛立ちを隠せない様子で何かを殴った音が聞こえてきた。
通信を終えた鷹城 康助は目の前にいる子供たちに戸惑いの色を隠せないかった。自分にも子供はいるのにもかかわらずそうなってしまう彼は、きっと子供が苦手なのだろう。
虚ろな2人を抱えてアタフタしてると、それを見ていた子供たちが一斉に指を差す。
「不審者!」「へんしつしゃー」「誘拐犯!」と言った罵声を浴びせられる。
いよいよ頭を抱えた鷹城 康助に救いの声が聞こえる。
「アローヘッド何してるんですか?」
振り向いて視界に入ったのは、ミニスカスーツの上から白衣を羽織った女性。ブロンドの髪を肩甲骨辺りまで伸ばした彼女は実行部隊のサポート役のローズだった。
「バレットツー!その服装はなんだ?…いや!そんなことより、子供たちを何とかしてくれ」
部屋の中央に行くとローズはスッと手を上げて。
「みんな~これからお家に帰りますよ~。私について来て下さいね~」
「は~い」
「遅れた子は~あのおじさんにつかまっちゃうぞ~」
そう言った途端、子供たちが駆け足で部屋を出るローズの後を追って行く。
何とか子供たちを助け出せそうだと安堵したのか、鷹城 康助は〈やれやれ〉と言うとその場を後にするのだった。
その時、鷹城 康助の頭には《あと一人はどこに行ったんだ?》という考えが消えずに残っていた。
校内対抗戦――決勝。
試合開始まで後15分。
決勝は市街地を想定した戦場で廃ビルや立体駐車場、高速道路まである本格的な造りになっている。
Fクラスの控え室の中は静まり返っていた。
その理由は対戦相手の3年Bクラス。高い確率で決勝は3‐Aとの戦いになるだろうと予想していた。しかし、結果は3‐Aの大敗。
勝ち上がった3‐Bの戦い方はほぼ一人で全員を相手にし倒している。その強さが脳裏に焼きついてしまったのか、皆暗い雰囲気にのまれているのだ。
「一つだけ策がある」
突然喋った夜神 当矢/神夜 紀正。立ち上がるとモニター横のホワイト電子ボードをタップして画面を市街地の戦場マップを開く。
「陣形は俺が戦闘に立って奴を相手にする。その時に安部と朝倉で結界を張ってもらう。佐藤は敵陣に左の高速道路を通って速攻を仕掛けてもらう…」
「待って!紀くん一人でアイツと戦うつもり?」
話に割って入る安部 朋美は困惑をその表情に浮かべる。
「いくらなんでも無理だわ。…それに佐藤くんが速攻仕掛けても…相手側の障壁を張られたら一巻の終わりよ」
佐藤の得意とするのは砲撃で、砲撃の苦手とするのが障壁である為安部 朋美はその指摘をするのだが、神夜 紀正は〈最後まで聞いてくれ〉と言ってそれを止めた。
「なにも佐藤が障壁や敵を破壊するんじゃないんだ…。佐藤は陽動で仕掛けてもらい敵側に障壁を使わせる。それから反対側のこのビルから岡崎に狙撃してもらう」
8階建てのビルを指差し岡崎 啓を見る神夜 紀正は息を吐くと作戦の要を言う。
「今回守備は無しだ。俺を含め、佐藤も安部も朝倉も囮になってもらう」
それぞれが驚きの表情で息をのんだ。
神夜 紀正は岡崎 啓の前に立つと肩を掴んで。
「岡崎…お前がベイズを破壊しろ」
「僕……が?」
悩む間を与えないように岡崎 啓に念を押す。
「囮は無限に時間を稼げる訳じゃない。お前がもたつくと全員の敗北に繋がる」
「僕……そんなの…無理だ」
一気に顔が絶望感に包まれる岡崎 啓。
「無理じゃ!ありません!」
突然大声を上げた朝倉 ネネは彼の手を取り力強く握り締めた。
「啓くんなら。啓くんだから!出来ます!私信じてますから!」
〈ネネさん〉と声を漏らす岡崎 啓をバシ!っと後ろから叩いた安部 朋美は満面の笑みで声をかけた。
「ネネがこう言ってくれるんだからしっかりしなさい!私も信じてるわ」
「もちろん。俺もだぜ!」
〈佐藤くん…キャラ変わった〉〈俺は元々こうだよ?〉と笑顔で話す二人を見て、視線を朝倉 ネネに移した岡崎 啓は肯くと決意を口にした。
「僕――やるよ。神夜くん――」
それを聞いて笑みを浮かべた神夜 紀正はキリっと表情を正しハキハキと喋った。
「皆!決勝だ!勝ちに行くぞ!」
それを聞いたメンバーは各々の掛け声で答えると拳を突き上げた。
決勝まであと少し――神夜 紀正はMIで強化した難敵とどう戦うのか…。
魔法研究所の一つ"プトレマイオス"B棟にある貨物エレベーターは、本来は機材運搬のために使われるためトラックが直接進入できるほど広い。
そんな貨物エレベーターの前に一人の男が立っていて、そこに次々に子供が走ってくる。
「こちらアローツー。アロースリーそっちはどんな状況だ?」
松田 浩道は定期連絡の無いシックスを心配して無線で問いかける。彼は、日ごろシックスに強く接することが多いが内心では後輩であるシックスをいつも気にかけている。
『こ……アロー…今ちょっと!忙しいんですけど!敵を7人……6人倒したところっス!どんどん出てくるんっスけど!どんどん出てくるんっスけど!』
「……………………」
呆れて声も出ない様子でそっと左手首から右手を離した。
「アローツー!子供たちは全員乗ったわ!」
ローズの声でエレベーターの扉を閉めると運転のボタンを押す。大きなモーター音がした後驚くほど静かに上昇していく。
「こちらアローヘッドワン。全隊任務完了!撤退開始!ヘマるなよ!」
鷹城 康助が無線でそう言った…その頃――。
B棟の屋上ではアメリカのV‐22=オプスレイが飛び立とうとしていた。
搭乗しているのは日本の研究員とアメリカの研究員たちだ。慌しく飛び立とうとするオプスレイの左のエンジンナセルが爆音と共に黒煙を上げる。
パイロットを含むほぼ全員の乗員が目にしたのは人影。右手を深々とエンジンナセルに突き刺している人影が、その手を引き抜き完全にバランスと浮力を失っているオプスレイを地面に押さえつけた。
オプスレイに近づいた人影が扉をこじ開けるとようやく顔が見え、それを見たアメリカ人が悲鳴を上げた。
「夜叉!」
人影を見た日本の研究員そう言う通り夜叉の面を付けていた。面を付けた侵入者が一人の研究者の襟元を掴み引き寄せるとボソボソと何かを呟く。
首を横に振った途端その研究員は地上6階からの落下を体験する羽目に。もちろん生きてはいまい――。
そして次に目を付けた研究員の襟元を掴み引き寄せ。
「誘拐した子供が一人足りない…。あと一人はどこにいる?」
「子供…あ!中学生くらいの少女が…確か…"アレクサンドロス"に連れて行ってた気がする」
「連れて行ったのは誰だ?」
「副所長の富樫だぁあ――本当だ!だからぁあああああああ!」
叫んだ研究員の声が下へと落ちてゆく。
左腕の無線端末を触ると作戦に参加している全員に繋がる。
「各員に伝える!バレットスリーは私と"アレクサンドロス"にいる保護対象者1名を救出に行く!他の者は直ちに撤退せよ!」
言い終えると"アレクサンドロス"と呼ばれる建物の方角に体を向ける。
直線距離にして2km離れている魔法研究所に残りの一人が捕らわれているのが分かった。"アレクサンドロス"に関しては今回の作戦上どのような施設かも理解している。
面を一度外すとその表情がようやくオプスレイのパイロットから見える。《ノーフェイス》――社長――緒神 愛緒―――。
その表情は憤怒という言葉がしっくりくる。再び面を付けた緒神 愛緒はオプスレイに近づくとパイロットに話しかけた。
「私が手伝ってやるから…ここから離陸しろ!」
そんな無茶苦茶な、といいたげな顔のパイロットに簡単に説明する。
その後、他の搭乗員を掴み降ろして〈F**K!〉と言うと、オプスレイの正面に滑走路となる障壁を張った。
そして左のエンジンナセルの変わりにありったけの風を魔法で作て機体は動き始めた。
左右のバランスを取るのが難しいのは当たり前だが。その時パイロットはなぜかそれが出来ると思ってしまった。
最初はフラフラしていた機体が徐々に安定して、空中に出来た滑走路を加速し始めた。右の側のエンジンが強まるとに左の緒神 愛緒が魔法でバランスをとる。
ゆっくりとその機体が浮き始め完全に飛び立つ。パイロットも思わず拳を突き出した。
そして、説明の時に言われたとおりに"アレクサンドロス"に向かって飛び立った。
時刻は18時を回ったところだった。
校内対抗戦――決勝戦。
3年Bクラス対2年Fクラス。
戦場――市街地。
この戦闘は"ゴッコ"なんかじゃない。相手はMIで強制的に力を底上げしている。その名前は西野 和也。
おそらくここまでの戦いで奴がMIを使ったのは3‐Aと戦った時だけであることは、他の試合を見ている俺には分かる。
今回の校内戦では他にもMIを使用しただろう奴が4人いた。だが、ここまで勝ち上がれなかったことを考えると使用量が少なかったから。
副作用に怖気づいて使用量が減ってしまったのだろう。
他の奴はそうだったかもしれないが、西野 和也はおそらく適量以上のMIを使用している。
次もきっとそうだ。
この試合だけは、神夜 紀正ではなく夜神 当矢として戦場に立たなくてはいけないのかもしれない――。
控え室を一歩出るとそこはもう戦場の空気が漂う。
気が付くと後ろに人の気配が…多分――安部 朋美だろう。最近、彼女は俺の後ろに立って警戒する俺を見て遊んでいる。
「もうそろそろ怒ってもいいか?」
「えー?怒んないで~。ちょっとふざけただけだよー」
別に本当は気にもしない彼女が背後に立たなくても、俺は背中に目を付けているつもりでいつもいる。癖みたいなものだから本当は気にもしてない。
何だかずっと嫌な感じがして仕方が無い…、それを紛らわせたくて話しかけたに過ぎないのだから。
「ところでさー。紀くんはどうしてーあのビルからベイズ鉱石が見えるってわかったの?」
その質問が出てくるのは必然で。ベイズ鉱石が"どこにあるか"分かっていても、それが"どこから見えるのか"ということまでは分からない。
「この戦場は"7回見ている"――だからどこが"ウィークポイント"かぐらい…もう理解しているだけだ」
「そういえば小まめに他の戦闘を見てたっけー。…戦場のカメラに写る映像だけでそれを見極めるなんて…すごいを超えた言い表しをしないとねー」
そう言って安部 朋美が俺の耳にそっと囁きかける。
「本気で…惚・れ・ちゃ・い・そう」
普通の高校生男子ならきっとこれに対して対応するのに慌てるのだろう。"普通"のなら――。
体を彼女に近づけて耳元で囁き返す。
「…きっと…後悔するぞ」
言われた彼女の顔は目に見てとれるほど赤く染まっていた。
そうこうしているうちに、試合開始のブザーが戦場に鳴り響き俺の心のスイッチを切り替えた。
俺の家は名家ではないし、それに属しもしない普通の家の子供だ。父は会社員で母は専業主婦とゆうある意味…一般人界のサラブレットだ。
西野 和也――この名前を名乗るたび思い知らされる。自分が"普通"なのだということを――。
だけど、そんな俺にも自慢するものがあった…。魔法士の素質――マナの保有量だ。
一般人の7倍という数字が俺に魔法士の道を開く。小学生のとき士族の道場で魔法士の基礎を一から学び。中学ではエリートの集まる学校の魔法科に入り成績も上位をキープしていた。
普通だと思っていた俺は、"本当は普通ではないんじゃないか?""才能があるんじゃないか?"と思い始めてさえいた。
だけど…、そんなものは気のせいだった。高校に進学すると俺のマナ保有量が"並"程度という事実が体感で実感できた。
せいぜい一般人の中では優れていた俺が、いざ魔法士のサラブレットたちに混ざれば"普通"だった。
それでもがんばれば大丈夫、努力すればまた上にいられる――。
そんな馬鹿なことを考えていた俺は、その考えが馬鹿であることに気が付かなかった。
結果は、愚かな自分が。かつて才能があると勘違いした自分が。努力なんかじゃ超えられない才能がある事を理解しただけ。
AとBの違いが――俺には3年という期間で、到底乗り越えられない壁なのだと痛感しただけ。
もう一度……上に昇りたかった。
だから頼った――。
MIに……。
面白かったら幸い。
そうでなければ読んで頂いただけで幸いです。