校内対抗戦編3
更新は時々。
設定についての突っ込みはご遠慮ください。
人工の雨が体を刺し、1月の寒さと相まって体温を奪う。
セントローレンス島でのソ連との極秘戦闘――近代科学兵器対錬金術。ソ連は魔術の類が異教徒とされてあまり普及されていない。その為かどの他の国より近代化学兵器が二世代ほど進んでいる。
北アメリカ陸軍錬金術部隊隊長アルベルト・キングスレーはその時40歳。
ソ連の兵器によって周囲のマナが枯渇した中、約20名の錬金術師がその地で敗戦の色濃く戦い続けていた。錬金術における原則は等価交換だが、その原則はマナありきのものであるがゆえに、マナのないところではいくら物質があっても変化や増幅を行うことも出来ない。
圧倒的物量のソ連に何とか地形の変動で対処していた錬金術部隊だったが、敵歩兵の機動力でジリジリと戦線を下げていった。追い詰められた時は全滅するに違いない状況で、北アメリカ軍は新たに独立遊撃隊を投入して戦局を打破しようとした。
黒髪ばかりが6名の中隊で、異様なのは全員日本刀を持っただけの軽装備。違和感ない英語でアルベルト・キングスレーに話しかけてきたその隊の隊長が言うには"魔法士"の部隊らしい。
北アメリカに移住して徴兵された日本人が、家族を人質にされながらも北アメリカのために戦うその心情はアルベルト・キングスレーも理解できないもの。その為、アルベルト・キングスレーがその隊長にその質問をしても仕方のないことだったが、気持ちを抑えきれずに〈何故?アメリカの為に戦う?日本人の君たちが――〉と。その質問に対する返答にアルベルト・キングスレーは驚きと後悔を持つこととなる。
『アメリカ人の俺たちがアメリカのために戦うのは当たり前だろ?』
彼らを日本人と呼んだことをアルベルト・キングスレーは一生の恥だと感じた。例え日本人の血と日本人の容姿をしていても彼らはアメリカ人なのだ。ゆえに彼らとこの戦場で命尽きようとも本望とさえ感じていた。
しかし、いざ彼らの戦闘を見てアルベルト・キングスレーは驚愕する。ソ連の兵器でマナが枯渇している空間で、たった6人の彼らが10倍近い敵の歩兵団をことごとく無力化していくその姿に。
魔法士というものは勿論知っていたし、その欠点も知っていた彼だがその戦い方に日本の"鬼"を見た。空間のマナを一切使わず体内に蓄積したマナで魔法を発動させる。その為体内には魔法士の媒体=核があるため魔法等治癒的な方法がない。
錬金術では、マナを体の一部や細胞として変換できるが魔法士は媒体がそれを受け付けず術の効力をかき消してしまう。ゆえに欠点とは、術による傷や骨折などの治療は一切出来ないことで、腕が無かろうが足が無かろうが命さえあれば錬金術師やその他一部の術師は治せるが、魔法士はそれらが一切効かないため一度の負傷で兵士としてはもう生きていけない可能性が高いのである。
それにもかかわらず、刀一本、その身一つで敵の雨のような銃撃の中突っ込んでいく彼らを"鬼"と呼ばずしてなんと呼ぶだろうか。
数日後、ものの見事に戦況を引っくり返してしまった魔法士は、その日のうちに別の戦線へと移動することになった。
その戦いでみた魔法士の戦闘でアルベルト・キングスレーが魔法士の国日本に興味を持つこととなる。
興味、始めはそれだけだったものが時間が経てば経つほど気持ちは執着に変わってゆく。
この後の魔法の研究がのちにアルベルト・キングスレーがプロフェッサーと呼ばれるまでになったきっかけとなり、さらに狂気に駆られるきっかけにも―――。
7月9日。
夕刻――甘味所にて。
校内戦前日に《がんばって特訓したでしょう会》主宰――安部 朋美で行われていた。
「で、なんでアンタまでいるんだ?」
夜神 当矢/神夜 紀正は隣に自然に溶け込んでいる少女に問う。少女は長い黒髪を肩で二つの束にして右側にかかっている姿は豊臣 桜子に間違いないが、Aクラスの彼女がここにいる時点で彼の何故という思いは最もだ。
「私は校内戦でないんだから"応援団"ってことで参加してもいいじゃない。許可も取ってあるし――ね!」
豊臣 桜子の視線の先では2本の指をV字で曲げ伸ばししている安部 朋美がいる。
片手の手首を前後に振ると〈わかったわかった〉と匙を投げる。
左には朝倉 ネネと岡崎 啓が恋仲よろしく《いなみ》の名物『デラックスカップルフルーツコーンパフェ』をつついている。溜め息を吐く彼は、この場にいない佐藤 幸喜が正解だったと思ってしまう。
気が付くと追加注文し終えた安部 朋美が彼の左側に座ると、夜神 当矢がスプーンにすくったソフトクリームをそのまま口で横取りする。
「おいひー。ね!"のりキュン"」
その呼び方は彼も容認していないが安部 朋美が勝手に呼んでいるのだ。それに関して彼はもう特に突っ込むことはしていないが右隣にいる豊臣 桜子はそれを良しとしない様子で。
「ちょっと、安部さんだっけ?"のりキュン"はないんじゃない。あなた神夜くんのなんなの?」
「なにってねー。私は"のりキュン"の恋人未満友達以上のつもりだけど。ねー"の――り――キュン"」
安部 朋美はニッコリ笑って彼の左手に腕を絡ませて挑発的に返す。
彼を挟み左で挑発する朋美、右でそれに振り回される桜子はどちらもその胸に豊満なものを持っている。だが、彼はそういったものに興味がないため、冷静に何かを考えているようだった。
ある程度豊臣 桜子で楽しんだ安部 朋美は、興味の意識がここにない彼に質問を投げるのだった。
「ねー"のりキュン"。この世界にある術呪で最も優れたものはなんだろうね。魔法士かな?それとも錬金術?」
その質問にまだご立腹だった豊臣 桜子も興味を持ったのか彼の返答に耳を傾ける。飛ばしていた意識をサッと目の前に出された質問に戻す。
「最も優れた…。そんなこと聞いてどうする?今さら魔法士をやめて別になることなんて無理だろう」
「ただの興味だよー。"のりキュン"の意見に興味があるの」
右を見ると豊臣 桜子もコクコク肯く。仕方ない感じで右手側に置いてある和菓子用の楊枝を幾つか手に取ると、それの一つを指差して言う。
「そうだな……まずは魔法士を基準、真ん中にして比べると同じ力量の使い手であるとするならば、錬金術は下だな、中華の拳法魔法はそれと同格、魔術はさらに下。魔法騎士は同格で、地導師が一番弱いなそこは確実だ。で雑種や名違いは省くとしたらそんな感じになる。同じ力量なんてありえないから机上の空論に違いないけど」
「じゃー魔法士が最強?授業では錬金術師の生命力が最強って習ったけど――」
もう一本楊枝を右手にとると続ける。
「確かに錬金術師は治癒再生は強力だ。だが魔法士は瞬間的にその治癒再生を上回る攻撃が可能で、その点では魔法士が攻撃意識で上回る。だが、一番強い術呪は魔法士じゃない…俺の知る限り"陰陽導"だと思っている」
その答えに反応薄な安部 朋美だったが対極的に豊臣 桜子は驚きを隠せないようだった。安部 朋美の反応は当然、豊臣 桜子の反応も間違いではなかった。なぜなら"陰陽導"が廃れ血脈が絶えたのは1世紀も前の事だからだ。使える者のいないそれを最強というには矛盾に他ならない。
「"陰陽導"ってことは"陰陽導師"ってことね。今はもういないよね血筋が廃れたから。血脈が徐々に先細って子孫はいても導師はいないとか」
確認するように話す豊臣 桜子は彼の持っていた楊枝を奪ってポキッと折ってしまう。その楊枝を指差して安部 朋美は〈資源の無駄遣い〉と言って続ける。
「まーそれが現実に存在したらってことで。"たられば"なんていってても仕方ないけどねー」
夜神 当矢はその折れた楊枝を片手で握り締めるとゆっくり目を閉じる。
「だが……現実に存在する。今も一人だけど"陰陽導師"は生きている。…きっと――」
そう言った彼の手元には折れた楊枝が元通りになっていて、それを見た豊臣 桜子と安部 朋美は驚きを露にした。
「当矢くん!あなた……」
「違う。俺じゃないよ。あの子は綺麗な金髪に綺麗な青い瞳。肌は透き通るように白かった……」
今もきっと何所かで―――。
2人は彼にそれ以上の事を聞きはしなかった。何か踏み込んではいけない雰囲気がでている気がして―――。
7月10日。
校内対抗戦―――当日。
試合の会場は聖徳院の所有する土地の施設で、計3つの戦場を想定した会場で行われる。試合は同時に3箇所で行われる為、映像でのみその試合が確認できる仕様になっている。
24チーム勝ち上がりトーナメント制で、Aブロック3年・Bブロック2年・Cブロック1年という風に分かれていることから、必然的に決勝は3年対2年か1年になる仕組み。
たまに1年が勝ち上がることもあるが、1試合多い上準決勝の2年との試合の後で3年に勝つことが難しいのは必然。
これだけ聞くと酷く3年が有利に思えるが実際に3年のAブロックは、どのチームもそれなりに魔法士として経験をつんだ者同士の戦いとなるため、決勝で体内マナが残っていないということにもなりかねない。その為いかに余力を残すかでトーナメントの流れが変わり、或いは1年が勝利することもなくはない。
今回クジの結果、Aブロックが平地の戦場・Bブロックが密林の戦場・Cブロックが市外地の戦場となった。準決勝からは互いがまだ戦っていない戦場での戦いとなる。
「去年も思ったけど、バスに乗って20分で私有地のアミューズメントパークに到着って…聖徳院の財力はやっぱすごいねー」
バスの窓から外を見て菓子をポリポリ食べながら安部 朋美は笑顔でいう。隣の朝倉 ネネがこぼしたお菓子を掃除しながら〈そうだね〉と一言。
「でも、まさか僕たちが選手として出るとは思いもしてなかったけどね。自分でもビックリだよ」
そう言う岡崎 啓はそっと朝倉 ネネにポリ袋を渡すと隣に座る夜神 当矢を見る。彼は目を閉じ寝ているようだが醸し出すオーラが隙など一切ないと思わせるほど。スッと目を開いた彼が放った言葉に瞬間驚いてしまう。
「岡崎。ルールにある禁止事項についてもう一度聞いておきたい。構わないか?」
「うぇ!うん!いいよ…でも昨日も確認したよね」
彼は〈確認は何回しても足りないものだ〉と誤魔化したが、自分が咄嗟に相手を殺すかもしれないそう考えると、何度も言い聞かすように確認することでしかそれを回避する手段がない。それゆえの自己暗示のようなものだった。
「地形を利用した攻撃は禁止とあるが…、これは地形物を壊したりして攻撃してはいけないだけで、別の用途に使うだけなら問題はないという解釈でいいか?」
「うん。その解釈で間違っていないよ」
「後、相手への直接攻撃禁止というのは素手や魔法じゃない攻撃のことでいいか?触ったりするだけでもそれは反則なのか?」
少し頭で考え込む岡崎 啓の横から朝倉 ネネが顔を出し答える。
「触ったりするのはいいんですけど。直接相手を負傷させる行為は禁止とそう解釈してもらえれば問題ないと思います」
「分かった…ありがとう」
会場に着く頃には岡崎 啓・朝倉 ネネ・佐藤 幸喜の表情に緊張が表れるが、それを安部 朋美が笑顔で和ますその時の彼もその笑顔が少しだけありがたく感じたのだった。
聖徳院の校長が開会の挨拶をする。普通科を除く全ての生徒が整列する様はさながら軍隊というべきか。
長い挨拶の後、先に各戦場へ出場選手のバスが移動するときFクラスの委員長の井上 秋人が〈精いっぱい恥を掻いてこい〉と嫌味を言ってきたが、夜神 当矢の中には《ノーフェイス》社長の緒神 愛緒の依頼《聖徳院にいる新魔法騎士団の構成員を割り出し報告》――このことしか頭になかった。
Bブロック――Fクラスの一回戦の相手はCクラス。
「特に懸念もない。訓練通り速攻、電光石火で勝ち上がる」
それぞれに掛け声で返答する。
女性のショックアーマーは体のラインが強調されるため朝倉 ネネが〈やっぱり恥ずかしいなこれ〉と言うと、岡崎 啓は〈すごく似合っているよ〉と頬を赤らめながらいう。イチャイチャする2人に安部 朋美が〈お二人さんそろそろ行きますよー〉と手を引っ張り佐藤 幸喜も呼んで夜神 当矢の傍へ駆け寄る。
「"えいえいおー"ってやろー。ねー紀正キュン」
安部 朋美の言う"えいえいおー"とは勝ち鬨の事だろう。
「勝負事で勝ちを収めたときに挙げる鬨の声なんだが…。まーいいだろう」
それは彼の始めての"おふざけ"に近い行動だった…が、その行為は少し眩くもあった。
ベイズ鉱石の前に張られた高さ5mの障壁に立って狙撃銃【飛鷹】のスコープを覗くと敵側の拠点ポイントは茂った木々で窺えない。縦長約5万㎡の戦場は密林を想定していて、滝や川なんかもちゃんと存在している。防衛しやすくする為に佐藤くんが少し前で索敵をしているが、それ自体は特に意味のないものになるだろうことはこちらの作戦ゆえ分かっていた。
現状は把握できないが今頃Cクラスの人たちは呆けてしまっているだろう。というのも、神夜くんの扱う障壁魔法――汎用型のそれに名前はないらしいけど、彼が言うには別の人が扱っていたのを真似ただけだと言っていた。自らの前面に展開することで空気の抵抗を無くし、さらに風が背中を押すように舞うため以上な加速を可能にする。しかも前面の防御に加え攻撃にも使えるという代物。弱点といえば側面や背後からの攻撃には弱くマナの消費も尋常じゃない。
スッと横切った陰にスコープを向けると小さなウサギが。そうこうしてる間にブザーが鳴りこちらが勝ったことを知らせる。
下に視線を向けるとネネさんが〈やたねケーくん〉と両手でピースに満面の笑みをしている。
神夜くんがいうには準決勝まではマナを温存して戦えて、僕らの出番はそれからになるらしい。
ブザーが鳴り終わるとヘッドギアに内蔵された通信機で神夜くんが〈作戦完了〉と報告が入ったけど、それ自体に何か慣れている感じがしたのは僕の思い過ごしかもしれない。
第二試合――対戦相手はEクラス。
初戦のCクラスと作戦に変更はないため同じように警戒する。すると一人敵側の前衛がスコープ越しに視認できたから、校内戦初の狙撃をする。一撃…頭に当たった狙撃標準現代魔法の壱――【光弾】がショックアーマーで変換された電撃を体に与え対象を気絶させる。
そういえば、何故こんなに痛みを伴う競技が男女混合かというと、魔法科のある学校の一つである聖マリアンヌ女子高がもともと男子に混ざって競技に出ていた為、20年ほど前から他の魔法学校も女子をメンバーに入れれるようになったから。
敵の倒れた周囲を警戒して見ると終了のブザーが鳴る。こう順調なのも不意に嫌な予感が押し寄せてくるのは僕の性分に違いない。
控え室。
次の試合の合間、確か前の試合の合間も神夜くんは他の試合全てに目を通しているようだった。別に全チームと戦うわけではないからそんなこと必要ないのにとも思うが、あまりに真剣に見ている彼に話しかけるのは何か気まずいものがあった。
そんな神夜くんに佐藤くんが話しかけていた。2人の会話は僕には聞こえなかったけど、佐藤くんが何かの相談をし始め神夜くんが〈分かった〉と言って今度は僕らに話し始める。
「佐藤くんが一騎打ち!?誰と?」
「戸塚 鳴海と一騎打ちさせてほしいんだ」
頭を下げる佐藤くんはあまりに真剣で鬼気迫るものがあった。安部さんが〈理由は?〉と聞いたとき少し戸惑っていたが、意を決したように話し出した。
「俺には付き合っていた子がいた――名前は前川 ことみっていうんだけど…。彼女はAクラスで俺はFクラス…小学生の時から一緒だったけど魔法科では常に違うクラス、それでも2人の気持ちが変わることは無いと思っていたんだ。だけど今年の春――彼女は俺と別れたいと言い出して少しもめて、そしたら彼女が戸塚と付き合ってるてさ直接連れてきたんだ。彼女はこう言ったんだ――〈私とあなたじゃもう一緒にいられないのは分かっているでしょ〉ってな…。いつの間にか俺たちの間は酷く離れていたとその時思い知った」
その話を聞いた安部さんは不機嫌な顔で佐藤くんに言った。
「つまり"復讐したい"ってこと?その子に――」
即座に両手を振って〈違う!〉と答えた佐藤くんは決意を胸に続けた。
「俺は彼女に…魔法士の資格が学校の成績やクラスだけで全て決まるわけじゃない事を見せ付けてやりたいんだ!だから頼むみんな!」
「僕は構わないけど。具体的にどうするの?向こうはそんなつもりは無いわけだし一騎打ちに持ち込むだけで難しいじゃないかな……」
僕の問いに直ぐさま答えてくれた神夜くんは控え室のパソコンでそれを示す。
「安全かつ効率的に2人に戦って貰うために…今回俺と安部で"障壁結界"を張る。それほど手間もかからないし対象を隔離するには好都合の術だ」
なんとも簡単そうに神夜くんは言うが、結界は超一流の魔法士か複数の魔法士で行わないと失敗することの方が多い。それをたった2人で成功させる…しかも簡単に――その言葉に彼以外は驚き呆けている。
「そんなに驚く事じゃない。結界はコツさえ掴めば子供でも張れるんだ。ただ学校の教え通り発生させる結界は酷く回りくどいやり方をしているからな…その知識が逆に複雑にしているんだ」
まるで専門家のように話す神夜くんはすごく大人に見えた。話し終わった神夜くんが少し動揺していたような気がしたことはそれも思い過ごしかもしれない。
次の試合が今回の校内対抗戦の折り返し地点だろう。きっと今までのように楽にはいかないだろうということは僕にも、いや他のみんなもそう思っているだろう。
Bブロック第3試合――2年Aクラス対Fクラス。
Aクラスの部隊長は金沢治彦。彼とはいつかの食堂ので夜神 当矢の中では口の曲がっためがね男として認識されていた。
戸塚 鳴海は、身長が180を超えている体格のいい短髪で得意な魔法が近接ということはすでに前の試合で確認している。夜神 当矢はそれを佐藤 幸喜に伝えようとしたが、伝えるまでも無くそれを熟知していた。
試合開始3分前になっても安部 朋美に結界の扱いかたを端的に説明する。
「つまり私の障壁を半球体状に張って、それを紀くんが強化するってことかな?そう考えてみたらすごく簡単だね~。でも他人の魔法に干渉することは出来ないのにどうして強化できるの?」
彼女の疑問は尤もで、他人の発生させた魔法に魔法を重ねようとすると魔法式の反発が起き式が崩れてしまうのだ。攻撃魔法は手元に魔法式があるのに対し、補助的な魔法や障壁魔法にはそれ自体に魔法式があるため相互干渉し崩壊を起すのである。
「それは問題ない、俺がするのはイメージすることでその魔法そのものの存在を強化するんだ。知識を扱うわけじゃないから魔法式は発生しない」
「なるほど…半球体に張ってある私の障壁にイメージを足して不安定な部分を補う…。すごいねーこんな魔法概念もあるんだ~」
その安部 朋美の表情は興味や好奇心から別のものにだんだん変わっているような…そんな風だった。
試合開始のブザーが意識を戦に移行させ、それぞれが気を引き締める緊張感が戦場に漂う。
「さー。作戦開始だ」
密林の中ほどの川は幅4mほど深さはそこまで無い。実際の戦場にも川や池は存在するしそれを利用することも少なくない。今回、夜神 当矢は佐藤 幸喜にアドバイスとして川での一騎打ちを提案していた。
川に沿って中央に佐藤 幸喜、右側の木の陰に夜神 当矢、左の大岩の陰に安部 朋美がそれぞれ隠れ潜んでいる。互いのベイズ鉱石へ近づくにはここを押さえていれば絶対に一戦交えることになる。
『来たぞ。四人だ』
Aクラスの攻撃側は4人で金沢 治彦に戸塚 鳴海と後2人が警戒しながら十円陣を布いている。
十円陣とは――決められた円内の距離で漢字の十の字の点の部分に人を配置して先頭者が前を警戒、左右の者が外を警戒、最後尾が後ろを警戒しながら進む行軍に特化した警戒陣形。
先頭の金沢 治彦が佐藤 幸喜に気付き行軍を止めた。
ハンドサインで後ろに指示を出して警戒を強めたが、夜神 当矢はそのサインを読んで通信機で他の2人に指示を出す。
『敵は"警戒待機"だ。速攻を仕掛けて2人を排除しよう。安部――"通牙"だ』
"通牙"とは彼の決めた作戦で陽動と攻撃を同時に行う、汎用型の障壁で敵陣をクロスに通過するだけの作戦。
タイミングを合わせて同時に飛び出した2人が左右を警戒していた敵に魔法を仕掛けられる。その魔法は障壁に強い狙撃だが、岡崎のようなではなく狙撃銃ではなく拳銃であるため近距離でしか力を発揮できない。その代わりに動作や魔法を撃ちだすまでの時間は最も速いのが長所になる。
撃ちだされた魔法は2人の障壁に当たると汎用型の障壁が進入を拒むように弾く。障壁で防ごうとする敵を無力化して中央で交差すると、後方に陣取っていた戸塚 鳴海を左右で挟んだ。
「佐藤!」
「今だよ!佐藤くん!」
その声に砲撃変則現代魔法の弐――【炎上猛】を川に放つと猛炎が水面に広がり熱せられた水が蒸気に変わる。発生された蒸気を夜神 当矢が魔法で風を起して戦場に広げると辺りが見えなくなる。
「治彦!2‐1広域展開だ!」
叫んだのは戸塚 鳴海で金沢 治彦に現状と次の行動を知らせる為だ。2‐1は自分の周りにいる人数2と、いるが誰を狙っているか分からない人数1という意味。そして、広域展開とは《広い範囲に魔法を仕掛ける為この場から離れろ》の意味を持つ。
だが、戸塚 鳴海が魔法を出そうとしたとき目の前に人陰が見えて中断すると腰に携えた木剣を構える。
すると急に周囲の感じ――雰囲気が変化する。
「結界……だと!」
この瞬間、金沢 治彦を先に行かせたことを後悔する戸塚 鳴海。それは障壁結界が内部から出られる代物じゃないことは知識的に察することができたから。
分断し個々の対処に持ち込むつもりと判断したとき、内部の蒸気がサッと晴れると人影が窺える。
「お前…佐藤 幸喜…どういうつもりだ」
問われた佐藤 幸喜は右手を突き出し人差し指を立てると戸塚 鳴海にハッキリと答えた。
「戸塚 鳴海!ここで俺と決闘しろ!」
「……突然何を言い出すかと思ったら。彼女を盗られた腹いせ…いや復讐か?」
そう言われた佐藤 幸喜はそれ自体に何も返事しなかった。それを見て戸塚 鳴海は〈いいだろう〉と木剣を構えてマナを剣に溜め込む。
「【焔火】!」
近接標準現代魔法の壱――【焔火】はパスである装備に属性を付与する魔法。
木剣の長さは約50cmだが【焔火】を発動させると炎がその剣先を約70cmに伸ばす。【焔火】は剣に火属性を与えるだけでなく、その炎で間合いや斬撃の威力が増す。
基本的に障壁は狙撃に弱く、狙撃は近接に、近接は砲撃に、砲撃は障壁にそれぞれ弱い性質を持つ。だが、それは互いの力量が同格の場合に限る。
その為相性の悪い砲撃で障壁を砕くことも力量によっては可能。
「せ!い!やぁぁぁあああ!!」
振り下ろす【焔火】を障壁で受け流す。その障壁は手の平ほどの小さいもので部分障壁と呼ばれるものだ。それは佐藤 幸喜が夜神 当矢との特訓で手に入れた対近接のものだが、その動きは合気道を元にしているため隙あらば投げ飛ばすつもりでいたが、あまりの激しさに受け流すだけで手一杯な様子だ。
やっぱり実力に差があるのか……今は守るだけに徹するんだ――。
そう考える佐藤 幸喜には秘策がある。それは、相手しだいの"カウンター攻撃"。
砲撃標準現代魔法の弐――【水縮砲】で牽制しながら間合いを開けて距離をとるが直ぐにそれを狭めてくる戸塚 鳴海。
突き・払い・振り落とし・切り上げ・突き払い・突き回し・振り落とし跳ね、それらは現代刀術で魔法が普及してから失速した刀で戦う為の技術をゆっくりと真を極めたもの。この時代の刀術の基本となる流派は無型無心流、それは"無限"の無そして"無情"の無――無限の型無情の心を真とする意を持つ。
そして、突きの構えが――少し長い…それは夜神 当矢が言っていた戸塚 鳴海の隙。
近接標準現代魔法の参――【紅崩雷】。
近接において斬撃を飛ばす唯一の魔法で、紅のような炎の壁を雷で崩したという逸話からこの名がついた。
それを放つ戸塚 鳴海は一瞬動きが止まる。それは攻守の間隙――次の瞬間、戸塚 鳴海は視野にありえないものを捉える。
紅崩雷の射線上にいたはずの佐藤 幸喜が、自分の右側にいて右手に魔法を発動させている。
何故――それを考える間も無く放たれた砲撃標準現代魔法の参――【砲光】が戸塚 鳴海に直撃。そのまま彼の意識が薄れていくのを佐藤 幸喜が見下ろしている。
「しゃ!」
結界の中に響いた声はトンネルの中のように響いた。
戸塚 鳴海が負けた理由は【紅崩雷】を外したことなのだが、実際には佐藤 幸喜が"避けた"から。【紅崩雷】の発動タイミングは佐藤 幸喜が後ろに下がった瞬間で、戸塚 鳴海は佐藤 幸喜には"防げず避けられない"という確信あっての攻撃だったのだが。そのタイミング自体が"誘い"で、避ける為の準備は蒸気を掃う前に仕掛けていた。
それは"遅延障壁"という障壁魔法の一種で非常に高等な魔法。通常と違い《特定の場所にイメージの構築を留めて発動する瞬間を任意に決める》というもの。その場所自体にマナの供給とイメージは出来ているため離れてからも持続し、もう一度その場所に辿りついた時初めて発動する特性を知識で魔法式に持たせる。
つまりは魔法式を作る為の知識があれば問題なく扱える魔法ではあるのだが、遅延時間の構成自体が長すぎれば魔法の効力が消えてなくなってしまう為"高度な魔法"となってしまう。
そして、その"遅延障壁"をどう使って【紅崩雷】をかわしたのかというと、発動する障壁自体を自分を吹き飛ばすように構築したのだ。
設置した場所にタイミングよく辿り着き自分の右側に障壁を発動する。そこに"遅延障壁"が右側から生成され、発生した障壁と"遅延障壁"がぶつかり合い佐藤 幸喜の体ごと弾き飛ばす。
言うのは簡単なのだが、もし一瞬でも時間が狂えば【紅崩雷】か"遅延障壁"が佐藤 幸喜に直撃し気絶していただろう。
『こちら、佐藤………戸塚に勝った。勝ったぞ』
その通信を聞いた夜神 当矢と安部 朋美が結界を解き佐藤 幸喜に近づく。倒れている戸塚 鳴海を一瞥して〈上出来だ〉と肩をたたく。
「だがこれは通過点だ。佐藤、優勝するまでは気を緩めるな」
もう一度気を引き締めるように促す彼の表情を横から見つめる安部 朋美。その時安部 朋美は色んな疑問が浮かんでいたが、今は内に秘めておこうと頭で決意するのだった。
その後の試合展開はFクラス側のベイズ鉱石を直接狙った金沢 治彦が岡崎 啓に狙撃され、残ったAクラス側の一人を無視して安部 朋美がベイズクラッシュして試合はFクラスの勝利で終わった。
校内対抗戦――昼休憩。
好奇心は人が進化する時に原動力なる一つの要因。もう一つ、恋をする時にも一つの要因となる。
私は基本的に好奇心で前を見ている。つまらないことが嫌い、面白いことが好き。今、一番好奇心が強いことはとある人を知ることなのだ。
その人は同い年にしては大人びているというか、身のこなしが普通じゃない気がする。
今も昼ご飯を食べている彼の後ろに立つと食べる手を止めるし、それに誰かが部屋の前を通るたびそれに聞き耳を立ててるみたいで…。行動の一つ一つが普通じゃない、変というか"只者じゃない"って感じで。
コンコンと控え室のドアが叩かれると聞き覚えのある女の声が聞こえてくる。
「御疲れ神夜くん。お昼食べてるの?作ってきたのにー」
この子は2年Aクラスの豊臣 桜子…いつもちょこちょこ顔を見かける。
彼――神夜 紀正、私は"紀くん"とか"紀キュン"とか呼んでいるけど、彼にくっ付いてる"金魚の糞"って感じの子。
特にこの子に興味も無いけど、彼の周りいると時々カチンっとくることがある。今も私が観察しているのに彼に抱きついて……。
「紀キュン。ねー午後からの作戦どうするの?打ち合わせしよーよ」
少し彼女をイライラさせてみたりするのは嫌いじゃない。少しだけ彼が煙たがるがすぐに無関心に戻る。
彼は基本無関心で感情を揺さぶっても直ぐまた無関心に戻す。
まるで何かの任務中の軍人のような振る舞いをするところが、一番私を惹きつける。
「そうだな、昼からの作戦をもう一度打ち合わせしておこうか。岡崎・朝倉・佐藤、集まってくれ」
打ち合わせが始まれば彼女も彼に引っ付けないだろう。
ふと、午前中の試合で気になったことを紀くんに聞いてみる。
「そういえば紀くんさー。佐藤くんが前の試合で使った障壁魔法…あれは何?手元から出現するはずの障壁が本人に向けて出現したように見えたけどー」
障壁魔法は、基本――発動させる場合に手元から出現することしかできないようになっている。でも、あの時発動した障壁は手元からではなく空間から飛び出たように見えた。
その質問に答えてくれたのは紀くんじゃなくて佐藤くんだった。
「あれは"遅延障壁"っていって障壁の中でも難しい魔法で。特定の場所に発動場所を固定させることができて、しかも時間をある程度遅らせることでトラップとかに使えるんだ」
なんか前の試合が終わってから少し明るくなったような…。
それにしても、"遅延障壁"か――。戦闘用に特化した魔法だったような。
「佐藤くんそんな魔法使えたんだー以外」
「俺も神夜に教えてもらったんだけど。やっぱり神夜は魔法教えんのうまいよな、将来は魔法科の教師とかになんの?」
"遅延障壁"は紀くんが教えたのか…。それよりも紀くんの将来の進路かー。すごく気になる。
好奇心が脳を埋め尽くしていくのが分かる。
でも、彼がそういうのはなんとなく分かっていたような気がする。
「そんなことはどうでもいい。それより次の相手は1年Aクラスだ特に手強い敵ではないが」
紀くんはやっぱり無関心…。それにしても気になりますねー彼の将来。
当分は彼から目が離せません。
魔法研究所は八王子周辺に施設がいくつもある。
その中で保護対象者が捕らわれているのは二番目に大きな施設。"プトレマイオス"と呼ばれるその施設は約4万㎡の広さで建物自体は二箇所ありA棟とB棟に分かれている。
施設内外はいつも警備が厳重に布かれている。しかし、施設内にはすでに《ノーフェイス》のコントラクター"ネズミ"が潜入していた。
「富永!はやくデータをB班に回せ!いつまで待たしてんだ!」
キャンディーの棒を右の端から左の端へ動かしながら、白衣のポケットに両手を突っ込んでいる男が"富永"という人物を呼ぶ。
呼ばれて出てきたヒョロっとした男はメガネをかけた七三分け。
この男こそ"ネズミ"――。
今は富永 源次と名乗って、この"プトレマイオス"に潜入している。
「データですか?…あれ?おっかしいぞー。今さっきメッセと一緒に送ったはずなのに……」
内部データは逐一バックドアから《ノーフェイス》へと送っていた。
「チッ!なんで班長がお前を雇ってるのかわかんねーな!」
この日は作戦当日。
B班は現在実行部隊が制圧しているはず。そのためこれ以上潜入を続ける必要はない。しかしネズミはアフターで仕事とは関係ないある意味――"副業"をする癖がある。
今回のアフターは、魔法研究の新作パスの試作品【武蔵坊弁慶】――薙刀の形に、《弁慶の七つ道具》に因んで7つの魔法特性を備えているらしい。
魔法特性というのは、その薙刀を振るうときに魔法で加速させたり、その刃が対象もしくは別の何かに当たった場合に爆発が起こるとかそういったものである。
それを強奪し、民間の会社に届けるまでが今回の副業である。
彼は根っからのコソ泥であり。《ノーフェイス》に入社するまでは、フリーランスのコントラクターだった。
「おっと…。ここにいましたか"お姫さん"――」
"お姫さん"とは、彼が奪うもの――今回の【武蔵坊弁慶】の仮名である。
厳重にロックされたクリアケースに展示されるように保管されている【武蔵坊弁慶】を見てそういうと、あらかじめ用意していたキー=ケースを開ける為のコードをツールでコネクトさせて使う。
ピーっと鳴った後。プシュー!とクリアケースが開くのを見ると、内に秘めていた感情がジワっと口元に浮かぶ。
素早く薙刀に障壁に包み布をかける。【武蔵坊弁慶】が置いてあった部屋は金属探知機が置いてあり、さらにそれは警報機に繋がっている。
つまり、その部屋から【武蔵坊弁慶】を持ち出そうとすると警報が鳴り響くことになる。
それはネズミも承知していて、準備は抜かりなくできていた。
メガネ型端末のテンプルを触ると、レンズに時計が表示される。
「7…4、3、2、1――」
一瞬電気が消え、室内の電力を必要とする機器も電源が切れる。そして直ぐに自家発電が動き出し電気が点く。
この時、電気の復帰と共に警報が鳴り室内に鳴り響いた。それは、実行部隊が作戦行動に入った合図と同時にネズミにとっては【武蔵坊弁慶】を持ち出す合図。
サイレンとベルが鳴り響く中――ネズミは悠々とその部屋を後にしたのだった。
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